あなたに私の何が解かるというのか
お金の使い方は人それぞれだと思うけど、私の使い道は決まっている。
それは、食事だ。食欲は人が生きる上での三大欲求の一つであって、それを満たすことこそ幸福であり、人が生きる意義ではないか!?
……なーんて、仰々しい理屈はどーでもいい。食べてる時が一番幸せなのだから、有限たるお小遣いをそこに突っ込んで、誰に責められることもないだろう。
ということで、今度の週末、きの子と映画を観に行くことになっているけど、それはきの子がどっかのツテでタダ券を貰ってきたからだ。映画って地味に高いよねー……。学生財布には厳しい娯楽だわ。
そんな週末を三日後に控えた水曜日のお昼休み。私は部活のツレである坂島くんと幸人くんと週末の予定について話してたんよ。一番つるむのが多いのはきの子なんだけど、他にツレがいないってこともないし、結構モテるんデスよ? ワタクシ。
んで、その映画は先日公開されたばかりの話題作ではあったのだけど、実はタイトル自体には別段興味がなくて、本当にチケットが二枚手に入ったから一緒に行ってみる? てだけの、そんなノリ。
つまるところ、私の目的はぶっちゃけ例のごとく、映画が終わった後のお茶&お夕飯にあるのですよ!
そんな話を男子二人侍らせた教室でお昼ご飯を囲みながらしておりました。
先日公開されたばかりの話題作だから、そんなチケットをゲッチュー! できたことは少しは自慢になるかなー、思ってたんだけど、
「いいでしょ! 羨ましい? 観に行きたい?」
と豊満な胸を張る私に対し、
「いや、別に」
と坂島くんはノー興味。
「初日に観たし」
と幸人くんは手が早い。
二人からはこんな感じに冷たくあしらわれてしまいましたとさ……。とはいえ、こちらもこちらでそんなにこの映画自体に愛着もなく語れる要素もなかったので、自慢大会強制終了。
週末は家でコーディングやってるっつープログラム狂の坂島くんと、今度は違う映画を観に行くという銀幕狂の幸人くんに対して私が語れることっつーたらもう食べ物しかないのかねェ!
映画が終わるのは昼食には遅く、夕飯には早い中途半端な時間になるので、そこで映画にちなんだカフェに入って、珈琲とお茶菓子をツマミに映画の余韻を楽しみつつ、そのままディナーと洒落込もうという魂胆をきの子がいぬ間に披露。男子からのリアクションは希薄。……チッ、つまらん。
そうこうしているうちに、お昼休み終了時間間際、きの子、奇跡の生還。どうやら部活関係で話があったそうで、引退した三年生の教室に出撃していたらしい。上級生の巣窟に潜入するとはよくやるわ。
私からの男どもへのアクションが空回り気味で悔しかったので、きの子からの戦果の報告は待たず、私は先にこちらの状況を伝える。
「朋友きの子よ! 今度の映画作戦に伴う私のお食事計画を聞いておくれ!」
「あー……すいません、その件なんですけどー……」
と始まるきの子の陳謝は聞くことなく、とりあえず先制空手チョップで抗議の一撃!
「それでは、話を聞こうか!」
「チョップの前に聞いて欲しかったんですが……」
聞いてみると、やはり都合が悪くなって行けなくなった、とのことなので、そのまま追加入力でダブルチョップにグレードアップ。ランボー! 怒りの抗議続行!
折角の週末なのに一人飯になってしまうのは嫌じゃー! 嫌じゃー! とゴネたところ、視聴済みの幸人くんではなく、未視聴だった坂島くんに白羽の矢が立った。
「坂島くん、あたしの代わりに成実に付き合ってもらえませんか?」
「……まあ、タダなら。ネットでも話題になってたし、気にはなってたんだ」
オイ、コラ。私ん時は『別に』の一言でクローズしたクセに。
「それと、成実のお食事にも付き合っていただきたいな、って」
「まあ、それもタダなら」
「各々自費だコノヤロウ!」
何で私の奢りになってんだよ!
