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《長編》Broken my brain  作者: 明久
1/1

Different times. 酒井美鈴 1

 美鈴はムクリと体を起こしカーテンを開けた。夏の日差しが心地よく体を包み込む。”うわ、眩しいぃ。”と美鈴はカーテンを閉じる。夏の日差しは強烈に熱く汗が噴き出してくる。

 美鈴はいつも寝る時には、エアコンのタイマーを3時間で切れる様にセットしているのだが、最近の暑さの事を考えるとどうも一日中点けっぱの方が良いのかもしれないと考える様になった。

「はぁ…。何この暑さ、ほんと、寝てる間に死んじゃうよ…。」

 ベッドから起き上がり部屋の電気を点け、エアコンを入れる。勿論冷房だ。暫くして心地よい冷風が体の汗を拭い去ってくれる。

 母の恵子は電器代が勿体無いと言うが、寝ている間に熱中症で死んでしまっては意味がないと思う。それに父の経営する居酒屋は好調で今年に入って3軒もオープンさせているのだ。これで、店舗数は12軒になった。

”なにさ、電気代ぐらい…。”

 ボソリト呟きながら、エアコンの送風口付近で体の火照りを取り、チラリとカレンダーを見やる。

 8月1日…。カレンダーの1日の日付けの場所に赤マジックでハートの印が付けてある。女子らしい美鈴が付けた物だ。

 そう、今日から待ちに待った夏休みの始まりである。

 美鈴は鏡の前に座りニンマリと笑みを浮かべる。

 この日の為に頑張ったのだ。

 親に怒られない様に勉強もやり、バイトも頑張った。高校一年の時から始めたブーミンアイスでのバイトで貯めたお金…。

 そして、待ちに待った夏休み。美鈴は鏡台の引き出しから預金通帳を出してパラリと捲った。

 預金残高23万円ーー。

 このお金を貯める為にデートのお金は全て彼氏のケニィに出して貰った。

 ケニィは美鈴がアルバイトをしているブーミンアイス吉祥寺商店街店の社員だ。本名は土丘健二。健二の二が数字の”に”なのでケニィ。身長は美鈴の162cmより少し高い168cm。元々は京都の伏見区の出身だそうで京都弁が心地よく美鈴が好きになった一つでもある。

 そんなケニィの援助もあって目標の30万には届かなかった物の23万まで貯める事ができた。

 だが、これでも十分過ぎる程である。

 原動機付自転車…。通称原チャを買って、免許を取りに行っても何とかお金が残る。そして、今月の給料で夏休みは友達とツーリング三昧な日々を過ごすのだ。

 と、又ニンマリと笑みを浮かべると、徐にパソコンを立ち上げた。否、スリープ状態にしているだけなので起こすだけでいい。起動には1分もかから無い。

 パソコンを起こしてやるとヤモミンバイクのサイトを開ける。

 美鈴が狙っている原動機付自転車ジュンノの特別仕様車のページが表示された。

 ジュンノは小さなメーターにポッコリとしたフロントライト、ふっくらとした如何にも女子をターゲットとした造形で、色は茶色と赤を基調としたこれまた美鈴のハートを鷲掴みにする様な配色である。

 この茶色と赤を基調としたモデルは限定モデルだけの特別塗装色で、新車で買うには今を置いて他にない。仮に今を逃せばきっと後は中古で必死に探すしか方法はないのだが、美鈴はどうしてもこれを新車で手に入れたかったのだ。

 と、言ってもこの特別仕様車が出たのはつい最近の事で、其れ迄はモンピーバイクのビレットが欲しかったのだ。

 ビレットのピンク…。美鈴はそれにクギ付けだった。友達はビレットはダサいなんて言っていたが美鈴にはドストライクだったのだ。

 そんなビレットを抜いて美鈴の心を射止めたのがジュンノなのである。そしてついにそのジュンノが今日手に入るのだ。と、言っても試験に受からなければ明日に持ち越しという事になるのだが…。

