生きるということ
次から次へと一体何なんだ?
どいつもこいつも自分に都合の良いことばかり考えやがってさ。ほんと嫌になるっての。
レイオンは俺らを丸ごと取り込もうとしやがるし、武闘派の脳筋連中は自己満足で無駄に死のうと考えやがる。お国の連中は今度こそ俺らを滅ぼそうとしているだろう。そしてその情報をレイオンは掴んでいると。
「あ~面倒。どうでもいいや。どうにでもなれ」
「心の声が駄々洩れじゃぞ」
「じゃあ団長どうするんです? パリスさん達の意見を受け入れ内乱でも起こします? 国の思惑通りに運び滅亡まっしぐらですけど。それとも各自の判断に任せます? それなら私はレイオンに行きます」
「いい提案じゃ。それにしよう」
「へ?」
程なく団長に呼び出されたレイオンの連中は兵士を含めた鉱族およそ百名を前にしてかなり緊張しているようだった。それもそのはず、無言ではあるが全員が怒りを顕わにし、その感情は渦を巻き今にも具現化しそうな勢いであるから。
そんな中で体調を危惧されていた殿下は物怖じせずゆっくりと辺りを見回す。本調子ではないものの自力で歩けるまでには回復した殿下に対して畏怖の念にも似た熱い視線を送る同胞達は殿下の秘密にある程度勘づいているのだろう。
「誇り高き勇敢なる戦士たちよ! 戦士の魂を失い鉱族の矜恃を投げ売った愚かな者共により我々の名声は地に落ちた!」
団長は族長代理として発言し始めた。過去の迫害や初代レイオン王に携わる数々の偉業。そして団長と双璧を成したビルさんの出奔と此度の因果関係。団長はノリノリになってしまったのか、推測でしかない国絡みの鉱族潰しを語るときには拳を振り上げ更に声を張り上げた。こういう時は頼もしい。
「問う! このまま甘んじて良いものか!」
「「「「「「否!!」」」」」」
魔兵団はもちろんのこと、戦闘工作部隊と職人部隊の生き残りといった裏方兵や子どもですら声を上げる。正直ちょっと怖い。
「なれば応えよ! 戦士としての魂に誓え! 死を恐れるな!」
「「「「「応!!」」」」」
魔兵団を筆頭にした荒くれ共が地響きを立てる。突撃命令を待つ決死兵みたいだ。
「これが鉱族の答えですか?」
オロフさんがきつい口調で問いただし、グレタさんはヤレヤレといった表情だ。
「まぁ見ておれ。悪いようにはならんじゃろ――多分」
青薔薇騎士団長の頬が変な風にひきつけを起こし、マテオはこめかみを摘まみ俯いている。二人に挟まれている殿下は怒っているような、それでいてどこか寂しそうだった。どうやら青薔薇の皆様にもご迷惑をかけるつもりのようだ。もの凄く嫌な予感がする。
「我らは一度滅びた身! 今更命は惜しくない! だが汝らの矜恃は何のためにある! 汝らの魂は誰と共にある! 儂の魂は今を生きる皆と! 矜恃は未来を担うまだ見ぬ子らのためにある!」
地響きが次第に止み静けさの中に緊張が漂う。全員の眼が団長へと注がれる。
「死に急ぐな。戦うことが目的ではない。戦いは手段であり汝らの目的のためにあるのだ。儂の目的は唯一つ。残された皆の命を守るために戦う。それが儂の矜恃でもある。汝らが鉱族の誇りに従い死地に赴くのなら儂はその誇りと戦うとしよう。汝らの魂が死戦を求めるのならば儂はその魂を喰らい尽くそう」
パリスさんが怒りをむき出しにして前に進んできた。その歩みをミレーヌさんが杖で遮る。彼女の眼もまた鋭い。一触即発、嫌な雰囲気。
それでも、面倒だけども、少しぐらいなら団長の盾にはなれる。めちゃくちゃ嫌だけど俺は少しだけ前に進む。
「大いなる闇と共に歩んだ英霊達は命を未来に繋げるために戦った。屈辱に耐えながら技を磨き、強大な敵と渡り歩いた。叶うならば儂も同じように戦いたい。たとえそれが英霊に見放され加護を失うことになろうとも。我らには新たに尽くすべき御方もおられる」
大小様々などよめきが起こり同胞達の視線は殿下へと注がれる。暫くして一人が跪くと次々に倣い、最後にミレーヌさんとパリスさんが礼を取った。とりあえず一安心だ。
「鉱族魔兵団団長インゴ=フォーベックは族長代理としてここに鉱族滅亡を宣言する! そして新たな氏族となりレイオンの地にて繁栄しようぞ!」
