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そのさん

「入って」


 かなり長い間開かずの間となっていたこの部屋に踏み込むのは、やはり幾分(いくぶん)か勇気がいる。それにお年頃の妹の部屋に入るのは、どうしようにも気後(きおく)れしてしまうものだ。

 俺は仕方なし勇気を振り絞ってみちるの声にコクリと頷くと、恐る恐るその部屋の中に足を踏み入れていった。

 ……すると、妹の部屋は俺の想像を遥かに上回って衝撃的な状態になっていた。もはやカオスであった。


「……どうかな?」


 みちるの方を見やると、少しもじもじと服の(すそ)をいじくりながらこちらを見つめていた。

「どうかな?」っと聞いてくるということは、この部屋に対しての俺の感想を求めているということなのだろう。


「……いや、どうかなってお前」


 俺はあらためて我が妹の部屋をぐるりと見渡してみる。

 すると、目に飛び込んでくるのは…………うず高く積まれたアニメのDVDやBlu-rayの山々。本棚からすでに(あふ)れてしまっているマンガやライトノベルの(たぐい)。ご丁寧にも透明のケースに保管された、ずらーっと一列に並ぶ美少女フィギュアたち。どかんと壁一面を埋め尽くす色々と(きわ)どいポスター!

 そして何よりもとんでもないのは、俺が今立ち(すく)んでいる床一面を埋め尽くす、雑多(ざった)のゲームたちだ。軽く見積もって200は転がっている。もはや足の踏み場がないまである。


「お前なんでこんなになっちゃったんだよ……」


「どう?びっくりした?すごいっしょ!」


 妹は自慢のコレクションたちをぐるーっと(なが)めまわして、えっへんと満足気な表情にいたっている。妹は完全に二次元の世界に足を踏み入れてしまったらしい。

 かつてのお洒落な人気者美少女の姿はもうそこにはなくなっていた。そこにあるのは、(ぞく)に言う「ヲタク」と化してしまった、引きこもり妹の姿であった。しかも、かなりハードコアの。


「ああ、すごい……色々と。んで、いつからこんなになっちまったんだ?」


「こんな……ってなんか失礼だな。……てかいつからかは分かるでしょ。半年前からだよ」


 彼女はそう言って、少し悲しげに笑った。

 彼女のいう半年前とは、おそらく彼女が引きこもりはじめた時期ということなのだろう。また彼女がいじめにあい始めた時期でもある。

 みちるはイジメを受けて不登校になってからというもの、ずっとこの暗い部屋でこんな風にして過ごしてきたのだ。


「ああ、そうか。…………というか、お前こういうの嫌いだったことないか?俺が魔法少女もののアニメにハマってた時とかさんざんキモいキモい言ってきたじゃねえか」


「ああ……あの時は、ね。今は友達もいないわけだし、ひとりで楽しめる遊びっていったらこういうのしかないじゃん」


 妹は適当なゲームソフトをひとつ床から拾い上げて、おどけてみせた。


「ひとりで……か」


 本人は強がってこそいるものの、あくまでそれは強がりでしかないのだろう。

 ゲームやアニメなどの娯楽が、彼女を孤独から救ってくれたというのは確かかもしれない。だとしても、彼女はイジメによって、強制的に孤独な環境を強いられたということも、また事実なのだ。

 床一面に広げられたゲームの海を見れば、彼女がこの半年間どれだけゲームに打ち込んできたのかは分かる。これだけ打ち込める趣味を手に入れることができたというのは、ある(しゅ)幸せなことなのかもしれない。

 だがそれは、イジメの魔の手によって追い詰められた結果ともいえる。彼女が今の現状に満足しているとは、とても思えないのだ。


 この半年間、ずっと家族の誰とも口をきかずに、誰に相談することもなく孤独に過ごしてきた彼女。それは心配をかけまいとする彼女なりの優しさや、強がりによるものだったのかもしれない。

 それでも彼女はずっと押し黙って、ひとり辛い現実を背負いながら、俺が今立ち尽くしているこの部屋に閉じこもっていたのだ。


 しかし、今その封印が解かれようとしている。彼女はこうして兄である俺を部屋に招き入れて、そして何か頼みごとをしようとしている。

 それは彼女がずっと()み嫌って、避け続けてきたもののはずなのに。


 もしかしたらもう限界なのかもしれない。無理矢理に(むち)打って強がってきた彼女の心も、もう限界に近づいているのだ。(したた)かな彼女が誰かに助けを求めるというのは、きっとそういうことなのだろう。

 俺は勇気を振り絞って口を開く。


「みちる、お前が俺を部屋に入れるなんてよっぽどのことだ。何があったんだ?」


 俺はどんなことを言われても受け止めてやろうと、真剣な口調でそう言った。兄が可愛い妹を助けてやるのに、理由なんて必要ないのだ。


「あーっと……ちょっと手伝って欲しいことがあるんだよね」


 なんだか言いづらそうな、ぎこちない口調で彼女はそう言った。

 俺は「言ってみ」と視線だけで促して、彼女もまたそれに首肯(しゅこう)する。


 みちるはゲームの海を()き分けるようにして進んでいき、部屋の奥隅にあるひときわ大きな箱を引きずり出してきた。


「これ」とだけぶっきらぼうに言い放って、彼女は俺の前に箱を差し出す。

 はてなと(いぶか)しげな視線を送ってみるも、彼女はとくにこれといって説明をしない。仕方なく俺はその箱を開けてみることにした。外側のパッケージをみるに、恐らくその箱の中身はゲームであることが想像される。


 セロテープを()がしていき、ぱかりと外箱を開けてみる。すると、中から出てきたのは2つのヘッドギアのようなものであった。黒塗りされたメタリックな外装はシンプルで、ところどころにお洒落な模様が(ほどこ)されていた。

 そして俺は、妙にこのヘッドギアのような機械に既視感を覚えたのだった。それは恐らく……


「「クレイジーキラーズデスマッチ」」


 俺と彼女はほぼ同時にそう(つぶや)いた。

 俺がその名前を知っていたことによほど驚いたのか、彼女は目をまんまるにしてぱちくりと(しばた)かせている。

 俺は彼女の疑問に答えるようにして、そのヘッドギアを持ち上げながら話す。


「最近流行ってんだろこれ。朝CMで見た」


「はーん、そゆことね。じゃあ話は早いや」


 彼女はそう言うと、もうひとつのヘッドギアを箱から引っ張り出して、それを唐突にかぶりだした。

 目はモニターのようなもので(おお)い隠され、顔の多くもヘッドギアのマスクによって見えなくなっている。彼女がその下でどんな表情を浮かべているかを伺い知ることはできない。

 長く伸ばされたロングの金髪だけが、居場所がないようにしてヘッドギアの隙間(すきま)から溢れていた。顔を包み隠した彼女はアニメに出てくる悪の秘密組織のようで、どこか絵になっている。

 そうしてそんな格好のまま、彼女はこれまた唐突に言うのだった。


「私と一緒に戦って欲しいの!」



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