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始まりの狼煙

「ヴァーノンさん!!」


視認できた頃には多勢に無勢、囲まれつつ前後左右どこからでも切りつけられている状況だった。

先生はそれまで自分に合わせて走ってくれていたが、比べることすら馬鹿げている程の速度でヴァーノンさんの援護に入った。

遠目からでもわかるぐらいあっという間に包囲は崩れ、息せき走りつく頃には二人だけが立ち残っていた。


「はぁはぁ……大丈夫ですか」

「お前こそ大丈夫かよ」

「驚きました。色んな意味で。あなたには基礎体力訓練のメニューを増やします」


二人の冷ややかな目がとても痛い。


「クセニアさんは?」

「あいつなら大丈夫だろう。ヤバい時は合図が出る。それより歩けるのか?」


話題を逸らす事に失敗。坂道ダッシュは足腰にくる。

俺とは違って、先ほどの危機的状況にも関わらず、ヴァーノンさんの身体は薄っすらとした切り傷と痛々しい打撲の跡が至る所に見受けられた。


「真剣でも切られないなんて凄まじいほどの硬化能力ですね。普通の肉体硬化とは違うのですか?」

「俺が知るかよ。俺より鉱族の連中の方がよっぽど詳しいだろうさ。んなことよりチョイと痛いんであまり触ってくれるな」


先生はベタベタとヴァーノンさんの身体をあちこち触りまくる。グレタさんが見たら嬉々として変な突っ込みをするのだろう。


「これは失礼しました。いや実に興味深い。これが鉱族の魔術ですか」

「俺もさっきは死んだと思ったけどな。前に弓矢の雨を浴びた時は滅茶苦茶刺さって傷だらけだったんだが。それに比べると今回は木刀で殴られているような感じだった」

「成長――しているんでしょうね」


先生は腕を組み、頬を指でリズムよく叩いている。もの凄く可愛い。


「こいつらは一体何者だ? 見た感じ野盗というよりは傭兵に近いが、傭兵にしちゃ綺麗すぎる戦い方だ」

「身元を探したところで無駄ですよ多分。おそらくどこかの国の諜報――いや暗殺部隊でしょうね」

「勘弁してくれ。これ以上の面倒事はごめん被る」

「乗りかかった船、浮くも沈むも運次第です」

「やめろ」


ヴァーノンさんは賊どもの状態を一通り確認し終わると天を仰ぐ。


「それなりに汚れちゃいるが使い古された感はない。いかにも最近揃えたような真新しい武具。胡散臭いどころか不審者集団じゃねぇか」

「深追いされてはいないでしょうが王都へ急ぎましょう。王都内に仲間がいるかも知れませんし」

「とりあえずは大丈夫そうだぞ。綺麗な花が咲いてらぁ」


王都を彩るように一輪の紅い花が青空に散っていった。



 ※     ※



コニィアとマインは話を切り上げ、旅の疲れを癒す『おもてなし』の準備のため城下へと足を運ぶ。


「旅の話を聞く準備その壱。それは美味しい食べ物と飲み物です」

「先生。気になるお菓子屋さんがあります。そこのケーキが絶妙な甘さで男女問わず大人気だそうです」

「コニィア君、採用です」


コニィアとマインは最近出来た菓子店へと向かう。店内は混んでいて、テラス席も空きはない。


「凄いなぁー。このワチャワチャの中で品物吟味する気分にはなれないわ」

「そだねー。やっぱりママに頼んで一緒に––あたっ」


通りで立ち止まり話し込んでいたせいで道行く人にぶつかる。


「変ね。今日はいつもより人が多い気がする。そしてなんか急いでる」

「いつもよりってアンタ、仕事ほっぽりだして息抜きしてるんじゃないでしょうね?」

「あはは……あれ? どうしたんだろ」


惚けながら視線を逸らしたその先では、衛兵達が怒声をあげながら走っていく。その先には薄らと砂埃のようなものが舞っている。


「なにかあったのかな?」

「もしかしたら帰ってきたのかもよ? 行ってみよっ」

「ちょ、ちょっと」


マインに手を取られ走り出すコニィア。少しだけ震えて強張る手をマインは優しくも強く握りしめる。

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