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いたずらなえみ

 さっきまでの不穏な空気は掻き消え、暗闇の中に虫や梟の鳴き声が響く。

 先生は一言も発さず、代わりに口笛を鳴らし馬を呼び寄せる。二頭が戻り二人が跨るまでの間に星の位置を確認し一目散に駆け出す。

 馬が潰れないよう休憩し、その都度星を利用し方角を確認する。

 その表情は怖いくらい真剣で、態度はいつ襲撃されてもいいように備えているようですらある。

 置いてけぼりにあわないよう死に物狂いで追走し、夜明けとともに鉱族の村へと辿り着いた。


 村へ入ろうとするも、物見の鐘がけたたましく鳴り、一瞬で張り詰めた空気を感じるくらいな警戒態勢に移る。何も行動できずにいると村から迎えが訪れ、村中へと案内された。


 焼き払われた家屋は解体途中で放棄され、補修すれば使えそうな家屋も手付かずで、更地となった場所にはテントが建てられている。そして残念なことに建物よりもテントの数が圧倒的に多い。

 大半の村人達は黙々と穴を掘っている。掘り終わった穴には質素な壺と装飾品が置かれていく。すぐ近くの荷台にはびっしりと様々な壺が並んでいる。どうやら墓のようだ。


 不思議なことに多くの村人を失ったにも関わらず悲壮感は漂ってはいない。むしろ静かな緊張感を漂わせて強い怒りのようなものを感じた。

 その感覚は通されたテントの中ではっきりと形になった。


「我らは我らの誇りを守る! それで滅びを迎えようとも本望だ!」


 小柄にも関わらず重量感を放つ体躯の男が、机越しに座るこれまた厳つい男に詰め寄る。

 今まで見た地鉱種族もそれなりに立派な体格ではあったが、彼らと比べるとより一層筋肉隆々として逞しい。だがそれ以上に詰め寄られている男の視線は鋭く、離れて見ているだけでも寒気すら覚える。


「そう急くなパリス。待ち人も来たようじゃ。近いうちに族長として令を出す。今は引き続き英霊となった同胞の魂を導け」


 不意に振り返られ、パリスと呼ばれた男から親しみのない一瞥をもらう。すれ違いざまに舌打ちのようなものも聞こえた。

 詰め寄られていた男の横に控えていた少し幼く見える青年が近寄ってきた。


「初めまして。鉱族魔兵団の参謀を務めているユリアンと申します。アマビスカ殿()()の幼馴染であるシュテルン様ですね?」

「レイオン国宰相の息子シュテルンと申します。以後お見知りおきを」


 青薔薇騎士団内でアマビスカが王族であることを知っている人は理由はどうあれ多いはずだ。だがその事実をおいそれと口に出すような人物は青薔薇騎士団にはいない。他人の出生をベラベラと話すような人間が国内屈指の騎士団員にはなれないからだ。『なぜアマビスカの素性を知っているのか』、『どのような意図で王族であることを強調したか』はわからない。ここは『反応しない』が正解だろう。ユリアンは気まずそうに頬をかいているが知ったこっちゃない。


「アマビスカ()()とグレタさんは離れにいます。案内しますのでついて来てください。団長、先に行ってますんで顔出してくださいよ? 面倒くさがらずに絶対ですよ?」


 ユリアンは肩越しに後ろへ声をかけながらテントを後にする。後に続きテントを出る際にちらっと見えた団長の姿はどこか少しだけ寂しそうに見えた。


「オロフさんはグレタという方に心当たりがありますか?」

「私の同僚です。そして今現在一番に会いたかった人です。手間が省けました」


 相変わらず固い表情なので、この「会いたかった」には目当ての人ではあるがトキメキ要素は皆無なのだろうと察した。

 当然会話が弾むわけはなく、ギクシャクした雰囲気に困った様子のユリアンに黙って続く。

 案内されたさほど大きくない平屋のホールには騎士団とは思えない風采の男が椅子に腰かけ、紫の瞳が印象的な女性は長机の上にいる小動物と戯れている。

 屋敷に入った瞬間に二人とも一瞬だけ不穏な空気を醸し出したが、脱力したユリアンの姿を認めると関わり合うことを放棄したかのように無視を決め込んだ。

 何故かはわからないけど何となくユリアンに親しみを覚えた。


「シュテルンさんとオロフさんをお連れしました」


 ユリアンは突き当たりにある部屋の開かれた扉をノックして中に声をかける。

 促されるまま中に入るとアマビスカは呼吸を浅くし見るからに苦しそうに身悶えていた。

 呆然とする俺の脇を先生は勢い良くすり抜け、アマビスカの側にいる女性とともに怪しい動きをする。


「グレタ、魔力(オド)の巡りが悪くなったと思えばいいのかな?」

「急に魔術を使い始めたことによる魔力暴走に近いと思う。複数属性を使うに丁度良い量が分からないんじゃないかな。身体はどんどん魔力を生成するけど上手に発散出来ていないんだろうね。溜まりやすいのに上手に出せないなんてとんでもない我慢プレイだよね。お姉さん達が気持ちよくしてあげないと」

「言い方っ! 無理やり持っていかない!」


 先生はアマビスカの手を取るとそこだけ魔法で発生させた水で優しく包み込む。


「魔力漏れはしていないようだね。内部異常……バランスが崩れたのかな。過度に負担をかけた? それとも主系統との隔たりが激しい? どちらにせよ複属性持ち特有の魔力不全症状と見受けます」

