7th day FRIDAY NIGHT
「月曜日、急に荷物を持って帰ってきたんだ。
夫婦喧嘩をしたとかで。
泊まると言っていたが、夜には家からいなくなっていた。
それから……彼女を見ていない」
ソルはそれだけを言うと口を閉ざし、真っ直ぐにロビンの瞳を見つめていた。
時計は午後四時頃をさし、カチカチと秒針の音を響かせる。
空に浮かぶ雲は先ほどよりも薄くなっており、夕暮れ時の光が淡く街を照らしていた。
しかし何所かどんよりと暗く、人の心を不安にさせる空模様だった。
彼女、ソルが”姉”と慕う女性を捜すロビン警部は沈黙の中、深く長いため息をつく。
彼の手にはベイリー一家の幸せそうな家族写真。
純白のウエディングドレスを身にまとう彼女の笑顔が写っていた。
それを、飾ってあったサイドテーブルの上に戻す。
他にもたくさんの家族写真が並んでおり、どの写真も幸せに満ち溢れていた。
「それで……お前は夫婦喧嘩の理由を知っているのか」
「旦那の不倫だと聞いた」
「旦那はどこへ?」
「おそらく、ロンドン。奴の不倫相手がそう言っていた」
「お前!! その……ミセス・ベイリーの旦那の不倫相手に会ったのか?」
あまりの事に驚いたロビンはソルの肩を強く掴む。
彼は少々痛そうに目を細めた。が、目線は変わらずロビンの目をじっと見ている。
「おそらく彼女がそうだ。彼女自身がそう言っていた」
「知っている奴か?! 特徴は」
「毛皮のコートに黒いドレス。黒の長髪で、小洒落た帽子をかぶっていた。
私は彼女の事を知らないが、向こうは私の顔を知っているようだ」
「まった! 黒髪の、黒いドレスの女性かッ!」
散々聞き飽きた犯人の特徴に言葉を荒げ、大きく舌打ちをつく。
冷静さを取り戻そうと大きくため息混じりの深呼吸をするが、渋い顔は張り付いたままだ。
「その事を…………ミセスは?」
「知っているよ、全て私が話した。そして姉さんは……」
姉さんはどこかへ駆けて行った。
ソルは寂しそうに顔を下ろし、ベイリー家族の家族写真を一点ずつ見回した。
これ以上に彼から情報は取れないだろう。
そう思ったロビンはイライラとした面持ちで部屋の中をぐるりと歩き回る。
そして、考え事をしています。というように腕を組んで人差し指を揺すっていた。
しかしその考えもすぐに終わったようで、腕をほどくとまたソルに声をかけた。
「ちなみに、君は彼女が犯人だと思うかい?」
率直な質問。
しかし彼は大して驚くような反応はしなかった。
彼はもう一度顔を上げて、落ち着いた声で迷いなく言う。
「彼女は正義そのものだ。自分の手で人を殺すことなど出来やしない」
彼はいつもそうだ。
普段のおどおどとした態度に似合わず、人と話す時はちゃんと目を見て話す。
だがその”ちゃんと”は恐ろしいほどに真っ直ぐとした目つきで、まるで、自分の心を覘かれまいと監視するような目つきで人を見るのだ。
しかし、この日の目つきはどこか違う。
同じ監視的な意味でも、彼と同級生だった頃のロビン坊やでも見た事のない、その日のソルの瞳にただ彼は「そうか」とだけ言った。
「今日はこれで帰らせてもらうよ。
他にも聞き込みしなきゃならない人が居るからね。あぁ、忙しい忙しい」
前に来た時と同じ調子の口ぶりでロビンは玄関の方へと向かった。
その足取りは少々遅く、辺りを見渡しながら歩いていく。
「この間来た時より随分と小綺麗になったじゃないか」
「最近、人がよく出入りするので」
「人? 誰が?」
ソルは変わらず、警戒するような目つきでロビンを見続けている。
その意味に納得したのか、ロビンは肩をすくめた。
「私はいつもタイミングが合わないな。お前もこれから出かけるんだろ? 邪魔したな」