 まぁ、落ちないでしょう…。と、美鈴は時計を見やる。時刻は6時30分を少し回った所を指している。

「ふぅぅぅぅ…。そろそろ用意しないと。」

 と、言い乍もまだ暫しジュンノを見ていたい気持ちが強い。馬鹿みたいに毎日見ているのだがそれでも飽きない。

 可愛い…。

 可愛いよぉぉぉ…。

「ハッピーチョコレートォォ…。迎えに行くからねぇ。待ってるんだよぉ。」

 ハッピーチョコレート。美鈴がジュンノ限定車に名付けた名前である。

「美鈴…。何やってるの ? 遅れるわよ。」

 と、不意に母恵子の声が聞こえた。美鈴はハッと後ろ手に振り返る。

「…。」

 突然の不意打ちに美鈴の顔が真っ赤に染め上がった。

「パソコンとお話ししてないで早く用意しなさいよ。」

「わ、分かってる。」

「ほんとに…。分かってるんでしょうけど、私達は賛成してませんからね。」

 そう言って恵子の表情が強張った。

 そう、母と父は美鈴が原チャの免許を取る事には反対なのだ。理由は父宏雅の兄雅紹が23歳の頃バイクの事故で大怪我をおったからだ。その後遺症で今でも右手に麻痺が残っている。その所為で雅紹は料理人の夢を諦めた経緯があった。

 父宏雅は今でもそれを悔いており、バイクに対しての強烈な憎悪があったのだ。それでも必死に食い下がる美鈴の肩を持ったのが二人の兄、4歳年上の宏樹と3歳年上の雅夫である。

 二人の兄のお陰で何とか免許を取る事は許されたが、父と母は何とも納得はしていない様だ。

「分かってる…。無茶な運転はしません。」

「あなたがしなくても相手がするかもしれないでしょ。私達が言いたいのはそう言う事なの。」

「だから、分かってるって。」

「ほんとに…。事故が起こってからじゃ遅いのよ。」

 そう言うと恵子は下に降りて行った。美鈴は下をペロリと出して”フンだ”と言って用意を始めた。


 ーー用意を済ませ外に出ると破壊的な暑さに倒れそうになった。最近は温暖化だ何だと言われているがこの暑さは異常だ。

 家を出るときに見た温度計の温度は38.6度。最早人が生きていける温度ではないと美鈴は思う。このままいけば遅かれ早かれ街中にもクーラーが取り付けられるだろうと美鈴は考えている。でなければ、この暑さの所為で人がどんどん死んでいくに違いない。現に美鈴は倒れそうになっているのだ。

 が、この暑さもその先にある楽しい日々の事を考えれば我慢も出来ると言うもの。やっとこれで友達とツーリングに行ける様になるのだ。

”よし !!”

 と、一発気合を入れ美鈴は日傘を広げた。

 吉祥寺の駅まで徒歩40分。春秋冬であれば何ともない距離だが、この暑さの中で40分は相当きつい。カバンから冷やしたペットのお茶を取り一口、二口コクリと飲む。キンキンに冷えていたお茶がもう緩い…。

 最悪だ。と、美鈴はお茶をカバンに終い自販機でスポーツ飲料を買った。ゴクリゴクリとと飲み干し残りをカバンに終う。その序でに忘れ物がないか確認した。

 ”住民票よし、本人確認書類は健康保険で…。写真は免許試験所の近くで撮って、服はTシャツ、ジーパン…。あ、長袖って書いてある。げげげ…。マジかぁ。この暑いのに長袖は反則だよ。”と、ブツブツ。

 ブツブツと行ってはいるが取りに帰る気はない。否、寧ろ帰る余裕が無いと言う方が正しい。受付は8時30分から9時5分と書いてあるが、美鈴は余裕を持って着きたいのだ。それにこの暑さの中、戻る余裕も無い。それにどうしても長袖が必要なら近くで買えば済む。どうせ帰りは着ないのだ、ダサくても構わない。邪魔なら捨てても良い。免許を取るためなら多少の出費も痛くない。

 だって、

 だって、これでやっと除け者にされなくなる。

 否、除け者という表現は少し違うが、中学からの友達である真美、伶奈、雪菜、沙希は16歳になって直ぐに免許を取りに行った。原チャも親が買ってくれたので、少々高くても可愛いのに乗っているのだ。