という感じで、坂島くんの露骨なまでの私ときの子の対応の違いに不満は抱えつつも、週末はやってくる。紆余曲折あったけど、結果的に男と二人きりで映画とか観に来ちゃったよー! 週明け、ツレに冷やかされたりしたらどうしようかねー!? などと若干テンション高めの私に対して、坂島くんは自然体。どのくらいの自然体かとゆーと……まさか学ランで来ると思わなかったわ!
本人曰く「制服以外の服は殆ど持ってない」
む、なるほど。これには共感できる。実のところ、私も服とかあまり持ってない。何しろ、私が好きなモノは、食べたら無くなっちゃうものだからね! 家にモノを貯めこむ趣味ってあんまないんよー。だったら、私も気張らず制服で来りゃあ良かったわ。
ボロを着ようが錦を着ようが映画は映画。今回観た映画はひたすらに銃撃戦が繰り広げられる西部劇で、敵にも味方にも個性豊かな色んなタイプのガンマンがいて、瑞乃(腐女子)だったらカップリング妄想とかしたのかなー、と思ったりもした。
でも……私としては……
「あの相棒の人、何で死んだんだっけ?」
「ガラス越しの不意打ちだろ」
「雇われのヒットマンは?」
「流れ弾」
戦場にはたくさんの登場人物と銃弾が飛び交っていて、何が何だかサッパリだったんよ! だってさ、銃って攻撃する人と受ける人が離れてるじゃん? だから、誰が誰を攻撃してるのか判らなかったり、意図しない人に当たったりでよく判らん!
「チクショウ! 男だったら拳で語り合えよ!」
もしくは刀。
「きの子から貰ったチケットだろ。タダで観れたんだから文句を言うもんじゃない」
坂島くんはキッチリ展開を把握した上で、銃撃アクションもシッカリ楽しんだ模様。
「こんなことなら、坂島くんときの子が観に来れば良かったんだよ!」
で、私は食事時だけ呼んでくれれば。
「着ていく服がない」
と、素っ気ないテンプレで返答する坂島くんだけど……ちょっと待て。
「私と着ていく服はあって、きの子とはないんかい」
ここには制服で来てんじゃん。
「俺だって、相手くらい選んで服を着る」
くぁー! 言ってくれるねぇ!
「こーなったら、ガッツリ食って気分を変えるっきゃないわ! 夕飯まで付き合ってもらうかんね! 男に二言はなかろうよ!?」
「二言どころか、一言も言ってないが……きの子から頼まれたからな。付き合ってやる」
と、相変わらず厨二臭が滲み出るセリフ回しで、私の後ろを付いてくる。でも、もしきの子に言われてなかったら帰ってたんかい!
「そういえば……鮎河、きの子とは喫茶店に入るとか言ってなかったか?」
当初はウェスタンカフェで余韻に浸る予定だったけど、そういう気分でもないし。何より、さっきから二言目にはきの子きの子と鬱陶しいし。そんな男とサ店になんて入りたかないわ!
「あんたと一緒に入ってカップルだと思われても嫌だしねー」
言ってやった! 言ってやった!
「それもそうだな」
って納得すんな! ボケ! あー、ホント腹立つわー! この様子だと、きの子と一緒なら嬉々として入りそうだし! どーでもいーけど、こうも露骨に対応変えられるとイラっとするわ!
この怒りのパワーを食欲に変えて、当初予定していたカフェではない店を模索する。
ぶっちゃけ、私からツレに『何が食べたい?』なんて聞く習慣はない。私は私が食べたいものを食べたい!
