第7話
これは死んだな。
目を瞑りその時を待つ。反省しよう冷静な状態だったら瞬時に初級魔法で壁を作り対処していただろう。だが、戦闘経験なんて皆無な現代人の俺は完全に思考が停止してただ死を待つだけだった。ああ、くそこの異世界を楽しむことなんて何もできなかったていうかまだ町にも出てない。でも魔法を使えることができたんだ満足っちゃ満足なのかな。いや、全然満足できるわけないだろ。なんだよ三年と少しで死ぬとか未練ありまくりだ。この未練を生かして死んだら幽霊にでもなってやろう。そうだ、俺の異世界生活は今死ぬことによって始まるんだ!今まではチュートリアルだったんだ!そうと決まれば殺せ!さぁ、殺せ!
完全にパニックになって数分アホなことを考えていたがいくら待ってもミミックが襲ってこない。
俺の腹の上に居るであろうミミックを薄目を開けて見てみる。
するといつの間にか箱の下から足が生え四足歩行になったそいつはこれまたいつの間にか生えたふさふさの尻尾をめちゃくちゃに振りながら俺の様子を窺っているようだ。そして俺が薄目を開けていることに気付いたのかその長い舌で顔をめっちゃぺろぺろしだした。
「くっ・・・殺せ!」
味見でもされているのだろうか恐怖によってわけがわからんくなった俺は某女騎士みたいなセリフを吐いてしまった。こんな辱めを受けるくらいならいっそのこと殺ってくれ!なんて思うが勝手に自分で辱められているだけだった。
テンパりすぎて逆に冷静になってきた俺は今の状態を分析してみることにした。ミミックはいまだ俺の上で熱心に顔をぺろぺろしている。当たり前なのかもしれないがミミックは涎がなく不思議な肌触りのする舌はほのかに木の香りがする。その熱心にぺろぺろする姿は完全に犬だった。そう思うと恐怖感も薄れる。少し上体を起こすと舐めるのを止め俺の上からどいてくれる。はっはっはっと荒い息をしながら舌を出してお座りしてどこからどう見ても犬だ。いや待て、こいつはミミックだ。犬なんかではない。
「お手」
ポスッと差し出した俺の手に手を乗せてきた。
(か、完全に犬だコレーーー!!!)
どうやら構ってもらえると嬉しいらしくふさふさの尻尾をはちきれんばかりに振っている。その姿は完全に犬だ。いや、箱だしミミックなんだけども。とにかく害意は無いようで安心した。むしろ人懐っこいともいえる。しばしミミックと遊んでいるとミミックが急にもぞもぞして口を大きく開く。またぺろぺろしてくんのかなと思ったら箱の中からまるで暗闇そのものが形を持ち質量を得た、そんな感じの手がずいっと延びてくる。正直めっちゃ不気味だったがその手に一冊の本があった。どうやらミミックはこれを渡したかったらしい。俺が受け取ると褒めてと言わんばかりにすり寄ってくる、しかし犬ではない箱なので角が当たると少し痛い。とりあえず貰った本は持ち帰ってから読もう、ご褒美待ちのミミックの頭?を撫でていると名案が浮かんだ。
そうだ、コイツをペットにしよう!
なんだかんだこのミミックが可愛く思えてきたのだった。
「よし、今日からお前はポチだ!!」
「わん!」
おお、嬉しそうに返事をしてくれた安易な名前だが喜んでもらえたようで良かった。ところでミミックの鳴き声というのを初めて聞いたのだが犬じゃないか?やっぱりコイツ犬じゃないのか?もう俺には外見宝箱の犬にしか見えない。
さて、収穫もあったことだし名残惜しいとりあえず倉庫を探索するのはまたの機会にしよう。問題は魔法陣の部屋だ、明らかに何か凄そうな魔法の研究をしていた痕跡がある。とりあえず魔法陣の中には入らず周辺の資料をざっと調べてみようか、といっても調べれるような場所は少ない。なにかあるとしたら机と本棚くらいだろうか、手始めに机の上の資料を見てみよう。早速ミミックのポチを連れて机の上の資料を斜め読みしてみる。
(なんじゃこりゃ・・・・)
そこに書いてあったのは目論見通りこの部屋の魔法陣と祭壇をつかって何を研究していたかだったが問題はその内容だ。
――転生の秘法。
どうやらひいお爺ちゃんは強くてニューゲームを御所望だったらしい。本気で転生しようとしたひいお爺ちゃんは転生したらなんの不自由もない人生を手に入れるためにベストを尽くしたようだ。転生した時のためにこの隠し工房と宝物庫を残し、またここに至るための記憶の継承やチート能力を所有する。
だがその結果なぜか俺が転生してしまったようだ。
なぜ転生したのが俺なのか全く分からないが一つだけ分かったことがある。それはこの転生の秘法はちゃんと発動してそして俺はここに書いてあるような能力を恐らく持っているのだろう。ひいお爺ちゃんの努力を横から奪い取ったみたいな形になるが俺はそのおかげで夢が叶ったんだ。本当にひいお爺ちゃんには頭が上がらない。
(今度お墓にお参りしに行こう)
心にそう誓った俺はひいお爺ちゃんの分まで人生をエンジョイしようと思った。とりあえずまだこの資料を見てみたいが今日はいろいろと衝撃的過ぎた。また頭を冷やしてここに来よう。そう決めた俺はポチの頭を撫でまた来るからなと言って階段に向かう。ポチをここに一匹だけ残しておくのは可哀想だと思ったがさすがに連れて歩くわけにもいかない。俺の意を汲んだのかポチは小さくわんと鳴いた後は尻尾を項垂れさせ大人しく見送るのだった。
(さて、しばらくは忙しくなりそうだ。)
俺はこれからの事を考えながらカンテラとポチから貰った本を手に来た道を戻っていくのだった。