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藤の宴

当日はとても晴れていた。

蒼は、華鈴と桂を連れ、明人と嘉韻を供に龍の宮へやって来た。藤の宴は夕刻から庭で行われるのだが、蒼は朝から宮へやって来た。

「維心様。ご招待ありがとうございます。」

維心は頷いた。

「よう来た、蒼。」

維心は言った。心持ち緊張したような面持ちなので、どうしたのかと思っていると、どうも維月の機嫌が良くない。蒼はなぜだろうと思ったが、後で聞こうと思って、後ろに控えた華鈴と桂を見て言った。

「我の妃、華鈴はこちらに居たゆえご存知でありましょう。そちらが桂でございます。」

華鈴と桂は、同時に美しく頭を上げた。華鈴は元より鳥の宮の王族として、王の妃になるべく育てられ、仕草や嗜みは申し分ない。しかし桂も、その生まれの身分の低さなど感じさせないほどに美しい動きだった。

「ご無沙汰致しておりまする。」

華鈴が言った。

「初めてお目に掛かります。本日はお招きいただき、ありがとうございまする。」

桂も言った。そのおっとりとした落ち着いた話し方は、間違いなく王族のもの。維心は頷いた。

「二人共、よう来たの。楽しんで参るが良い。」

二人は、深く頭を下げた。

蒼も、満足げに頷いて、維心を見た。

「では、二人は部屋へ。」侍女達が、その言葉と共に進み出て、二人に頭を下げる。「主らは、先に侍女について部屋へ行っておればよい。オレは維心様とお話しがある。」

二人はまた頭を下げると、侍女について出て行った。

蒼は、それを見送って維心を見た。

「では、維心様。お話ししたいと思って参りました。お時間いただけますでしょうか。」

どうやら維心も話したかったらしく、大きく頷いた。

「良い。居間へ行こうぞ。」と、遠慮がちに維月を見た。「主は…?」

維月はスッと横を向いた。

「私は準備がございまするので…。」

維心は頷いた。

「わかった。」

維月は、侍女を引き連れて去って行く。維心はその後ろ姿を見送って、ため息を付いた。蒼は何となく悟って、維心に声を掛けた。

「維心様…母さん、機嫌悪くしているのですね?」

維心は頷いた。

「一週間ほど前からの。夜も我が呼んでも、最近では部屋へ来ぬ。来ても背を向けておるし。どうも最近の騒ぎで機嫌を悪くしておるようであるが、何を聞いても横を向くばかりで…我も途方に暮れておる。」

それでもそれに怒っていると言う風ではない。ただ、維月が自分に構ってくれないので、寂しいといった感じだった。蒼は、維心の居間へと歩きながら、言った。

「オレから母さんに聞いてみましょう。きっと、維心様には理解出来ないところで怒っているのかもしれませんし。だから、言っても分からないと思って言わないのかもしれません。」

維心はホッとしたように蒼を見た。

「すまぬの。維月にあのように冷たく接しられると、我はまるで胸が詰まるようぞ…。」

維心はとても悲しげに視線を落とした。きっと、本当に寂しいのだ。維心様なら、誰でも相手をしてくれるだろうに。どうして母さんじゃなきゃダメなんだろう。

蒼は不思議だったが、黙って頷いたのだった。


宴が始まり、宮にはそれは美しい皇女達が揃った。それぞれがまた美しく装い、花のようであった。

その上座には、維心と維月、それに将維が正装して座っていた。将維も維心にそっくりで、それは凛々しく威厳のある風で、皇女達は期待していなかったのだろう、その姿に見とれている者が多かった。維月もおっとりとした風を装い、ほんのりと微笑んで座っていた。蒼も感心するのは、その着物の豪華さだった。毎回別のものを着せられると維月は言っていたが、あれはどれ程の価値があるものなのだろう。蒼は母よりも、着物に見とれてしまった。

