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来訪

維心が、月の宮へ到着した。数人の軍神と共に宮へ降り立った維心を、蒼と十六夜、維月、将維、そして月の宮から龍の宮へ戻る軍神達が、龍の青い甲冑を付けて出迎えていた。

「維心様。」

蒼が進み出て、軽く頭を下げる。維心は会釈した。

「蒼。世話を掛ける。」そして、膝を付く軍神達を見た。「主らも、まずはよう戻ったと申しておく。すぐに連れ帰りたいが、我はここで用があるのでな。もしかしたら時が掛かるやもしれぬ。義心がわきまえておるゆえ、連れ参った。主らは義心の指示に従うがよい。」

軍神達は一斉に頭を下げた。

「は!」

そして、義心に従ってコロシアムのほうへ行く。蒼はそれを見送りながら、維心の用とは何だろうとドキドキした。頼むからややこしいことでありませんように。

維心がこちらを向いた。しかし、目は真っ直ぐに維月を見ていた。

「維月、話がある。」

やっぱり、と蒼が思っていると、維心は維月の手を取って引っ張って行った。少し性急な感じがするので、何事かと思っていると、十六夜が同じように思ったようで、慌てて維月の反対側の手を取った。

「おい、待て。何を急いでやがる?まさかここのところ我慢してたから我慢の限界だからとか言わないだろうな。」

維心はちらりと振り返った。

「それもあるが、今日は家庭の事情というものだ。まずは維月と話す必要がある。それから主らには話すゆえ、しばし待て。」

それもあるんだ、と蒼が思っていると、十六夜は渋々維月の手を離した。

「わかった。余計な事はするなよ、一時間以内に出て来なければ押し掛ける。」

維心は眉を寄せた。

「なんだ、性急な。ゆっくり出来ぬ。」

十六夜は怒ったように言った。

「あのな、話すだけでいいだろう。他のこともしようと思うからそう思うんだよ。話しが終わったらすぐ呼びな。他は夜まで我慢しろ。」

維心はフンと踵を返して、維月の手を引いて歩き出した。

「とにかく待て。」

維月は不安げに皆を振り返りながら、維心に連れられて維心の対へと歩いて行った。


一時間経って、十六夜に引っ張られて蒼と将維が維心の対へ本当に推し掛けると、維心は維月の肩を抱いて、椅子に座って話していた。蒼はホッとしたが、十六夜が眉を寄せた。

「…維月の髪が解けてる。先にやりやがったな、維心。家庭の事情とどっちが大事なんでぇ。」

維心はしらっと横を向いた。

「どちらも家庭の事情ぞ。今、話もひと段落した所だ。主らにも話そうぞ。」

蒼はふて腐れている十六夜をなだめて、椅子に座った。将維も緊張気味に横に座る。身に覚えがあるだけに、父には後ろめたいようだ。それに、心なしか維月の目が気遣わしげに将維を見ているようだった。

皆が座ったのを見ると、維心は言った。

「将維に縁談が来ておっての。それも一つや二つではない。実に56もの宮から次々にぞ…蒼が桂を妃にしたので、その影響で確かに増えてはおったが、この数日で異常ぞ。何でも、ここで桂の妹と、主は庭を歩いたそうだの。」

将維は、離れた宮に居た父が、僅か数日でそれを知っているのに驚きながらも頷いた。

「はい。蒼の茶会でこれも付き合いかと思い、そのように。」

維心はため息を付いた。

「我も迂闊であったわ。主にそこまでは教えておらなんだ。何しろ主なら言わずともそんなことはせぬと思うておったゆえ。将維、あれはの、格の違う宮の皇女。主は龍の宮の第一皇子。身分が違い過ぎるのだ。にも関わらず、主がそのようにしたとあっては、皆が色めき立つのも道理。我らはの、妃に迎える訳はない者に、簡単に声を掛けてはならぬのだ。共に歩いただけで、興味を持ったと見なされる。ゆえに一斉に、我も我もとなったのだ。あのように格下でも良いのだとの。」

蒼はそれを聞いて絶句した。あれが、それほどに影響力を持つなんて!

