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生きた証

 一緒にぶっ壊すかはともかく、俺は来る日も来る日も『生成』『増殖』『圧縮』を繰り返した。

 出来るだけ多くの火球もしくは水球を作り出し、各々を大きくし、一つにまとめて更に密度を高め小さくする。

 圧縮し続けるとマナが纏まらなくなるのか、球は消え失せる。

 おそらく俺の技術限界なのだろう。

 マナを操作するということ、そして自分に出来る限界が朧げに分かってきた。


 オロフさん、いや先生は抽象的な表現は極力省き実演を交えて教えてくれる。

 先生曰く、『この流れは実践としては無駄が多く役に立たないが訓練としては非常に良い』とのこと。

 確かに戦闘時では動きながら複数の火球を生成することも出来ず、かろうじて出来上がっても増殖することはかなわなかった。

 だけど生成する火球を一つだけにしてみると、動きながらはもちろん場合によっては剣で攻撃を受けている間でも片手で威嚇程度の火球は作れるようになった。

 圧縮の加減も何となく身に付き、出くわす魔物()を火球で仕留めるとこんがり良い感じに焼き上がり調理の手間も省けるようになった。

 あの一件以来、魔法に関してもの凄い手ごたえを感じている。


 けれど先生がいう所の融合魔法とやらに関しては一度も再現出来ていない。

 俺が火球を作り先生がそれに水球をぶつけてもどちらかがただ消えるだけ。

 火球を水で覆ってみたりと試行錯誤を繰り返してもあれほどの爆発は一度もなかった。

 豚肉を食べ終わった後の運動(練習)も爆発とは言えず沸騰からの蒸発という表現が正しく思える。

 疲れて膝をつく俺を放っといて、先生は辺り一面に発生した霧を不思議そうに見やる。


「もしかしたら同一者による相克属性同時発動が鍵なのかもしれません」

「同じ場所で同じマナを利用しているのに同一者という条件は必要あるのですか?」

「私なりの考えですけど、マナを操作する際に使っているものがオドだと仮定してます。だから扱える属性が限定される。魔術も魔法もオドが起点だとしたら融合魔法の鍵となってもおかしくありません」


 そして腕を組み顎に指を添えながら先生はブツブツと独り言つ。

 その表情はどこか楽しそうでとても美しかった。

 秘書っぽい無表情の冷たい先生も美しいのだけど、俺は今の研究者っぽい先生が好きだ。

 冒険者スタイルの先生は時折見せるどこか寂しそうで愁いを帯びた感じのせいで近寄りがたい。

 ころころと姿も態度も変えるこの人は本当に不思議な人だ。

 放っておくと自分の世界から戻ってこれなくなる人なので、背中を押し馬に乗せ、手早く出立の準備をする。


「シュテルンさんは今まで意識して複数の属性を同時に扱おうと思ったことはあります?」


 馬の鬣を見ているようで見ていない心ここにあらずの状況で先生は話を続ける。


「そんな器用な真似が出来てたら苦労はしていませんよ。さぁ、考えるのはその辺で終わらせてください。先を急ぎますよ。火が暮れる前に寝床を探しましょう。上手くいけば村まで行けるかもしれません」


 地図を確認し近くの村を把握する。もう少し行けば整備された街道に出られる。旅も終盤だ。

 人里に着いたら鉱族の村についての情報を集める。そして鉱族以外に賊の被害があるかないかも確認する。情報は細かくてもあるにこしたことはない。ふとした情報の積み重ねで、鉱族襲撃が仕組まれたものなのか、偶発的なものなのかを見極める材料になるものだ。やることはたくさんある。

 だが進めど進めど道は意に反して道はどんどん荒れていく。

 人の手が入った痕跡は確かにあるが、修復されなくなって大分時がたっているようだ。


「どうやら今日も野宿ですね。この調子だと村はもう機能していないでしょう」

「行くだけ行ってみましょう。風がしのげるだけでもかなり違いますし。もしかしたら修繕に使えるものがあるかもしれません」


 廃村に辿り着く時には日も暮れかけていた。

 草木が生い茂り、蔓が侵食した家は今にも崩れそうになっている。

 馬から降り村へと入る。

 俺は何とも言えない雰囲気におじけづき途中で立ち止まってしまったが、先生は注意深く辺りを見回しながら歩みを進めていく。

 頬を両手で叩き気合を入れ先生の後を追う。


「争った形跡がありますね。野盗の類でしょう」


 良く見ると家の壁や地面には弓矢が刺さり、背中からつるはしで殺されたような白骨もあった。

 先生は礼をつくしながら家々を覗き使えそうな物を調達していく。

 村の隅にあった納屋らしき建物が一番傷んでおらず俺たちはここを寝床に決めた。


「少なくとも十年近くは放置されているでしょうね。自国であれば手厚く埋葬するのですが……心苦しいですね」

「国からも見放され捨て置かれることなんて良くあることなのですか?」

「国と地方領主によりますが、復興させる労力と金額に見合うだけの収入がないと判断されれば致し方ないかと」


 先生は紐や布など廃屋から集めてきた素材で持ち物を手際よく修繕する。

 その表情は少し申し訳なさそうだった。

 俺も見様見真似で出来ることをする。

 無残に殺された人達の生きた証を使わせてもらっているわけだから何かお返しをしたいとは思っている。

 きっとその気持ちは先生も一緒だろう。


「若い頃クレイと――ゴホン。公と諸国を旅した時の事ですが、クロイア皇国という地方国家で同じような惨状を目にしました。屍体は腐り始め、屍肉を貪る大小様々な生物で村は溢れていました。私たちは疫病を危惧し屍体を焼き払いました。骨は埋め、焼き払われたり今にも崩れそうな家は壊しました。私達は褒められたいわけではなく人として当然のことをしたまでだと思っていました。ですが皇国側としては余計なことで、皇国に対して反抗的な行動をとる村の末路としての見せしめだったのです。私達はそういった事情を知らずに私達がそうしたいから行ったまで。結局は自己満足だったんです」


