思惑
一連のコニィアによる魔晶石騒動によって知識と技術が集まるようになったレイオン王国には、五行連合の本拠地としての特性上かなり多くの研究開発機関が続々と設立された。各国の出身者だけで構成される各国独自機関もあれば、各国から選りすぐりのエリート達で構成される連合機関も複数ある。必然的に連合機関に所属する人物は各国独自機関でも重宝され、重要な地位に立たされることになる。火付け役となったコニィアとマインも例外ではない。そんな二人は頻繁に顔をあわせるようになり、次第にお互い気が置けない仲となる。最近は王宮内にあるコニィアの自室が、二人において唯一の心休まる団らん場所となっている。
「ニアはまた新しく連合機関に入るんだって?今度は何よ」
マインは無造作に散りばめられたコニィア直筆の研究メモを拾い集めながら一つ一つを流し読みする。仮説と検証が交互に記されてはいるが、余白には愚痴めいた心理描写が嬲り書きされている。以前は見られることに強い抵抗を見せていたコニィアだが、今では進んでマインに心の内を明かしていく。
「この前設立されたばかりの魔術武具開発機関と似たようなところ。今度は魔法武具専門だけどね」
儀礼用におめかししていたドレスを脱ぎ去り軽装に着替え、頭に飾られた装飾品の取り外しに難儀しながらコニィアは答える。
「流石にちょっと研究機関作りすぎじゃない?これじゃ身体がいくつあっても足りないよ?」
「って言うけどさぁ、木国は他国に比べて無関心すぎるってレイオンの職員がボヤいてたよ?木国大使として如何思われますかマインさん?」
コニィアは鏡越しにマインを見つめる。視線があったマインは首を傾げながら舌を出し視線を逸らす。
「ま、それはそれとして。今日もまたお見合いだったのかな?今年で十五だっけ?王族ってそのくらいから婚約するの?」
「お見合いじゃないし。でも言われてみればクレイブ叔父さんも頭を抱えてたね。各国から露骨なお誘いがあって困っているって父上と苦笑いしていたわ」
「あの人も大変だぁ」
身支度を整え終わったコニィアはマインと連れ立って自室を後にする。それは二人にとって今日の休息が終わりを告げ、次から次へと降り注ぐ諸問題の対応に追われることを意味していた。
内政・外政問わず様々な問題を討論する場所である評議場には、ダニエルローレ゠オル゠レイオン国王とクレイブ公爵の姿がある。広々とした空間に二人だけという異質な光景は秘め事に取り組んでいますと公言しているようなものだ。国王とその実弟が堂々と部屋に入れば、どんな場所でも瞬時に隔離されたプライベートルームへと化す。最近は日常茶飯事の光景だ。
「兄上、本日は水国の公爵殿下が参られコニィアとの引き合わせを依頼されました。これで木国を除く全ての国から接触がありました。各国の手前お受けなされるが賢明かと」
「うむ。対応は任せる。後は木国か。かの国は大使を通じ密な関係を築いていると聞いておるが、婚姻工作は無いものと考えてよいのか?」
「かの国は純血を尊び、異なる者を排す傾向があります。異端視扱いされた者から代々の大使が選ばれていると聞き及ぶぐらいですので、現大使が女性である限り可能性は低いでしょう。その代わりに大使を通じて情報を流される可能性を危惧した方が宜しいかと。ただ……」
クレイブは頬をかき言葉に詰まる。ダニエルローレはじっと弟を呆れながら見つめる。肩を透かして深くため息をつく。
「わかっているよクレイブ。家族の時間を大切に、とか言うのだろ?これでも良い父親だとは思っているんだけど?」
「兄上違います」
ダニエルローレはカクンと膝を折る。
今までとはうって変わって砕けた口調で語り掛けたダニエルローレは公の立場では厳格者だが、私事となると途端に愛想が良くなり無邪気な一面を醸し出す。妻であるマチルダからは特大のカメレオンと評されてもいる。そのカメレオンは声には出さず、無様な表情をつくり心外だと表現する。クレイブはそんな兄の態度に微笑むが、真面目な表情に戻して話を続ける。
