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李関が、着物に着替えて十六夜と維月の部屋へやって来た。

そしてそこに維心がが居るのを見て取ると、慌てて膝を付いた。月の宮の筆頭軍神になって長いとはいえ、まだ身に付いた龍王への敬意は簡単には消えないらしい。維心は手を振った。

「良い。それより、主が蒼のことを知っておるのか。」

李関は、首を振った。

「いえ、我ではありませぬ。明人が知っておるようでありまするが、あれもかなりの気を消耗しており、補充のために気を失う前に、少し聞いた事情だけでもとお話ししに参りました。」

十六夜は気遣わしげに言った。

「明人も、倒れたのか。」

李関は顔を上げた。

「王の気の暴走を止めようと己の気を発して抑えたのだそうだ。なので、あれもここへ飛んで帰って来るのがやっとであったのだ。」

十六夜は眉を寄せた。蒼が気を暴走させるなんて…。

維心が、促した。

「では、李関よ。主の知り得た事のみで良いゆえに、話せ。」

李関はまた頭を下げた。

「は!」

そして、頭を上げると、三人を見て言った。

「王は、ここより東の森にある湖の畔の家に通う女があり、10年ほど前より明人だけを供に通い続けておられました。名は桂様と申され、あのお子の母君であられます。」

十六夜は頷いた。珍しく、茶化すようなことは何も言わず、ただ黙っている。李関は続けた。

「今朝方より産気づかれた桂様は、夜になって和奏様を出産、その際に気を著しく消耗され、王の気の補充も間に合わず、亡くなられました。只今は、明人が連れ戻って、月の宮の墓所におわすとのこと。王が目覚められたら、知らせてもらいたいとのことでありました。」

維月が口元を袖で押さえて悲しげに俯いた。維心がそっとその肩を抱く。

「…では、蒼は辛いの。目覚めたら尚苦しむのであろうて。我が身のことと置き換えてみると、居たたまれぬ…。」

維月は涙をこぼした。

「維心様…。」

十六夜は、立ち上がると所在なさげに歩き回った。

「なんで…オレに言ってくれなかった。オレは父親じゃねぇか。何でも聞いて話して来てた癖に、こんな事を黙ってるなんて…。」

維心は十六夜を労わるように言った。

「子はいつまでも子ではないもの。恐らく蒼も、主に言いたかったであろうが、言えなかったのだろう。」

李関は頷いた。

「桂様は、どうしても宮へ上がりたくないと言っていらしたのだと聞きました。」三人は、李関の方を見た。「家を出ていらしたかたであったらしく、家の者に所在が知れるようなことは出来ぬと。蒼様がお通いになると申して、やっと妃になられたとのことでありまするから…。」

十六夜は立ち止まって、下を向いた。蒼は、それで時々遠くを見るような目をしたのか。なんで後を付けたりしなかったんだろう。そうしたら、もしかして助けられたかも知れないのに…。

維月が、十六夜を見た。

「十六夜…蒼をお願い。私達が二人揃って傍に居ては、きっと蒼は辛いわ。」

十六夜は維月を見た。確かに、自分達は仲が良い。いつも寄り添っている姿を目にしたら、今の蒼には耐えられないかもしれない。十六夜は頷いた。

「わかった。オレが傍に居るよ。」

維月は頷いた。

「維心様…お連れくださいませ。」

維心は頷いて、維月を抱き上げた。そして、十六夜を見た。

「我に何か出来ることがあれば、何なりと言うよう蒼に伝えてほしい。それから、主も維月に会いに我が宮へ参るが良い。しばらくは、それで過ごそうぞ。まずは、目が覚めてからであるな…。」

