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身分違い

次の日の昼、蒼が維心を訪ねて行くと、維心は維月を大事そうに抱えるようにして、居間の定位置に並んで座っていた。維心はとても幸せそうで、蒼はホッとした。よかった…仲直りしたんだな。

「維心様。そろそろお暇しようかと思い、ご挨拶に参りました。」

維心は頷いた。

「おお、蒼。では、見送りに出ようぞ。主には世話になった。」

蒼は微笑んだ。

「お役に立てたなら、来た甲斐があったというものです。それで、良い皇女はおったのですか?」

維心は頷いた。

「維月が言うには、気立ての良さそうな皇女が居ったと。将維が気に入るかどうかは分からぬが、それらをさらに選別して次の催しに呼ぶのだ。」

蒼は驚いた。まるでオーディションだ。さしずめ第一次審査通過といったところか。

「それで、何人が残るのですか?」

「昨日出席した15人のうち、5人ぞ。将維は任せるというので、維月が決めたのは利翔(りしょう)の宮の(つぼみ)、緑青の宮の霧花(きりはな)唐李(とうり)の宮の(しずか)、槇の宮の紗、耀(よう)の宮の陽華(ようか)。皆…そうよの、主らの言うAランクとBランクの宮の皇女達だ。」

維月が微笑んで頷いた。

「皆申し分なく美しくて礼儀正しかったけれど、私は控えめな子が好きなの。私や将維にぐいぐい話し掛けて来た子は、残念だけど今回は選ばなかったわ…初対面で押しが強いと、将維が委縮するんじゃないかと心配で。」

蒼は苦笑した。やっぱり過保護だ。将維が委縮なんてするはずはない。何しろ、この維心様のお子なんだから。

「将維はそれでいいと言ってる?」

維月は首を傾げた。

「今朝言ったら、何事もそちらの良いようにって。まるで他人事なの。ほんとに良いの?って聞いたら、誰でも同じですのでってぷいと横を向いて行ってしまったの…。」

維月が心配そうなので、維心が維月の肩を抱く手に力を入れた。

「良い。気に入らねば、迎えねば良いではないか。そうなった時、後は我に任せよ。」

維月は微笑んで、維心を見上げた。

「はい、維心様。」

維心は微笑み返して維月に頬を擦り寄せ、立ち上がった。

「さあ、主を見送ろうぞ、蒼。」

「ありがとうございます、維心様。」

蒼は幸せそうな維心を見て自分も嬉しくなりながら、宮の出入り口へと向かったのだった。


その数週間後、槇の宮では、紗が父王に呼ばれて侍女達と共にそこへ向かっていた。この時期…おそらく、龍の宮から断りの連絡が来たのだわ。紗は、父に長く説教されるのかと思うと、気が重かった。

父は、居間の椅子からこちらへ目を向けた。

「おお、紗。よう来た、そこへ。」

思いの外、機嫌がいいようだ。これはあまり長くならないかも…と、紗はホッとして椅子に座った。槇は言った。

「紗、帰ってから主があのように物思いに沈んでおるゆえ、やはり駄目であったかと思うておったのに…本日、龍の宮より、七夕の祭りにご招待頂く書状が来た。」

ええ?!

と叫びたいのを必死に堪えて、紗は袖で口を押さえた。見ているだけで全くお話出来なかったのに…。

しかし、槇は嬉しげに続けた。

「やはり、いくらあの将維様でも主の美しさは見過ごせなんだのであろう。ほんに、主は我が自慢の正妃の娘だけある。」

そうかしら…。将維様、こちらをご覧にすらならなかったのだけれど…。

紗はそう思っていたが、父があまりに嬉しそうなので、何も言わなかった。付いて来た侍女達が色めき立っている。何やらものすごく喜んでいるようだ。それを見た槇は、頷いて微笑んだ。

「よしよし、では、龍の宮へ参る際の準備を今からしておくのだ。着物を新しく仕立てよ。簪と頚連も惜しむでないぞ。」

まるでもう妃に選ばれたかのように喜び、まるでお祭り騒ぎの中、紗は複雑だった。確かに、将維様はとてもご立派で美しい殿方で、皆見とれて一生懸命お目に留まろうとしていた。でも…。

紗は、戸惑っていた。龍の宮を思い出す時、いつもあの軍神が目に浮かぶ。落ち込んでいた我に、その上迷惑を掛けたというのに優しく慰めの言葉を掛けてくださった…。願わくば、今一度お会い出来たものならば…。

