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槇の宮

それから、また数週間が経った。

将維の嫁取り騒動も幕を閉じ、龍の宮は平穏な雰囲気の中毎日が流れて行っていた。洪も、今度のことでかなり大変だったようで、しばらくは誰の縁談でも断るように王に進言しようと心に決めていた。しかし、維心は言われなくても将維であろうが自分であろうが、すげなく断る気満々だった。

だが、洪のそんな心配を余所に、宮には縁談のことについての書状は一切来ていなかった。今度のことで懲りたのは、何も洪だけではなかったのだ。

明人は蒼に呼び出され、紗のことについて進める意向を伝えて来た。明人は深く感謝し、その際の条件として、序列を絶対に今より下げないという取り決めをした。

明人は紗を娶るためと必死になり、訓練にも任務にも、今まで以上の迫力だった。嘉韻も明人から一本取れるのは、三回に一回ほどになっていた。それほどに、明人は必死であったのだ。

「ほんに、愛の力とはこういうことか。」慎吾が感心したように言った。「いざ娶れるとなると、ここまで必死になるのであるな。我はそんな苦労をしたわけではないので、よく分からなぬが、此度の明人が本気であるのは分かる。」

嘉韻が苦笑して汗を拭いた。

「我も驚いておる。あれほどの力があるのなら、なぜに普段から出さぬ。もったいないことよ。」

慎吾は手を振った。

「いや、違うぞ。恐らく必死で実力以上の力を発揮させておるのだろうよ。考えてもみよ、見た目で分かるわ。主の気と明人の気では、完全に主の方が上ではないか。

嘉韻は渋い顔をした。

「ならば無理をしておるということか。早く決まってくれねば、明人の体が心配であるの。」

そんな二人の頭上では、明人がまだ他の軍神と戦っていた。一人では相手にならぬので、だいたい三人ほどを同時に相手している。慎吾と嘉韻は、顔を見合わせてため息を付いた。


霧花は、父に許しを得て、槇の宮へ訪れていた。

あの折共に話してから、霧花は紗と仲良く話すようになっていた。槇は最初こそ龍王の気まぐれに憤慨して回りに当り散らしていたが、最近はついぞそのことが話題に上ることもなくなった。しかし、やはり紗の嫁ぎ先については悩んでいるようで、ただ頭を抱えていたのだった。

霧花が槇に挨拶をして、そこを立ち去ろうとした時、槇はふと思い立ったように言った。

「…そう言えば緑青殿の宮は、月の宮に隣接致して、今では大層頻繁に行き来なされると聞いた。霧花殿は、月の宮へ行かれたことはあるのか?」

霧花は驚いて振り返り、槇に頭を下げた。

「はい。何度も参りまして、あちらの皇女、瑞姫様とも懇意にさせて頂いておりまする。」

槇は頷いた。

「月の宮とは、どんな様子ぞ?我は王の蒼殿とは会合で何度もお会いしておるが、滅多に誰かを招待するような宮ではないので、実際の宮は知らぬ。穏やかで邪気がなく、常に月の浄化が働いておる癒しの場だと聞いておるが、相違ないか?」

霧花は頷いた。

「はい。全くその通りでございまする。我の宮でも具合の悪くなったものでも、あちらの領地との境界につれて参るだけで、体調を治すので、今では月の宮との境界に治癒の場を置いておるぐらいでありまする。」

槇は感心したようにその話を聞いた。

「ほう…やはりそうであるのか…。一度伺ってみたいものよな。」

槇が考え込んだようなので、霧花はその場を辞して、紗の部屋へと急いだ。


紗は、待っていて笑顔で霧花を迎えた。

「よう来てくださいました、霧花。待っておりましたのよ。」

霧花は微笑んだ。

「紗、お会いしたかったわ。それにしても…痩せたのではない?」

紗は、美しいその頬がこけて、肌に艶がなくなっていた。紗は首を振った。

「…何でもありませぬの。最近は、気分がすぐれぬことが多くて。」

侍女が気遣わしげに言った。

「本日は霧花様がいらしてくださると聞いて、ご気分の良いご様子。我らも安堵致しておりまする。」

それでも、やはり心配そうに紗を見ている。霧花は、こんな様を見たことがある。これは悩んでいらした時の、お姉様だわ。

「紗…部屋に篭っておるのも良くないのです。少し、庭へでも出ましょう。」

紗は気が進まないようだったが、それでも霧花と共に外へ出た。

外へ出ると、侍女達が遠巻きになって見ているだけだ。霧花は、紗に言った。

「紗は、もしかして将維様をお慕いしているの?」

紗は、驚いたように霧花を見た。

「ええ、将維様を?いいえ、我はお話することもありませなんだのに。」

霧花は、あれ?と思った。では、恋の病ではないのかしら…。

「我は、あなたのような様になったかたを見たことがあるから…我のお姉様が、月の宮の軍神のかたに恋をして、そのようになられたの。でも、結局は相手のかたがお姉様を求められることはなくて、別の所へ嫁がれたのですけれど。」