しかし歩く速度は変わらない。最後に部屋から出る前にもう一度辺りを見回しているようだ。
「胡蝶蘭、前よりも元気が無いな」
窓辺に飾った白い胡蝶蘭。
窓から入る大敵の冷気に当てられて花たちも参っているのだろう。
彼の言う通り胡蝶蘭は重そうに首を垂らしていた。
「花屋の奥さんから貰ったんです。注文が入ったから取り寄せたのに急に要らないと言われたみたいで。
お金はその注文した人から、もらってはいるみたいです。
店先に置いとくよりも姉さんに……ベイリーさんの娘さんを励ます為に使ってくれと……」
しばらくロビンはその花を見ていると「花言葉は確か……」と考える。
「上品、優雅、美。そして愛だったな」
彼はそれだけ言って部屋を後にした。
ベイリー宅から去っていくロビンの後ろ姿を見届けたソルは、その眼差しを下ろし胡蝶蘭を見た。
愛。今まさに彼女に必要なもの。
花屋の奥さんはそれを知って姉に胡蝶蘭を送ったのかと感動する。
しかしそんな大切な花が元気なく窓の向こうを見つめる姿に、もっと大切に扱うべきだったと申し訳なさを彼は感じているようだった。
外へと出かけるはずだったソルは急にその足を階段の方へと向け、二階へとのぼった。
階段を上りきって右の扉。そこに姉の部屋がある。
彼はドアノブに手をかけ、音を立てぬよう、静かに、扉を開けた。
真っ暗な部屋。しかし扉を開けてすぐ目に入る小窓の向こうが、
まるで切り絵を貼り付けたように、真っ赤な空と真っ青な空とで半分ずつに染まっていた。
電気をパチンッとつけて弱った電球の芯に電気を流す。
やはりと言っていいのか、部屋の中には誰もいない。
あるのは小さな机と古い木枠のベッド。
それと彼女が持ってきた大きなカバンが口を開けたまま主人の帰りを待っている。
カバンの中身は彼女の服が数日分だけ入っており、その上には幸せそうな夫婦の写真。
彼女は自分の夫のことを未だに愛していたのだろう。
それ以外には特に変わったものもなく、この部屋には彼女の行く手を探るものは無かったようだ。
一通り見回したソルはため息をついて肩を落とす。
日は沈み切り、外はもう真っ暗だ。
そろそろベイリーおじさんが帰ってくる頃だろう。
そう思ったソルは体を出口の方にひるがえす。
その時、視界に入った見知らぬものに彼は驚いて体を強張らせた。
見落としていたか、机の上には、ガラスの飾り石がついたネックレスが置いてあった。
だがそれは、おかしな事だとソルは知っている。
本当ならそこには、彼女が失踪した日に彼が置いたウィジャボードがあるはずだ。
しかしそのウィジャボードはどこにもなく、代わりにネックレスだけが置いてある。
指先で突っつくが、幻や見間違いではないようだ。
恐る恐る石の部分をつまみ、ゆっくりとそのネックレスを持ち上げた。
ズシリと、しっかりとした重みを指先に感じる。
今度は部屋の薄暗い電気に透かしてみた。いろんな角度にずらして眺める。
ガラスは少ない明かりをキラキラと反射させ、ソルの顔にも光を散りばめながら輝いた。
このネックレスと消えた姉との間に何か証拠があるか。
それを見定めるかのように。じっくりと、なめる様にネックレスを眺め…………
「どうしたの?」
急な呼びかけに何事か。ソルは勢いよく部屋の扉へと振り向いた。
ネックレスは右手に握ったまま背中へと隠す。
扉の先にはあの、可愛らしい少女ケリーが悪戯っぽい目つきでソルを見つめていた。
「お花屋さんに行ったんじゃないの?」
「けっ……警察の人が来て……その、ベイリーの娘さんがどこにいるかって探してて……
あっと、ぼっ僕も探したほうが……いいかなっ、て…………」
怪しい。