喝采に湧く同胞達とは真逆に、青薔薇の二人はお面のような無表情で姿勢を正しまっすぐ前を向く。吹っ切れたのか諦めたのか。その内面には同情を禁じえず、同族意識すら芽生える。俺はもうとっくにレイオンの民となっていたのかもしれない。そして殿下は相変わらずだ。
もう一方の令嬢二人組は呆れたように目の前の光景を眺め、シュテルンを手招きしこそこそと話始める。
いけ好かないシュテルンの表情が強張り、オロフさんに叱責を受け頭を掻きむしる。グレタさんに勢いよく背中を押されたシュテルンは体勢を崩し、皆の視線を一斉に浴びた。
「忠義を尽くし加護を欲するか。力を得て何を成す? 意思無き力は即ち無力。我らの加護に値せぬと知れ!」
ぎこちなく変なポーズをとって、そこそこ様になっている威厳を醸し出しシュテルンは次々と魔法を繰り出す。
土を盛り上げると、その土からは一本の樹がグングン育っていく。水の球を浮かび上がらせては地を濡らし、火の玉を漂わせては太陽のように輝かせる。育つにつれ発生する不要な枝は一筋の光によって切り落とされた。さっきまで殿下が発生させていた魔術具象に少し似ている。こいつの事は気に食わないが実力は認めるしかない。むかつくけど。どよめきの中、シュテルンは話を続ける。
「闇魔法士と呼ばれる由縁を知っているか? 全てを紡ぎしもの、漆黒の衣を纏いて死者をも操る。それが闇魔法だ。お前らが崇める初代王には遠く及ばないが、その片鱗を見せてやろう!」
視界に映るシュテルンの姿が霞んでいく。静寂と共にいつの間にか辺りは視界を遮るほど深い霧に包まれていた。周囲に悲鳴と叫び声が聞こえてくる。ある者は親しみを込めて先の襲撃で死んだ者の名を呼ぶ。すぐ近くで聞こえた叫び声の方に注意を向けると人影がユラユラと近づいてきているような気がした。その人影、人の輪郭を模倣した黒い物体は俺の横を通り過ぎて再び霧の中へ消えていった。
「わかるか? 救いを求める声が。聞こえるか? 無念を訴える声が」
風が霧をなぎ払い視界が晴れる。
そこには我らの礼と同じく片膝をつき心臓に手を添えて首を垂れる黒い人影、いや鉱族の英霊達が隊列を組んでいた。隊列の先頭には腰に手を当て面倒くさそうに頭を描く英霊とガシガシと掌に拳を打ち付ける英霊が居た。先代族長と先代戦士長の癖を体現するその英霊達はシュテルンの言葉を待つかのように対峙する。
「俺程度の技じゃ、ちっぽけな俺の力じゃ何も出来ない。何も叶えられない。何も救えない」
シュテルンは両手を上げ魔法詠唱に集中し始めた。黒い塊が宙に浮かび上がり周りを吸い込むかのような風が発生し始めた。風で視界が遮られるもシュテルンの胸元には一点の優しい光が輝くおかげで何故か安心を覚える。風が落ち着きを取り戻したころ殿下がシュテルンの横に立ち並ぶ。そしてグレタ氏は殿下の、オロフ氏はシュテルンの側に控える。殿下はシュテルンの肩に手を添えて話始める。
「そんなちっぽけな我々が現在を生きていられるのは先人達のおかげだ。だからこそ現在を精一杯生きて未来へ繋げることが先人達の恩に報いる事だと私は考える。それはレイオンだろうと鉱族だろうと変わらないはずだろ?」
シュテルンは殿下の横顔を見つめる。殿下の表情は先程とは違い、厳しくも優しい雰囲気を漂わせている。シュテルンは苦笑しながら再び魔法詠唱に集中し、両令嬢は相対しながら膝をつき祈りを捧げるように両手を組む。黒い塊は浮かび上がりながら姿を変えていき、大輪が咲いたように輝き光を放つ。その光に照らされた英霊達は次第に色を薄くしていき儚く消えていった。
「今一度、それぞれ自分自身と向き合って欲しい。未来に向けて何をしたいのか。そして現在、内に秘めたその怒りは未来への活力としてどこへ向かうのかを。我々は明後日の朝に此処を発つ。ともに未来へ歩みを進めるか、それとも過去に生きるか。じっくりと考えてほしい」
先代の両長は全ての英霊が導かれるのを見届け、大輪の光に照らされると礼を取りながら露と消えた。




