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離れて

維心が待っていると、維月の気配がし、慌てて振り返ると、そこには藍と維月の二人が立っていた。

「維月…なぜに、藍殿が?」

維月は答えた。

「槇様の傍を飛び出して来られたので、私が月の力で今、こちらへ連れて来ました。あのままでは、掴まってしまうと思って…。」

藍は、涙を流して頷いた。

「もう、あのようなかたには付いて参れませぬ。維月様を見つけて嬉しくてあられるのは、その様子から分かり申した。それでも、我の所へ平気でやって来られる、あのかたのお気持ちが分かりませぬ…!」

藍は、とても興奮していた。維月はその背を撫でた。

「わかっていてよ、藍様。気になって、ずっと月から見ておりましたの。しばらくこちらで休まれるといいわ。奥の宮には、いくら槇様でも来られることは出来ませぬ。部屋を準備させましょう。」

藍は頷いた。

「維月様…。」

侍女達がやって来て、藍を優しく促すと、藍は侍女達について、奥の宮の部屋の一室へと連れられて行った。それを見送っている維月を、維心は引き寄せた。

「維月…我を許してくれぬのか。」

維月はため息を付いた。

「もう、怒ってはおりませぬ。奥で藍様の様子を見ておりましただけ。私がじっと黙っているので、十六夜は怒っていると思ったのでしょうね。でも、維心様があのような時に私を守ってくださらなかったのは確か…元より私は、己の身は己で守ろうと思うて来ましたから、良いのでありまするけれど、何か心の中で、砕けたような心地が致します。」

維心はそれを聞いて、顔を青くした。それは…我を愛する気持ちが、砕けてしまったと申すか。

「維月…確かに我は主を守り切れなかった。主が強い女でなければ、もしかしてと思うと、身の毛がよだつ。これからは必ず傍に置いて、主を守るゆえ。機嫌を直さぬか。」

維月は維心を見上げて、首を振った。

「…もう、今回のことで懲りましたので、私は自分の身は自分で守りまする。維心様に守って頂かなくとも大丈夫です。もしもの時は、十六夜が居りまするし。月に向かって叫べば、どこに居ても十六夜は来てくれる。なので、もうよろしいです。」

維心は頭を殴られたような気がした。維月の言うことはいちいち最もなこと。我は一番大事な、信頼関係を失ってしまったということではないか…。十六夜なら、確かにすぐに来る。何をしていても…。

「維月…そのように我を突き放すでない…。」

維心は、小さく震えながら言った。我が悪かった。だが、取り返しがつかぬと言うのか。我が、槇に対してつまらない意地を張って維月をあのようにおとなしく縛り付けておくことをしなければ、あのようなことにはならなかったのに。

「維心様…」維月は、困ったように笑った。「とにかく、本日はご自分の対へお戻りを。私はここで、気持ちの整理を付けまするゆえ。」

「維月…。」

維月は、奥の部屋へ入って行った。

維心は取り残されて、途方に暮れた。


次の日の朝早く、蒼は他ならぬ花嫁の父に起こされていた。

婚姻の夜であったと知っておるのに。

蒼は不躾に感じながらも、寝台を出て居間へと出て行った。

そこには、槇が青い顔をして座っていた。その顔を見て、文句を言おうと思っていた蒼は、すぐにその気持ちが失せて行くのを感じた。

「…どうなされた。」

槇は、蒼に言った。

「ほんにこのような朝に押し掛けてしもうて申し訳ないと思うておるのだが…我も昨夜は寝ておらず、朝を待って、このような時間にお邪魔してしもうた…。」

槇は、顔が青いだけではなく、昨夜の様子からは考えられないほど落ち着きを無くしていた。蒼は椅子に座った。

「そのようなことは良い。槇殿、何があり申した。」

槇は頷いた。

「蒼殿…昨夜、藍が部屋を飛び出し申した。気を探ると、この奥の宮に入っておる様子。一瞬にして姿がかき消えて、青白い光が残っておったゆえ…月の力かと…。」

蒼は頷いた。

「青白いのは、母の力。おそらく母の元に居るのでしょう。それにしても、なぜに部屋を飛び出したりなど。あの従順そうな藍殿が…。」

蒼から見れば、分からないでもなかった。目の前で他の女にうつつをぬかし、それを悪びれもせず、平気で居る事がまず、おかしいと思ったからだ。しかし、他にも前歴があると侍女は言っていた。なぜに今…。

「…我が、藍をとるに足らぬ女だと思うておると。」槇は、うなだれて言った。「維月殿への振る舞いにも、憤っておった。今まで何も申さなかったものを。我は…あれの里の宮の世話も、きちんとしておったのに…。」

蒼はため息を付いた。

「槇殿…それが全てではないであろう。我でも妃の母の宮なら、世話も致そうぞ。それよりは、藍殿との問題ぞ。主、散々に好き放題やって、藍殿が何も思わぬと、己だけを想うておってくれると、まさか思うてはおるまいな?」