自分で言っておいて、怪しすぎるとソルは思った。
あまりにも言い訳がましい。
ケリーも「ふーん」と言って笑いを含んだ表情をしている。
一歩、一歩と彼女はゆっくりと部屋の中に入ってきた。
「僕だけ、その、好きな人に会いに行こうかなぁ……とか、不謹慎かなぁって……」
「へーぇ」
足取りは変わらずゆっくりと、焦るソルに回り込むように近づいていく。
ソルは決して彼女に背中を見せまいと、彼女の動きに合わせて体を動かした。
あと三歩、二歩。
まるで、猫に追い詰められたネズミの気分だ。
そう思うと遂に、ケリーはソルの真ん前に突っ立った。
「ねえ、その手、なに?」
そう言って彼女はソルの右腕の方を指差す。
もちろん彼の右手は背中に隠したままだ。
「なにか……隠してるの?」
「いや、何も?」
怪しい。
誰だってそう思う彼の行動と言動にケリーが納得するわけもない。
これまでの流れを知っているものなら誰もが思いつく言葉を、彼女は口に出すのであった。
「嘘つき! 見して! 手の中、見して!」
「何もないよ! 君に見せるものなんて何もない!」
彼は頑なに右手に握られたネックレスを隠し通そうと、彼女の死角になる場所に自分の右手をもっていった。
しかしケリーも諦めない。彼の右手をつかもうと懸命に手を伸ばし、追いかける。
そして遂に、彼女の願いは叶えられた。
ソルの隙をついて、その彼の右手をつかむことに成功したのだ。
嬉しそうにソルの手を両手でつかみ、自分の前に持ってくる。が、その右手は何も物を掴んではいなかった。
不思議がるケリーの顔とは別にソルは驚く顔をして、目を大きく見開き自分の右手を見つめた。
確かにネックレスを掴んでいた。
その場に落ちているわけではない。
しかし右手には何も物は収まっていない。
そこにあるものは、人差し指と中指をクロスさせた自分の右手だけがあるのだった。
「これは……どういう意味?」
こっちが聞きたい。
「おまじない。姉さんの無事を祈って……」
とっさに出た言葉。しかし十分な理由だろう。
指先で作った十字架にケリーは大層ご不満な様子で、つまらないと悪態をついた。
「もっとさぁ、ナイフとかハサミとかが出てくると思ってた」
「君は私をなんだと思ってるんだい?」
「うふふふふ……」
含んでいた笑い声がついに口から溢れる。
納得のいかない結果にしろ、彼女は十分楽しんだようだ。
「お外真っ暗だし、もう今日は帰るね。バイバイ」
「送ろうか?」
「大丈夫。じゃあね。また明日」
そう言って彼女は、扉の向こうへと消えていった。
小さな客人を送り、台所へと向かう。
今日も働き疲れたベイリーおじさんのためにお茶の準備をしようと、戸棚にしまってある紅茶缶を取り出す。
確かまだ茶葉が残っていたはずだ。
しかしその期待とは裏腹に、持ち上げた缶は軽く、降ってもカサカサと軽い音しかしない。
開けてみた紅茶缶の中身は思った通り空っぽで、お茶うけのスコーンもクッキーもどこにもなくなっていた。
最近来客が多く、量も考えずに出し過ぎたかと反省するソル。
給料袋を握りしめ、冬物のコートを羽織り、夜の街へと繰り出した。
さすが三日連続で殺人事件が起きただけあって、
すでに街の人たちの影は少なく、代わりに警官たちが二人一組になってパトロールをしていた。
その中に急ぎ足で紅茶屋へ向かうソルの姿。
顔見知りのお店だし、今の時間ならギリギリ開けてくれるかもしれない。
そう思い、すれ違う警察官に目もくれず彼は急いで足を動かした。
しかし「よう、ソルじゃねえか」
と一組の警官たちが声をかけてしまったので、彼の足は止まる。
彼らも子供の頃からの顔見知りだった。二人はニマニマと笑いながらソルに近づく。
