はじまりの予感
「攻撃と防御は任せろ! お前は対象者と話をつけろ!」
「はい!」
ヴァーノンは速度を落とし並走するクセニアと荷馬車から距離を置く。
荷馬車を襲う賊を牽制するかのように抜剣し待ち構える。だが相手は止まる気配はなく、ヴァーノンを敵として見定めつつ走りながら抜剣する。
「ちょっ!」
すれ違いざま左右から同時に剣を振り下ろされた。ヴァーノンは片手剣と籠手で何とか凌ぐ。
反転しすぐさま追走するが、半分のおよそ十騎が立ち止まりヴァーノンと向かい合う。
賊にとって飛び道具が無く放っておいても害のない存在にも関わらず半数を削ぐことが出来ただけでも上々だろう。その様子からは目撃者は一人も逃さないと言わんばかりだ。
「早く来てくれよ。訳ありさん達」
頬を冷たい汗が伝い、向かい合った賊達が殺気を放ちながらヴァーノンに向かって一斉に走り出すと同時に、籠手が淡い光を放ち始めた。
※ ※
「レイオン所属青薔薇騎士団クセニア! 所属開示を求む!」
「土国外交官レイニー! 襲撃に遭い逃走中! 護衛は――全滅!」
「……全滅?」
クセニアはその言葉に首をかしげるも、追い迫る賊達へと意識が向く。
クセニアは馬を走らせながら後ろへ火弾を放つが、常時に比べて数も精度も格段に劣る。
「荷台に移ります! 王都へ近づけば諦めるでしょう! 進むことだけ考えてください!」
クセニアは返事を待たず、馬を巧みに操り荷台へ飛び移る。
「ひぃ! いやぁ!」
「うへ? 痛っ!」
クセニアが荷台に入るや否や、恐怖で怯えた悲鳴と共にクセニア目掛けて小物が飛んできた。
「落ち着いて! 助けに来ました! 投げないで!」
しかし声は届かないようで、飛来物が止まる様子はない。
肩にしがみついていたクウが勢いよく飛び降り、飛び交う物の間をすり抜け、尻をつき後ずさりしながら取り乱している白衣を着た女のもとへとまっしぐら。そのまま胸へと飛び込み頬ずりする。
クウと目が合った女は一瞬呆け、『なんでこの子がここに』と呟いた。
「落ち着きましたか? そのまま下がっていてください」
物が当たり痛む額を撫でながらクセニアは迫りくる賊へと火弾を狙い撃つ。
避けながらも諦めずに追ってくる敵兵の様子は鬼気迫り、火弾を避けずに堪える者すら現れる。
「それならっと!」
クセニアは火弾を帯状に広げ、追い迫る馬の胴体目掛けて解き放つ。
馬は騎者を振り落とさんばかりに驚きいななく。馬は一斉に脚を止めて、或いは後ずさり、直撃を避けた。
馬車との距離はぐんぐんと離れ、間もなく敵兵の一団は流れるような動きで反転した。
「ふぅ。何とかなったぁ。あ、合図しないと」
クセニアは空へと火球を飛ばし弾けさせた。
「これで良し。次は」
クセニアが振り返ると同時に、女は胸に抱きしめるクウを潰しかねないほどに強張る。その女の頬を片目を閉じ苦痛に耐えながらも舐めるクウの姿に、クセニアは少しだけムッとした。
「んーで? 私はクセニア。あなたは誰?」
苛立ちを抑えながら出来るだけ優しく近づきクウを奪い返しながらクセニアは問いかける。
嫌がるどころかクセニアに頬擦りするクウを見て眼鏡の奥の瞳が大きくなる。
クセニアはその表情に首を傾げながらも返事を待っていたが、痺れをきらし再びクウを預けて馬車を操るレイニーへと声をかける。
「レイニーさん。賊は退けました。このまま王都に入ってください。私は仲間の援護に戻ります」
横で戯れ合い笑いあう一人と一匹を残したまま馬車から飛び出し愛馬を呼び戻す。