 初めに免許を取ったのは真美だ。可愛らしい黄色のジュンノ。正直羨ましかった。その話を父の宏雅に言った時の事を美鈴は今でも覚えている。父はバイクなど阿呆が乗るものだと言って聞き入れてくれなかった。

 勿論、その当時父宏雅のお兄さんの話を知らなかったので、父の事を偏見の塊だと思っていた。

 そして、次に免許を取ったのが雪菜だった。雪菜が免許を取った事で、友達の溝が少し出来る様になった。真美と雪菜が二人でツーリングに出かける様になったのだ。羨ましさが妬みに変わる様になる。それ以来美鈴は伶奈、沙希とよく遊ぶ様になった。

 しかし、それもつかの間だ。何故なら沙希が免許を取ったのだ。沙希が免許を取って順番的に言えば次は美鈴だった。本来なら仲間外になるのは伶奈の方だったのだ。でも、それは叶わない。何故なら父と母が反対したからだ。だから、次に免許を取ったのは伶奈だったのだ。

 父と母の所為で美鈴は一人ぼっちになった。

 友達は楽しそうに原チャで遊ぶ様になり。どこに行くにも何をするにも原チャで移動する様になったのだ。

 今までなら、原チャ組、電車バス組に分かれて目的地に向かっていた。だけど今は美鈴一人。美鈴はそれが嫌でバイトを始める様になった。まぁ、そのお陰でお金も溜まって、彼氏も出来たので結果的には良かった。そして二人の兄のお陰で無事免許も取れる様になった。

 父と母が反対しても二人の兄は賛成してくれている。美鈴にとってはそっちの方が有難かったのだ。

 父は元々料理人で母は父の店を手伝っていた。父の店が軌道に乗る様になって母は専業主婦になったが、それまで美鈴の面倒を見てくれていたのは二人の兄だったのだ。だから美鈴はお兄ちゃん子なのだ。美鈴が5歳年上のケニィと付き合っているのもそういった事が関係しているのかもしれない。

 そんな兄は学科の勉強も手伝ってくれた。兄は二人とも車の免許を持っているので学科は経験済みだったのだ。

 だから試験に落ちる気など更々なかったし、近所のバイク屋にジュンノ限定車も予約済みなのだ。

 美鈴は、ふぅ、と軽く息を吐きスポーツ飲料をカバンから取り出すと一気に残りを飲み干した。”うぇ…、温い。”と、空のペットボトルを睨めつけると蓋を閉め空のペットボトルをカバンに終った。

「まったく、この暑さは凶器ね。」

 日傘越しに空を見やり悪態を吐く。

 雲一つない晴天の中に太陽のサンライトが嫌味の様にキラキラと輝いている。

 気がつけばTシャツもブラもパンツも汗でグッショリだった。”あぁぁ、やだ。気持ち悪い…。”なんて思いながらもスタスタと先に進む。

 それからしばらく進むと吉祥寺商店街に差し掛かる。

 夏休みという事もあり朝の商店街はいつもよりもガランとしている様に思えた。日傘をたたみ商店街に入ると幾分暑さは和らいでいた。アーケードのお陰で日差しが遮られているお陰だ。その中を更に進むと出口に到着する。

 美鈴は又日傘を広げると又日差しの中にその身を曝け出す。暑いと言うよりも日差しがキリキリと痛い…。が、吉祥寺駅は目と鼻の先にある。美鈴は覚悟を決めてスタスタと駅に向かって行った。


 ーー武蔵小金井駅から京王バスに乗る事10分。試験場正門前バス停にバスが到着した。電車の中は冷房が効いており汗が引いたのだが、それもバスを待っている間に台無しにされた。そして又バスの中で汗が引いたのだが、ここで又台無しにされるのだろうと思い乍美鈴は日傘をさしてバスを降りた。

 気の所為か冷房で冷える度に暑いと感じる強度が増している様に感じる。汗のかき方も酷い気がした。

 まぁ、それも試験場に入るまでだ。と、府中運転免許試験所を見やる。何か想像していたのと少し違う。もっと、何と言うのか…。おしゃれな感じだと思っていたのだがとても古臭い。

