帰還準備
「すまぬ! よもやここまでハッキリと分かれるとは思わなんだ」
引き払う準備に追われている幕舎の中で珍しく殊勝な態度で謝るインゴ。
それをげんなりとした態度で応えるアマビスカとシュテルン。
ミーチャは何度目かの諦めの境地に至り遠くを見ている。ヴァーノンはオツカレサンと言わんばかりにそっとミーチャの肩を叩く。
オロフ、グレタ、クセニアの女性三人組はクウと名付けられた例の魔獣と戯れている。クウはクセニア程ではないにしろオロフに対してもグレタに対してもそれなりに心を許しているようだ。
マテオは出立の準備に奔走し、ユリアンはレイオンに移住する鉱族の確認をしていた。二人ともある程度落ち着いたようだ。
最終的にレイオンに移住せず土国に残る鉱族は一人もいなかった。だが誰に仕えるかで揉めに揉めている。
鉱族魔兵団所属の中で魔獣討伐戦に参加した者はアマビスカの人柄に、その他の者はシュテルンに初代レイオン王の姿を重ねた。非戦闘員である工作部隊と職人部隊は当たり前だが族長の指示のもとで行動を希望した。ちょっとした派閥争いだ。
「ちとやりすぎたようでの、『戦士としての魂に、鉱族としての矜恃に欠ける』と儂の評価がダダ下がりなんじゃ」
「そうとは限りませんけどね。部隊長クラス主催で昨日の夜に集会を行った時は団ちょ――族長の演説には皆さん認めていましたよ」
「族長の儂、仲間外れじゃよ……」
援護のつもりがインゴに止めを刺してしまったユリアンは苦笑しながらも移住者リストをミーチャに渡す。名前の横には各派閥が記載されている。ミーチャは真剣な表情でリストを眺める。
「そんな深刻に考えなくても結構ですよ? 部族全体としての亡命というべきかわかりませんが、我らの移住を認めてくだされば後は部族内でケリをつけます。今はただ、族長に感化された状態でその上さらに圧倒される技術を目の当たりにしたため盛り上がっているだけです」
「上手くいけば青薔薇騎士団への入団希望者と外交使節団創立メンバーとして扱えるんじゃないかにゃ?」
ミーチャの後ろからヒョイとリストを摘まみ上げ、グレタは突拍子もないことを言う。
「仮に亡命が成立したとしても鉱族全員を住まわせる土地が与えられるとは限らないでしょ。おそらく一時的な住居は与えられるだろうけど各自が自立して生活をしていかなければならないはず。知らない土地で一人で生きていくより協力して生きていく。かなり建設的な内容だと思うよ。これが単なる私的な引っ越しや移住となると土地探しから始めなきゃだけどね」
「「あ……」」
インゴもユリアンも不意打ちを喰らったように呆ける。
「ま、言い出したのは私ですしぃ? 心当たりがないわけでもないですしぃ? なんとかなるっしょ!」
ンフ~と得意げなポーズをとるグレタ。
「だが単なる騎士団長の私では対応できる状況にない。ホイホイと誰でも入団させるわけにはいかないぞ」
「んじゃ、私設騎士団で。アー坊もず~っと青薔薇に居るわけにはいかないだろうし。魔術具の扱いもそうだけど、魔術戦闘に関しても学べる絶好の機会じゃない?」
「「え……」」
アマビスカとミーチャも呆然とする。
「公設でなければ私設でしょ? んで私設であれば面倒な手続きは要らない。主に必要なのは運営費。お金の問題ならなんとかなるっしょ!」
再びンフ~と得意げなポーズをとるグレタ。その後ろから気配を消して近づいたオロフはひらひらとちらつかせているリストを丁寧に奪い取る。
「細かい所は置いといて、早速王都に使いを出しますのでリストは複製させて頂きます」
グレタとオロフは二人にしか分からない仕草で意思疎通を図る。グレタと付き合いの長いアマビスカはその様子から何となく察し、オロフがグレタと同じ蒼月騎士団だと悟った。誰が見ても聡明な父であるクレイブの手腕を考えると自分には安息の日々は暫く訪れないとも悟った。
満場一致で『全ては王都についてから』と早々に話を切り上げレイオン勢は出立する。鉱族とは違い持っていくものも処分するものも、土地についての思い入れもない。やることは山ほどあるので急ぎ王都へ向かう。オロフとシュテルン、ヴァーノンとクセニア(とクウ)は先行して馬で、アマビスカとグレタは荷馬車を貰い受け最低限の荷物を運ぶ。
「アー坊怒ってる?」
「いや? 青薔薇騎士団へ放り込まれた時もこんな感じだったなって思い出してた。あの時は父さんにもグレタさんにも怒りというより見捨てられたって寂しく思ってたんだなぁって今なら思うよ――あの時はごめん」
「あらあら。んじゃ今のぶう垂れた表情はなんなのよ」