「少しだけクウを貸してあげる! 今だけだからね!」
遠ざかっていく馬車から『気をつけて!』と答えるようにクウの遠吠えが聞こえた。
戻ってきた愛馬の首を撫で騎乗する。
「ヴァーノンさんと合流してさっさと戻らないと。クウのこと知ってるみたいだし、親として詳しく話を聞かないとね」
クセニアは胸の痛みと頭にこびれついて離れない幸せそうな笑い声を抑え込むように深呼吸してヴァーノンのもとへと駆け出していった。
※ ※
「マイン! マイン! 帰ってくるって! 二人とも一緒に! お菓子もお茶も用意してない! 旅の疲れを癒すにはやっぱり甘いものかな? でもでもアービーは甘いの苦手だしどうしよう。あ、ママに教わったアップルパイとか良いかも! そしたらテリーは匂いが強い飲み物好きだからハーブティーかな。今から間に合うかな。でもでも手作りなんてなんか恥ずかしいし、ここはママに頼んでーー」
「落ち着け!!」
マインの自室に遠慮なく飛び込み、興奮冷め止まない様子で一方的に話し始めるコニィア。
その様子をマインはため息交じりに恋に浮かれる少女と評する。
「まずは状況を整理しよう。さぁ座りたまえ」
コニィアは生唾を飲み込み深呼吸して席に座る。
「ニアってさ、二人のことどう思ってるの?」
「どうって?」
「前にも聞いた気がするけど、二人のこと妙に意識してるじゃん。『私だけ地味な実験で嫌になる』とか『二人みたいに私も輝きたい』とかさ」
「そこまで言ってない! ……いや思ってたし言ったかもだけど、私も二人と一緒にみんなの役に立ちたいの」
「ほうほう。今の研究は全く役に立たないと。殴るよ?」
「そ、そうじゃなくて! なんて言うか、アービーもテリーも色んな所ですごーく頑張ってるでしょ? だから私もそんな風に頑張りたいの」
「ふむふむ。部屋に引きこもらず外で身体を動かしたいと。確かに気晴らしは必要だよね」
「真面目に聞いて!」
「真面目だよ? 私達は研究者で部屋に籠って頭を使う。ニアの幼馴染は外へ出てって身体と頭を酷使する。研究者、騎士、外交官と立場は違くても国のために誰かのために頑張ってる。違うとすれば直ぐに結果として見えやすいかどうかだけ。ニアが拘るのはどこ? みんなに認めて貰いたいの? ちやほやされたいだけなの?」
「そんなんじゃない! 私はただみんなと――」
言葉を区切り、静寂が二人を包む。
マインは優しい瞳でコニィアを見つめる。
「みんなと? 本当に?」
コニィアは答えることなく俯く。
「先に浮かんだ顔は誰?」
俯いた状態でもわかる程に顔も耳たぶも赤く染まっていく。
「幼馴染とのお付き合いもありなんじゃない?」
「そういうんじゃないってば! それにそんなの無理に決まってるよ」
「なんでよ」
「だって……」
マインだってそんなことが実現するとは思っていない。一人は従兄弟、一人は家臣の息子だ。婚姻にしたって慣例として女王は他国から婿を取ることが求められ、慣例を覆すには余程のことがないと穏便に事は進まないだろう。
「ま、正直になってよ。少なくとも私の前だけではさ。ニアの事、大事な妹のように思ってるんだから」
「なんで妹なのよ」
「私は見た目よりずぅーとお姉さんなんだから」
短い髪を手でなびかせてポーズを気取るマインをじと目でで眺める。
「それで? いつ帰ってくるの」
「日付から考えるとーーあ、早ければ今日かも」
マインが呆気に取られたその時に窓から空に咲いた赤い花が見えた。