紗は、月の宮の軍神と聞いて、表情を変えた。

「お姉様が…?月の宮の、軍神のかたに…。」

霧花はその様子に、まさかと紗に詰め寄った。

「まさか…あなたもそのように?」

紗はためらった顔をしたが、ソッと頷いた。

「でも、決して誰にもおっしゃらないでくださいませ。我がそのような気持ちでおるのを、お父様に知られたら…なんとおっしゃることか。」

霧花は頷いた。でも、月の宮の軍神…確かに、神の世の中で、月の宮と龍の宮の軍神達は、格の低い宮の皇女達がこぞって嫁ぎたいと思っている方達ではあるけれど…。皆、どういう訳かストイックで、少々のことでは妻になど迎えてくださらない。しかしここは槇様の宮。槇様は格が高い王。この紗であるのなら、王の蒼様とでも縁付けられるのではないかという身分であるのに…。許されるかどうか。

何より、相手の軍神は受け入れるのかどうかも分からない。王の命で迎えて、離縁してしまった例もあるほどだし…。

「紗…それは厳しいわ。身分もだけれど、相手の軍神のかたがあなたを受け入れて下さるかどうかがまた疑問なの。皆、婚姻に関しては全く無関心であられて、我のお姉様のお相手も、格下の宮の皇女を王の命で妻になされていたけれど、愛せないとおっしゃって離縁されたのよ。そして、お姉様を受け入れることもなく、今は独り身でいらっしゃるわ。皆、こんな感じのかたばかりなの…我は、お父様について、よく月の宮へ参るけれど…。」

それを聞いて、紗は霧花を見た。

「では、霧花、明人様というかたは知っておりますか?龍の宮へ、王に付いて来ておられた…」

霧花は息を飲んだ。明人様…!

「まあ紗…まさかあなたのお相手は、明人様では…。」

紗は、不安げに頷いた。

「はい。とてもお優しくて気のお強い龍のかた。お姿も凛々しくていらっしゃる…。」

霧花は口を押えた。どうしよう。明人様だなんて。

「どうしました?霧花、明人様を知っておるのね?」

霧花は頷いた。明人様は、お姉様でなくとも、我も惹かれたかた。でも、決して受け入れてはくれないのを知っていたので、心に秘めて、忘れるように心がけていた。でも、あのお優しい、神にはない様子も、さりげなくこちらを気遣ってくださる様も、他の神にはない慕わしさで、時にやはり明人様でなければと思ってしまうことがある…。

