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過ち

泰は、月の宮という場所に初めて入った。

龍王の知らせが確かに行っているようで、その強力な結界は泰と軍神が触れるとすぐに通した。そして、音に聞こえる月の宮という、大きな宮を目の当たりにしたのだった。

その宮は、石造りで斜面に建てられ、奥に向かって順に並んだ対から出来ていた。手前の大きな建物は、軍神達の気がするゆえに、軍の駐屯地だと思った。

その、大きな建物に囲まれるように月の宮はあった。建物の真ん中に、宮の中へと続く門が設けられており、そこで名乗ると、すぐに奥へと通された。

白い石造りの回廊をに紅い毛氈が敷かれてある。そこを抜けて行くと、正面に大きな戸があり、泰が近付くとそれは大きく開かれた。

「泰様のお着きでございます。」

臣下の声が告げる。正面の玉座には、青銀の髪の男がこちらを見て座っていた。その気の大きさに、泰は身震いした…まるで龍王のよう。だがしかし、とても抗えないような気がするのはなぜだ?

泰は頭を下げた。その男は、言った。

「維心から聞いてる。お前が桂の父親の、泰か。」

泰は顔を上げた。

「主が、月の宮の王か。」

相手は首を振った。

「オレは王ではない。王は身内の不幸で今体調を壊して療養中なんでな。オレは月。十六夜だ。」

泰は驚いた。月の人型…滅多に謁見にも現れぬと聞いている。この強大な気は、そのためか。

「これは月よ、失礼を致した。して、我の娘、桂のことはご存知であられるのか。」

十六夜は険しい顔をした。

「知っている。だが、オレは直接には知らねぇんだ。知っているのはオレの息子の、王の蒼だ。」

泰は、身を乗り出した。

「では、王にお聞きくださらぬか。我の娘は、今どこにおる。」

十六夜は、視線を落とした。

「それは、オレも知ってるよ。」そして、息を付いて、言った。「この月の宮の、王族の入る墓所だ。」

泰は、息を飲んだ。そして、がっくりと膝を付いた。十六夜が慌てて立ち上がった。

「泰!大丈夫か?」

泰は、涙を流しながら頷いた。

「…間に合わなんだか。」泰は絞り出すように言った。「我は、あれになんということをしてしもうたのか…。」

十六夜は、泰に歩み寄った。

「すまねぇな。蒼が10年も前から桂に通っていたのは、オレ達は知らなかったんだ。何でも、桂が実家に知られたくないと、ここへ来るのを最後まで拒んだらしくてよ。オレ達が知ったのは、蒼が自分の子を抱いてここへ帰って来た時だ。桂との間の子…桂は、それで死んだ。」

泰は頷いた。

「我の責よ。では、王が出て来られぬのは…」

十六夜は頷いた。

「桂を亡くして、まだ立ち直れねぇのさ。まさか子を生んで死ぬとは思わなかったらしくてな。」

泰は何度も頷いた。

「そのお気持ち、我には分かり申す。我も、桂の母をそれで亡くした。その折、我は大変なことをしてしもうた…。桂がずっとあのように苦しまねばならなかったのは、そのせいであるのだ。我から身を隠しておったのも、それを知ったが為。」