 世は平成になって27年も経つと言うのに”此れはないわぁ”と、昭和の小学校の様な府中運転免許試験場をマジマジと見やった。

 と、言っても今日1日だけの事だ。昭和の小学校だろうと何だろうと関係ない。其れよりもこの暑さを何とかしなければ…。と、美鈴は日傘をクルクルと回しながら中に入って行った。

 中に入ると、”あらぁぁ…。”と美鈴は声を出して驚いた。自分が想像していた以上の人が犇めき合っていたからだ。

 其の大半の殆どは、自分と同い年か其れに近い年齢の子達…。”皆んな考える事は同じかぁ”と、キョロキョロと周りを見やる。

「さて、どうするんだ ?」

 と、美鈴はボンヤリと吊り看板を見やっていると”美鈴、美鈴”と自分を呼ぶ声が聞こえた。美鈴は誰だ ? と周りを見やるとクラスメイトの優子がいた。

「あ、優子。」

「やぁぁぁ、美鈴。おはよう。美鈴も原付 ?」

 天真爛漫な笑顔でおデブの優子が言った。優子は美鈴のクラスメイトで同じ鼻節高校の2年生だ。身長152㎝体重65kg。黒髪のショートボブがトレードマークで常に顔には油が浮いている。足の毛は偶に剃っているが殆ど剃っていない。

「うん。優子も ?」

 と、言い乍”相変わらず暑苦しい体ね”と胸中で悪態を吐く。

「そうそう。そろそろ必要かなって思ってさ。」

 と、答える優子に”君には必要ない。頑張って歩きなさいよ”と胸中で更に悪態を吐く。

「そうなんだ。私もやっと親の許可が下りたんだよ。」

「えぇぇぇ。そうなのぉ、良かったじゃない。」

「うん。でもどうしたら良いか分からなくて。優子知ってる ?」

 と、美鈴は優子は暑苦しいが、やり方を知っているなら別に今日1日ぐらいなら優子と過ごしても良いかなと思った。

「ううん。私も困ってるんだ…。」

 天真爛漫な笑顔で優子が答えた。

 美鈴はがっくりと頭を垂れ、”仕方ない。誰かに聞くかぁ”と周りを見やった。


 ーー「で、優子は何時からきてるの ?」

 美鈴は優子と適性試験受付窓口に並びながら聞いた。

「うぅぅぅぅんとね。6時半かな。」

 人差し指を唇に当て優子が答える。

「6時半 !!」

 と、美鈴は掛け時計を見やる。時刻は8時過ぎだ。

「うん。」

「うんて…。優子1時間半も迷ってたの ?」

「うぅぅぅん…。違うよ。さっきまでご飯食べてたんだ。」

「ご飯 ? どこでぇ ?」

「入口の前でだよ。コンビニで買ったお握りと、クリームパンとソーセージが入ったパンとね…。」

「あ、そう…。」

 朝からげんなりするほどの食欲だ。

「うん…。そんで、食べてる間に入口が開いたから中の椅子に移動したの。」

「へぇぇぇぇ…。」

 と、美鈴は優子の腹をじっと見やる。

「やだもう。食べたばっかりだからお腹出てるんだよぉ。」

 その視線に気づいた優子が言った。”いやいや、腹は常に出てますよ”と美鈴は胸中で突っ込む。

「え、そう。そんなに出てないよ。」

 美鈴の言葉は常に真逆のようだ。

「え、本当に ? 朝出る前にカレーライス食べたから、やばいかなと思ってたんだけど。良かった。」

”良くない。食べ過ぎだ”と、これも胸中で答える。そんなたわいもない話をしている間に大きなブザーが鳴った。

 それと同時に受付を隠していたカーテンが開く。

「あ、始まったみたいだね。」

 美鈴が言った。

「うん。やっとだね。」

 優子が答える。が、優子にとってはヤットかもしれないが、美鈴にとってはヤットと言う程ではない。が、とうとう始まるのだ。

 美鈴にとって、この日をどれほど待ちわびた事か…。ずっとずっと夢見ていた原付免許を手に入れられるのだ。

 トクンと心臓が動く。

 トクン、トクンと高鳴っていく。

 私の夢が此処から始まるのだ。と、美鈴はゆっくり、ゆっくりと受付に向かって進み始めた。


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