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十六夜が、驚いてやっと言った。

「それって…桂の所か?」

維心は眉を寄せた。

「分からぬ。もしかして、本来居るべき体に別の命が宿っておるから、ずっと傍に居たのかもしれぬ。だが、死して命が無くなっても、その体に入ることなど出来ないであろう…だいたい、入り方など誰も知らぬのだ。腹に居た時から宿っておるのであるから、わざわざ入ったり出たりする必要など本来ないのでな。」

蒼は、気遣わしげに墓所のある方角を眺めてから、維心を見た。

「では…死んでしまった体の近くで、途方に暮れておるということでしょうか。」

維心は頷いた。

「多分そうであろうな。その命にしみれば自分の体なのだ。自分は生きているのに、体が死んだのであるから、そんな特異なことに、対応出来る命など少ないであろう…我でさえ、生まれ出る時であれば無理であったわ。今であるから、こうして知識もあるがの。」

泰が立ち上がってそわそわとした。

「では、どちらにしても、送ってやらなくてはなりませぬ。このままでは、ずっと墓所に留まったままであるだろう。」

維心は立ち上がった。

「そうであるな。門を開こうぞ。」と、和奏を維月に渡した。維月は乳母に和奏を渡した。「墓所へ参る。」

皆が頷いて、戸口へと向かう。十六夜が維月に言った。

「なんだ、お前も行くのか?」

維月は頷いた。

「ええ。だって、気になるもの。」

「何にでも首突っ込むんだもんな~。面倒掛けるなよ?」

十六夜が言うのに、維月がぷうと膨れて言い返そうとすると、維心が維月を小脇に抱えた。

「良い。我が身から離さぬゆえ。さすれば問題もないであろうが。」

そのまま歩いて行く維心に、十六夜が慌てて言った。

「おいこら!そんな意味で言ったんじゃねぇよ!オレが連れてくっての。」

維心は両手で維月を抱え直した。

「良いと申すに。」

十六夜は歩きながら維月を横から奪おうとした。維心はひょいと維月を持ちかえてそれをかわした。

「渡せって維心!」

「嫌だ。このまま参る。」

維心は浮き上がって飛び、尚も維月に手を伸ばす十六夜から、維月をひょいひょいと器用に持ち替えてかわして行く。二人は先に立って飛びながら、維月はあっちこっちに振り回されながら墓所へと向かった。

「まるでバスケットボールじゃないか、母さんは。」

蒼は呆れて後ろを飛んで行きながらつぶやいた。


墓所に着いた時には、維月は目が回ってふらふらになっていた。

維心はそれでも維月を離さず、十六夜は維月が気の毒になって諦めた。維月がぐったりとして維心の腕に揺られて運ばれていると、維心はふいに足を止めた。

「…近いの。」

墓所は、一般の神が入る場所と、王族が入る場所に中で分かれていたが、維心は迷いなく、教えられることもなく王族の墓所の方へ向かった。

そして、棺を納める場所が、空のまま下にいくつか開いている中で、一つだけ閉じている戸があった。維心は、その前で立ち止まった。

「ここの中ぞ。見えぬが、感じるゆえな。」

蒼は顔をしかめた。もう数か月経つ。なのに、戸を開けてその姿を見るなんて…桂も、見られたくはないだろう。

十六夜が、蒼の様子に気付いて言った。

「蒼、気持ちは分かるが、仕方がないだろう。桂は死んでるが、その残された命ってのは黄泉へも逝けずに迷ってるんだぞ?維心の気が向いてるうちに何とかしてもらっとかなきゃよ。」

維心が顔をしかめた。

「我はそこまで気分屋ではない。せねばならぬことはするわ。どうする?蒼。主に任せる。」

泰が、蒼に言った。

「蒼殿、どうかその命、助けてやって欲しい。我の責で苦しんでおるのかと思うと、気が気でないのだ。」

蒼は、頷いた。

「…では、戸を開きましょう。」

維月は振り回された後遺症でまだぐったりしている。桂の遺体を見て気を失うということはないであろう。

蒼は屈んで両側に開ける戸の、片方の取っ手を持った。十六夜が、反対側の戸の取っ手を掴む。二人は後ろへ引き上げるように、その戸を両側へ開いた。

「居ったぞ。」

維心は、見るなり言った。その場に居る他の誰にもそれは見えなかったが、他のことに気を取られてそれどころではなかった。

「まさか…!」

十六夜は言った。桂は、眠ったようにそこに横たわったまま、少しも姿を変えていなかった。葬儀の際に見たあの美しい姿のまま、そこに横たわっていたのだ。

維心は、傍に寄って桂を見た。

「…この命が、なんとか戻れないかとこの体を包んでおったのだ。」維心は言った。「なのでこのまま保ったのであるの。まるで維月が黄泉へ送られた時に、十六夜が維月の体を保護していたように。」