「おまえ、配達屋クビになったって本当? その前は何してたっけ」
どうやら彼らは嫌味を言いに来たようだ。
ソルは警戒し、給料袋をズボンのポケット奥深くへとねじり込む。
「その前はペンキ屋さん。職業難な上に冬の大寒波だ。仕方がないよ」
「ふーん。あっそ」
聞いた割には、彼の答えに無頓着といった様子。
「それより今の時間に、どうしたんでちゅかー?」
「お外が暗くなったらお家に帰りましょうって、ママかお姉ちゃんに言われなかったのぉ?」
ソルは無言のまま質問してきた警官の目を見続ける。
彼らは何も知らずに、ソルをおちょくるためにその質問をしたのだろう。
いつまでたっても無言で、不気味なソルの目つきに怖じ気付いたか
「まあ、なんだ。お前はヒョロイからジャックリーンに女だって間違われないように気を付けな」
と捨て台詞のように言って警官たちはパトロールに戻っていった。
「そりゃ、どうも」
やっと口を開いたソルも捨て台詞のように去りゆく彼らの背中に言葉を投げつけ、店へと急ぐ。
だがその歩き方は先ほどよりも荒々しく、何かに苛立ちを覚え、それを振り切ろうとしているようだった。
無事、店に着いたソルは店主に無理を言って店を開けてもらい、数杯分の茶葉とクッキーを売ってもらうことが出来た。
これで働き詰めのベイリーおじさんの疲れを癒すことができるだろう。
買った袋を小脇に挟み、嬉しそうに小さく鼻歌を歌いだす。
先ほどまで苛立っていたのが嘘のようだ。軽いスキップも交えて夜の街を一人歩いてく。
物騒な事件が続いているのに相変わらず、街灯の灯りは少ない。
こんな事だから、事件が起きるのだと呆れたように幾つもの街灯を見るソルは
一本の暗い路地裏を見つけると、目を大きく見開き、固まるように立ち止まった。
真っ黒に塗りつぶされた世界の中、一本だけ薄ら明るく足元を照らしている街灯がたっていた。
その街灯の足元には、彼女がいた。
黒いドレス。黒の長髪。
ベイリーの娘でもない。彼女の夫の不倫相手でもない。
胸元には大粒のダイヤのネックレス。
彼が愛するただ一人の人。
真っ赤な唇が妖艶に笑う。
――此方に来てくださらない?
まるでそう言っているかように、彼女は真珠のように白い腕を彼に差し伸ばした。
ソルは従うようにその腕を取ろうと路地裏の闇に沈む。
あれだけ警戒しろと、恐ろしい人物だと散々刷り込まれていたはずなのに、今の彼からは怯えや恐怖といった感情が読み取れない。
これほど彼女を愛していたか。
ソル自身も自分の行動に驚いているようだが、表情は喜びといった様子。
ついに彼女の手をとるほどの距離に近づいた。が、彼女はしなやかにその腕を引っ込めて、更に路地の奥へと進む。
「待って……」
ソルも彼女を追って更に暗闇の奥へ。
彼女はからかうように駆けていく。
届きそうになると離れて、離れると足を休めて近ずくとまた駆けていく。
いくら手を伸ばしても届かない追いかけっこに、ソルは儚さと愛おしさを覚えていた。
捕まえたいけど、捕まえたくない。ずっとこの追いかけっこが続けば良いのに、と。
この深い闇の中、外の柵から放たれて自由に彼女を追いかけたいと。
だが、そんな事は現実味のない事。
そう言うように彼女は路地の終点、先が不自然に明るく照らされた光の中へと飛び込んだ。
彼女を追わなくては。
ソルも光の中に飛び込もうとした。が、暗いところに慣れてしまったのかその光が妙に眩しすぎる。
閉じた瞼を薄く開いて、ゆっくりと光がさす真っ白な世界へと歩いた。
愛しの彼女はどこにいる。
ガヤガヤと騒がしい音が彼の耳に刺さる。
次第に光に慣れてあたりの状況を見る余裕が出来てきた。
しかしそこに彼女の姿を見つける事はできなかった。