「紗…お姉様が恋した相手も、明人様だったわ。私もあのかたには惹かれたけれど、でも、決して受け入れてはくださらないと、諦めておったの…。」

紗は口を押えた。明人様…あまたの皇女がこうして想って、そしてそれをすげなくして来られたというの。

紗は黙った。これ以上は何も言うまいと思ったからだ。霧花も、明人様を想ってらした。では、明人様が我をと言ってくださったこと、ここで言うべきではない…。

霧花は、紗を見た。

「紗、気を落とさないで。きっとあなたなら、どこかの王族と婚姻のお話が来るわ。明人様のことは、忘れてしまった方が良いのよ。」

紗は、頷きも首を振りもしなかった。我には明人様しかいない。我をきっと迎えに来ると約してくださった…我はそれを待っているのだもの。


その頃、蒼が先触れを出し、明人と嘉韻を共に槇の宮へと訪れていた。急なことに、槇は驚いていたが、格上の神が訪ねて来るとあって、宮では大騒ぎであった。

「酒は準備されておるか!お忍びで、供も二人ほどでいらっしゃると聞いた。とにかく質の良いものをすぐに出せるように準備せよ!」

臣下が慌てて駆け込んで来た。

「王!月の宮の王がお着きでありまする!」

槇は慌てた。

「侍女!我の袿は!」

侍女が慌てて質の良い袿に変えた。槇はそれに手を通して、一つ呼吸を整えると、玉座に座って蒼が入って来るのを待った。

月の宮の王とはどんなものかと臣下達がわらわらと集まる中、謁見の間の戸は開き、蒼がそこに、軍神達と共に立っていた。

槇は、立ち上がって蒼を迎えた。

「よくお越しくださった、蒼殿。急なことで、取り散らかしておってお恥ずかしい限りぞ。」

蒼は槇に向かって歩きながら答えた。

「なんの槇殿、ここまで来る宮の中もそれは見事な細工がなされておって、感心しておったところぞ。我の宮にも、あのような彫り物が欲しいもの。」

蒼は本気でそう思っていた。とても美しい彫刻が壁や柱になされていて、それは美しかったのだ。自分の宮には、あのようなものはない。細工師が居ないからだ。

「それほどに気に入られたのなら、細工の者をそちらへやろうか。」

槇が何気なくそう言うと、蒼はそれに激しく食いついた。

「おお!そうしてもらえるか!我の宮のものにも、あの技術を教えて欲しいもの。本日連れ帰っても良いぐらいぞ。」

槇はびっくりして蒼を見た。本当に社交辞令ではなくあれを気に入ったらしい。槇は言った。

「そうよの、それでは性急ゆえ、のちほどそちらへやろうほどに。」

蒼は頷いた。

「嬉しいの。では、その折槇殿も我が宮へ来られよ。歓待致す。」

槇は棚から牡丹餅の気分だった。行くと言っても簡単には入れてはもらえない月の宮へ、招待されたのだ。

「おお、では近日中に参ろう。」槇は上機嫌で言った。「して、本日はどうなされた。急なお越し、我も面食らっておっての。」

蒼は頷いた。

「このように急いで参るなど我も悪いと思うたのだが、早い方が良いと思うての。」と、傍らの明人を見た。「我の宮の軍神の将、明人。只今の序列は5位。龍であって、父は我が宮次席軍神の信明、祖父は龍の宮序列5位の明蓮。」

槇はじっと明人を見た。確かに強い気。おそらくここの筆頭軍神では敵うまい…。血筋が良いのだから、確かにそうなるであろうの。

「ほう。なかなかのお血筋であるな。月の宮は、良い軍神を揃えておるもの。」

蒼は頷いた。

「話しというのは、槇殿。こちらの皇女、紗殿を、この明人の妻に迎えさせて頂きたい。」

槇は仰天した。紗を、軍神の妻にと!

「…蒼殿。しかし、紗は王族へと思うておった自慢の娘。それをいくら血筋が良いと言って、軍神の妻にとは…。」

蒼は頷いた。

「…であろうの。しかし、主には何人の皇女が居る。我は一人やっと片付いたかと思うたら、他の妃に女ばかりが生まれてしもうて、どうしようか今から途方に暮れておる。なので、今からこやつら軍神を押さえておこうと思っておったら、この明人は先日の龍の宮で、こちらの紗殿を見染めて、それが忘れられぬと我の皇女との婚姻を蹴りおっての。」

明人は驚いた。確かに蒼様には皇女ばかりお生まれになったが、まだ赤子。それにそんな話になったことも、その話も蹴った覚えも自分にはなかったからだ。しかし、明人はじっと下を向いて黙っていた。

一方槇は、蒼が己の娘をというほどの軍神かとじっと明人を見ていた。確かに、見目は良い。それに、龍の宮と並ぶ宮の月の宮の王の皇女との婚姻を蹴ってでも、紗をと言うのが気に入った。確かに、あの騒動で紗の嫁ぎ先が無くなって困っていた。一度は龍の宮と話しがあった姫というので、なかなか相手も良いとは言わないのだ。月の宮の軍神ならば、あの月の結界の中で住まわせることが出来る。紗は一生安泰なのだ。何より、娘が中に居るなら、いつでも月の宮へ行く口実が出来る。槇は蒼を見た。

「…確かに、優秀な軍神であるのだろう。蒼殿がそうまでおっしゃるのなら、一度紗に聞いてみようほどに。あれがいいと言うのなら、我はそれ以上は言うまい。」

明人は、驚いて顔を上げた。槇殿が良いと。

侍女が紗を呼びに急いで出て行く。

蒼と明人と嘉韻は、それを固唾を飲んで見守った。

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