ちいさなぼうけん
緩やかな、しかしゴツゴツとした岩肌を上っていく三人の子ども達の姿がある。
崖と言うほど急ではないが、足を滑らせたら地表まで転がっていき怪我所ではすまないレベルの高さではある。
見守るように彼らの後ろでは様々な形をし色彩豊かな建物が立っている中、一際大きな白亜の塔がそびえ立っている。
「ニア~!テリ~!待って~」
「アービー遅い!早く早く!」
「ニア、急いだところで何にもならないぞ?アービーもう少しだから頑張れ」
ニアと呼ばれた少女はレイオン国王の第一王女コニィア゠オル゠レイオン。
ニアの後を行くテリーと呼ばれた少年はレイオン国宰相の息子シュテルン。
二人の後を息を切らせながらついていくアービーと呼ばれた少年はアマビスカ゠レイオン。父は現国王の弟でコニィアとは従姉弟ということになる。ちなみに「オル」とは王の直系を表す。
三人とも数えで十となったばかり。十歳になった記念とし、冒険と銘打って普段では立ち入りを禁止されている採掘場へと向かっている。禁止されている理由は単に子どもの遊び場としては危険を伴い不適切だからだ。
冒険の目的はコニィアの十歳祝いの装飾品に使う宝石を手に入れること。無謀な事極まりないが、いつもの事だと割り切って三人一緒に行動している。
「ここが採掘場か。予想以上に石だらけだな」
シュテルンは短い青髪から流れ落ちる汗を袖で拭いながら興味深げに辺りを見回す。
「装飾品になりそうな綺麗な石は……近くにはなさそうね」
陽の光に照らされるコニィアの赤毛は優しい色合いを醸し出し、強烈な印象を残す赤目を隠すカモフラージュとなる。
「疲れた~少し休もうよ~」
アマビスカの澄んだ海のような青い瞳が漆黒の黒髪を強調する。
「何言ってるの。冒険はこれからよ。さぁっ!行くわよ!」
意気揚々と採掘場へと入っていくコニィア。それを眺めながらヤレヤレと首を振るシュテルン。アマビスカはげんなりと重い足取りで二人の後についていく。
「意外と暗いな」
「明りがないと迷いそうだわ」
「もう帰ろうよ……怖い……」
「意気地なし!綺麗な石を見つけるまで帰らないわよ!」
入り口から差す淡い光もあっという間に効力を失い、壁に掛けてあるランタンの弱い光だけが周囲を照らす。
「これは準備不足だな。迷ってしまっては意味がない。今回は軽めの探索としよう」
「見て!あそこ光ってるわ!」
「待てって!ニア!はぐれるぞ!」
「平気よー」
コニィアは勢いよく駆け出し所々で淡い光を放つ壁へと近寄る。
「すごい……きれい」
コニィアは光を放つ部分に軽く手を触れる。一瞬だけ強く輝きを放ちが、すぐに光は壁内部へ吸い込まれるように消えた。
「たしか魔晶石といったかな。魔力純度の高いものは紋章術や魔剣の材料になるはず」
シュテルンは淡々と語るが目は爛々と輝いている。大人びてはいるものの子どもらしい一面は持っている。アマビスカも多少は興奮しているようだが、彼は恐怖心が勝っているようでオドオドしている。
「これ持って帰れないかしら」
「掘り出すのは流石に無理だろ」
「でも……んー」
「あっ!あっちに落ちている石はどう?」
アマビスカが指差す先には少し大きめの石が複数落ちており、壁の石同様に淡い光を放っている。
ゆっくりと近づいていく途中でアマビスカは蹴つまずき、立てかけてあった採掘道具を勢いよく倒す。けたたましい金属音がこだまのように反響する。
「ちょっと!何してるのよ!」
「ごめん!足下よく見えなくて…」
「しっ!誰か来るぞ」
道の先にある分岐路の右側から、薄っすらとした灯りがだんだんと強くなっていく。
「とりあえず今回の冒険は終わりだな。続きがあるかわからないが」
「絶対諦めない!」
「あーまた怒られる……」
コニィアが落ちている石まで駆け寄り小さめの石を掴み取り服にしまう。
灯りが到着するまで各自最善の言い訳を考えていた。
王宮の一室。室内には椅子に座った貴婦人と華美な服をまとった貴族の男、三人のいたずら小僧達は整列し貴族男の言葉が終わるのを待っている。
貴婦人はコニィアの母であるマチルダ゠オル゠アイラック゠レイオン。火の国王独特の燃えるような赤毛と赤目を持っている。見た目は意志の強い麗人といった感じだが、内面はおっとりとしていて何もないところでも転んでしまうドジっ子だ。
貴族の男はクレイブ゠レイオン。アマビスカの父にしてパールストスを収める公爵だ。
「という訳でコニィア、貴女はもう少し分別を働かせなさい。オルを名乗る者として軽率な行動は控えるように」
「申し訳ございませんでした叔父上。頼りになる友らが私の我がままを渋々ですが受け入れて下さるので少々羽根を伸ばし過ぎてしまいました。以後気を付けます」
「そのセリフは聞き飽きたよコニィア」
コニィアの発言を聞き、頼られているというより連れ回されている二人は視線をそらし、あらぬ方向を見上げる。クレイブは諦めを持って投げやりに返す。