そういう意味では、坂島くんも特に食に好みがないのか、若干時間が早いこともあって空腹でもないのか、特に主張することも急くこともない。
「おい、ライジングの新刊出てるぞ」
「え!? マジで!?」
てな感じに、レストランより本屋の方に食いついたりしている。
「古本の方はまだ出回ってないみたいだけどー……ってか坂島くん、たまには自分で買いなさい」
「鮎河も数学の宿題くらい、たまには自分でやった方がいいぞ」
「アーイタタター。急に頭がー」
そんな普段の教室みたいな馴れ合い。あー、私も制服で来りゃあ良かったわ。男連れってことには違いないけど、相手は単なる男友達。気負う方向を間違えていた。
だったらいい機会だし、女の子だけでは入りにくいけど男の子と一緒ならギリギリセーフって店を探すべきかな。でも、牛丼屋みたいなデフレ店じゃ週末という休日の一時を過ごすのには勿体無い。
そんな私の要望を満たす店舗を早速だけど発見した!
「坂島くん! ここにしよう!」
私が指差したのは豚カツ屋さん! しかも、店頭には『ご飯! 大盛り!!』『キャベツ! 大盛り!!』とひたすら量を押すポップが。店内を覗いてみれば全席カウンターのお洒落気ゼロ! 量を出すのにゆっくり食わせる気がないところも漢らしい。このお店にきの子と二人で入る勇気はない。男のツレに言われて仕方なくー、って体裁を整えられる絶好のチャンスだ。
「こういう荒っぽいお店には彼氏連れてる時に入っとけ、ってお婆ちゃんがゆってた」
「彼氏だと思われたら嫌だと言ってたのは鮎河だろ」
「ウッセェェェェェ! 実際彼氏じゃねェからいいんだよ!」
黙って彼氏面しとけ! 私の豚カツのために!
ということで、自分で選んだにも関わらず、坂島を先頭に店に押し込む。『カウンターでいいですかー!』というお兄ちゃんに適当に頷いて、『奥からどうぞー!』と促されるままに二人並んで座る。奥には二階席と矢印の書かれた階段があるので、上にはテーブル席もあるらしい。
店内には『肉の拘り! うんぬんかんぬん!』『油の拘り! ちんぷんかんぷん!』と仕切りに拘りの薀蓄標語が壁に掲げられている。それも、白地に黒の毛筆体で。そして、店内BGMも適当に有線流しているのではなく、クリキンやらクレケンやら渋い男性ヴォーカルが揃えられている。漢の世界観ってのがガシガシ伝わってくるよ! こんなところに女連れで来るなんて、坂島くんも罪な男よのぉ。
えー……つまりー……なんだ。もしこの雰囲気の中浮いちゃったとしても私は悪くない! 連れてきた坂島くんが悪いのだよ! ……と、周囲の人には思ってもらおう、という防衛策。
それはさておき、早速メニューを開いてみると、これは……! お品書きも店内と同じノリだった! 白地に黒の毛筆体! カラフルとは程遠いページの中で唯一色彩を放っているのはカツによるきつね色のみ! それだけに、カツがやたらとプッシュアップされて、すげー美味そうに見えてくる……!
肉にも揚げ方にも拘ってるなら、どれを頼んでも美味しいに違いない。ならば……今こそ長年の疑問を解消する時かもしれぬ!
「坂島くん、私、カツカレーにするよ!」
「じゃあ、俺もそれで」
坂島くんは、メニューにすら目を通さずに即決した。
この人って見るからに細いし、きの子みたいに食の好みがない、というより、食に対する興味自体がないように思えて、少し寂しい。時々ご飯に誘って、食べる楽しみを伝えたいなぁ。
坂島くんが無言で手を上げて、店員さんを呼ぶ。これが、『どーもー』って感じの軽い挙手じゃなくて、手品師が指先に火でも灯しそうな芝居掛かった仕草で、そのまま指パッチンでもしたらどーしようかと思ったが、お店の雰囲気を察してそれはなかった。もしここが私が当初きの子と行こうとしていたお店だったらやってたかもしれない、と考えると、うん、私の判断は間違ってなかった!
