発見
明人が今日も収穫がない中帰途に着こうとすると、声を掛ける者がいた。
「もし。主様は、湖に住んでいた女達を探しておられる軍神ではありませぬか?」
明人は、振り返った。
そこには、如何にも上流の生活を身に付けている風情の女が一人、立っていた。傍には軍神二人が膝を付いている。明人は頷いた。
「確かにそうだが、主は誰か?」
相手は頭を下げた。
「我は、あちらに住んでおられた方の縁の者。名を雛と申しまする。主様は、なぜにあの女達をお探しか?」
明人は答えた。
「我は明人。我の上の者のために探しておるのだ。雛殿、縁とおっしゃられたか。主は、どこから参られた。」
雛は答えた。
「我はここよりさらに東、宮を構えておりまする王、泰の娘、雛。あちらに住んでおったのは、我の姉の桂でありまする。数か月前、ずっと行方知れずであられた姉の気を父が見つけ、探しに参ったら姉の侍女がおり、やっと探し当てたと思うておったのに姉は居らず。侍女達は決して口を割ることもなく自害し、父も途方に暮れておりました所、同じように姉を探している軍神が居ると聞きおよび、こうして参りましてございます。明人様、お姉様のこと、何かご存知であられまするか?」
あの侍女達は死んだというのか。明人は、雛を見た。
「我では、お答え出来ませぬ。我はただ、探しておるだけ。では、その旨我の上の者に伝え、後ご連絡を致しましょうほどに。」
雛は、下を向いた。
「…分かり申しました。軍神は決して任務のことはお口になさらぬもの。では、我はそれをお待ち申しておりまする。」
明人は頷いた。
「それでは失礼致しまする。」
明人は飛び立った。それを、雛と軍神達は見送った。
「…龍の宮の軍神でありまするな。間違いなく龍であった。」
軍神の一人が言った。
「あれでは、我らの気は遠く及ばぬ。龍の宮の軍神達は、音に聞こえる猛者ばかり。雛様、急ぎ王にご報告を。桂様は、もしかして龍王が望まれて探されておるのでは。」
雛は頷いた。お姉様は、あのお体でどこへ行かれたのか。龍王から逃れるために、ここから逃げて行かれたのか。早くお探しせねば…。
明人は急いで甲冑を月の宮のものに変え、宮へと飛んだ。
奥の王の居間へと向かうと、十六夜が出て来て明人を見た。
「明人?お前休みだったんじゃねぇのか。なんだ、甲冑なんか着て。」
明人は十六夜を見て、ホッとして言った。
「十六夜!わかったんだよ、桂様の出自が。東の泰様の皇女だったんだ。」
十六夜は仰天して明人を見た。
「泰の?道理で品があったはずだ。どうする?お前から言うか?オレから言ってもいいが…お前のほうが蒼も話し易いだろう。」
明人は頷いた。
「王はいらっしゃるのか?」
十六夜は、そっと戸を開けて窓の方を指した。
「そこに居る。」蒼は、外を見てじっとしていた。「段々話すようにはなって来たが、まだ当たり触りのないことしかダメなんだ。お前なら大丈夫だろう。行って来いよ。」
明人は頷いて、そっと居間へ入って戸を閉めた。そして、蒼の近くへ寄ると、膝を付いた。
「王、ご報告に参りました。」
蒼は、振り返った。
「明人。」そして、椅子を指した。「座るがよい。」
明人は座った。そして、蒼がやつれて見る影もないのを見て、痛ましく思った。あれほどに愛してらした妃を亡くして、それはおつらいのだろう。明人は、頭を下げた。
「お辛い時にどうかと思いましたが、桂様のご出自が分かりましたので、ご報告をと。」
蒼は驚いたように目を見開いた。
「桂の?それで、どこから来た女であったのだ。」
明人は言った。
「泰様の皇女であられました。」
蒼は考えを巡らせた。泰…確か東の宮の王。会合で会っても、いつも言葉少なく暗いイメージで、話したことはなかった。維心に聞いたところ、昔はああではなかったが、妃を亡くしてから無口になってすっかり変わってしまったのだと言っていた。そうか、あの泰の皇女だったのか…。
「…知らせるべきか。」蒼は言った。「しかし、桂は…あれほどに実家に気取られるのを嫌がったのだ。今更に知らせて、良いものであるのかと思うの。」
明人は頷いた。
「オレは、桂様の妹君、雛殿にお会い致しました。こちらのことは何も申しませんでしたし、誰の命とも言わなかったので、あちらにはなぜにオレが探しているのかはご存知なかったようでありますが、泰様もずっと探しておられたご様子。」
