そのご
兄たるもの、可愛い妹の願いならどんな内容でも叶えてやりたいと思うものだ。それが自分にできる範囲のことならなおさら。
世の中のお兄ちゃんという生き物は、押し並べて妹には甘いものなのだ。ソースは俺。
まあそんなわけで、兄である俺が可愛い妹の願いを叶えてやりたいと思うのも、至極当然なことである。妹が困っているときには努力奮励助けてやりたい。
さてさて、先ほど妹であるみちるに相談を持ちかけられた時、俺はこのくらいの覚悟をもってことにのぞもうと思っていた。半年間の空白を埋めようと躍起になっていたのもあるかもしれない。
かくして妹の相談事とはこうであった。
「私と一緒に戦って欲しい」
つまるところ兄である俺に、共に剣を抜いて戦って欲しいということ。なんて現実離れした内容という訳ではない。別に戦には行かない。
簡単に意訳すると「お兄ちゃんと一緒にゲームがしたいっ!」ということなのであった。ゲームの世界で一緒に戦いたいのだそうだ。何その可愛らしい相談。妹の可愛いルックスと相まってもはや最強なまである。お兄ちゃんはとても幸せです。
そんなことを考えてひとりぽわぽわとしていると、俺の思考を切り裂くように妹が小さな声で呟いた。
「……駄目、かな?」
妹はやや上目遣いでこちらを見上げるようにして問いかけてくる。その声からは、先ほどまでの自信が失われていて、どこかか細く心許ないものに思えた。
ただ、実際上目遣いといってもヘッドギアをかぶっているせいで、中の表情はまったくもって窺い知れない。目隠しとなっている電光モニターには「Crazy」の青文字が、流れるようにして表示されていた。
クレイジー……和訳するとキチガイ……。そんな文字を浮かべながらこちらを見つめてくるみちるの顔は、ちょっとシュールなまである。
まあゲーム名だから仕方ないんだけどね!改めて考えるとクレイジーキラーズデスマッチって強烈なネーミングだよな……。狂った殺し屋の殺し合いって……超お下劣じゃん。
みちるちゃん!女の子がそんな危なっかしいゲームやったらいけません!どうぶつのもりにしておきなさい!
脳内会話でそんなことを考え訴えつつも、俺は安心させるようにみちるの頭(ヘッドギア)をぽんぽんと叩きながら言った。
「駄目じゃない。可愛い妹の頼みを断るわけないだろうが。それに、今までお前に全然兄貴らしいことしてやれなかったしな。せめてもの罪滅ぼしだ。何でもやるよ」
「ほんとにっ!?」
みちるはガバッとヘッドギアを脱ぎ捨てて、にぱーっと満開のお花畑のような笑みを浮かべる。間近で見る彼女の表情は本当に生き生きとしていて、こちらまで活力を与えられてしまいそうである。
……だが、ヘッドギアを無理矢理に脱ぎ捨てたのはよろしくない。しゅーんとか悲しげな音を出しながらヘッドギアちゃんの電池切れちゃったよ!精密機器は丁寧に扱わないとすぐ壊れるってお兄ちゃんいつも言ってるでしょ!
閑話休題。
さておき妹にはどうしても聞いておきたいことがある。俺は引っかかった疑問点のひとつを問いかけてみることにした。
「もちろんだ。……でもひとつ聞いといていいか。お前はあくまでそのゲームの優勝を狙ってるわけなんだよな?」
あったりめえよお!とばかりに妹はコックリと頷く。
「だったらよ、俺と組んで大丈夫なのか?俺なんてお前と比べて明らかにゲーム経験は乏しいわけだし、お前が本気で優勝狙ってんならもう少し強い奴と組む方が良いんじゃないか?」
前も言った通り、俺にはあまりゲーム経験がない。人並みにはやってきたつもりだが、妹のようなガチ勢の中に食い込んでいける実力などとうに持ち合わせていないのだ。
ドラクエなら一応全作品プレイしたので多少の話はできるが、今回のようなアクションゲームには特に関係がなさそうだ。ちなみに俺の中で最も面白かったのはドラクエの5である。あれは不朽の名作なので死ぬまでに是非一度プレイして欲しい。
それはさておいて、やはり妹の人選には一抹の不安が残る。本当に私なんかで大丈夫なのかしらんと思ってしまうのだ。
妹がそれなりのゲーマーだと言うなら、掲示板なりSNSなりで同士を募れば、いくらでも彼女とタッグを組んでくれる人間はいるはずだ。彼女の目標が優勝にあるのなら、ペアに俺を選ぶのはあまり得策じゃなく思える。
はてなと狐疑の視線を送っていると、みちるはそれに答えるようにして口を開いた。
「うーん、なんて言えばいいんだろう。……よくわかんないけど、私はお兄ちゃんと組んで優勝したい……みたいな」
彼女の声は終わりに向けて次第に小さくなっていき、最後の方はほとんど聞き取れなかった。だが、まあなんとなくは分かった。
ペアは俺で構わないと、そういうことなのだろう。
「ふーん……なら、いいんだけどよ」
俺はちょっぴり恥ずかしかったのを隠すようにして、さっぱりとそう言い捨てる。
すると、みちるはそれに食ってかかるようにして噛み付いてきた。
「だっ、だからって優勝狙ってないっていうわけじゃないからね!お兄ちゃんと組んでも優勝するの!そこはよろしく!」
「お、おう……」
「う、うん……よろしく」
みちるはそういうと、決まりが悪いのかもじょもじょっと手を擦り合わせて、心なしかほんのりと頬を朱く染めた。そんな様子を見せられてしまうと、こちらまで気恥ずかしくなってしまうのでやめてほしい。……みちるちゃん今日はなんでこんなにデレモードなの?もしかして明日俺死ぬのかな?