龍の宮へ参れば、もしかしてまたいらしているかもしれない。紗は、それを願っていた。


刀が音を立てて宙を舞った。明人はハッとしてそれを追う。嘉韻は、その前に舞い降りて、明人に刀を突きつけた。

「一本!」

別の声が叫んだ。明人はため息を付いて、刀を拾い上げた。嘉韻が明人を見て言った。

「主、どうしたのだ?心ここにあらずではないか。何度やっても同じぞ。我は負ける気がせぬ。」

明人は、次の立ち合いのための場所を開けようと、脇へ歩きながら言った。

「…すまねぇ。」

それ以上何も言わずに黙っている。慎吾が、明人と嘉韻に近寄って来た。

「あの立ち合いは何ぞ?明人、嘉韻相手に上の空では絶対に勝てぬぞ?主、最近どんどん腕が落ちておるように思う。序列に響くゆえ、少しは精進せよ。」

明人は頷いた。

「わかってる。」

明人はそれ以上何も言わず、さっさとコロシアムのシャワールームへと向かって行った。慎吾は嘉韻を見た。

「嘉韻、何か心当たりはないか?」

「ある。」嘉韻が即座に答えたので、慎吾はびっくりした。「だがの、あやつは分からぬ。紅雪の時は、確かこんなことはなかった…痩せるほど想っていたようだったが、訓練の時はそれに集中していたし、ここまで呆けておることはなかった。しかし、此度はこれぞ。」

慎吾は嘉韻と向き合って言った。

「女か?!いったい誰だ?ここでは新しい女など見ないが…」

嘉韻は歩いて行きながら言った。

「将維様の妃候補の一人ぞ。道に迷うておって、明人が案内して参った。そして、帰って来てから様子がおかしかった…任務の途中であのように呆けることのなかった明人が、いつなり呆けておる。もしかして、今度こそなのかも知れぬの。」

慎吾は絶望的な顔で嘉韻を見た。

「ちょっと待て嘉韻、将維様の妃候補ってことは、仮に選別から漏れたとしてもかなりの身分だろう。申し訳ないが、桜殿や紗羅殿の宮では相手にならぬような格の宮。そんな所の皇女が、軍神の妻にはなれないであろう?まして筆頭でもないのに。」

嘉韻もため息を付いて慎吾を見た。

「…そうだな。だが、ここは月の宮。実はここは、特別なのだ。なので、全く機がない訳ではないが…。」

慎吾は驚いて嘉韻を見ながら、必死に嘉韻について歩いた。

「どういうことだ?我は神世は未だによく分からぬ。」

嘉韻は、飛び上がった。慎吾もそれに倣って飛んだ。

「龍の宮と月の宮は特別だ。入るだけで完全に守られるこの二つの領地に、どの王も自分の娘を住まわせたいと願う。なので、緑青殿も龍の宮次席軍神の主の父慎怜殿に紅雪を簡単に許したであろう。あの宮は小さいとはいえ格は上から数えて三つ目。主らでいうところのBランクであるの。それなのに、軍神に己の娘を娶らせた。なぜなら、あそこは龍王の絶対の守りの中だからだ。」

慎吾は感心した。

「そうか。では、ここは月の絶対の守りがある月の宮だから、機はあるということか。」

嘉韻は頷きながら、しかし尚も険しい顔をした。

「しかしの、問題は全く会うことがないということだ。我ら軍神は宮から離れるには王の命でなければならぬ。そうそう遠出して参る訳にもいかぬし、皇女は普通宮の奥深くから出て来ないもの。会う機会など、ないの。相手が明人をどう思っているのか分からぬが、想っておったとしても、皇女が己から何か言うて来る訳はないし、前途多難であるの。」

慎吾は、嘉韻と共に屋敷の前に降り立ちながら言った。

「八方ふさがりというやつだ。困ったの…あやつ、またなんと敷居の高い女を見染めて参ったことか。」

嘉韻はそれを聞いて、複雑な表情を浮かべて自分の屋敷へと入って行った。

慎吾もまた、妻の結朋が待つ屋敷へと入って行ったのだった。


明人は、自分と戦っていた。また、オレは錯覚しているんだ。あの紗があまりに美しかったから、それで紅雪の時と同じように、愛していると勘違いしている。絶対にそうだ。だってオレは滅多に女を想うことのない気の色を持つ神で、想うことが出来るたった一人を探すように言われていて、それがこんなに簡単に見つかる訳がない…。しかも、あれは将維様の妃候補ではないか。身分が違い過ぎる。有りえない…。

しかし、何度打ち消しても、紅雪の時とは違って、任務の最中であろうと、立ち合いの最中であろうと、紗のことが浮かんで来て消えなかった。紅雪の時は、忘れていたのに。何かに集中していたら、思い浮かびもしなかった。なのに、どうしたのだろう…。

明人は、ひたすらに冷たい水を頭からシャワーでかぶり、じっと想いを消そうと歯を食いしばった。

気のせいだ…前と同じ。早く忘れるんだ…。

明人は呪文のように、ただそれを繰り返していた。


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