将維は険しい顔で、ただ維月の隣に腰掛け、酒の入った杯を、口も付けないまま手にして座っていた。あの中から、適当に選べば良い。それで、我の責務は果たされる。

将維は自分にそう言い聞かせていた。横に座る維月が、手に入らないのであるから、後は誰でも同じこと。しかし、己の心だけは自由にはさせぬ。

将維は強くそう思っていた。

蒼は、母にさりげなく話し掛けた。

「母さん、少し話さないか。」

維月は顔をしかめた。

「それがね、蒼。この袿が重いから、自由に歩けないのよ。ここで話してくれたらいいわよ?」

蒼は困った。確かにものすごく重そうだ。しかし、維心様の前では、絶対本音を言わないだろうし。

「オレが持ってあげるからさ、行こう。」

蒼は袿の裾を持ち上げた。維月は仕方なく立ち上がると、億劫そうに蒼と共に歩いて、人の少ない所へと行った。

藤は誰もいない奥のほうまでもきれいに咲いている。蒼はそれを見ながら言った。

「母さん…何を怒ってるのさ。」

維月は目を丸くしたが、呆れたように言った。

「まあ蒼、それが聞きたかったの?」と、ため息を付いた。「別に…王族ってなんだろうって思って。格がどうのって、よく分からないの。だいたい維心様は生まれながらに王族だから、私の気持ちなんて分からないし、格下の神のことだって分からないと思うのよ。自分が一番上で、命じて来たでしょう。今回のことだって、確かに私や将維が悪かったと思うけど、妃を迎えなきゃなんて…維心様なら、他にも何か考えてくだされるはず。なのに何も考えてくれなくて。しかも無関心だし。とても意地悪に見えるわ。何でも思うがままのかたには、分からないのかも。」

蒼はため息を付いた。最近はため息を付いてばかりだ。

「なあ母さん…王族に生まれたのは維心様のせいじゃないじゃないか。たまたま王族で、王になって、神の世の理に従って育てられたんだから、価値観や考え方が違うのは当たり前じゃないか。そこは解決して分かってるんだと思ってたよ。」

維月は下を向いた。

「それはそうなのだけど。今度のこと…ご自分のことなら、きっとこんなことにならない方向に考えられたと思うのに、将維のことになると理だから仕方ない、なのよ。普段から面倒なことは皆将維に振るし。もう少し考えてあげて欲しいの…将維は維心様に従うよりない立場なのだもの…。」

蒼は唸った。確かにそれはそうだ。何も考えてないような感じだった…多分、あまりに将維が維月維月なので、体よく厄介払いしようと思っているのかも…。

「…確かになあ。将維も悪いが、今回のことはオレも悪いから。でも雛は、今は桂に教えられてそれはしおらしいよ。自分が恥ずかしいと部屋に籠って出て来ないし。あんなことを吹聴して回るようには、今は全く見えないけどな。維心様にもそれは申し上げたけど、それは分からないと言った感じだったし。…一度オレも、維心様に聞いてみるよ。」

維月は黙っている。蒼はあまり長く王妃が席を外すのもと思い、また重い袿を持ち上げて宴の席へと戻ったのだった。


宴の席では、維心が将維に、少し歩いて話して来るように言っているところだった。将維は気が進まないようだったが、頷いて維心に頭を下げた。

「はい。」

それを見て、維月が急いで言った。

「では、私も。皇女達と話してみとうございます。」

維月は将維にサッと手を差し出した。将維が驚きながらも慌ててその手を取ると、侍女達が急いでやって来て蒼の持つ袿の裾を、代わって持ち上げて維月を取り巻く。維月は帯に挿していた扇を抜いて開き、それで顔半分を隠す。

一気に大所帯になった状態で、二人は皇女達の方へと歩いて行った。

蒼がそれを見送って、維心の傍に座ると、維心はただじっと維月を目で追っていた。その目がせつなそうで、蒼は気の毒になった。本当に想っているのだろう…折々に、蒼は今までそれを感じて来たが、維心の想いが、一体どうしてこれほど深いのか、蒼には分からなかった。