なんだか気まずくなってしまった空気を切り払うようにして、俺はひとつ咳払いをしてから話し始める。
「あー……でだ、俺は具体的にどうすればいいんだ?」
「あーっと、実際に体験してみるのが早いんだけど……簡単な説明だけしておくね。CKDっていうゲームはねPVPシステムを採用してるんだけど、ようはプレイヤーvsプレイヤーってことね。オンラインの対人戦が主な仕様なの」
俺は「ほう」とか「ふん」とか適当な相槌を打ちつつ続きを促す。みちるもそれに合わせるようにして続けた。
「だから、ゲーム内でいかに多くの人を殺すかっていうのがこのゲームの醍醐味なわけなの」
「なるほどな。デスマッチなんだもんな」
「そそ。だからこのゲームで優勝するためには、自分が最後まで生き残り、一人でも多くのプレイヤーを殺すことが重要なの」
「ほぇー。なんだか物騒な話だな」
みちるは「まあゲームだからね」っと言いいながら苦笑を浮かべた。
「で、その大会はどうすれば優勝なんだ?」
「あーっと、他のプレイヤーをキルすると自分にポイントが入るんだけどね、基本的にそのポイントを競うって感じかな。開催期間は夏休みまるまる全部。そんでその大会の開催初日が、今日なのよ」
「今日……か」
ようは出遅れがあるわけではないようだ。途中参戦では幾分か望みが薄いが、開催初日から参加できるというなら、まだ初心者も多くいるだろうし多少は戦いやすかろう。状況は特別悪いわけではなさそうだ。
それに俺とみちるは学生であり、かつ部活にも所属していないエリート暇人である。夏休みにこれといった予定もなし、本気を出せば毎日ゲームに打ち込むことができるだろう。
……もしかしたら優勝できるのでは?3億円が我が手に!?……なんて浅はかな考えが浮かんでしまった。そう甘くはないだろうが、もしかするとやってみる価値はあるかもしれない。
「……じゃあ、いっちょ優勝すっか」
「うん……絶対優勝する!優勝して……あいつらを見返してやる」
みちるの表情は真剣そのものだった。
彼女のさすあいつらというのは、恐らく彼女のことをいじめてきた連中のことなのだろう。彼女が俺に頼ってまでこのゲームをやろうとしたのは、やはりそういう意図があってのことのようだ。
だとすれば、なおさら優勝させてやらなければならない。こんなことでも、彼女にとって僅かの自信になるのなら、やらない手はないだろう。お兄ちゃん頑張っちゃうかも……。
「だな。夏休みに3億稼ぎあげた中学生とか本を出せるレベルだぞ。一瞬で有名人だよ」
「……悪くないかもそれ!」
「だろ?」
「うん、最高!」
そう言ってみちるは不敵な笑みを浮かべる。俺もそれに答えるように、にやあっと意地の悪い笑みを浮かべた。
可愛い妹の頼りごととあれば、どんな内容であれお兄ちゃんは助けてやるべきである。それがどんなに困難なことであっても、誠心誠意共に戦ってやるべきなのだ。
そこに理由なんて必要ない。人助けに意味なんて求めてはいけないのだ。可愛い子がいたから助けた、それくらいの動機で十分だ。
絶対に、優勝しなければ。
そうと決まれば話は早い。どうせ予定もなく暇な夏休みだ。全部くれてやる。夏休み返上の大仕事といこうじゃねえか。
夕凪兄妹の夏休みを賭けた大戦の幕が、今切って落とされる。