10th day AND GOOD AND GAY.
激しい雨の音の中、私は自分のアトリエで扉が開く音を逃さないようにと聞き耳を立てながら絵を描いていた。
未だにマフェットが帰ってくる気配はない。
愛人と共にこの街を去った夫を追いかける私の義姉。
強い人だと思っていた。
完璧な人間だと疑わなかった彼女が、弱い姿を見せた事は今でも胸の奥に大きな驚きを響かせている。
今も彼女は独りこの雨空の中で泣いているのだろうか。
誰に泣きつく事もできずただ独り。
雨が止む様子はない。
私は静かに筆を止め目を閉じ、じっと彼女の帰りを待っていた。
何時間経っただろうか。
階段を上る足音が雨に紛れて微かに聞こえた。
そしてアトリエの隣の部屋、マフェットの寝室へとゆっくり消えてゆく。
彼女が帰ってきた。と私は思った。
流石に玄関扉が開く音までは聞こえなかったが、軽くて小さい足音に彼女が無事に帰ってきたのだと安堵する。
ベイリーおじさんの足音ならもっと重く、床を踏みつけるような音がするはず。
だが私は彼女の帰りを確認しに行こうとは思えなかった。
彼女になんと言葉をかければいいのか分からなかったからだ。
「旦那さんに会えた?」
違う。
「残念だったね」
違う。
「あんな人だとは思わなかったね」
違う。
どれもこれも彼女の心を逆なでするような言葉ばかりしか思いつかない。
そもそも弟として下に見ている人間に慰められるなんて彼女のプライドに傷がついてしまうのではないか。
ひ弱で臆病な僕は成長しないまま。
心配している様にしてみても、今でもどこかで彼女を苦手としている私がいる。
そんな私に良い言葉が思いつくわけがない。
しばらくすると女性のすすり泣く声が聞こえてきた。
下手に動くよりもこのままそっとしておく方がいいのかもしれない。
臆病にも私はもう一度筆を持って絵の続きを書き始めた。
この私の判断は本当に正しかったのか。
今だからこそそう思える。
これはもう過ぎてしまった月曜日の夜の続き。
= = =
落雷の音で空気が大きく振動した。
パリパリと響く音に驚いた私は筆を止めて外を見る。
絵を描くことに熱中しすぎて気付かなかったが外は先ほどよりも嵐のように吹き荒れていた。
遠くでも小さく雷が光り轟いている。
早く脈打つ胸の鼓動を撫で下ろしながら時計を見た。
時間はとうに夕食の時間を過ぎている。
別に食べるものがあるわけじゃないから、そんな時間は存在しないのだが。
隣の部屋から聞こえていた泣き声も、聞こえなくなっていた。
疲れて眠ってしまったのだろう。
私も今日はもう寝るかと背筋を伸ばして凝り固まった体をほぐし、使い終わった道具を片付けはじめた。
しかし道具箱の中にあるはずのものが無くなっていた。
カンバスを作るために帆布を切る大きくて丈夫な鉄のハサミ。
いい加減刃を研がなくては使い物にならないほどに切れ味の悪い最悪な代物だが、母さんから就職祝いにもらった思入れのある宝物だ。
無くしたなんて思いたくない。
昨日今日と新しいカンバスを作ってはいなかったので、道具箱に入っていなくてはおかしい。
私は部屋中をくまなく探した。
だが見つからない。
持ち歩いて一階に置いてきたかと階段を降りて目の前の応接間の扉を開ける。
ソファーのサイドテーブルの上だろうか。
しかしそこには先客のベイリーおじさんが寝る前の晩酌を楽しんでいた。
私に見つかり、照れ笑いするおじさんはお酒の入ったグラスを私に差しだす。
「こんな時間にどうした。たまには一緒に飲まないか」
グラスの中のウィスキーが暖炉の光で甘い黄金色に輝いている。
私は一つ唾を飲み込み、彼の誘いを丁寧に断った。
「おじさん、私のハサミを見てませんか? 大きな鉄のハサミ、就職祝いに貰った……」
おじさんもあのハサミの価値を知っている。
急いで彼はグラスをサイドテーブルに置くと、一緒になってリビングの中を探し回ってくれた。
時計の張りがてっぺんを指すまでには部屋の中を全て引っ掻き回したが結局ハサミはどこにからも現れず、私はすっかり気を落としてしまった。
深くため息をつく私におじさんが優しく声をかける。
「こんな時間にまで絵を描こうとするなんて、ソルは本当に絵を描くのが好きなんだな。
おじさんは絵のこと詳しくないけど、ほらあれ……あの、シュルレアリスムだとか言うやつ?
