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突然に

明人と嘉韻は、蒼から戻るまでは任を離れて好きに過ごすが良いと言われ、二人で庭に出て話していた。庭と言っても藤棚のほうは宴で人がいっぱいなのでそちらは避け、離れた位置で穏やかに語らっていた。

そうこうしているうちに、月は天の真ん中に昇り、宴も終わりのようで、そろそろ皆が宮の方へ向かって行くのが見えた。明人は嘉韻に言った。

「嘉韻、どうする?王の所へ行くか?」

嘉韻は、少し考えて、首を振った。

「いや、我らは任を離れている。御用の時は、お呼びくださるだろう。ずっとお傍に居ては、反って不躾だ。」

明人は頷いた。このような宴の後では、酒も入り、王達はハメを外すことも多い。ふらふらと妃を迎えるようなこともある。軍神がいつもついて居ては、興も覚めるということだと、嘉韻は知っているのだ。明人も、そこのところの事情はもう知っていた。我が王に限ってそんなことはないだろうが、離れているほうがいい。

さらに二人が穏やかに話していると、向こうから何かがある程度のスピードでこちらへ向かって来るのが分かった。二人がなんだろうと見ていると、いきなり女が一人、飛び出して来た。

「きゃあ!」

女は叫んだ。明人は思わず回りを見回した…こんな所を誰かに見られたら、自分達が何かしたと思われてしまう。しかし、幸い誰もいなかった。

「……。」

二人がただ黙っていると、相手は自分で我に返り、頭を下げた。

「大変に失礼を致しました。我を忘れて…このような所にまで。」

明人は言った。

「それは良いが、どうなされた?道に迷われたのか。」

相手は首を振った。

「いえ、大丈夫でございます。我は…宴で、龍王妃様にご挨拶も出来ませず、己が大変に不甲斐ないとただ恥ずかしく、気が付けばこんな所まで来てしまっておりました。」

明人と嘉韻は顔を見合わせた。では、妃候補の皇女か。それならば、父王にそれはきつく言いつけられて来たのだろう。それなのに、回りに気おされて挨拶も出来なかったのだろう。

「では、戻られるが良い。もう暗い。いつまでも外へ出ておってはならないでしょう。」

相手は頷いて頭を下げ、踵を返した。そして、じっと固まっている。

「申し訳ありませぬ。」皇女は、こちらを振り返った。「こちらは、どちらでしょう…?」

明人は苦笑した。闇雲に進んで来て、方向が分からなくなったのだ。

「では、我が案内しよう。」と、嘉韻を振り返った。「先に戻っててくれ。すぐに帰る。」

嘉韻は頷いた。明人はその皇女に歩み寄った。

「我は月の宮の軍神、明人。」

相手は美しく頭を下げた。

「明人様。お世話をお掛け致しまする。我は、父王、(まき)の宮の第二皇女、(すず)。」

明人は軽く頭を下げた。

「では、紗殿。こちらへ。」

明人は、先に立って紗を案内して行った。

紗は美しく扇を開くと、そっと顔を隠して、明人に従って歩いた。

しばらく歩くと、宮の明かりが入り口から漏れているのが見えた。明人は紗を振り返った。

「見えるであろう?あそこが、入り口だ。」

紗は頷いた。

「ありがとうございまする。侍女達が、あれに…。」

こちらに気付いた侍女達が急いでやって来るのが見える。紗は扇を下ろして頭を下げた。

「お手間をお掛けして申し訳ございませぬ。」

明人は頷いた。

「気を付けられよ。あまりお気を落とさぬように。」

紗は驚いたように顔を上げると、微笑んだ。

「はい。お気遣いありがとうございます。」

宮からの灯りで紗の顔がはっきりと見えて、明人は息を飲んだ。金髪に近い茶色の髪を結い上げ、美しい澄んだブルーの瞳の、それは美しい皇女だったからだ。

明人は慌てて、ただ頷いた。

「…では、これで。」

明人は飛び去った。紗はそれを、いつまでも見送っていた。


蒼は、軍神達が気遣うようなことは一切なく、維月と維心をなんとかしようと心を砕いていた。維月はそんなこととは露知らず、あの重い打掛を脱いで簪を抜き、身軽になって少し機嫌良くなっていた。

