初めての経験
「あの丘を越えたら遠くに城壁が見えます。今日中には王都入り出来そうですね」
いつの間にか当然のように隊長役として収まっているにこやかな先生。そんなご機嫌な先生が一番好きだ。
「年単位で旅をしていたような気がするな。色々ありすぎて給金弾んでもらわねぇと割に合わんぞ」
打って変ってけだるそうな様子のヴァーノンさん。その裏には道中クセニアを気遣う優しさがひっそりと隠れていた。
「今の住居はクウも一緒で平気なのかなぁ。オモチャもご飯も用意しないと」
クセニア嬢はマフラーよろしく首に巻き付いているクウを撫でながら、早くもクウとの日常を妄想している。
三種三様の感想。平和だなぁと思う。でもこれから滅茶苦茶忙しくなるんだろうなぁ。
「ヴァーノンさんとクセニアさん、王都に着いたらお時間宜しいでしょうか? お二人に折り入ってご相談があるのですが」
「例の件だったらアマビスカと一緒に聞かせてもらう約束だろ?」
「いえ、全く別のご相談です。端的に申し上げるとスカウトです」
「常識的に考えて身分訳ありからの頼みを引き受けると思うか?」
「ご安心を。訳あり諸々全部まとめて片づけますよ」
「余計怖いわ! まぁ考えとくさ」
お嬢は心ここにあらずで無反応だ。きっとクウのことで頭は花畑なんだろうな。
「オロフさん、王都に帰ったら父に旅の報告をするのですが秘めておくべき事項はありますか?」
「どのみち先に公と会うことになりますよ。もしかしたらその場に宰相様も同席なさるかも。いや公ならしますね。確実に」
もの凄く嫌な予感がするが努めて気にしないようにする。
「おい、なんか変な音しないか?」
「後ろ! 砂ぼこりが見えます!」
「全員警戒! 戦闘準備!」
先生の声で我に返る。ヴァーノンさんもお嬢も何かに気づいたようだが俺にはさっぱり分からない。
これが戦場経験の差なのか?
一拍置いて砂ぼこりの後、馬車が盗賊っぽい一団に追いかけられている状況が視認できた。
「ヴァーノンさん、クセニアさんは馬車の援護を! シュテルンさん足止めしますよ!」
「「了解!」」
ヴァーノンさんとお嬢の傭兵コンビは馬で駆け出す。
先生は無数の水弾を放ち、追っている連中の目前で水たまりを作った。
速度を落とした先頭の賊と思わしき人物が後続を止め矢継ぎ早に指示を出す。
集団は三手に分かれて荷馬車を再び追う。
傭兵コンビが荷馬車と並走しこちらに向かってくる。すれ違いざま追われている人物と目が合い奇妙な既視感を覚えた。
先生は指で眉間を抑えながら何かを耐える。
そうこうするうちに先生は水弾を水槍に変え、馬を狙ってぶっ放す。その大部分は馬か身体に命中し落馬をもたらすが、命中を免れた者の一部は俺と先生をすり抜けるように荷馬車を追っていく。
「全員逃がさず捕えたいところですが――無理ですね。仕方ありません。消します!」
先生は剣を抜き、馬を走らせながらも水槍を弓矢のように放っていく。
力量差を悟ったのか、騎乗していた賊達は逃げ去っていく。その散り方は何処か洗練された美しいものだった。
先生が斬り合いを始め一人また一人と次々に屠っていく。だが次第に囲まれ始めていた。
背後から先生を狙う賊を狙って俺は火弾を放つ。しかし火弾は当たらず、火弾の跡を辿って一斉に視線が俺を射抜く。先生から遠くにいた賊は俺へと一気に向かってきた。
「うぉっ!」
魔物とは違う鬼気迫る迫力に呑み込まれ俺の身体は硬直した。その恐れに似た何かを敏感に察したのか、馬はいななき振り落とされる。
