選別
桂が目に見えて元気がない。蒼は気になって問うた。
「どうしたのだ、桂…疲れておるようよ。何か気に掛かる事でもあるのか。」
桂は無理に微笑んだ。
「まあ蒼様…何でもありませぬ。ご心配をお掛けして申し訳ございませぬ。」
蒼は、ため息を付いた。
「…雛のことではないか?」
桂は驚いた顔をした。そして、蒼は知っているのだと思い、頭を下げた。
「本当に申し訳ございませぬ、蒼様。妹のあのような振舞い、我も大変に恥ずかしく心苦しく思うておりまする。我からもきつく申しまして、ただ今は部屋に籠り、己の行いを改めようとしておるところ。どうかお許しくださいませ。」
桂は深々と頭を下げた。蒼は桂に寄った。
「確かに、あれで今は龍の宮が、大変な事になっておるが、あれはオレの配慮も足らなかったため。」と、蒼は真剣な顔をした。「主、どこまで聞いた。オレには話すのだ。」
桂は袖口で口を押さえた。
「…蒼様…私の口からは申しにくい事をおっしゃいます…。」
そう、王族の女は、絶対にゴシップなど口にしない。己の品格を疑われるからだ。
蒼はため息を付いた。
「…そうか。やはり雛は話したか。」
桂は慌てて言った。
「蒼様、どうかお許しを。雛にはその様な下卑た事を口にしてはならぬと、固く禁じましてございます。真実か否かも分からぬこと、仮に真実であっても胸におさめるのが王族というもの。あれは満足な教育を受けておりませぬ。悪い娘ではないのです。現に我の言い付けを守り、じっと部屋におりまする。我が教えて参りまするゆえに…。」
蒼は、桂の一生懸命な様子に、頷いた。妹を守ろうとしているのだ。姉妹で、なぜにこのように違うのか。
「なぜに主はたしなみをもっておるのに、雛は知らぬ事が多いのだ。オレには分からぬ。」
桂は下を向いた。
「我は母を亡くして乳母達に厳しくしつけられました。雛は…あれの母が側を離さず、育て申した。」
蒼は眉を寄せた。
「…あれの母は、どこの宮の皇女か?」
桂は言いにくそうに口を押さえた。
「それは…皇女ではございませんで…これ以上は我の口からは…。父の恥ともなることですので…。」
父の恥と。つまりは侍女か何かに手を付けて、妃に迎えざるを得なかったということか。
そう、王族には制限が多い。桂は間違いなく王族として育てられ、雛はそうではなかったのだ。
そう思うと、蒼は雛がかわいそうになった。教えられていないなら、あのようになっても仕方がない。
しかし、今回のことは、それでは済まされそうにない…龍の宮まで巻き込んでしまったのだから…。
蒼は深くため息を付いた。様子を見に、一度龍の宮へ行こう。
雛は、姉に教えられた事を反芻するうちに、自分のしたことがとても恥ずかしくなった。あれから、部屋の外へは出ず、訪ねて来る姉に、一から礼儀のこと、作法のことを教わっていた。そして、知識が与えられれば与えられるほど、部屋の外へ出られなくなった。皆に、どう見られていたのか分かったからだ。
将維に申し出た事も、今では恥ずかしくてならなかった。どんな風に思われたことか…。雛は姉の言い付けを守らなかった事を悔いた。何も知らなかった。お母様はそんなことは、何も教えてくださらなかったもの…。
今にして思えば、母は何も知らなかったのだろう。ふらりとお忍びで出て来られた父に、見初められて宮に入ったと聞いた。その時には正妃も居らず、母も妃とはどんなものか知らなかったらしい。
それが、皇女であった慶という美しい女性が正妃として宮に入って、一変した。
王は慶を溺愛し、仲良くしなければと慶とはよく話すようになったのだが、その仕草のひとつひとつが洗練され、紡がれる言葉はたしなみ深く美しく、そして、侍女達が喜んでするような噂話には顔を背けて一切答えなかった。そうして、王の妃とは、かくあるべきなのだとその時知った。母は、とても真似など出来なくて、慶が存命中は比べられることが何よりつらかった。
そして雛は、決してそんな窮屈なことにはならないようにと、自分と同じように育てたのだと、母から聞いた。王になど、嫁がせたくないと…。
雛は、母を恨んだ。なぜに王族を知る乳母を付けてくださらなかったのか。我は…我は皇女であるのに。
雛は、ただただ自分が恥ずかしくて、皆に隠れて一人泣いていた。
龍の宮では、洪が読み上げる皇女達の経歴などを、維心と維月、それに将維は王の居間で聞いていた。子の中から、何人かを選んで宮へ呼ばねばならない。まずは、維月が育てさせている藤がとても美しく咲いたので、藤の宴を催すことになっていた。これから、数回に分けて宮へ呼ぶのだ。
将維は、じっと黙って聞いている。維心もあまり興味も無さげであったし、維月はそんな二人を気遣わしげに見ながら、ひとりひとりを頭に入れなくてはと真剣に聞いていた。洪は言った。