「本当にあの着物だけは重いこと。動くのが億劫で、皆に自分の所まで来てもらわなければならなかったわ。機能性が最悪よね。」

蒼は、誰のおかげでこんなに大変だと思ってるんだと思いながら、軽口を叩く維月を見た。

「母さん、話があるんだ。」と、落ち着かないように回りを見た。「いくら親子でも、母さんの部屋にオレが居るっておかしく思われないかな。」

維月は手を振った。

「あら、そんな心配はないわ。親子だもの。それで、なに?」

蒼は落ち着きなく言った。

「維心様に聞いたよ。他に方法はないのかって。」

維月は眉を寄せた。

「…あるのでしょう?」

蒼は渋々頷いた。維月はやっぱり、という顔をした。蒼は慌てて言った。

「でも、維心様は最初からどっちでもいいって考えだったらしいよ。これで妃が決まればそれでもいいし、決まらなければそれでもいいって。ただ、ここらでちょっと、将維にお灸を据えておこうと思ったのだって。最近、月の宮へ帰ると必ずと言っていいほど母さんにくっついていただろう?目に余るからだって。」

維月は怒ったような顔をしていたが、それを聞いて見る見る下を向いた。

「…確かにそうね。いくらなんでも、維心様がよく黙っていらっしゃるなとは思っていたから。維心様も私になぜそれを始めに言ってくださらなかったのかしら…それならば、私もこんなに維心様の人間性を疑わなくても済んだのに。」

蒼は小さくため息を付いた。

「母さん、どこまでも将維には甘いじゃないか。だから、言うと思ったんだってさ。それではお灸にならないから、言わなかったらしいよ。」

維月は反論しようとしたが、すぐに口を閉じた。確かにそうだ。将維があんなにしょげているのを見たら、かわいそうになってきっと言ってしまっただろう。維月は考え込むような顔をした。

「…困ったわ…。では、私は維心様に謝らなければならないわね。」

蒼はじっと維月を見た。

「本当にそう思ってる?維心様がおかわいそうなんだよ。なんでか知らないけど母さんをあんなに好きなんじゃないか。怒るにしたって、もうちょっとやり方考えなよ。あんなにしょげてしまって、オレ、何とかしてあげなきゃと本気で思ったんだからな。」

維月はため息を付いた。確かにどうしてなのか、何十年経っても分からないけど、維心様は私を想ってくださっている。やっぱり仲直りしなければ。それから、将維のことを何とかして…思ったより、良い子が居たし、もしも将維が気に入るなら妃に出来たら…。

維月は立ち上がった。

「ありがとう、蒼。じゃあ、維心様のことは何とかして謝って仲直りするから。あなたは妃達の所へ戻ってあげなさい。」

蒼はホッとして言った。

「頼むよ。じゃあね、母さん。」

維月は微笑んで頷いた。本当にこの子は王になっても変わらない…どこまでも面倒見が良くて。

維月はそんな蒼が可愛かった。

蒼がホッとしたように出て行く後ろ姿を見てから、維月は自分の部屋と繋がる、維心の奥の間の戸を見た。今日は、あちらへ行って、維心様と話し合おう。でも、私また意地を張ってしまいそうなんだよなあ…。今日は自分を抑えないと…。

そっと、自分の側の閂を外してその戸を押すと、あちら側の閂は掛かっていなかった。中には、維心の気配がして、そこでもう、寝台に入っているのが分かる。維月は恐る恐る中へ入り、寝台を見た。

維心が、寝台の、不自然なぐらい向こう側に横になってあちら側を向いていた。あれは、維月の寝台と繋がっている方…。維心は前にもこうやって喧嘩をして仲直りした時、寝台のあちら側だと、維月の部屋の寝台とくっついているので、部屋は離れていても気を感じられるのだと言っていた。きっと、ああやって維月が寝台に入るのを待っているのだ。維月は急にかわいそうになって寝台に近付くと、そっと寝台に入った。

維心がびっくりしてこちらを振り返った。他の女が忍んで来たと思ったのだろう。険しい顔をして手は刀を呼び出すように宙に浮いた。しかし、維月を見て、それは止まった。

「維月…。」

維月は、横になったまま下を向いた。

「維心様…長く無理を申して申し訳ございませんでした。蒼に聞きましてございます。将維を叱責されるためでありましたのね。」

維心は頷いた。

「我も訳も申さずすまなかった。」と、恐る恐る維月に手を伸ばし、そっと自分の方へ引き寄せた。「維月…。」

維心は唇を寄せて来た。維月がそれを拒まないと見るや、何度も口づけて、言った。

「維月…我は主の言う通りにする。何でもいう事を聞くゆえ。の?良いであろう…?」

維月はあまりに維心が一生懸命なので、頷いた。

「維心様…そんなことは望んでおりませぬの。ただ、もっとお話しを致しましょうね。私も、知らないと誤解して憤ってしまいまするゆえ…。」

「わかった。主の言うようにする。決して違えぬゆえ…。」

維心は維月に覆いかぶさった。維月はそんな維心を抱き締めて、その夜は共に過ごしたのだった。

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