「ぶう垂れたって……」
クスクス笑いグレタは話を促す。
「青薔薇騎士団に連れ出された時、父さんは震えながら抱きしめてくれたんだ。何も話さなかったけど、何かを必死に抑え込んでたんだと思う。さっきの鉱族達と一緒で、当事者にしか分からない何かに抗っていたんだと思う。今も謎だけど」
グレタは話す気はないらしく視線をそらし馬の鬣を撫でる。アマビスカは聞き出すつもりはなく気にせず話を続ける。
「今も昔も俺は父さんの駒なんだ。目的も知らされず、ただ一方的な指示で動く駒。父さんが誰かのために何かを成すための道具なんだ。そう思っていたから寂しかったんだ。今もその気持ちは多少ある。けれどそれ以上に俺は父の役に立ちたい。父のようになりたい。父が陛下を影で支えているように、俺もコニィアを支えていきたい。今の俺じゃちっぽけ過ぎて大したことは出来ない。だから学びたい。シュテルンが魔法を学ぶなら俺は魔術を。シュテルンが外交術を磨くなら俺は内政術を。悪ガキ三人組でレイオンの民だけでなく関わる全ての人に一つでも多くの笑顔と幸せを届けたい」
「一つでも多くの笑顔と幸せか。いいと思うよ」
グレタは悪くないと独り言ちた。鬣を撫でるその手は何かを堪えるように小刻みに震える。
「その想いを現実に近づけるため今は目の前のことをしっかりとやっていこう! お姉さんに任せなさいっ!」
「お姉さんよりむしろおばあちゃ――いたたっ!」
腰に手を当ててもう片方の腕を曲げ可愛くウィンクをしたその次の瞬間、アマビスカは光の小針を連続で受けた。
王都先行組は集落を見つけると可能な限り馬を休ませ、身支度を整えながら先へ先へと強行していく。一度経験済みのシュテルンは苦も無くオロフに追従できるが、ヴァーノンとクセニアはそう上手くいかない。集落に着くなり倒れ込むように突っ伏し横になる。移動中クウはクセニアの服にすっぽりと収まり体力を温存し、村に着くと無防備状態の二人を護衛するかのように大きく変化する。姿はある程度変えられるようだ。その流れを日が暮れるまで繰り返し、レイオンに一番近い町で宿をとることにした。
「新記録更新です! お疲れ様でした!」
オロフは上機嫌で乾杯の音頭を取り酒を煽る。酒好きのヴァーノンは一杯を飲み干すと疲れを吹き飛ばす様に息をつく。何が起こっているのかわからないクセニアはクウにご飯を取り分け果実酒で喉を潤しつつもシュテルンに目で訴える。心情を例えるなら『説明をお願いします』だ。
「記録の挑戦に付きあわされていたとは知りませんでしたがここまで急いだ理由は何なのです?」
シュテルンがクウに肉の切り身を差し出しながら問う。クウはつれなくそっぽを向き取り分けられたご飯を食べる。
「一つめは王都に手紙を出すこと。二つめはグレタに殿下を宥めてもらうこと。三つめは私達の親睦を深めることです」
「親睦ねぇ……」
ヴァーノンが胡散臭い視線を送る。オロフは御しがたいと悟ったのか態度を改めて話始める。
「単刀直入にお話しします。私はお二人の事を良く知りません。ですが殿下が信頼している方々だと思っております。そこでお二人にお願いがあります。殿下を、ひいてはレイオン国を支えるチームとして雇われる気はありませんか?」
「その前にだ。あんたは何モンだ? それにアマビスカが居ないこの場でする話じゃないだろ?」
「あーヴァーノンさん、僕からお話ししていいですか?」
ヴァーノンはお替りを飲みながら目はシュテルンを凝視する。どんな些細な感情でも見逃すまいとしているようだ。
「改めましてレイオン国宰相の長子シュテルンと申します。コニィア王女、アマビスカ殿下とは幼い頃良き遊び相手でありました。まずは殿下をお助け頂いたことお礼申し上げます」
「で? その昔馴染みが何の用だい?」
ヴァーノンの警戒は解けない。
「私は殿下の御父上クレイブ公からこちらのオロフさんを紹介頂き師として仰いでおります。そしてオロフさんの同僚としてグレタさんを紹介頂きました。そのグレタさんは殿下を『アー坊』とお呼びする間柄でいらっしゃる。こじつけと思われるかもしれませんが我々は殿下の身内とお考えいただけると非常に助かります」
「王族絡みで身分を明かさない……か」
ヴァーノンはクセニアに視線を送る。クセニアは戸惑いながらも頷く。ヴァーノンは肩をすくめグイっと飲みかけの杯を勢いよく空にした。
「訳ありとしておこう。とりあえず話だけは聞くとするさ。だが結論はアマビスカも交えてだ」
険悪な雰囲気は消え失せヴァーノンの三杯目が届く頃には三つ目の目的である親睦会へと知らぬ間に移っていた。