やってきた店員さん曰く
「カツは肉厚とお手頃がありますが」
「肉厚!」
と、即答する私! それに引き換え、坂島くんは
「お手頃で」
などと弱気な選択。漢らしくねーなーヲイ!
「折角お肉が美味しいお店なのにチキンだねぇ」
「チキンじゃなくてポークだろ」
私からの挑発に対して、坂島くんはイチイチ正論で返す。ま、こういうおいしいやりとりも嫌いじゃない。
時間帯がアイドルタイムってこともあり、揚げたてを出すためにこれから揚げるらしい。ちょいと時間が掛かりそうなので、店内の漢らしさを満喫することにする。
「こういうお店って、女子的にはなかなか来れないから新鮮だわー」
きの子とは日常的に色んなお店に入っているので、うっかりこういう雰囲気のところに入ってしまうことも……まあ、ないこともない。が、自ら進んで入ろうとは思わないのは事実だ。
「そうか? そこまで気にすることもないと思うが」
なんて無神経な! これだから男子は! ……と軽く憤慨してみるも、坂島くんも考えなしに言っているわけでもなかった。
彼がすーっと指差すのは、向かいの壁面。
「男がどうのと書いてはあるが、意外と小奇麗だろ、この店」
ふむ……言われてれみれば……そうなんよね、この店。いわゆる、町の個人経営のラーメン屋のような、きたなにがし……みたいな? そういうボロさとか汗臭さがない。
坂島くんが指す壁には漢らしい標語が掛かっているけど、その下地となっているのは染み一つない綺麗な白漆喰だ。こんなに油製品を扱っているのに、明るい木目調のテーブルはペトペトもしていない。勿論、綺麗なことは歓迎すべきことなんだけどネ!
「ここまで綺麗にするなら女の子も入りやすいように爽やか系にしちゃえばいいのに」
店内に流れる音楽は場末の昭和感溢れるノスタルジックなチョイスなんだけど、ピッカピカの内装とあまり合っていないかもしれない。だったら、曲の方をもう少し明るくしちゃったらどうだろうか!? ジャーニーさんとか!
「一応、大盛りについても言及してるし、そういう路線で行きたいんだろうな」
漢らしさを追求するからといって、わざわざ小汚くするのも飲食店としてあるまじき姿なので、難しいところだねぇ。
「そういえば、何でカツカレーなんだ?」
私に釣られて主体性無くカツカレーを選んだ坂島くんが、今更ながら自分が食べるものの理由を問う。
「鮎河のことだから『こんなに素敵な豚カツなのだから、衣のサクサク感まで楽しみたいんジャイ!』とか言いそうな印象あるんだが」
私、そんな語尾付けねぇ。
とはいえ、サクサク感自体は言いそうな気がするよ、我ながら。カツ丼もカツカレーも、元々余って冷めてしまったカツを美味しく食べるために考案されたと聞いたことがある。ならば、最初からサクサクの豚カツを出汁に浸けるとは何事じゃー! とか言いながら、美味しく食べるんだろうな。カツ丼もカツカレーも結局大好きだし。
「フッフン、今回、カツカレーを選んだことには大いなる理由があるのだよ」
チッチッチ、と指先を振りながら、私の大いなる計画を告げる。
「第一回! カツ屋とカレー屋、どっちのカツカレーが美味しいか対決ーーー!!」
ジャーンジャーン! ドンドンドンドン! ぱふ。
「……は?」
私の脳内の盛り上がりに坂島くんがノってきてくれない。
「つまり、アレだよ! カツカレーというカツとカレーのニュークリアフュージョンに於いて、カツと、カレー! どっちの専門店が総合的に美味しいか、というガチンコ勝負なんだよ!!」
カレー屋さんは比較的ライトなところが多くてちょくちょく入ってたけど、豚カツ屋ってここみたいに漢らしいところか、千円超える高級なとこばっかだったからさー。あんま入る機会なくてねー。ここぞとばかりにカツカレー対決してもらうことにしたんだよ! ジャッジは私一人の独断!