と違って、ソルの絵は分かりやすくって好きだぞ。うん」
おじさんも今はとても人を慰められる様な状態じゃないのに私なんかに気を使ってくれている。
その優しさが私はとても羨ましかった。
その優しさがあれば私はマフェットを笑顔にする方法を思いつく事ができただろうに。
私は大丈夫だと笑顔でおじさんに応えた。
自分でも嫌なほどにぎこちない笑顔におじさんは「うん」と納得いった様に笑い返して「もう夜も遅いし寝よう。明日にはきっと見つかるよ」と私の背中を強く押した。
大きな手のひらから感じる温かさにほっとした安心感をおぼえる。
「おじさん、ありがとうございます。おやすみなさい。また明日」
おじさんはまたとぼけた様な笑顔を向けておやすみの挨拶をしてくれた。
そして暖炉の火を消し、階段を登る私を見送りながらゆっくりと一階の自室に帰っていく。
階段を上りきり、右に伸びた廊下を歩く。
私の部屋は二つ目の扉。
一つ目の扉はマフェットの部屋。
私はなるだけ音を立てずに彼女の部屋の前を通る。
疲れて眠っている彼女を起こしてはいけないからね。
しかしその扉の前を通った時、微かに。本当に微かに笑い声が聞こえた。
「マフェット……?」
未だに外は土砂降りの雨と落雷の音で騒がしい。
私は彼女の部屋の扉を静かに二度ノックした。
返事はない。聞き間違えか。
時間は十二時なんてとっくに過ぎている。
私は扉に向かって「おやすみ」と小さく囁き、自分の部屋へと向かおうとした。
が、その時今度は先ほどよりも大きな笑い声が「あははははっ!」と部屋の中から聞こえてきたのだ。
しかもその声は少女のようにか細く、長い事ケタケタと楽しそうに笑い続けている。
ついに気が触れてしまったのか。
そんな馬鹿な思考が巡り、私の体は恐怖で強張った。
マフェットがこんなになってしまったのは私のせいかもしれない。いいや、間違いなく私のせいだ。
あの時余計な事を言わなければ、でしゃばった事をしなければ、ここまで彼女は自分を追い込まずにすんだはずなのに。
もう自分を責める後悔ばかりをしても仕方がない。
私は何も考えず、固まった体を引きずりながら部屋の扉を強く開けた。
「マフェット!!大丈……夫……?」
私の思い浮かべた狂気の場面。とは違い、部屋の中はとても静かなものだった。
静かと言っても、雨音と落雷の音はずっと続いている。
しかし不思議と扉を開けてからは、あの笑い声は消えていた。
部屋の中は電気もつけずに真っ暗だが、時折窓の向こうの雷が輝き、うっすらと部屋の中を照らしている。
誰の気配もない小さな部屋に私は一歩、足を踏み込んだ。
「マフェット……いないの?」
ゴロゴロッと雷が轟く。
また一歩、恐々と歩みを入れる。
「マフェ……」
と彼女の名前を呼びかける。とそれを阻止する様に家の近くに大きな雷が落ちた。
バーンッ! と破裂する音と光が差もなく同時に襲いかかり、あたりは昼間のように明るくなった。
小さな窓枠目一杯に入った白い光で一瞬目がくらんでしまうも、そのお陰で窓の下に座る一つの人影を見つけることができた。
人影は音に驚きもしなければ動かない。
スカートの裾を大きく広げ、静かにその場にうなだれている。
「マフェット? 眠ってるの……?」
声をかけたが返事がない。
部屋の中は元の暗さを取り戻し、陰気な空気が漂っている。
「……こんなところで寝ては風邪をひくよ?」
声を発さない人影の不気味な雰囲気に体を震わせながら彼女の元に近づいた。