「…とりあえず、藤の宴にお呼びする候補はこの20名でございまする。」洪は巻物から顔を上げた。「どなたかお目に留まるかたはいらっしゃいましたでしょうか。」
維月は維心を見た。維心はどうでもいいように手を振った。
「我が迎えるのではない。将維、どうなのだ。主が決めれば良い。」
維月は袖で口元を押さえて将維を見た。将維は、下を向いた。
「…我も、よく分かりませぬ。母上が良いと思われるかたはいらっしゃいましたでしょうか。」
維月は首を傾げた。はっきり言って、神の世の基準がよく分からない。
「洪、私にはどう選ぶべきなのかよく分からないの。妃としてどういうことが重要であるのか、教えてくれないかしら。」
洪は、よくお聞きくださいましたとばかりに顔を上げた。
「はい、王妃様。やはりこの宮は神世最大の宮であり、礼儀に厳しい宮でありまするので、しっかりとそう言ったことを身に付けれられたかたが理想でございまする。嗜み深いかたであれば、宮の格も上がろうというもの。それに、あちらの宮の格も、高い方がよろしいですね。こちらは一番に格の高い宮でありまするので…あまり低い宮からでありますると、正妃になさる時に支障が出て参ります。」
維月は眉を寄せた。
「…難しいこと。私など、論外であったはずなのに…よくここへ入って、正妃になどなったもの。」
それを聞いた洪が、慌てて言った。
「そのような!王妃様は何よりこちらにおわすだけでよろしいのでございます。王のご寵愛が深くていらっしゃり、何人ものお子を生み参らせ、そして今やこちらと並ぶ宮である月の宮が里でいらっしゃる上、月でいらっしゃる。これ以上のことはありませぬ。どうぞお心安くいらっしゃいますよう。」
維月は苦笑した。
「洪ったら…あなたにどれほど苦労を掛けたのか、私は今ではわかっておるつもりよ。ありがとう。」
洪は、突然に王妃に礼を言われ、驚いて真っ赤になって頭を下げた。
「そのようなもったいない!我は当然のことをしておるだけでございまする。」
維心が横で小さく笑っている。将維は困ったようにただ黙っていた。維月はそうだった、と話しを戻した。
「そう、皇女であったわね。では、私にはよく分からないので、洪、格の高いほうから数人選んでくれないかしら。維心様も将維も、見た訳でもないし、分からないのだと思うわ。あなたに任せます。ただ、将維の気に耐えうる皇女であるかどうか、きちんと調べてね。」
洪は頭を下げた。
「ははー!」
そして出て行った。維心は維月に言った。
「主も王妃らしゅうなった。我も鼻が高いわ。」
維月は維心を見た。
「維心様…ご自分が妃を迎えるようにとおっしゃった癖に、全くご興味もないような風でいらして。どんな皇女であるのか、王のほうをご存知でいらしたらお分かりになるでしょうに。将維に決めさせるのは、酷というものですわ。」
少し怒っている。維心は焦って言った。
「我は本当に女というものに興味がないし、それに我が妃を迎える訳では無いのだ。しかし、次からはきちんと主に説明するゆえ。怒るでない。」
維月は袖で顔を隠して横を向いた。そもそも、こんな形で妃を決めること自体が嫌なのに。ご自分だって、どれだけの縁を断り続けていらしたことか。そう考えると、他に方法を考えてくれない維心が、とても意地悪な気がして嫌だった。維心は、維月が機嫌を悪くしたので、困って言った。
「…とにかく将維、藤の宴にはよく皇女達を見るようにな。蒼も藤の宴には妃達を連れて参ると言っておるし、あれにも心配を掛けておるのだ。」
将維は頭を下げた。
「はい。それでは、御前失礼致します。」
維心は頷いた。将維は、サッとその場を出て行った。維月はそれを見送ると、スッと立ち上がって庭を向いた。
「…私は庭を散策して参りまする。考えたいことがございます。」
維心も慌てて立ち上がった。
「我も参る。」
維月は首を振った。
「一人で考えさせてくださいませ。」
維心は維月の肩を抱いた。
「そのようなことを申すな。維月…機嫌を直せ。我が悪かったゆえ。」
維月は目を合わせない。維心に背を向けると、言った。
「…何事もわきまえぬ女でございまするので。王の前では恥ずかしい限りですわ。」
維月はスッと歩いて庭へと出て行く。維心は慌ててそれを追い掛けた。
「違う、主は良いと申したではないか。維月、何をそんなに怒るのだ。維月!」
維月は追って来る維心を少し煩わしく感じた。一人になりたいと言ったのに。維心様は王族として生まれて長く王をしていらっしゃるから、一般人の気持ちなんて分からないわね。
維月はずっと、維心から顔を逸らしたままだった。
維心は困って、ひたすら維月を追い続けたのだった。