「そうか……鮎河なら勝てるだろう」
私は審判だ。
そうこうしているうちに選手の入場です! カツカレー二つ、ご到着! そして当然のごとく、私の前にお手頃、坂島くんの前に肉厚が無条件配膳! これが常識的な組み合わせか! 何という屈辱!!
「坂島くんも肉厚を頼んでおけば……!」
と、愚痴りながら皿チェンジ。
「俺は帰ったら夕飯あるんだよ」
くっ、いいなぁ!
「美味しいお菓子にホカホカご飯を用意して息子の帰りを待ってるんか!」
一人暮らしの私には久しくなかった核家族像だよ!
「あ……そうか……すまなかった……」
「いや、両親共に健在だから」
そんな『早くに親を亡くした』みたいなリアクションすんなや。私が通学の都合で一人暮らししてるだけだよ。
さてさて、カツカレーといえば、ソースだねぃ。カレーにソースを掛けるのってオッサン臭いけど、カツにソースなら、最早常識! 誰にも咎めることは出来ない!
そして、カツ屋さんといえば……ソースにも拘りが! スーパーに並んでる番犬仕様の汎用品じゃない! お店限定の特製ソース! きっと、自分とこのカツに合うようなソースを日夜研究して完成させた逸品に違いない!
そしてそれが、何と三本も並んでおるのだよ! 三つの味わいから一つを選べとは究極の選択を迫ってきやがる!
一本は特製にんにくソース!
一本は特製ソースにんにく抜き!
一本はサウザンドレッシング! ……って、あー、これはサラダ用だ。豚カツにもカレーにも掛けちゃいかん。
てか、カツカレーに付け合わせてある千キャベにはノー・ドレッシングに決まっておろう! これは、カツとカレーとそれに掛けられたソースというこってりトリオを束ねて指揮するフードコンダクター! 奴らの奏でるこってり協奏曲を楽しむには、あえて生身でバリバリいかなあかんのジャイ!
ということで、ソースの選択肢は残り二つ……! にんにく有りか! 無しか!? ……そう考えると、結局ソースって一種類だったわ……。
どっちにしようか迷っていると、坂島くんは迷うことなくにんにく抜きをセレクト。
「ふっ、子供舌め……!」
などと余裕の嘲笑を浮かべつつ、私は大人のにんにく入りをブハっと掛ける。もう、カレーにもソース添加ってレベルでブハっと。
「鮎河って、そういうの似合うよな」
って、じゃァかしいワイ! むしろ、坂島くんが大人しすぎるんよ!
刺激的なにんにくの香りに食欲を沸き立てられつつもソースを所定の位置に戻すと、すぐ隣に『削り節』と書かれた小壷を発見! 中を覗いてみると……なんと削り節が入っていた! これはもォイクっきゃないっしょ! だって、カツは和食! 削り節も和食! 合わない筈がない!!
削り節ッ! イィィンヌッ!!
「随分豪快に色々入れるんだな……」
既に自分のカツカレーに着手済みの坂島くんが手を止めてこっちを見ている! ゆえに、私も見返す! カツの方を!
片や肉厚。片やお手頃。断面図を見てみるとパッと見で全然違う。やっぱ肉厚にしておいて良かったよー! お肉の厚さは包容力! 厚いに越したことはない!
一口食べてみると、衣の歯ごたえはまだ保たれていた! ソース&カレーの絡んだ豚カツはやっぱベストマッチだわ! 豚カツ専門店だけあって、お肉は分厚い上に筋張ってなくてサクサク噛み切れる! 衣もソースによく馴染むようにしてるんだろうね。カレーともしっかり合ってるよ!
この衣……何というか、パン粉を使ってるんよ! 本当のパンの粉! いや、他のトコが何を使ってるのかしんないけど、ここの衣は『パンの粉が揚がってるんだなー』ってのが食べてて伝わってくるんだよ! パンから拘って作ってるのかな? さすが豚カツ屋! ぬかりはないぜ!