その間も雷は度々落ちるが彼女は一度も動かない。
眠っているのならばさっさとベッドに寝かせてあげて、さっさと自分の部屋に戻ろうと、カツカツ運ぶ足音が次第に早くなる。
しかしその最後に、ピチャリっと水を踏む音が響いた。
何かと思った私は自分の足を引きずってみた。
初めは黒い水たまりがあると思ったが、次に落ちた雷の明かりによりその正体を知ることができた。
血だ。
大量の血。
大きな血だまりが彼女を中心に広がっていた。
「マ……マフェット!」
自分の顔から血の気が引く感覚を味わつい驚きの声を上げてしまった。
かすれ、引きつる私の声。
この声で私は何度も彼女の名を呼んだ。
だが返事は返ってこない。
腰を砕いたように足から崩れ落ち、彼女のその小さな肩を掴んだ。
体を引っ張り安否を確認しようとする。が、彼女の頭は力なくコテンと後ろに倒れてしまう。
白くてか細い首筋に沢山の斬り付けた生傷が。
浅い傷から深いものまで。
ためらい、後悔し、もがき苦しんだが意を決して深く斬ったであろう覚悟の跡。
彼女の手には大事に抱かれたウィジャボードと大きなハサミ。
私が探していたあの鉄のハサミ。
使い古され、欠けた刃で彼女は何度も、何度も自分の首を刺して傷つけ掻きむしっていたようだ。
桃色の肉がただれ落ち、黒い穴がぽっかり空いている。
ぬいぐるみのように縫ってくっつけるような馬鹿なことができないほどにズタズタだ。
苦しかったであろう。
辛かったであろう。
しかし彼女の顔は苦痛にゆがむこともなく眠っているように安らかであった。
それどころか、微笑んでいるようにも見えた。
幸せそうに笑う顔。
決して私の求めていた笑顔とは程遠い顔だが……
スカートは赤黒くまだらに染めあがり、首から垂れた血液も花びらのように胸元を美しく色飾る。
笑った頬には点々と水玉模様が並んでかわいらしい。
そして暗い部屋の中に、雷の光が入ると彼女の体は白く輝くように浮かびあがった。
この時の私はあの日見たネズミの死骸を思い出していた。
生死の神秘と血の持つ意味。
冷たい身体の恐怖を、めぐる血流の温かさが溶かしてく。
その愛おしい血の中に沈む彼女。
私はこの時、初めて彼女を美しいと、そう思ってしまった。
自分の心臓が早く鼓動を打つのを感じる。
頬が熱くほてり、自然と口角が上がってく。
先まであんなにもうるさく泣きじゃくっていた彼女が動かず眠る姿が魅力的だ。
白く透き通る陶器のような肌に赤く腫れた生傷が美しい。
今まで見てきたどんなものよりも素敵で綺麗で愛おしくて儚げで、恋しくて輝いていて、私の心はすっかり傷ついた彼女の姿に奪われていた。
私は彼女の肩を掴んだままの手を引いて、彼女の死骸を優しく抱きしめる。
我ながらぎこちなく抱いた彼女の肩は小さくて、思った通りあのネズミのように硬くなっていた。
彼女の首に残った血液が溢れだし、私の肩を伝い、彼女に抱かれたウィジャボードに垂れ落ちる。
私も同じ赤に染まる喜び。
私だけではない安心感。
しかしその思いはあっという間に終わりを告げる。
『ああ。血はもう冷たいんだ』
そう残念に思ったことを憶えている。
脈打つ心臓の鼓動が聴こえなくって寂しく思ったことも憶えている。
当たり前だ。死んでから大分経っていたみたいだから。
そう思うと彼女の興味が少しだけ失せてしまった。
何故だろう。
とにかく、私は急いで彼女の姿を記憶しようとスケッチブックに描き込んだ。
次第に薄れくこの感情を、嘘ではないと裏付けるために鉛筆を走らせる。