十六夜は、気になって泰をじっと見て口を開こうとした時、後ろから声が飛んだ。

「それを聞かせてくれまいか。」蒼が、やつれた姿でそこに立っていた。「あれがなぜに死なねばならなかったのか、我はそれが聞きたいのだ。」

泰は、蒼をじっと見た。その姿に、自分を思いだしているようだ。

「お聞かせいたそう。」泰は、立ち上がった。「我の過ちを、隠れなくの。」

蒼は頷いて、奥へと促した。泰はそれに続いて入って行き、その後ろを、十六夜が付いて入って行った。


蒼の居間へ入った三人は、お互いに向き合う形で椅子に座った。泰は、見るからにうなだれている。蒼は泰が話し始めるまでじっと待った。

泰は、思い切ったように話始めた。

「蒼殿は、なぜに桂と出会われたのか。」

蒼は、驚いたが、確かに父親であるなら知りたいであろう。なので、答えた。

「我が近隣の宮へ婚儀に出向いた帰り、明人という軍神一人を連れて散策しておった際、見つけたのだ。あの粗末な家にはおおよそ似つかわしくない風情の女が、たった一人で居るので、不憫で、心配での。我の領地内へ来るように言ったが、家に気取られるのは嫌なのだと拒否され、仕方なく生活のものなどを届けさせておった。我も時々は様子を見るようにしていたのだが、そのうちに桂に惹かれて…そして、宮へは上がらず、我が通うことを条件に、妃になることを承諾してくれたのだ。我はあの家を、外からは分からぬよう、中を美しく設え直させて住まわせ、我の結界を小さく張って守っておった。そして子が出来…あの夜、死する前に病のことを我に告げ、逝った。」

泰は、涙ぐんだ。

「…あれは、病であると言うたか。」泰は涙を流した。「あれは病などではない。我の責…我が、あれの誕生の時に掛けた術のせいであるのだ。我が、妃を亡くしたくなかったばかりに…。」

泰は、話し始めた。十六夜も、それを固唾を飲んで見守った。


泰は、小さな宮の王だった。

妃は二人居て、正妃は(けい)という大層美しい女で、泰は一目で惹かれて是非に迎えた自慢の妃であった。

二人は仲睦まじくしていた。たった一人の妃ではなかったが、慶はそれは幸せそうにしていた。

そんなある日、慶が身籠った。泰は大変に喜んで、子を待ちわびていた。しかし、慶はそれを嬉しそうに眺めるものの、時に寂しげにしていることがあった。なので、泰は思い切って聞いた。

「慶よ、なぜにそのように不安げな顔をするのだ。我に話してみよ。」

慶は困ったようにしていたが、王の求めに応じない訳にはいかない。ためらいがちに話始めた。

「泰様…我はお話しておりませんでした。我は気が極端に少なく、幼き頃より子は生めぬと言われておりましたの。今も、子に気を分けておりまするので、常より自由には動き回ることが出来ませぬ。」

泰は驚いた。確かに、妃に迎え入れたいと言った時、父王はあれは駄目だとかなり渋っていた。それを、無理に頼み込んで妃に迎えたのだ。それは、そういうことであったのか。

泰は慶を見た。

「では…子を生む時、我が傍に居って気を補充すれば良いの。さすれば、主も大丈夫であろう?」

慶は、少し黙ったが、微笑んだ。

「はい。泰様、その時はお傍に居てくださいませ。」

泰は、ホッとして慶を抱き寄せた。

「おお慶よ。問題ないことよ。よかった…先に申してくれていて。」

慶は笑ったが、どこか寂しげで、泰は不安を拭いきれなかった。


産み月に入り、もういつ生まれてもおかしくはないと言った頃、泰は所用で慶の実家の宮へと赴いた。その際、王の(りょう)に会い、話した際に、陵は言った。

「泰よ、慶の子の誕生も間近と聞いた。我も事ここに至っては覚悟を決めておるが…主は、大丈夫であるのか。」

泰は、何のことか分からなかった。

「覚悟と申されると?我が傍について、気を補充するので、何も心配には及ばぬかと。」

陵は、言葉に詰まると、泰を同情したような目で見た。

「…そうか、主は知らぬのか。」陵は視線を落とした。「あれは、命を保つことは出来ぬ。あの病はの、気を貯蔵する場所自体が少ないのであるな。慶は己の命を保つ分しか体に貯めることが出来ぬ。ゆえ、いくら主がついて補充したところで、間に合わぬのだ。体に留められぬのであるから。ざるのようなもの…あれを育てるのは、幼き頃から神経を使ったものよ。少しでも怪我でもしようものなら、命はないのだからの。それを治すことすら、あの体には出来ぬ。ゆえ、子など産んでは死するより他ないのだ。」

