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光あれ、と神様が云ったかのように――。とにかく、強烈な光が満ちていた。太陽でも落ちてきたように錯覚し、タクトは堪え切れずに瞳を閉ざす。次の瞬間、身体がふわりと浮き上がるような奇妙な心地に包まれたけれど、再び目を開ける事はとても不可能で、何が起こっているかはまったく知れなかった。
ぐるり、と。
天と地がひっくり返る。
一度だけではなかった。何度も、ぐるぐると。まるで荒れ狂う海の中に放り込まれてしまったようだ。瞼の向こう側では相変わらず、強烈な光が踊り続けていた。
やがて、いきなり落ちる。
「痛っ……!」
唐突な変化に反応ができず、タクトは全身を強かに打ちつけた。
表情を歪めながら、それでもゆっくりと瞳を開いたタクトは、目の前に冷たい石畳を見る。夕焼けの河原ではなかった。静寂の満ちた屋内であり、非常に薄暗い。
ここは何処か、何が起こったのか。
冷静に考えられるような状況ではなかった。混乱していた。もしも、いつも通りに頭を働かせる事ができていたとしても、答えは見つからなかったに違いないけれど――。
「成功、か……?」
女性の声が、小さく、独り言のように響いた。
タクトは慌てて身を起こし、声の主を探して周囲を見渡す。
「ど、何処だよ、ここ……?」
反射的に、タクトは震える声でつぶやいた。
神殿。
第一印象は、そんなものだ。
目の前には、巨大な女神像が見えた。茨の冠を抱き、六枚の羽根を広げた白亜の像。左右にも同じような台座が備えられているが、どちらも長い年月で風化したように、一部を残してほとんどが失われている。
天井は遙かに高く、やはり一部が崩落していた。
石壁の向こう側も、暗く、剥き出しの岩肌に覆われている。
洞窟の内部なのだろうか。
岩肌を削るようにして、大掛かりに造られた場所のようだ。
見渡すように振り返れば、やはり相当に広い空間だとわかった。幾本もの石柱。かつてはガラスがはめ込まれていただろう大きな窓。ヨーロッパ方面の古い遺跡のようにも思えたが――残念ながら、随所に違和感の覚える部分もあったのだ。
それは、何と云うべきか――。
タクトは最初、シンプルに『機械』と感じた。
厳かで神聖な雰囲気漂わせるこの場所には、およそ似つかわしくないもの。格子状に張り巡らされたケーブルやパイプ。蛍の光のように、点滅を繰り返す表示板――それらに付け足して云うならば、非常に未来的であるという点が気になった。
タクトが日常的に見慣れているものよりも、さらに洗練されているのだ。
もちろん、その一方、内装は古めかしい。まるで、古代の戦争を描いた映画とスペースオペラを描いた映画が、間違って舞台をごちゃまぜにしてしまったかのような、不思議な印象を与える空間だった。
そして、さらに――。
タクトの振り返った、その先には――。
「私の言葉は通じるか?」
薄暗がりの向こうに、女性が一人。
厚手のフード付きマントで、その全身は最初すっぽりと覆われていた。
タクトが視線を向けると同時、女性はフードを取り払った。両者の間は距離こそ隔てているけれど、視界の邪魔になるようなものは何もない。互いに、顔立ちや表情がよく見て取れる。
「ほう……」
彼女の方は、にやりと笑んだ。
一方で、タクトは驚きに言葉を失った。
目の前の相手もまた、フィクションから抜け出してきたように思えたからだ。
瑠璃色の瞳は切れ長。鴉の濡れ羽のような、艶のある黒髪はひとつに結わえられている。背は高く、タクトと目線の位置はほぼ変わらない。マントの隙間からちらりと覗くのは、豊満な肉体とそれを惜しげも無く晒すような薄手の衣服である。
か細い腕で、大きな杖を握りしめていた。
顔立ちは白色人種のそれだが、とりわけ注目を集めるような端正さ。
しかし、肌の色は日に焼けたように浅黒い。
「聞こえて、いるか? ……私の言葉は、理解できるか?」
タクトは目を丸くしていた。
呼び掛けられているとわかっていても、しばらく呆然と相手を見つめたまま、何がどうなっているのかを考え続ける。悪い冗談だろうか。それにしては、センスが無いように思えた。
顔立ちや肌の色。
それ以上に、目を引く所があった。
女性の耳は、細い葉っぱのように尖っている。
「名前は、ケイ・オールポート。生まれは、アトラクス王国の北火領」
タクトが問いかける前に、彼女は名乗り上げた。
ケイ・オールポートはさらに続ける。
「種族は、ご覧の通り、ダークエルフ。そして、無所属の魔法使い。胡散臭さの極みである事は、私自身が重々承知しているが……それでも、まずは話を聞いて欲しい」
タクトは何も云えない。
唖然として、呆けたままだ。
「……もう一度、繰り返す」
慎重な声色で、ケイは先と同じ言葉を続けた。
「私の言葉は、理解できるか?」
長い沈黙。
静寂の気まずさにようやく気づいた時、タクトは小さく頷いていた。