しかし段々と鉛筆の動きはつっかえるように止まってしまい、彼女を見ても初めの感動はもうなくなっていた。
無機質な蝋人形と変わらぬ彼女に私はすっかり魅力を感じなくなってしまったのだ。
どうすれば先の興奮をもう一度味わえるのか。
私は廃人のように立ち上がる。
寄り掛っていたマフェットの死骸はゆっくり崩れ落ちるが私は気にせず外を見た。
こんな激しい雨の中、急いで歩く女性がいる。
生きた人に映える血の色はどんな輝きをしてるのだろう。
俄然興味が湧いてきた。
私はその娘に引かれるように椅子にかかっていたマフェットのコートを羽織って、血まみれのハサミを拾い上げた。
その時、ずり落ちたウィジャボードに蹴つまずいたが私は気にせず急いで外に出た。
それからの私はまるで悪魔に取り憑かれたように、狂人のように、あの幸せな時を追い求めた。
酒屋の娘は華奢で大人しくって赤い傷がとても似合っていた。
ネズミのようにちょこまか逃げる細い足が可愛らしい。
雨の波紋が広がる石畳。
滑って転げた娘に私はハサミを斬り付けた。
初めは丁寧に刃先で皮膚をなぞってみる。
「ひっ」と細く引きつる声が彼女の口から漏れたので私は急いでその小さな口にハンケチを押し付けた。
ツーッと引かれた赤い線。
そこからふつふつと膨らむ真っ赤な血はルビーのように美しく、垂れた雨水と一緒に零れ落ちた。
それが何故だか面白くって、愛おしくって僕は何度も彼女の肌を傷つけた。
傷は何層も刻まれて綺麗なレースが編み上がる。
その真っ赤なレースを身に纏った彼女は特別綺麗で美しい。
潰れた悲鳴と一緒に溢れる血の香り。
しかし土砂降りの雨で彼女の血はすぐに薄まり流れてしまう。
今度は怯える彼女の首筋にマフェットとおそろいの大きな穴をあけてみた。
沢山の血が滴り、優しいぬくもりが僕の手を撫でた。
姉さんもこうして苦しんだのかな。
怖かったのかな。
でもそんなこと知ったこっちゃない。
「痛いんだね。苦しいんだね」
抵抗する彼女の足は、もがきにもがいて地面と僕の足をける。
「ごめんね、ごめんね」
呼吸が乱れる彼女の頭を抱き寄せる。
泣き腫れた赤い目玉に見つめられ、僕は子供のようにニタリと笑ってみせた。
それは弱い者を苛める征服感とは違う。
とっておきな宝物を見つけた時の幸福感。
次に出会ったのはかつてマフェットの友人だった女性。
彼女もクセの強い黒髪をしていた。
職場に忘れ物をしたと言って夜中に一人、ひと気のない道を歩いてた。
「寒いね。ほら、霜が降りている」
花壇を指さし白い息を吐く彼女。
しなやかに伸びた腕がとても綺麗だ。
その腕が、白い雪に赤く染まるところを見てみたい。
後ろから優しく口元を抱えてあげて、同じように首にハサミを立てる。
もう雑音は聞こえない。
この日は前日みたいに雨が降っていなかったから時間をかけてじっくり彼女を傷つけた。
彼女が寂しくないようにしっかり頭を抱えてあげたし、怖がるようなら目隠しもしてあげた。
「大丈夫、これからもっと綺麗にしてあげる」
思った通り、ワインのように輝く赤い血液があふれ出て、私の心は満たされた。
血が溢れる度に溶けてきしむ霜柱。
その音に耳を傾けて幸せなひと時を噛みしめる。
それは脳のしわと言うしわに深く浸透し、甘美なる恍惚感を私に教えてくれた。
きっと大麻をやる人もこのような気分に浸っているのだろう。
それが私の場合は人間の血だったのだ。