泰は愕然とした。では…慶は、子を生むと同時に死ぬと言うのか。

「そのような!我は…知らなかった。」

陵は、気の毒げに泰を見た。

「最早産み月。どうすることも出来ぬな。子が死んで生まれたとして、まだ何とかなるやもしれぬが…それでも、難しいものよ。損傷した場所を修復するにはまた気が要るゆえ。我は、もう諦めておるよ。あれが、どうしても主の子を生みたいと申すからの。我には反対することが出来なんだ。主も、あれの気持ちを汲んでやるが良いぞ。」

泰は、混乱していた。慶が死ぬ。子を生んで…あれは、我に言わずに逝くつもりであったのだ。そうはさせぬ!殺してなるものか!我が妃ぞ…何よりも愛しておるのに!


泰は宮にとって返すと、慶を説得しようと試みた。しかし、慶はどうしても子を生むという。身の内を、もはや大きくなって元気に動く我が子を感じて、とてもこれを殺す気にはなれぬと。

しかし、泰にとって、子はどうでもよかった。ただ、慶が居てくれさえすればよかったのだ。どうしても慶が首を縦に振らぬと分かった泰は、必死に宮の書庫を漁り、何か効果的な術はないかと探し回った。時間はない…いつ何時、産気づくか分からなかった。

必死に読み漁った書物の中に、仙術に近い術を見つけた。若返りの仙術から端を発したその術は、子を生んで、その子の命を他の命と入れ替え、死する運命を誕生の直後と置き換えるというもの…。それによって、命を入れ替えられた子は死ぬが、入れ替わったほうは生きながらえる。

これを、子の誕生と共にすれば良いのだ。慶に気取られぬよう、ただ、死産であったと思えば、諦めも付くであろう。そして、子の命を手にすれば、慶は永らえることが出来る。泰はそれを嬉々として体得し、出産の時を迎えた。

その時、緊張して、誕生の瞬間を待った。術を構え、生まれたらすぐにでも慶と入れ替えられるようにと、必死に集中して待っていた。

「お生まれになります!」

侍女が叫んだ。泰は構えて、子の誕生の瞬間、その術を放った。

子は激しく光り輝いた。慶は気を失って、泰から自動的に流れ込んでいる気も全て身に取り込めない状態のまま、朦朧としている。その慶に、この光が流れ込んで、慶は目を開いた。

「…泰様…!どうか、どうかお子をお助けくださいませ!」

慶は息も絶え絶えに叫び、光りは宙に浮いた。泰は驚いて言った。

「慶!主のを救うためぞ!死んではならぬ!受け入れよ!」

慶は小さく首を振った。

「我の生は、これで終わりました…。泰様、どうか、お子を…。」

所在なさげにしていた光は、消滅した。泰は何がどうなったのか分からなかった。慶から、全ての気が抜け去って行く。泰は叫んだ。

「慶!慶…逝くでない!」

慶は、目を閉じたまま動かない。泰は号泣した。慶が、逝ってしまった。なぜに、あの命を受けてくれなんだ…。

「王…。」

産婆の侍女が、綺麗に布にくるまれた赤子を抱いて泰の前に立った。そうだ、慶と命を入れ替えたはず。入れ替わるはずだった新しい命は消え去ってしまった。子は…文字通り慶の命を継いでいるはず。

「王、皇女様は、気を補充なさるのがうまく行かれないようで、只今はお命に別状はないながら、とても少ない気でありまする…。」

泰は、手渡された子を抱いた。ほんのりと慶の気配がする…そして、この気は、明らかに慶であった。

「なんということだ…慶…我は、主と我の唯一の娘を、このような命にしてしもうた。主と同じ苦しみを、この子は背負って行かねばならぬ!」

泰は、子を抱いたまま慶の手を握り締めて泣いた。我は愚かだった。子の命は、子のものであったのに。慶は、きっとそれが伝えたかったのだ。

泰は、それから奥に篭りがちな、暗い王になってしまった。

何もかも、終わったのだと思った。

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