いるのはなんと、ロビンとベイリー、そして数人の警察官。
ロビンはソルを睨みつけ低い声で聞く。
「こんなところで何をしている」
「いや……殺人犯だと思う女性を見つけた。ので……追いかけていた」
紙袋の中身とコートのポケットの中を警官たちに取り調べられるが勿論、紅茶セットと給料袋しか出てこない。
女性が路地から出てこなかったかと聞くが、出てきたのはお前一人だと言われソルは驚いた。
確かに自分は女性を追いかけていた。黒いドレスの女性。
だがその特徴を聞いて、夕方ごろのロビンが見せたような反応を他の警官たちもする。
仕事の邪魔をされ、この場にいる誰もが苛立っているようだ。
そんな中、ベイリーは相変わらず優しくソルに話しかけてきた。
「すまんなソル。今日はもう少し帰るのに時間がかかる」
「何時頃ですか?」
「うーん、日付をまたぐかもしれない。
これは紅茶と……クッキーか。もらっても良いかい?少し小腹が空いていたんだ」
元々ベイリーのために買ったものだ。
ソルはそのままクッキーの箱を渡し、邪魔をしたお詫びとして警察の人たちにも配って欲しいとお願いした。
「分かったよ。
それと、もう犯人らしき人を見つけても追いかけるなよ。
それはこちらの仕事だ」
目の下にできた大きなクマを優しく歪ませ、にっこりと笑う。
ソルを優しく調査網の出口まで送るとまた彼も、クッキーの箱を持ってはいるが、他の警官たち同様に真剣な顔立ちで光の中へと消えていった。
明るい光の中で忙しく働く警官たち。
そんな彼らを、何を思いながらじっと見たか、ソルは静かに彼らに背を向け暗い夜道の先にある家へと帰っていった。
彼女はいなかった。
その言葉が未だに信じられない。
不思議に思い悩むソルは家に着くと、紅茶の袋を持ったまま二階の自室へと向かう。
扉は少しだけ開いていたが、開けたまま家を出たかとさほど驚きはしなかった。
しかし、いざ部屋に入るとそこには小さな女の子が一人、イーゼルの前に立ち尽くしていた。
「……ケリー。帰ったんじゃないの?」
帰ったはずのケリーが、未完の少女の肖像画の前に立ってる。
呼ばれても彼女は振り向かない。
画面の中の自分をただじっと見つめている。
「忘れ物?」
しかし振り向かない。
一歩近づく。
しきむ床板。その音に気づいたのかようやくケリーが「お姉ちゃんは……」と声を発した。
彼女の言うお姉ちゃんとは、第一被害者、ミセス・レイの事だ。
「お姉ちゃんは、いつも笑顔で優しく私をあやしてくれた。
自分がどんなに辛くても、苦しくても無理に笑って私のことを一番に思ってくれた。
私が拗ねたって、不愛想でも怒ったり無視したりしないでかまってくれた。
誰かに言われたから?
ううん。お姉ちゃんは、私の事を本当の妹だって、思ってくれて大事にしてくれたんだよ」
少女の懸命な声。
彼女も姉を亡くしてだいぶ時間がたつ。
その苦しみが一気に来ているように見えた。
「……先ほど殺人鬼の女性を見つけた。
捕まえようとしたが逃げられてしまった。ごめんよ」
せめてもの言葉。多少は慰めになるだろうか。
しかしそれが彼女の欲した言葉かはわからない。
また少女はしばらく口を閉ざす。
「この絵、私?」
彼女はまだ振り向かない。
「ああ。そうだよ」
未完であるも、この絵もまた可愛らしく描けたと自信気のソル。
しかし彼女は右手を大きく掲げた。
その手にはキラリと光る恐ろしいものが握られており、その物を理解したソルは一瞬にして心臓が凍る感覚を覚えた。
「全っ然、似ていない」
彼女は右手に握られたペインティングナイフを大きく振り下ろした。
そして、カンバスに描かれた自分の顔を強く引っ掻いたのであった。