蒼は黙った。知らせるべきか、どうするべきなのか悩んでいるのだろう。
「…時間をくれ。少し考えてみる。」
明人は頷いて、頭を下げた。
「では、御前失礼致しまする。」
蒼は頷いた。そしてまた、庭の方を見て物思いに沈んだ。
龍の宮に泰がやって来たのは、その次の日だった。
普段、維心が格下の神に会うことはない。将維に対応させようと思っていた所、洪が入って来て、維月が庭へ出ているのを見ると、小声で言った。
「…王。なんでも、泰様はご自分の娘のことについて、龍王に覚えがあられるかと、どうしても王にお目通りをと言って譲らないのでありまするが…。」
維心は眉をひそめて、思わず維月を見た。大丈夫、聞かれてはいない。
「何を申す。我に覚えがあるはずはなかろうが。そんな事が維月の耳にでも入ったら、どんな恐ろしいことになるか…考えただけでも身の毛がよだつわ。あるはずの無い事で、我を煩わせるでない。」
維心が小声で言うと、洪は首を振った。
「我が申しておるのではありませぬ。泰様でありまする。とにかく、一度お会いになって、きっちり王からそのように申してくださいませ。」
維心が渋い顔をして、もう一度維月の居場所を確かめようと窓の方へ振り返ると、目の前に維月が立っていた。
「い、維月!」
維月は眉を寄せた。
「…なんですの?コソコソとこちらを伺って、とても感じが悪いですわ、二人共。」
気取られていたか…。維心はこんな時の維月の勘の良さを恨んだ。
「何でもないのよ。我に会いたいと言っておる神の王が来ておるそうだ。将維に対応させようと思うておったのだが、どうしても我にと言っておるらしくての。」と立ち上がった。「行って参る。」
維月は怪訝な顔をしたが、言った。
「行っていらっしゃいませ。」
維心は回廊を謁見の間へと急ぎながら思った…泰め、ただではおかぬ。我の平和な時を壊しおってからに。
維心が不機嫌に謁見の間に入って来て玉座に着くと、臣下達皆がぴりぴりとした。維心の機嫌の悪さが半端なかったからだ。
泰がそこにじっと立って、維心を見ている。維心のほうが格上になるので、公式の場では声を掛けねば泰は話せない。維心は言った。
「泰か。何用ぞ。」
泰は口を開いた。
「維心殿、我の娘の、桂をご存知か。」
維心は眉を寄せた。桂…聞いたことのある名。どこであったか。
「…確か主の娘は雛であったのではなかったか。」
「桂も、我の娘。」泰は言って、維心に一歩踏み出した。「昨日こちらの軍神が知らせておるはずぞ。」
維心はますます眉を寄せた。
「何も聞いておらぬ。そもそも、なぜにその娘が我に関係があると申す。我は知らぬ。」
泰は歯ぎしりした。
「あくまで、しらを切るおつもりか。軍神に、桂を探させておるであろう!青い甲冑の、間違いなく龍であったと報告を受けておる。その軍神が、桂を探しておった。上のものに報告するためと申して。」
維心は訳が分からなかった。そんな指示を出した覚えはない。だいたい、桂とは誰だ。
「我は知らぬ。主の娘になど興味はないわ。」と、維心は立ち上がった。「話しにならぬ。」
維心が退出しようと背を向けると、泰がその背に叫んだ。
「桂は!あれは子を生んではならぬのだ!死するゆえ…あれには生まれた頃より術が掛かっておるのだ!」
維心はハッとして振り返った。子を生んで死ぬ?それは…まさか。
「…主の娘か。」維心は言った。「あれは主の娘の桂か!」
泰は涙ぐんで頷いた。蒼の妃であったのは、泰の娘だったのだ!
「やはり…維心殿が桂をお望みであるのか。」
維心は慌てて首を振った。
「我ではない。第一、その軍神、名はなんと言った?」
泰は思い出そうと眉根を寄せた。
「…明人と。」
維心はため息を付いた。
「そやつは龍であるが、月の宮の軍神だ。我には関係ない。おそらく己の出自を知らせぬために、龍の甲冑を身に付けておったのであろう。」と、泰に向き直った。「泰よ。主が行くべきは月の宮であるな。我が知らせを入れておく。参るがよい。」
泰は頭を下げた。
「…感謝し申す。」
桂…蒼が妃にしていたのは、泰の皇女であったのだ。しかし、生まれた時から術に掛かっておるとは気になること…。
維心は自分も、月の宮へ行こうと思いながら、泰の背を見送った。