ふと、将維達のほうへ視線を戻すと、将維に手を引かれた維月は、皇女達に頭を下げられて軽く会釈しているところだった。その振る舞いは、普段からは考えられないほどに洗練されて美しく、長年王妃をやって来ただけあって、演じるのはお手の物のようだった。もちろん、あんな姿は滅多に見られない。蒼は珍しげにそれを見た。

「母さんも、慣れたもんだ。」蒼は本気で感心していた。「月になった頃では、考えられない姿ですね。」

維心は、まだ維月を見ている。そしてぽつりと言った。

「…あんなことは、維月の本意ではないのだろう。きっと…ただ、ここでうまくやって行くために装っておるだけで。」

蒼は、また維月のほうを見た。将維と並ぶ維月は、母と言うより妃のようだ。不死の身は若く美しく、老いることがないからだ。皇女達はそんな維月の前に、ただ恐縮して頭を下げるだけだった。維月はたくさんの簪を挿され、頚連や額飾りまで着けられているので、重くて動くのが面倒なようで、その場にじっとしている。しかしその動かない様が、また王妃の威厳を感じさせるようだった。次々に皇女達が挨拶に寄って来て、維月と将維はいちいちそれに応えていた。将維は少し落ち着いて来たようで、母に話し掛ける皇女達が、時に自分に話しを振るのに答えるだけで良いので、表情は柔らかくなって来ていた。蒼はそれを見て思った。多分母さんは、将維のために一緒に行ったのだ。いきなり皇女達の中に放り込まれては、会話にも困るだろうと…。

ある意味過保護ではあるのだが、蒼はそこまで気を回す維月に、また感心した。

「維心様…母さんと話して参りました。」

維心は、蒼のほうを見た。

「それで、なんと申しておったのだ。」

蒼は維心をじっと見つめ返した。神の王の維心様…王族の考え方について行けないとか言えない。なんと言えばいいのだろう。

「…少し、すれ違いを感じておるようでございます。」蒼は言葉を選んだ。「王族のことや、身分など…我々月の宮の者は、王族と言っても皆元は人。しかも一般人でした。なので身分どうのの考え方は分からないのですよ。それは、十六夜もそうです。逐一己の行動を見てられるとか、行動を制限されるとか、実を言うとオレでも耐えられません。そして、好きでもない者と婚姻だとか。そしてそれを当然とされるこの世と、そして己の夫までそうなのだと思った時、何かが違うと思ったようです。」

維心は視線を落とした。

「維月は、我を厭うておるのか。やはり考え方が違うと。」

蒼は慌てて首を振った。

「厭うなどと思わないでください。違います。少し行き違っているだけです。まだ隙間を埋めることは出来ます。ただ、このままではいけないと思う…母さんはとてもはっきりとした性格なので、決めたらすぐに行動に移します。今なら、まだ間に合いますから。」

維心は少し潤んだ目で蒼を見た。蒼はびっくりした。維心様、多分思い詰めてしまう。

「維心様、本当にこれしか方法はないのですか?雛を殺す他に、何か方法はありませんか?」

維心は小さく息を付いた。

「…ある。龍王に出来ないことはない。あんな小さな宮の、しかも庶出の皇女が言う事など、揉み消すなど朝飯前ぞ。だが、最近の、月の宮へ行った時の将維は目に余るゆえ…少し、灸を据えようと思うたまで。これで妃が決まれば良し、決まらねばそれでも良いと思うた。なので興味もなかったのだ。それが、維月の逆鱗に触れ、何も知らぬし、我の話も聞かぬような状況まで溝が深まってしもうた。」

蒼は今日、何度目かのため息を付いた。完全にすれ違ってるじゃないか。

「どうしてそれを最初から母さんに言わなかったのですか。言っていればこんなことにはならなかったのに。」

維心はまた、維月の方を見た。

「言えば、あれは将維に言うたであろう。それでは灸を据えることにはならぬ。しかし此度は、将維も辛いであろうが、我も辛い。維月が我に応えてくれぬなど…笑顔すら見ておらぬ。」

維心は本当に辛そうだ。蒼は仕方なく、仲立ちをすることにした。思えばいつもこうやって、皆の世話ばかりしているなあ…。

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