そのいち
『クレイジーキラーズデスマッチ』
これは実体感型のバーチャルアクションゲーム。エルフゲームズ社開発の電脳空間誘致型ヘッドギアをはめることによって、まるで自分がゲームの世界に乗り込んでしまったかのような感覚に陥るのだ。
最先端の技術を駆使した、時代の最新をいくゲームソフトである。
このゲームには、他のゲームとは違う2つの大きな特徴があった。
1つは、このゲームにログイン出来るのは一日の間で一度きり。そして、一度でもキルされてしまえば、その日はもう遊ぶことができない。
つまりプレイヤーは一日にひとつのライフしかもらえないということだ。復活やリスポーンができない。死んだら終わりのデスマッチなのである。
そして2つ目は、このゲームの大会の優勝賞金が3億円という莫大な金額ということである。
「最後まで勝ち残り、賞金を手にするのは一体誰だ?」
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大きな効果音と共に「絶賛参加者募集中」と黒塗りの画面に血文字が浮かび上がった。
……そうしてそのCMは幕を閉じ、ドックフードのCMへと移り変わっていく。
「ほぇー……実体感型ゲームねぇ。現代っ子まじ半端ねえな」
俺はもぐもぐと朝食のベーコンエッグを頬張りながら、だらだらとテレビを眺めていた。
しかし近代の科学技術の発展はたいへんに素晴らしいものだな。実体感型ゲームとかもうどう作ってるのか想像もつかない。0と1の電気信号だけで本当にそんなもんがつくれるのかしらんと思ってしまう。
俺がふむふむと感心していると、なぜかテーブルの向かい側で、むしゃむしゃとサラダを頬張りながら妹(小)がこちらをきりきりと睨めつけていた。
俺には妹が2人いるので、小さい方の妹を、区別として妹(小)と記号することにしているのだ。
「……テレビなんて見てないで早く食え」
「……はむっ!?」
妹の手によって、俺の口に食べかけのパンが強引にねじ込まれていく。バターを包んだロールパンは、俺の口内の水分をこれでもかとばかりに吸い取りながら、めりめりと喉に浸入していく。
苦しい!死んじゃう!パンに殺されちゃうよおふえぇ!
俺はじたばたと暴れまわりながら、断末魔のごとくもがき叫んだ。時折俺の頭上に天使が見え隠れしていたが、気合いと忍耐で振り払う。俺はまだこんなところで死んで良い人間じゃない!負けるな俺!頑張れ俺!
「きもい」
ゲホゲホとむせこみながらも、なんとか死の淵から脱出した俺に向かって、悲痛な言葉が投げかけられる。あれか、妹ちゃんは反抗期なのだろうか。……お年頃なんだろうとはいえども、うぜえ。
「殺す気かよお前。殺すぞ」
「…………」
我が妹ちゃんは、俺の言葉なんてあっさりとスルーしてずるずると味噌汁を飲んでいる。本当に可愛くない妹だ。
俺の知識上では、世の中の妹は大抵可愛いはずなのだが、いかんせんこいつは可愛くない。可愛くない妹なんて、俺の妹とジャイアンの妹くらいなものだろう。
俺が妹(小)を蔑むような視線で睨めつけていると、その視線に気づいたのか、妹もちらりとこちらを見る。そして睨み返してきた。……本当に可愛くねえ。
「みーちゃんは」
妹は俺を睨みつけたまま、ぶっきらぼうにそう言い放った。
俺は「知らん」とだけ適当に返す。それから「部屋にいるんじゃねえの」とだけ付け加えて、残りのサラダをかきこむ。
妹はそれきりしゅんと黙り込んでしまい、家を出るまでの間、2人が会話をすることはなかった。
「みーちゃん」とは、さっき俺には2人妹がいると言ったが、そのうちの1人。すなわち妹(大)である。今年で中学三年生になる。
本名は「夕凪みちる」。妹(小)や母親はみーちゃんと呼んでいるが、俺は恥ずかしいので普通にみちると呼んでいる。正真正銘俺の妹である。
彼女を紹介するのであれば、まず端的に言って、とんでもない化け物クラスの美少女であるということだ。どこにいても一際目立つ金色の髪。猫のようにまんまると大きな瞳。中学生とは思えないほどに大人びた端麗な容姿。
どれをとっても素材は一級品で、彼女は頭ひとつとび抜けた美少女なのだ。
どこにいても人目を惹きつけ、誰もを魅了し、持て囃され、崇め奉られ、憧憬の的として見られ。彼女は俗に言うところの人気者なのであった。
彼女の明るい性格や、元気の良い気性も相まって、彼女はいつでも話題の中心にいた。誰もが憧れるスーパースターだった。
……だが時に、憧れや羨望の眼差しは、嫉妬や憎悪や妬みといった負の感情も引き起こす。彼女のそばで、「なぜあの子ばっかり」と歯痒い思いをしていた人間も少なくはないはずだ。実際彼女のことを恨み妬んでいた人間は多くいた。
やはり、出る杭は打たれるのである。彼女は少しばかり、目立ちすぎたのだ。
クラス内のみちるを気に入らない女子が、少しづつ集まっていき、それは連盟となり、やがて群衆となった。女子たちはみちるを排除すべく、あることないことみちるの悪い噂をでっち上げたり、みちるの汚点を洗いざらい探し出して、それをクラスへ学年へと伝染させていった。
みちるからすれば、クラスの後ろでこそこそと悪口をいっている女子たちの姿は、たいへんに耳障りだったろうと思う。
しかしみちるは強かな少女であった。それくらいのことは気にしてない様子で、自分らしく堂々としていたという。
だが、そんな彼女のひょうひょうとした姿が、女子たちのさらなる反感を買ってしまう。それからクラス内での悪口はさらに度を増してエスカレートしていき、やがて「イジメ」と呼ばれるものにまで発展していった。
最初こそ強がっていたみちるだったが、だんだんと自分の居場所を失っていき、気づいた頃には学校に行けなくなっていた。あれほどの人気者美少女が、今暗い部屋の中でひとり蹲っていると思うと、俺の体内を激しい憤りが駆け巡る。それはみちるをいじめていたクラスメートに向けたものでもあるし、彼女の変化に気付いてやれなかった俺に対するものでもある。
ふと我にかえり、壁掛けの時計を見上げると、時刻はすでに八時をまわっていた。これ以上のんびりはしていられないようである。
俺は朝食の皿をキッチンにぶち込んで、ちらかった制服たちをはおりこみ、学校へ向けて我が家を飛び出すのだった。