「二つとも物凄く心当たりがあります……」


 ユリアンは先生からの鋭い視線に止めを刺されて倒れ込みそうな弱弱しい声で今までの説明をし始めた。


 魔力の流れを感じ取るよう意識させるため、主系統と思われる雷の手袋のみを身に着けるよう指示を出したのは誰でもないユリアンであった。一般的な魔術師としての訓練であればユリアンの指示で間違いはない。そもそも属性の複数持ちなどめったにおらず、対処法など知る由もない。


「これ以上の対応は部屋の中では危険です。アマビスカさんを外に出しましょう。魔力を整えるために全て発散させます」

「溜まったモノを暴発させるのは中じゃなく外だよね。うんうん」

「っ!!」


 だらけた感じの想い人をキッと睨む先生はもの凄く新鮮で可愛かった。

 ユリアンはしょんぼりしながら部屋から出て行きアマビスカを運び出す準備にかかる。

三人になると先生は居住まいを正し、事務的な口調で話し始めた。グレタさんもさっきまでのだらけた雰囲気とは正反対にガラリと変わった。


「簡易報告となります。火国における土国外交官接触後、陽動部隊を編成し護衛対象のみと行動。冒険者スキル及び魔法スキルの初歩は学び終えたものかと」

「その陽動部隊は土国に向かう途中で賊の襲撃に遭った。そして逃走途中に魔法と思われる妨害を確認。ただの賊ではない」

「では例の鉱族が関与している可能性も?」

「あるいは国か両方か。いずれにせよ鉱族の戦力は味方につけねばならない」


二人は頷き合い話を終わらす。程なくホールで見かけた男が現れアマビスカを背負い運び出す。

後に続こうとしたところグレタさんに呼びかけられ、エメラルドよりも深い色合いの宝石が五芒星中央に嵌ったネックレスを渡された。


「公からの預かり物です。悪ガキ三人パーティー初めての冒険による成果報酬だそうですよ」


五年越しに再開した魔晶原石は久しぶりと挨拶をするかのようにキラリと光を反射した。




 アマビスカの溜まった魔力は、魔術の適性試験での道具を使って強制的に開放することになった。

 場所は村外れにある鉱族の練武場。練武場とは名ばかりの、剣や防具が乱雑に置かれているだけの開けた場所だが。

 アマビスカは槍の攻城兵器みたいな試験道具に括り付けられ、放置されては手袋を付け替えられ、また放置されるという何とも言えない状況に陥っていた。手袋をかえる度に攻城兵器から発現される効果が違って俺は楽しかったし勉強にもなった。俺も後で試してみようと思う。グレタさんは『放置ぷれいぐっじょぶ』とか宣い、先生と突っ込み漫才をしていた。突っ込む先生もまた可愛い。


「アー坊の魔力量は主系統もそれ以外もどちらも同じくらいなんだろうね。一つの属性ですら常人よりも多い魔力量なのにそれが五人分。何回もた~くさん出さないとあっという間にパンパンになるだろうね」


 グレタさんの絶妙な言い回しとヤラシイ言い方で変な想像をしてしまうが至って真面目な話をしていることだけはわかる。

 というのも試験道具から放出される炎や水は途切れることはなく、木々や作物は成長し続け、なんだか良くわからない謎の鉱物はどんどん生成される。生成された鉱物は鉱族の本職鍛冶師でさえ扱いに困るほど硬いそうだが、これまた試験道具から放出される雷のような変な光でスパっと切断される。このサイクルが未だ途切れることなく続いている。周回していくうちにアマビスカの顔から苦悶の表情は消え、どこか肌が艶々しているように見えるのは俺もグレタさんに毒されたせいかもしれない。


「現在の状況から推察すると、良く見る魔力不全とは違い、魔力を消費してさえ居れば健康を維持できるものと考えられます。この考えが正しいのであれば、今回の原因は生成される魔力に身体が付いていけず崩壊寸前だったという事になります。水差しから水をコップに注ぐ際に水が溢れるのであれば、コップを大きくし内容量を増やすか、注ぐ水の量を調整するか、あるいは水差しから注がれる量よりも多い水を捨てたり飲み続ければ良いわけです。素っ気ない表現をするならば、最後の例は魔術武具を装着したままにすればいいですし最初の二例は修練で解決しますね」


 先生は溜息をつきながらで天を仰ぎ、グレタさんは口調とは裏腹に真剣な表情をしている。


「グレタ、師匠に取り次ぎを頼みたいのだけど。内容はアマビスカさんとシュテルンさんの魔導に関する基礎鍛錬」

「基礎鍛錬を父に? 本気?」


 グレタさんは真剣な表情のまま先生を射抜くように見る。まぁそう反応するよね~と動じず軽くうなずく先生。


「アマビスカさんに関しては師匠以外に適任者は居ないと思うの。というか誰も対応できないと思う。シュテルンさんに至っては私と二人で合唱魔法を使ったと報告すれば即断で受けてくれると思うよ」

「それは確かに最高の根回しだね。笑えないけど」


 先生とグレタさんは暫く真剣な眼差しで見つめ合い頷き合う。グレタさんから()()()()感じがなくなり半端ない威圧感が漂い始める。


「王弟クレイブ公の名代として鉱族魔兵団軍師ユリアン殿へ改めて申し上げる。我が国の使節団が賊の襲撃に遭った件と鉱族が襲撃に遭った件には関係性があったと推測される。ただし現段階では賊の目的が定かではなく、また背後関係も明らかになっていない。そして国としての支援は内政干渉となりえるため心苦しいが実施できない。代替え案として世話になったアマビスカら三名を使わしたが、見ての通り迷惑をかけている有様。なので――」


 グレタさんは威圧感を取り除いた悪戯な笑みを見せながら提案する。


「鉱族の皆さん()()でレイオンに引っ越しする気はありませんか?」

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