第4話
頭のズキッとした痛みで目が覚めた。
まず最初に目に入ってきたのは心配そうにこちらを覗く母の顔だった。
向こうも俺の目が覚めたことに気付いたのだろう。不安げだった顔は、徐々に柔らかくなっていく。
柔らかな暖かさが伝わってくる。
俺はいつも寝ているベビーベッドではなく、どうやらずっと母に抱えられてたらしい。
「よかった、目が覚めたのね。」
「まま…ごめん、な…さい」
俺の脳裏に倒れた時の記憶が浮かぶ。上級魔術を行使しようとして魔力不足かなんかで倒れたんだっけ。きっと母か使用人が書庫で倒れてる俺を見つけてくれたんだろう。いや、母のはずはないだろう。恐らく使用人が見つけて俺を母のもとまで運んでくれたのだ。
なぜなら母の体は弱い。いや、弱くなったのだ。杖なしで歩くことはできないし。一日の大半をベッドの上で過ごしている。それもすべて俺のせい、だと思う。母は俺を出産して直ぐ気を失ってしまった。かなりの難産だったみたいで体力的にギリギリの出産だったと聞いた。そしてその日から数えて三日もの間、母の目は覚めなかった。出産による体力の低下と多量の失血で生死の境を彷徨ったのだ。父の献身的な看護と王都から高名な治癒術士と神官を何らかの方法ですぐに呼び寄せたおかげで母は、何とか生きている。誰が悪いというわけでもないのだろうけどベッドの上でニコニコしている母を見るたびに胸をちくりと刺すような負い目を俺は母に抱いてる。だから、俺は今まで母に心配を掛けないようにしていた。なるべく怪我をしないよう危ないものには近寄らなかったし二階に上がったのもしっかり歩くことができるようになったからだ。とにかく母に心労をかけてはいけないそれは肝に銘じていたはずだった。しかし、あの時初めて魔法を使った喜びから調子に乗ってしまった。
その結果、母に心配を掛けてしまった。
もう、罪悪感や気絶していたことへの言い訳に頭の中がいっぱいになる。それに加えて頭痛もある。ダメだいろんなものに押しつぶされてしまいそうだ。今まで失敗しないように気を付けてきたはずなのに。これまでの努力がすべて崩れていくような気さえする。頭と心がぐちゃぐちゃになって気持ち悪い、吐いてしまいそうだ。もう考えすぎて頭が真っ白になってしまった俺は母の胸に顔をうずめ思いっきり泣いた。それはもう生まれた時より泣いていたかもしれない。
「う、まま…ごめ、ごめ゛ん゛な゛さ゛い゛ぃぃぃぃい!!!」
「そうね、本当に心配したのよ。書庫でシローを見つけた時は今度こそ本当に心臓が止まってしまうかと思ったわ。」
「しんじゃや、やだよ゛お゛ぉぉぉお。う゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!!!」
「シロー大丈夫よ。母さんはここにいるから大丈夫、絶対死んだりしないわ。」
そう優しく俺に言うと母は強く強く俺を抱きしめ、俺が泣き止むまでずっとそうしていてくれた。
さて、泣き止んでようやく落ち着いてくると。母もそれを見てほっと胸を撫で下ろしていた。
そうしてニコリと俺を見てほほ笑む母は、背中から赤いオーラが立ち上っているように見える。
「それで、どうしてあんなところで倒れていたのかしら?」
「え、ええっとぉ・・・」
「ど う し て 倒れていたのかしら?」
有無をいわせない雰囲気に俺はもうどうにでもなれと書庫でやったことをすべて話してしまった。後から思うとめちゃくちゃ軽率だと思うけど、俺は母にだけは隠し事なんて出来そうにもなかったし嘘をつきたくなかった。
「そう、シローは魔法が使えるようになったのね。でも上級魔法を使おうとして気絶・・・?」
「???」
なにかおかしいことがあったのだろうか不思議に思って首を傾げると母は赤ちゃんにもわかりやすく丁寧に説明してくれた。どうやら魔力の足りない魔法を使おうとしても発動することなく不発に終わるまでは普通なのだが身の丈に合わない魔法は使おうとしても使うことはできず魔力を消費するようなことはありえないという。呪文を使ったとしてもそれは一緒で使えない魔法は頭や体が拒むはずなのだそうだ。ということはもしかして俺は魔力の量が凄いのではなく、自分の魔力の量が分からない体質なのではないだろうか。そう考えるとあの時初級魔法を使った後の全く魔力が減った感じがしなかったのも納得できる。ということは俺は魔法を使いすぎると気絶してしまうということか・・・。俺は体から力が抜けていく。せっかく魔法無双!とか試したい魔法いっぱいあったのに・・・。
「ごめんなさい、やっぱり難産だったせいなのかしら・・・」
「ううん、ままはなにもわるくないよ・・・わるいとしたらぼくだとおもう…」
母はそれを聞いてびっくりしたように目を丸くしている。そしてハッとしたように俺に思いを語る。
「シローはそんな事を、ずっと考えていたの・・・?私は今までなんだかシローに避けられてるような気遣われてるようなそんな気がずっとしていたの。でもきっとそれは体の弱い私のせいだと思ってたの。私が頼りないからもっと甘えてくれないんだって・・・。でもやっとわかったわ。シロー、私は家族がなんと思っていようがシローを生んで本当によかったと思うし嬉しいの。だからシローそんな風に考えないで。そうねもしそんな事言う奴がいたらお母さんがぶっ飛ばしてあげる!私は、シローの母親なんだから!」
そう言って母は少し乱暴に頭をガシガシと撫でて涙目で俺を見てる。俺はそんな母の行動にまた涙がこぼれてくる。がんじがらめになっていた感情が解されていく。俺はきっと母にどう思われてるのかが怖かったんだと思う。母は、俺を恨んでないだろうか嫌ってないだろうかきっと胸の奥でそんなことを考えてしまい母と接するのを避けていた。また四郎の記憶を持つ俺はこの新しい母を受け入れることができていなかったのもあると思う。だけどやっぱりこの人はシローの母親なんだ、母の言葉にとてつもなく安心した。許された気がした。俺は母に抱き着いて小さく呟いた。
「ありがとう、母さん。」