ツグミとツムギ
「だからさぁ、そういうのははっきり口に出さなきゃ駄目だって」
「そ、それは…そうだけど」
隣に座っている友達の呆れるような物言いに、私は返す言葉もありません。もう何回同じことを言わせてしまっているかわからないのだから、つぐちゃん――慈詩藍美ちゃんが呆れるのも当然といえば当然だと思う。
「そりゃ何とかしてあげたいのは山々だけど」
そこで少し間を置いて、強調するようにつぐちゃんが続けます。
「私がどうこう出来るわけじゃないんだから、つむさんが自分で動かないと何も変わらないんだよ?」
「……うん…」
私がつぐちゃんと呼ぶように、つぐちゃんは私のことをつむさんと呼びます。
藍下紬だから、つむ。さん付けなのは、私が中学三年生で、つぐちゃんより一つ年度が上だから。もう長年の付き合いで口調はすっかり砕けていて嬉しいのだけど、呼び方だけはしっかりそのまま。
俯いていた顔を少しだけ上げてみると、オレンジ色、というより紅茶のような色が空から地上までを満遍なく染めていました。
今の時刻は、放課後の夕方。場所は、私の住んでいる大きなマンションの前にちょこんとある小さな公園。
学校帰りなんかにここでつぐちゃんと話すのは、同じくこの公園で初めて会った私が小学6年生だった頃から、ここ2年半程ずっと続いている、私の日課。
話す内容は私の相談事とかが多いけど、それでも嫌な顔せずに聞いてくれて、おまけに引っ込み思案な私なんかよりよっぽど強くてしっかりしていて、いつも自分から聞いておいてたじたじになってしまう程、とても親身になってくれる。
同じマンションに住んでいるというだけで、学校は違うけれど、話すうちに自然と仲良くなった、大切な友達。
基本的に家に帰りたくなくて、学校もあまり好きじゃない私にとっては、つぐちゃんの存在はとても大きい。家にいる時間や学校にいる時間で冷えてしまった心を、つぐちゃんといる時間は暖めてくれる。
本当の本当に、大切な友達。
「つぐちゃん」
「ん?」
「いつも、ありがとうね」
不意に伝えたくなった感謝を口にすると、つぐちゃんはわかりやすく赤くなって照れる。
「な、なに言ってんの今更、あたしとつむさんの仲じゃん。あれだよあれ、ゆーじょーってやつ」
焦って早口になるのがわかりやすく伝わってきて、なんだか可笑しい。
「つうか今自分で言って思ったんだけど、ゆーじょーって言うとなんとなく男同士間なイメージない?」
「んん、確かに。言われてみれば」
「まぁそうはいってもあたし達が使っちゃ悪いってことにはならないよね」
つぐちゃんが言い切ってはにかむ。安心感をくれる、迷いのない言葉。うん、と頷いて私もつられて笑う。
そこで、公園の時計が掠れた音を鳴らしました。古くなって、もううまく鳴らなくなってしまっている大きなオルゴール。いつもの合図。
「あ、もう帰らなきゃ…」
座っていたベンチから嫌々腰を浮かせて、今日の楽しい時間に別れを告げます。
私がこう言うと、つぐちゃんはいつも、途端に優しい、案ずるような眼差しになって、
「わかった。それじゃ、また明日」
って言います。
そして、私もそれに決まった、同じ返事をするのです。
「うん、また明日、ここで」