十六夜は頷いた。眠ってる方が幸せなのかも知れない。だが、和奏のためにも、蒼には早く元気になってもらわなければ。

「毎日話し掛けるわ、十六夜。様子を教えて。」

十六夜は頷いた。

「わかった。安心しな。オレは蒼の部屋へ行って来るよ。あいつが目が覚める時、傍に居てやらなきゃな。」

維月はまた涙ぐんだ。

「十六夜…。」

十六夜は維月の頬に触れた。

「心配するな。オレ達の子じゃねぇか。大丈夫だよ。」

維月は頷いて、そっと十六夜に口付けた。維心は自分の腕の中でそれが行われていることに眉をひそめたが、黙っていた。

そして、維心はそのまま維月を抱いて飛び立ち、十六夜は蒼が眠る部屋へと向かったのだった。


朝の光に、蒼はガバッと置き上がった。

…月の宮の、自分の部屋。

十六夜が、蒼を見て言った。

「蒼?気分はどうだ?気は、元に戻ったみたいだな。」

「十六夜…。」

蒼は言って、昨夜のことを思い出した。

「明人は?!」蒼は叫んで寝台を飛び出した。「明人!明人を呼べ!」

十六夜は蒼をなだめた。

「待て、蒼!明人も気を失って、昨日は倒れたんだ。お前の気の暴走を止めたんだぞ?あいつが居なきゃ、どうなってたか…。」

蒼は必死だった。

「十六夜!オレは戻らなきゃならないんだよ!あそこへ…あの家へ…!」

十六夜は蒼を押さえた。

「話しを聞け、蒼!お前が会いたいのは、桂だろう?」蒼がピタと止まって十六夜を見た。「…明人がお前と一緒に連れ帰って来た。今は…月の宮の墓所に居る。」

蒼は、小刻みに震えた。十六夜はどうしたら良いのか分からず、蒼が何か言うのを待った。

「…そこへ行く!」

蒼は飛び出した。十六夜は慌てて後を追った。

「蒼!」

蒼は、涙を堪えながら湖脇の墓所へと飛んだ。

昨夜のことは、夢ではなかった。桂は…オレの子を生んで、気を失って死んで行った。最初から分かっていたことなのに。何も言わず、和奏を生んで…!

十六夜が付いて来ているのが分かったが、蒼は構わずにただ一目散に墓所を目指した。


昨夜の雨で、まだ地面はしっとりと湿っている。

墓所の石造りの建物は、濡れて光っていた。蒼は、その戸を開いて開け、いつも仮に安置する時に寝かせる台の上に、布にくるまれたものが一体、乗っているのを見て取った。

近付いて行ってその布を恐る恐る取ると、そこには、まるで眠っているように美しい、桂が居た。手を胸の辺りで組まれ、じっと目と閉じている。蒼はたまらず、嗚咽を漏らした。

「桂…っ!」

夢なら良かったのに。桂が逝ってしまったなど、夢であったなら…!死して初めて、この宮の領地へ入るなんて!

蒼は、その手を握った。

「桂…桂…どうして言ってくれなかった!子を産む力など、ない体だと…!」

蒼は、ただただ泣いた。本当に愛していた…王と妃ではなく、ただの人の夫婦のように、共に居てあれほどに幸せであったものを。桂と居れば、王の責務など忘れてしまえたものを…。

十六夜は、泣き続ける蒼を、離れた後ろでただ見ていた。どうなってこうなったのかも、分からない。だが、そんなことは蒼が話したくなるまで待とう。今は、蒼が泣きたいだけ泣けばいいのだ。

そうして、蒼はずっとそこで桂の亡骸に向かって泣き続けた。


葬儀を執り行うため、桂は宮へと運ばれた。

着物を着替えさせ、王の妃に相応しいよう髪を結い上げ、かんざしを挿し、そして化粧をした桂は、死んでいてさえ驚くほどに美しかった。蒼は自分の妃として桂を送った…宮に一度も上がらなかった桂だったが、10年もの間愛し続けていたのだ。ここで共に暮らして行けていたなら…。蒼は無理にでも連れて来ればよかったと悔やんだ。

和奏は、何も知らずに葬儀の間、乳母に抱かれて眠っていた。面影は確かに桂のもので、それは参列者達の涙を誘った。

そして再び墓所へと正式に埋葬し、蒼は桂に別れを告げた。

誰も何も聞かなかった。

葬儀に参列するために来ていた維心も維月も、ただ蒼を見守り、葬儀が終わると何も言わずに帰って行った。

蒼はそれに感謝しながらも、まだ何も話す気にはなれず、ただただ過ぎていく毎日を、力なく過ごして行った。


明人は一人、せめてもと、誰にも言わずに桂の出身地を探していた。

月の宮の軍神と知られないよう、わざと龍の甲冑に身を包み、密かに回りの神達に聞き込みをした。

王が、それを知る事で、少しはお気が紛れるのなら…。

実はあの時、桂が連れていた二人の侍女が居た。

だが、迎えに来ると言って明人が桂と蒼を連れて飛び立った後、数日経って再び行くと、屋敷はもぬけの殻になっていたのだ。

明人は、その侍女達を探していた。桂の実家へ帰ったということはないはず。その侍女達もまた、桂を連れて出て来ていたからだ。

明人は、周辺を聞き込み、その二人の侍女の行方を追っていたのだった。

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