表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

黄泉がえり

龍の宮に降り立った一向を、洪が迎えた。洪は、輿から常、人から受けるのではない気を感じ取って、維心に言った。

「王。皆様をお連れなさって…して、あの輿には、どなたがおわすのでしょうか?」

維心は答えた。

「桂、蒼の妃よ。」

洪は、驚いて二歩三歩後ろへ下がった。それは、数か月前に亡くなったかたでは。

「…え、その、どちらへお連れ致しまするか?」

維心は悟って苦笑した。

「洪、我が崩れかけた神の遺体を持ちかえったと思うたなら間違いであるぞ。事情があっての。あれは維月のように、体を保ったままであったのだ。下の応接間を使おうぞ。」と、軍神を振り返ると、月の宮の軍神から輿を受け取った龍の宮の軍神達が、階下へと進み出す。「これは我にしか出来ぬこと。受けるよりないからの。」

洪は、命を司る王のこと、何かあると思い、頷いた。

「はい。では、我らは御遠慮致しまするので、王は何か御用がおありの時にお呼びくださいまするよう。」

維心が頷くと、洪は蒼達皆に頭を下げて、そこを下がった。維心は振り返った。

「さて、階下へ参ろうぞ。」

蒼が緊張気味に頷く。それに皆が従って、たくさんある応接間のうちの、奥まった階下にある応接間へ向かった。


そこは、維月ですら滅多に来ない場所だった。

なぜなら、何か重要で回りに知らせたくないことを話す時に入る場所であったからだ。地下にあり、窓すらないその部屋の中へと、維心は先に立って入って行った。中では、軍神達が輿を置いて膝を付いて待っていた。

「ご苦労だった。下がって良い。」

維心が言うと、軍神達は下がって行く。維心は輿のほうへ足を踏み出し掛けて、思い直したように蒼を振り返った。

「…気で持ち上げようかと思うたが、主の妃に失礼であるの。主が輿から出してやるがよい。」

蒼は頷いた。輿へと足を踏み出すと、布の入り口を左右に開き、そこに寝かされている桂を見た。ほんのりと光っている桂は、それは美しかった。蒼は桂を抱き上げて輿から降ろすと、傍の寝椅子に寝かせた。それでも体は、いつか死んだ母を抱いて歩いた時のように、冷たかった。

「…では、先にこの命を桂の体から引き離さなくてはの。手順を申す。よく聞くが良い。」

皆が、固唾を飲んで維心を見た。

「まず、我がこの手の中にあの命を掴む。そして、桂の体へ戻し、呪を唱えて桂を呼ぶ。呼んでも来ないこともある…来ても戻らぬ時もある。維月の時しか見たことがないゆえ、皆あんなものと思うておるやもしれぬがの、あれは特殊ぞ。維月は迷いなく真っ直ぐに戻って参った。ゆえ、説得することもなかった。だが、ほとんどの命は、あちらに逝ったことで楽をしておるゆえ…今更、面倒なこの世へ戻ろうと思う者は少ない。戻らなかった場合、黄泉がえりに使った命は黄泉へ帰す。時間制限は十数分。なぜなら、体が痛み始めるからの…なんの保護もないまま生きるに足る状態のままで居られるのが、その時間であるからだ。何か分からぬことがあるか?」

十六夜が言った。

「それで、桂がここへ来たとして、説得するのにオレ達も話せるのか?」

維心は頷いた。

「そうよの、見える者には話せる。主らに見えるかどうかが問題であるな。」

蒼は眉を寄せた。

「…維心様にしか、あの命が見えていないのに。見えないのかもしれないな。」

維心は首を振った。

「いや、一概にそうとは言えぬ。命だけでなく、意思であるから。桂が戻ると、そこに意思があるであろう。主らの想い合う気持ちがあれば、見える可能性はある。」

蒼はそれを聞いて、期待して頷いた。桂…戻ってくれたらなら。

維心が、そこに来て初めて維月から手を離した。

「さ、では主はそこで見ておれ。」と、維心は桂の体に向かった。「参る。」

言うが早いか、桂を包んでいた青白い光は引きはがされるように維心の手に収束し、小さくまとまって握られた。そして、それをまた、桂の方へ向かって投げると、維心は呪を唱え始めた。目を閉じて集中している。桂の体は光り輝いているが、まだピクリとも動かなかった。

維心の呪は続く。それでも何も変わった様子はなかった。確かに、維月の時よりも時間が掛かっている…十六夜は思った。維月の時は一瞬だった。なので、維心も楽だったと直後に言っていたのを思い出した。

