何気ない毎日への終止符
五月蠅い。
うるさいという感じはこう書くが何も五月だけが暑いわけではない。
むしろ今こそこの五月蠅いが活躍する時なのだ。
祖母の家の縁側でのん気に寝ころびながら考える。
いや、考えるというより感じているという方が合っている気がする。
こんな季節だっていうのに私はと言えば海にも行かず山にも行かず
ただ寝転がって白い物体の行く末を眺めているだけ。
簡単なお仕事ですね。
給料はよく冷えた素麺とよく冷えた麦茶と言ったところか。
「タラちゃん、お昼できたわよ」
タラちゃん。
まるで日曜の国民的アニメに出るようなこの名前こそ私の名前である。
女であるにも関わらず太良なんていう漢字付き。
太いのが良いなんて時代遅れにもほどがある。
しかし私はこの漢字を両親がつけたことは紛れもない事実だと思う。
うちの両親はこの漢字を絵にしたかと思うほど肥えている。
それを見て育った私は絶対あんな風にはならないと努力した結果、
まあそれなりの細さを保っていると思う。
悪くない。
どうしてこの話になったんだっけ。
すぐ関係のない話に飛ぶのは私の悪い癖だ。
「いまいく!」
祖母にそう返事して私は重い頭を上げた。
長時間寝転がっていたからか少しくらくらする。
「っっ」
声にならない叫びで痛みを抑えながら食卓へと向かう。
頭を押さえていると祖母が心配そうにこちらを見ていた。
「はは、ちょっと寝過ぎちゃった」
その心配を和らげようと私は精一杯おちゃらけてみせた。
すると祖母は安心したのかいつもの笑顔を浮かべていた。
素麺には氷がどっさり入っており、いつもきんきんに冷えている。
麦茶を左手に持ちながら私はその素麺を勢いよく啜る。
ずるずる…
外国の人はこの音に嫌悪感を抱くらしいが日本人はわざと音を立てる。
私にはこれが食べ物の叫びに聞こえてならない。
なんて言うとそれは自己中心的な妄想だ、と思うだろうがそんな風に聞こえるのだ。
何への叫びなのか私には分からない。恐らくみな、わからないだろう。
夏休みに入るまではあと何日で夏休み、なんてはしゃいでいたのに
休みに入った途端何もすることがなくなってしまった。
もちろん宿題はあるのだがそれを夏休みで終わらそうとは考えない。
家にいるなら宿題をしろと母に叱られるだろうがここには母はいない。
母は東京に行ってしまった。
その話は長くなると思うからまた今度ということにしよう。
私がここで話したいのは夏休みは暇であるということではなく、
この夏休みに起きた出来事を話したいのである。
いつものように縁側で目をつむりゴロゴロしていると急に視界が暗くなったのを感じた。
目を開くとそこには一人のおばあちゃんがこちらを覗いている。
「なんですか?」
正直体が金縛りにあったように動かず、恐怖さえ感じていたのだが声の調子はいつものままだった。
「あんた、危ないね」
しゃがれた声でそのおばあさんはそう言った。
そして頭を上げたかと思うと
「サキコさーーーーーん」
大声で祖母の名前を呼んだ。
「あら、久しぶりですね~」
2人は古くからの知り合いらしくそのまま話の深いとこまでいってしまった。
散歩でもしてこようと立ち上がると
「どこかいくの?」
と祖母に聞かれ
「散歩してくる。すぐ戻ってくるから」
と言い残して私は祖母の家を後にした。