十六夜は維心を見た。

「だが、戻れてねぇ訳だろう。どうしたらいいんだ。」

維心は、さらにじっと桂を見た。どうも何かを探っているようだ。

「…そうよの…門を開いて黄泉へ送るか、黄泉がえりをすることも出来ぬことはない。この命を使って、黄泉へ逝った桂を呼び戻すのだ。ただ、ここではいくら我でも出来ぬ。龍の宮へ運ばねばならぬの。」

蒼は、興奮したように維心を見た。

「呼び戻せるのですか?!」

維心は頷いた。

「体が無事であったからの。維月が人の時に死んで、若月の命をもらった時と同じ原理よ。戻るかどうかは、死んだ者の方の気持ち次第であるがな。維月はすぐに戻ったであろう?あれは珍しいことであるのだ。本来、あの黄泉の穏やかな気を体験した者は、こちらへ戻ろうとは思わぬもの。あちらのほうが過ごしやすいゆえの。」

蒼は、動かない桂を見た。だが、戻ってくれることに賭けたい。母さんのように…。


明人は、なぜか落ち着かずぶらぶらといつものように湖を散歩していた。王は、一向に泰に連絡するそぶりはない。出自が知れても、王の気持ちは収まらないのかと案じていたのだ。最近の王は、いつも宮の奥深くに篭って、表へ出て来る事がなかった。いつも気軽に出て来て自分達に話し掛け、気さくに話してくれていた王が、あのように沈んでいるのは、明人も気になっていた。他に何か出来ることはないか…。明人が考え込んでいると、日が落ちた中、宮のほうから十六夜と蒼、それに維心に維月、一人見慣れない神と五人がこちらへ飛んで来た。維心が十六夜と何やら争うようにしながら飛んでいるのが見える。腕に抱かれている維月は、右へ左へ振り回されて、バスケットボールの試合を見ているようだった。

何をしているのだろうと見上げていると、一向は湖の向こう側の墓所の方へ降りて行った。明人は何かあったのかと、自分も慌てて墓所の方へと飛んだ。

後ろからそっと覗くと、維心を先頭に王族の墓所の方へと歩いて行くのが見える。そこに葬られているのはただ一人。明人は気が急きながらも、あくまでそっと後ろを付いて行った。

そこで聞いた事実に、明人は戦慄した。桂が戻るかもしれない。龍王は、どれほどの力を持っているのか…。

ふと、維心がこちらを見た。

「…明人か。」

蒼と十六夜が、揃って振り返る。明人は仕方なく出て行って、膝を付いた。

「こちらへ向かわれるのが目についたので、何かあったのかと。」

維心は苦笑した。

「主、桂の出自を探すのに龍の甲冑を着て探したであろう。我はあれで疑われて、散々であったわ。」

明人は恐縮して下を向いた。

「は…失礼を致しました。我の出自から王が何かあってはと思い、隠さねばと思いまして…。」

十六夜は、しかし満足そうに言った。

「お前は、ほんとによくやってくれたよ。蒼が無理言っただろうに、お前一人で全部やってたんだろう?この10年。オレ達にも隠さなきゃならなかったし、お前の苦労は分かるつもりだ。で、10年も見てたから、ほっとけなかったんだな?」

明人は恐る恐る頷いた。

「はい…。王がごれほどに桂様を大切にされていたのか、見ておりましたので…。」

蒼は、明人を見た。

「…オレは、オレの悲しみばっかりで主を労うことも忘れていた。本当によくやってくれた、明人。いつまでも悲しんでおってはいけないな。とにかく桂を龍の宮へ運んで、黄泉がえり出来るかどうかやってみよう。それで、桂が戻りたくないと言うのなら、仕方がない。それで、もう思い切るよ。いつまでも政務を放り出して、十六夜にまかせっきりではいけないな。」

明人は、常のようにしっかりとした顔つきになった蒼を見て、ホッとした。王は、立ち直ろうとしていらっしゃる。

明人は頭を下げた。

「は!では、早速に輿の準備を致しまする。」

明人は、サッと踵を返すと、そこを出て行った。

それを見送りながら、維心が言った。

「…良い軍神に育っておるではないか、蒼。あれでこそ、この宮を開いた意味があるというもの。落ち着いて参ったの。」

蒼は誇らしげに頷いた。

「はい。いつの間にか、頼りになるものが増えて参りました。」

蒼は、この宮を開いた始めを思い出した。人の世から神の世へ帰るために、難儀する者が居ると聞いて、それらを助けようと開いた、駆け込み寺のような宮。最初は右も左も分からず、居る者全てで話し合い、全てを迷いながら手探りで作って行った。維心に助けてもらいながら、失敗も繰り返し、こうしてここまで来て、気が付けば軍神達は、自分を助けてくれる頼りがいのある者達に成長していたのだ。

皆、心から自分に仕えてくれる。落ち着いたこの宮を見て、蒼は思った。もっとしっかりしなければならぬ。自分は、王なのだから。

数人の軍神達が、輿を持ってこちらへやって来る。一向は暗い中、桂を連れて、龍の宮へと向かって行った。

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