「…体に戻るどころか、ここにも来ないじゃねぇか。」

十六夜が呟く。蒼は下を向いた。確かにそうだ。母さんの時とは大違いだ。維月が蒼を気遣うように、ソッと言った。

「あのね蒼、私は向こうで、呼ばれたらすぐに帰ろうと思って構えていたのよ。ずっとこっちの様子を見ていたしね。だって、あなた達があまりに泣くから、心配で…。普通は時間が掛かるもの。維心様の記憶を見て知っているけど。」

蒼は頷いて、力なく微笑んだ。そう、母さんはいつでも強かった。桂と一緒にしてはいけない。桂は体も弱く、無理をしないように育てられたのだから。きっと、反応が遅れているか、戸惑っているのだろう。

「…来る。」維心が、目を閉じて集中したまま、言った。「そこに。」

黄泉の門の小さいもののような光の輪が、急に現れたかと思うと、そこからすーっと桂の人型が抜け出て来た。蒼が叫んだ。

「桂!」

相手は柔らかく微笑んだ。

《蒼様…。》

維心は息を付いた。

「久しく行なっておらなんだゆえ、疲れたの。」と、維月に手を出した。維月は慌てて維心の手を取った。「桂よ。我の術も長くは続かぬ。選ぶが良い。」

桂は迷うようなそぶりをした。蒼が言った。

「桂、和奏も大きくなって参った。オレと共に、帰ろう。」

桂は蒼を見て、言った。

《我は、こちらで母にも会って、幸せにしておりまする。和奏は健やかで、宮で皇女として皆に大切にされておる様子…こちらから見て、安堵致しておりました。我など、もう戻る必要もないかと思うのです。》

蒼は首を振った。

「オレは傍に居て欲しい。初めて自分で選んだ妃であったのに。何も言ってくれず、逝ってしまったではないか…オレがどれほどにつらかったか…。」

蒼は下を向いた。

《蒼様…。》

と、維心が眉をひそめた。

「む。」と、いきなり、手を上げた。「何ぞ?こちらへ来たいと申す…引き上げるぞ。」

維心が気を込めたのがわかる。何かを引っ張っているようなそぶりをしたかと思うと、そこから引き込まれるような形で、もう一人の人型が出て来た。維心は息を付いた。

「ほんに…来る力も無い癖に、我に引き上げてもらおうとは。」

維心は本当に疲れたようで、維月と共に傍の椅子へ座った。維月がそれを、横で気遣わしげに見ている。泰が、叫んだ。

「慶!」

《泰様…。》

泰が、涙を流した。

「おお慶!慶…我がどれほどに主に会いたかったか!」

慶が、透き通った状態で泰に手を伸ばした。

《我もでありまする。泰様のお心は、こちらで見て知っており申した。桂も承知しておりまする。ご自分をお責めにならないで。また、お会いできまする。待っておりまするから。》

泰が頷いた。

「そうであるな。待っておれ。」

それをちらりと見た維心は、言った。

「…桂が戻らぬと申すなら、慶を戻してもよいわ。この体をどちらが使っても良い。早よう決めよ。我の気も、そう長くはもたぬぞ。」

泰が驚いて維心を振り返った。しかし、慶は首を振った。

《これは我の体ではありませぬ。桂、戻るのです。和奏を育ててやらねば…己と同じ、母の無い子として和奏を成長させるのですか?本来の命が、そこで待っておるのです。あなたは我の命を生きただけで、己の生はまだ全うしておりませぬ。この状態では、すぐにどちらにせよ転生させられる。わかっているのでしょう。》

桂は、頷いた。自分は、自分の生を生きていない。なので、それを生きるために、すぐに転生させられてしまう…ならば、きちんと己の生を生き直した方が良い。

《龍王様、戻してくださいませ…。》

維心は頷いた。

「参るが良い。」

維心は、手を上げた。力が流れて、桂を包み込んだと思うと、それは桂の体に吸い込まれるようにして消えて行った。慶が、宙に開いた輪の中へと漂い出した。

「慶!」

泰が呼ぶのに、慶は頷いた。

《しばしのお別れでございます。その時には必ずお迎えに参ります。》

「待っておる!」

泰が叫ぶのと同時に、その輪の中に慶は消え、輪は消失した。維心はホッと息を付いた。

「…疲れた。我は戻る。」

本当に疲れたようだ。術が発しられている間、維心はずっとそれを力で維持していたのだ。維月が維心に寄り添う。

「維心様…。」

維心は維月に微笑みかけた。

「我が宮に居るのであるから、気はすぐに回復するゆえ。そのように案じるでないぞ。」

それでも、維心の足取りはおぼつか無かった。桂が、身動きして呼吸を始める。蒼は桂に駆け寄って、その手を取った。

「桂…!」

桂は薄っすら目を開けた。

「蒼様…。」

蒼は涙を流した。今まで流した涙とは違い、それは暖かかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