 遠くを見て昔語りをする先生はとても懐かしそうに、そしてどこか寂しそうだった。


「その後は色々と面倒ごとに巻き込まれ、逃げるように皇国を後にしました。幸い大事には至りませんでしたが先代国王様には大変叱られました。あぁ、なるほど。私の役目はこういう事だったのですね」


 先生は勝手に一人で納得している。


「私はこれから公と旅をした経験を中心に話していきます。若い頃に公が味わった挫折と苦悩を。公は話してくれなかったけど、ずっと近くで見てきた私なら、ずっとずっとクレイの後ろ姿を見てきた私なら少しぐらい代弁出来るはず」


 フフフと笑いながら先生は不意に小さく拳を引く。なにやら決意を固めたようだ。子どもみたいで少し可愛い。


「ええと、良くわかりませんが宜しくお願いします。所でオロフさんとクレイブおじさんとの間柄は何なのですか? おじさんも冒険者の肩書を持ってたり?」

「そうですね。公とはパーティー仲間でもあり、幼馴染でもあり、監視対象でもあった、雇い主と使用人の関係です」

「全く訳がわかりません」


 先生は付き合いが長い事が分かれば結構ですと言い放ち修繕の続きに戻る。


「貴方のことは私に任すと公は仰いました。てっきり魔法についての指南かと思ってましたがその分野ではお役に立てそうにありません。魔法については別の方に……そうですね、受けてくれるか分かりませんが私の師に頼んでみます」

「どのような方なのですか?」

「木国では森の賢者と呼ばれてました。レイオンではいくつもの肩書があるので何とも言い難い方ですね。でもあの方より知識を持っている人物を私は知りません」

「ではお眼鏡にかなうよう少しでも力をつけねばなりませんね」


 修繕が一段落した後夕食をとり、軽く運動をするため外に出る。辺りは月明かりも差さず何も見えない。かろうじて見える廃材を手に取り、松明がわりに火をつける。辺りに飛び火しないよう注意しながら廃材を組み松明を投げ入れる。


「確かに複数の属性を同時に扱えれば攻撃のバリエーションは増える。一見反発しそうな火と水でさえ、結果としてさっきは霧のようになった。最初からもっと濃く視界を遮れるようになれたら立派な錯乱魔法だ。属性に縛られず、五行の概念にとらわれず、自由に……」


 確かに今までは火鳥を創ろうとして最初からイメージしていた。水魔法もしかり。だったら最初から霧をイメージして集中してみる。


 脳内に光の線がいくつも漂う。まるで蛍が飛び交っているみたいに。その線を束ね光を強くする。

 その刹那、背筋がぞわっとする恐怖感にも似た感情に襲われた。

 目を開けると脳内と同じように光の束が幾重にも螺旋を描くように漂っている。

 その螺旋を掴もうとするかのように地面から黒い影が伸びている。

 その影は輝く螺旋の影響を受けない暗い遠い所でもはっきりとわかるほど濃く、徐々に近づいてくる。

 草木が揺れ、擦れる音に混じって呻き声のような音と足音が響く。


「囲まれてますね。場合によっては街道まで駆けます」


 いつのまにか先生は旅支度を整え横に立っていた。


「敵意はないとはいえ、どんな状況でも近づく気配には警戒してください。暗殺者は一撃必殺です」

「こんな状況でさえもご指導ありがとうございます」


 若干呆れながら苦笑交じりで返答する。先生のお陰で心に余裕ができ恐怖心も薄らいだ。

 そうこうするうちに地面から伸びる黒い影が光の螺旋に触れると時が止まったかのように辺りに静寂が訪れたが、すぐにその静寂は激しく憤る声で終わりを告げた。

 影は激しくうねりながら俺達に向かってくる。


「敵意向きだしですね!」

「ちょっ! 白骨まで動いてますよ!」


 先生はくるっと一回転しながら水の刃を繰り出していく。影は切れ、動き出した白骨死体は上下真っ二つに分かれたが上半身は這いつくばりながらも歩みを止めない。俺も負けじと膝ぐらいの高さの波を断続的に発生させる。ほんのちょっと足止めになっただけで根本的な解決にはなっていない。それは先生も察しているようで、辺りを見回し水球を出したり消したり投げたり、ぷかぷか浮かばせながら考え込んでいる。そんな不可解な行動を横目に見ながら俺は四方八方ひっきりなしに波を作っている。


「マナが集まっている? まさか」


 何度目かの水球を影にぶつけた所で先生は急に膝をつく。先生が祈るように両手を組み詠唱をし始めると光の螺旋は収束し辺りを照らすぐらい明るく輝いた。


「合唱魔法ホーリーレイン!」


 ほとばしる炎のように輝きは弾け、熱くはなく心地よい雨が辺りに降り注いだ。

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