「今後もより多くの、様々な問題が必ず起こります。そしてその中心にいるのはコニィアです。コニィアを支え、護り、共に苦難を乗り越えられる仲間が一人でも多く必要です。現木国大使は正にその仲間となっております。これが大使個人の感情から来る行動であれば非常に心強い存在ではあります。ですがそう仕向けている何者かが存在する場合は非常に厄介です」
ダニエルローレは弟から注がれる熱い視線から逃れるように顔を背け頬をかく。クレイブは見て見ぬふりで話を続ける。
「魔導に伴う利権争いは国家間にとどまらず国内でも見受けられます。そして厄介なことに一部の国内貴族では他国と接触する不穏な動きがあることも判明しております。念には念を入れ、精神面を含めたコニィアの身辺警護について早急にお考えください。まずは人材の選定を行いたいと思いますが――兄上、聞いています?」
「まだ十五だぞ?今は好きなように自由にさせてやりたいんだけど駄目かな?子どもは子どもらしく元気に外を――」
「兄上!いい加減に子離れしてください!」
評議場から漏れる国王を罵倒する声を聴いたものは努めて無視を決め込んだ。
最初に設立された連合機関であるデエンキ連合研究所では主に各国の魔導についての体系化を行っている。そして組み立てられた論理に基づき新しい術式を研究し、補助となる魔道具の開発に取り組んでいる。その中で二つの事柄を最重要課題として取り組んでいる。一つは異質の能力であるコニィアの活性化を用いて魔晶石などの資源を人工的に作り出すこと、もう一つは自然魔力と生命魔力の可視化である。この可視化に対して鍵を握る人物がマインである。
各国大使の中で唯一の研究員であるマインが木国大使に選ばれた理由の一つに、複数の精霊を具現化できる能力がある。木国には木属性の精霊を具現化できる民はいたが、他属性の精霊を具現化できたものは今まで存在しない。そんな中マインは木属性の精霊を具現化する前に土属性の精霊を具現化した。ある意味で異端者扱いを受けていたマインは、先代の大使ヒュプルズにその才を見いだされ師弟関係を結び大使職を引き継いだ。この異なる二属性具現化という能力が解明されれば魔法分野での発展が期待でき、魔法士の育成しかり、延いては魔術分野にも応用が利く可能性もある。除け者にされた原因でもある具現化能力が誰かの役に立つという事実はマインの傷を少しずつ癒していき、次第にマインの中で確固とした存在理由になっていく。
「ねぇマイン。頑張れば私にも精霊を見ることが出来るのかな」
コニィアは細かく砕いた魔晶石を散りばめた大きめのフラスコに意識を集中して土人形を生成しようとしているマインに問いかける。魔晶石は輝きを放ち、中心から舞い上がる様に淡い光がウネウネと波打つ。
「どうしたのいきなり。そうするための条件を今まさに見つけようとしてるんじゃないのさ」
マインは手ごたえを感じながらも上手く固定化できないことに苛立ちを覚え眉間にしわが寄っている。
「そうなんだけど。なんかね、私だけ蚊帳の外にいる感じがするっていうか置いてかれているっていうか。疎外感っていうのかな?寂しくなるんだよね」
「はぁ?研究所での主要人物が何言ってんのさ。仕事が欲しいんなら一杯あるけど?」
「そうじゃなくてね。ほら、アービーもテリーも大活躍してるじゃん?私だけ地味~に実験してるだけで寂しいっていうかなんていうか?」
電流が走ったような音が聞こえ、魔晶石から輝きが消える。失敗かぁとマインは呟きながらメモ用紙に仮説を嬲り書きする。コニィアはフラスコから魔力を失った魔晶石を器に移し、両手ですくい上げ指の間からこぼれ落とし、再活性する気配がないことを確認し処分する。マインはメモ用紙に『再活性無し。魔力量不足?』と書きつけコニィアにニヤついた笑みを浮かべながら語り掛ける。
「幼馴染二人と同じぐらいに目立ちたい、格好つけたいお年頃かな?てか充分光り輝いていると思うけど。そのうちそんなこと考えられないくらいに忙しくなると思うよ」
マインのこの言は時を待たずして現実のものとなる。