「危ない事をしないこと、二人に迷惑をかけないこと。この二つだけ守ってくれれば母は何も言いません。それで今回は何か収穫がありましたか?」
「はい母上。採掘場で綺麗な石を手に入れました。これで装飾品を作ってみたいと思います」
こっそりと服にしまいこんだ魔晶原石をマチルダに渡す。
「あらあら綺麗な色合いの原石ですこと。良く見つけたわね」
「アービーが見つけてくれました。他にもいくつかあるのですよ」
クレイブは微笑ましい親子の会話に呆れながらも息子の名前が出てきた瞬間に話に入っていく。コニィアから魔晶原石を一つ受け取り光を透かしながら感嘆の溜息をもらす。
「これをこいつが?いつの間にかマセガキになりやがって」
「父上、お言葉にはお気をつけを」
シュテルンは二組の談笑を無表情で見つめる。努めて聞こえないフリをしているといった方が良いかもしれない。
開け放たれた穏やかな部屋の空気とは裏腹に、廊下からは重い金属の音と声を大きく上げる男の声が響いてくる。声が近づくにつれシュテルンの顔は強張り、部屋には重い沈黙が訪れる。声の主は部屋の入り口で鎧を着た騎士に指示を出し、部屋へと入ってきた。
「この度は愚息がご迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした。シュテルン、お二方を危険な目にあわせるなど言語道断!お前は立場をわきまえなさい!」
「お言葉ですが宰相様、立場とはどういったものでしょうか?」
宰相タチップの有無を言わせぬ物言いに直感的に食いついてしまったアマビスカは苦々しい表情のまま話を続ける。
「私にとってテリーは大切な友人です。ニアの軽はずみで怖いもの知らずの行動に一緒に振り回されてくれるかけがえのない仲間です」
「アービー……ひどくない?」
泣きそうなコニィアのつぶやきには答えず、アマビスカはタチップに噛み続ける。
「今回の件、採掘場に行こうと決めたのはテリーではありません。ニアを止められなかった事に対して責めているのならば私も同罪です。今後はニアの暴走を止める立場にある仲間としてテリーを支えていきます。もし宰相様が仰る立場というものが身分を指しているのだとしたら、私は大切な友を失う事になってしまいます。私の考え違いですよね?」
泣きそうな表情から一転、コニィアは顔全体で驚きを表現している。シュテルンもコニィアほど間抜けな表情ではないが驚いている。二人にとって今のアマビスカは、かつて経験したことのないほど頼りがいのある人物となっていた。十歳でここまで言えるヤツは中々いない。
「アマビスカ控えよ。タチップ殿、息子の無礼お許しください。また僭越ながらご子息には私からも苦言を呈させて頂きました。反省しているようですし今回はこの辺で宜しいのではないでしょうか」
「コニィア、二人を連れて部屋で待っていてくれるかしら?装飾品に使えそうなものがあったら渡してあげます」
コニィアはマチルダに感謝の視線を送り二人を伴って退出する。
「宰相、あの子たちはまだまだ子どもです。もう少し優しく接してはいかがです?」
「お言葉ですが王妃。我が愚息なれどシュテルンにはコニィア姫、アマビスカ閣下の手足となるよう育ってほしいのです。将来お二方は国の要となられましょう。鉄は熱いうちに打てと申します。少々厳しいくらいが丁度よいのです」
「ですが――」
「タチップ殿のお気持ちは重々承知しており感謝いたしております。ですが私としてはアマビスカにとって唯一無二の友となって欲しいのです。幼い頃にしかできない無茶というのも貴重な経験であり教育でもあります。ここは一つ様子見という事でいかがでしょうか?」
タチップは恭しく頭を下げ返事とする。
「話は変わりますが今回の件、意外な収穫があったのも事実です。タチップ殿、この魔晶石についてどう思われますか?」
クレイブは魔晶原石をタチップに渡す。タチップもクレイブ同様に光を透かしながら注意深く観察する。
「専門ではありませんので詳しくは分かりませんが、かなり純度の高い原石のように思えますな。これはどこから?」
「採掘場の手前で見つけたそうですよ」
クレイブは意味を含めて強調する。
「手前――ですか。普通に考えるとあり得ないことですが……お時間を頂いても宜しいですか?」
「では後程。義姉上、申し訳ございませんがコニィアが持ってきた全ての石を私に預からせてください」
「全てですか?あの子が悲しみますよ?」
「私が加工する職人を探すとでも言い含めてください。少々面倒なことになるかもしれません。子どもたちを巻き込まないようにしなければ」
表情が硬くなったクレイブから醸し出す雰囲気に呑まれマチルダも不安な表情に変わる。変化に気づいたクレイブはマチルダに微笑みかける。
「私の危惧は大抵外れます。ご安心ください。兄上には私から申し送り致します」
三人の視線が幼子たちの成果に自然と集まる。六個の魔晶原石が心を魅了する妖しくも艶めかしい光をはなっていた。