意外だったのは、カレーのルーが随分サラサラしてるところ。普通カレーって色々煮込んでトロトロにするものかと思ってたけど、これはカツに合うようにあえてさっぱりめに調整されているのかもしれない。
カレーのご飯と言えば、固めのご飯が定番だけど、ここは別段そんな気はしない。カレー屋でもないからかな。
たっぷりにんにくソースを掛けたせいか、キャベツが進む進む! お肉もジューシーだしね! ここ、キャベツの大盛りとか頼めたんだよねー。盛ってもらっときゃ良かったかなー。キャベツならヘルシーだし。
私より食べるのが早いのか、坂島くんは一足先にご馳走様していた。むーん。私は味わって食べてるんだモーン。
「……で、結局誰が勝ったんだ?」
そんなのもう決まってるよ!
「カツ屋さんの勝利! 間違いない!」
何故なら、カレーはどうやったって美味しくなる魔法の調味料だから! それに引き換え、豚の厚切り肉は際限なく豪華にできる青天井食材! ちゃんとしたものを用意しないとそこで差が出てしまう! 複数あるトッピングの一つとして用意されたカレー屋の豚カツとはスタートラインが違うのだよ!
「だが、鮎河よ。お前はカレーをどこまで知り尽くしているというのだ?」
む、坂島くんのクセに私に食に対して意見しようとは。だが、話くらいは聞いてやろう。
「お前、食べる前からカレーにソース掛けまくってたよな。それも、にんにくのやつ」
う……言われてみれば……。にんにくというクセの強いソースを掛けてしまったら、カレーそのものの味がにんにくになってしまう……。
「さらに、鰹節まで掛けてたよな」
ガーン! 確かにそうだ! いい味出ちゃったけど、カレーのカレーとしての風味を楽しむことすら放棄していた! そりゃ、美味しいよ! カレーはどーやったって美味しいもん! でも……ちゃんとカレーの味わいを確かめずにトッピングに頼ってしまったのは……我ながら失策だった。
「カツカレーを前にして、豚カツ豚カツ、とカレーを蔑ろにして、正しくカツカレーを評していると言えるのか?」
「それは坂島くんに言われたかないわ!」
私を前にしてきの子きの子と! だったらきの子と来りゃあ良かったじゃんよ!
「……って、あー……ゴメン。私が間違ってたよ」
そだねー……。カレー屋のカツカレーにだって、カレーの美味しさがあるのに、一方的にカツの方ばっか向かれたら、カレーだって寂しくもなるわねー……。
私は、坂島くんのような冷たいことはしない! 豚カツ屋のも、カレー屋のも、差別なく接していくことに決めた。
「解ればいい。今度はカレー屋のカツカレーも食ってやれ」
ん。その時はまた坂島くんと一緒に行ったら、私が気づかなかった美味しさに気づかせてくれるかな、なんて思ったりした。
カウンター席でゆっくりするような雰囲気でもなかったので、私たちは早々に店を後にしたのだけど、今更ながら意外なことがあった。
「坂島くん、食事中は食事の話してたよね」
食に関して興味が乏しそうな坂島くんのことだから、食事中も他のことばっか話しそうなイメージあったけど。
「折角の鮎川との食事だからな」
へ!? 私とのだから!? ちょっと嬉しいかも!
「ゲーム作りに不要な知識はない。俺は普段食べることについて考えることがないから、この機会に享受願おうと思ってな」
「私ゃ食いしん坊キャラか!?」
「違うのか?」
そう言って腰に両手を当てる坂島くん。ムッカーーー!! そりゃ、私ゃ坂島くんよか腰回り太いけどさーーー!! 何でこれみよがしにそゆことするかなーーー!?
チクショウ! もうゼッテー誘わん! 誘ってやらんからなーーー!!