尻餅をついたまま何をするでもなく、賊が目の前まで迫りながら剣を振りかぶるのを眺める。自然と剣に視線がいく。その剣は振り下ろされず力なくポトリと落ちる。少しおいて胸を貫かれた人の形をした肉塊が転がってきた。
人であったそれの目が俺を睨んだような気がして、突き飛ばし後退りし嘔吐する。小刻みに身体は震えだし、震える腕を抑えるように抱え込む。
そのままうずくまりそうになった所で頭から滝のように水が落ちてきた。前と同じだ。あの時は怒りに呑まれた。今は――はっとし、顔を挙げた先には落馬し斬り合い囲まれつつも、水弾を操る先生がいた。瞬間、なんだかわからない感情が込み上げて身体が勝手に反応した。
「うぉぉぉっ!」
腰に下げた短剣を抜き先生へ向かって走り出す。
直線状に居た腕に水弾が当たり怯んでいる賊を切りつける。
続け様、先生の後ろから切りつけようとする賊へ火弾を放つ。
賊は炎に包まれのたうち回る。先生は水弾を消し斬り合いに専念してくれた。
「先生! ありがとうございました!」
背中をあわせて声をかける。背中に軽く肘鉄を喰らい、優しさを感じて自然と笑みがこぼれる。
駆け付ける間に数人切りつけ動きを封じたため、まともに動ける賊は十人もいない。
「半分任せます。時間を稼いでください」
先生はそう言うと走り出す。俺も走り出し先生から離れるように距離を取る。
先生の剣戟の響きが徐々に激しさを増すが、俺の方は仕掛けず膠着を保つ。正直切り抜けられる自信はない。さきほどの身体を動かす激情にも似た熱い感情は消え去ったが、身体を止める恐怖に似た冷たい感情もまた消え去っている。もちろん恐怖心はあるが今はただ先生の為に頑張りたいだけだ。
「あっちは間もなくケリが着く。ここは穏便に武器を収めて頂けないだろうか」
無理だとは思うが語りかける。予想通り反応はない。
「逃げ出した頭のために時間を稼いでいるのかな? 野党にしては律儀な心掛けですね」
癪に障ったのか、賊達は一斉に動き出す。やっちまった。
足元を狙って炎の円を描く。動きが止まった隙に火鳥をたくさん『生成』する。徐々に生成した火鳥を大きくするためマナを『増殖』させる。
「その気になれば一瞬であなた達を消し炭に出来る。頭を探しに行くことも、見つけることも簡単だ――いかがだろうか?」
これ見よがしに火鳥を一つずつ『融合』させる。散々特訓した『圧縮』より工程が少ない分簡単だ。二つになった火鳥は頭上を飛び回り熱さで若干息苦しい。
「最後の通告です――投降か否か!」
火鳥を一体潰し火柱を二つ生成する。竜巻のように火柱は賊に向かっていく。俺に向かって切りかかる賊は火柱に呑まれるか火鳥に焼かれるかのいずれかで、戦線を離脱する者は足元から首まで水による拘束を受ける羽目となった。先生の方も一段落したらしい。
「やっぱり抵抗がありますか? ですが殺めたくないのであれば相手以上の実力を持たねばなりません」
きっと今の俺はひどい顔をしているのだろう。肉が焼ける気持ち悪い臭いのせいじゃない。覚悟が足りなかったせいだ。
「対人戦は殺めなければ殺められる。負ければ何かを失う。時にそれは何かを守るために命と引き換えとなります」
先生は拘束を受けた賊の近くへ行き脈を確認する。舌を噛み自決したようだ。辺りを見回すと行動不能にした賊達全員がもの言わぬ屍となっていた。
「統率された動きと自決の覚悟。おそらくどこかの国の同業者ですね。そして先ほどの人物。戻ってもゆっくり出来る時間はなさそうですね」
先生の頭の中では既に謀が始まっているようだ。