人肌のぬくもりと白い肌に生える赤がとてつもなく美しく、私に「君は独りではないよ」と語りかける優しさに、喜びを感じていつまでもこの時が続けばよいのにと何度もため息をついて惚れ込んだ。
しかしいつまでもそんな時間は続かない。
次第にぬくもりは水のように冷たくなり白い肌にどす黒い青がさしだすと、それはとてつもなく不気味な存在になった。
私は待ってくれとまた何度も何度も優しく傷を付けてあげるが、もうすでに傷口から流れる血液は黒くドロドロとしているか、あるいは乾いてしまっているのである。
開いたまま乾いて光を失った瞳。
そんな彼女もまた急に酷く醜く思えて、私はその場に彼女を捨てた。
私は何になりたかったのか。
私はいったい何者か。
どうしてこんな事をしているのか。
何が目的だ。
そういう考えも木曜日の頃にはできなくなって、この遊びに病みつきになっていた。
『パセリにセージ、ローズマリーにタイム』
今更、魔よけの呪文は通用しない。
彼女たちを傷つけた日には一日彼女たちの絵を描きなぐる。
一つ筆を乗せる度に思い出されるあの夜のワンシーン。
それは何時でも何度も私を幸せにしてくれる。
この気持ちは何なのか。
その名を教えてくれていたのは案外、外の世界だった。
「ジャックリーン」
長い黒髪に透き通る白い肌。
細くて華奢な脚を持ち、猫の尾のようにしなやかに伸びた腕で人を殺す。
赤い唇が優しく笑う美しい女性。
世間様の証言は正しく僕が描き止め、コラージュしてきた彼女たちそのものだった。
町中彼女の話題で持ちきりだ。
嬉しい。肖像画だけの存在だと思っていた彼女が見えるのは僕だけじゃない。
僕が恋した愛おしい人。
もしかしたら想像の人物じゃなくって実在する人物なのかもしれない。
今もどこかの通りを優雅に歩き、血が恋しくなればポケットに隠した錆びたナイフを握りしめ、気に入った女性を殺してる。
もう貴女は想像上の人物じゃない。貴女はもう僕だけの人じゃない。
それを世間様に証明しよう。
そして僕は夜の街で一人のご婦人を襲ってしまった。
彼女の存在を確実なものにするために。
実在すると知らしめるために。
僕は初めて人を殺した。
「犯人をどうか早く捕まえてください」
水曜日に現れた少女の願い。
だけどそれは無理なこと。
『パセリにセージ、ローズマリーにタイム』
僕はもう彼女のためなら何でもするよと決めたから。
彼女の為なら無理な願いも叶えてみせる。
これからもずっと、終わるまで。
私は貴女の血に染まりたい。
そう願った土曜日に、私は撃たれて死んでった。
ツギハギだらけの赤い影に捕まったまま。
日曜日はもう来ない。
月曜日はもう来ない。
= = =
私に人を殺す気はこれっぽちもなかったよ。
信じてもらえはしないだろうけど。
結果死んでしまっただけ。
私は何かに取り憑かれたかのように血を求めた。
吸血鬼のように。
だけど血を飲むなんて奇怪なことはしなかった。
一度たりともね。
血は見て愛でるもの。
みなぎる生命の象徴で人間の温もり。
その人が生きているという証拠。
私以外を証明し、私と同じ生き物であることを教えてくれる愛しき恋人。
なのに、他人の血を飲むなんてことをすれば、その血は私の胃袋や腸に吸収され、その人のものではなくなり私の血となってしまう。
それはいけないことだ。
私は私だけでなく、それ以外の存在が欲しかったのだ。
母さんに似た癖のある黒髪でマフェットと同じ白い肌。
私は独りじゃない……
独りじゃない……