槇は驚いたような顔をした。

「妃とは…そうではないのか。」

蒼はため息を付いて、首を振った。

「我らに想いがあるように、妃達にもある。己の夫が目の前で不義理をしておって、それを笑って許して、その上心から愛しいと想うてくれると思うてか。人形ではないのだぞ?我らの母親でもない。そのように何でも許して愛してくれるなど、甘いものではないわ。主、もしかしたら藍殿に、完全に愛想を尽かされたのではないのか。」

槇はますます青くなった。

「考えたこともなかった…藍は何も言わぬゆえ…ただ悲しげにこちらを見るだけで、此度のようなことは、絶対に…。」

蒼は、それではおそらく、維月と知り合いになり、話したのだろうと思った。だから維月は藍を庇って、奥の宮に匿ったのだろう。そしておそらく、ここで暮らす事も出来ると教えたのだ。それだけの力が、月の宮にある。妃の母を見捨てることは、確かに蒼はしないからだ。

「…もしかして、我慢しておったのやもの。」蒼は言った。「主、いったい何人の妃が居る?どれ程昨夜のような事をして来たのだ。」

槇はうつむいた。

「妃…?確か、宮には20を越える妃が居ったはず。しかし通うておらぬゆえ、正確な人数は臣下に聞かねば分からぬ。だが、大概は一度限りぞ。宮では藍だけ、たまに二人くらいに通うだけ。」

蒼は呆気に取られた。人数も分からぬと。

「主…妃にも心があるのだぞ?その通うておらぬ妃達はどうしておるのだ。」

槇は、なぜに蒼がそれほど妃にこだわるのか分からなかった。

「知らぬ。部屋は与えて要る物は与えておる。後は臣下に任せておるゆえ。通うてもおらぬ妃が、いったい何ぞ?藍には関係無かろうが。」

蒼は息を付いて、額に手をやりながら横を向いた。なんと言えば分かる。これは維心より酷い。女を物ぐらいにしか思うておらぬ…手を出して、妃にして、放って置くとは。

おそらく愛しているのは藍なのだろう。だから正妃にした。そして他を手込めにしようとも、毎日藍の所へ戻っていたのだ。それが藍にとってどれほどつらい事なのか、思いもせずに。

「…槇殿、とりあえず藍殿には、母を通して出て来るように伝えさせよう。しかし、行いを正さねば、仮に出て来ようとも、すぐに逃げ帰ってしまうぞ。今我に言えるのは、妃にも心があるということだ。藍殿が他に男を20人以上作ったとして、愛しているのは主だけと言われた事を考えれば良い。」

槇は驚いた顔をした。

「それとこれとは違うであろう!」

蒼は首を振った。

「同じぞ。」蒼の真剣な様子に、槇は黙った。「主が藍殿にして来たこととは、そういうことだ。己の行いを、全て置き換えて考えてみるが良い。自ずと意味が分かろうほどに。」

蒼は、踵を返して戻って行った。

槇は、険しい表情で下を向いていた。


蒼が奥の間へ戻ると、悠が起き上がって待っていた。

「蒼様…。」

蒼は、悠の額に口付けた。

「目覚めていたか。主は心配せずとも良い。ただ、少し母の所へ行って来なければならぬ。主はここでゆっくりしておればよい。」

悠は頷いた。

「はい、蒼様。」

出て行く蒼を見送りながら、悠はなんと幸せなのだろうと思った。蒼は、父への話でも分かるように、とても優しくて、こちらを気遣って下さる王なのだ。そんな王に嫁ぐことが出来たことが、悠にはとても幸せなことに思えた。そしてあのかたの望むことならば、何でもしようと心に決めたのだった。


母の部屋へ行くと、母はもう起きていた。そして、藍と話しているのを見て、蒼は言った。

「母さん、槇様がオレの所へ来た。それで、藍殿と会いたいと言うのだが…話を聞いて驚いたよ。妃をまるで物のようにしか思っていない。でも、もしかしたら神の王ってあんな感じなのかもしれないな。昔、瑤姫が何が何でも嫁がないと決めたのは、そんな王達ばかりだからと言っていたのを思い出した。だから、何も槇様が悪いとは思わないけど、少し考えてもらえるようには言った。」

維月は頷いた。

「ありがとう、蒼。でも、どこまで分かってくださるのか…ただ、きちんと話さなきゃならないことも確かよね。今、藍様とも話しておったのだけど。」

藍は、控えめに頷いた。

「分かっておりまする。ですが、時を下さりませ。まだ、気持ちが落ち着きませぬ…明日になりましたら、お話も出来ようかと、お伝え頂けますでしょうか。」

蒼は、頷いた。

「無理をなさらなくとも良い。事情はよく分かったので。だが、ここに残るにせよ、共に戻るにせよ、槇殿と話さねばならないことも確か。それは藍殿の好きなされば良いゆえ。妃の母の面倒ぐらいは、見る。里のこともな。」

藍は涙ぐんで頷いた。

「蒼様…なんと申せば良いことか。我にそのような自由をお与えくださること、有り難く思いまする。」

維月がうっすらと微笑んで、藍の背を撫でる。蒼は頷きながら、こんな不自由な思いをしている妃が、神の世に何人いるのだろうと、ため息を付いたのだった。

ふと見ると、十六夜が布の影から手招きしている。蒼は、二人に軽く会釈すると、十六夜のほうへと歩いて行った。

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