将維は下を向いた。

「…我の非でありまする。」

維心は頷きながら、維月を見た。

「事の経緯は維月から聞いた。蒼も悪いの、そのように将維を焚き付けよって。こやつは我に似ておるとは言ってもまだ若い。このような判断には甘いのだ。いずれ王位に就く皇子であるのだから、軽々しく女と同席させてくれるな。」

蒼は本当に悪かったと思って、頭を下げた。

「申し訳ございません。そのようなことになるとは…思いもしませず。」

維心は、またため息を付いた。

「とにかく、我にまでとばっちりが来ておる状態であってな。我は皆にべもなく断っておるが、将維はここでそのような事をしたと神世は大騒ぎであるのよ。知らぬのは、恐らく主らだけであろう。宮では洪も右往左往しておるし、大変なことになっておる。して、その皇女を迎えるつもりはないの?」

将維はすぐに頷いた。

「ございません。」

十六夜が言った。

「こいつは昨日、その皇女に妃にして欲しいと頼まれて、断ってるんでぇ。」

維心は目を見開いた。

「なんと申した?女から?」

将維は仕方なく頷いた。

「はい。昨夜、そのように。しかし、我ははっきりと断りましてございます。」

維心は呆れたように椅子の背に身を預けた。

「ほんにまあ…泰はどのような教育をしておるのだ。皇女であるのに…嗜みのない。まさか主の妃もそのようではないであろうの。」

蒼は話を振られて、首を振った。

「桂は腹違いの姉。全く雰囲気は違っており、宮でも皆が感心するほど礼儀正しく気品高い女でございます。」

維心はまた頷いた。

「であればよい。己の宮の格を下げることになる。それでなくとも身分違いで娶っておると言うのに…」と、維月を見た。「維月を見よ。人であったというのに、公の場では教えた通りに振舞って、我の正妃として皆に認めさせておるのだぞ。普段はどうであろうとも、それは我の勝手であるから良いが、外へ出てそれではの…格云々よりも、将維の妃に迎えるなど間違っても出来ぬわ。我が許しても、臣下が認めぬからの。」

十六夜は、蒼を見た。あのことを言うべきか問うような目だ。蒼は、もうこの際だからまとめて維心様に聞いたほうが、傷も浅くて済むのではと思って頷いた。庭を歩いたぐらいで数日で広まるのだから、あんなことは雛が誰か一人に漏らせば瞬く間に広まるに決まっている。十六夜は、維心に向き合った。

「維心、言わなきゃならねぇことがある。」

維心は十六夜を見て顔をしかめた。

「なんだ、まだ何かあるのか。」

うんざりしているようだ。将維が何を言うのか悟って身を固くした。十六夜は言った。

「昨日、維月が一人で庭を歩いている時に、将維がそれを見つけてな。そこへ行こうとしていた時に雛に呼び止められたんだが…」維心は状況を悟って眉を寄せた。十六夜は続けた。「で、断って追い返したつもりが、つけられてて、維月と逢ってる所を見られたんだ。」

維心は顎を逸らして伏し目がちに将維を見た。将維は下を向いて頭を垂れている。維心はしばらく黙った後、深くため息を付いた。

「そんな女であるなら、軽く吹聴して回るのではないのか。ほんに困ったものよ…次々と問題を作りおってからに。これを消そうと思うたら、他に妃を迎えるよりないの。幸い縁談は山ほど宮へ来ておるわ。主、誰なり選ぶが良い。二、三人選んでおけば、一人ぐらいは気に入るやも知れぬわ。」

維心がこんな風に言う時は怒っている。維月が維心に控えめに言った。

「維心様…それでは将維があまりにも…、」

維心は同じように維月を見た。

「そうやって主が甘やかすからこうなったのだぞ?主もそうであるが、将維も己の地位を分かっておらぬのだ。ちょっと女と散策しただけで、それが神世を駆け巡る。これでわかったであろう?」

維月は言葉を続けられずに、下を向いた。しらないことが多過ぎた…どうしたらいいのだろう。

十六夜が見かねて口をはさんだ。

「オレも甘かったと思っているが、維心、なんとか出来ねぇのか。それじゃあ将維が可愛そうだろうが。」

維心は額に手をやりながら、ちらと十六夜の方を見た。

「では、その皇女を誰かに漏らす前に消すしかないの。我はそれでも良いぞ?だが、主らがそれを阻むのであろう。」

十六夜は渋い顔をした。やっぱりそれか。何でもかんでも殺して終いなんだからな、神の世は。

「なあ、記憶を消すってのはどうだ?」十六夜は思い付きで言った。「お前がよくやるじゃねぇか、記憶を玉にして抜き取っちまうの。あれでぱぱっとよ。」

維心は意外にも、身を乗り出した。

「おお、主はいいことを言うの。だが、そんなに細かく限定は出来ぬ。ここ数日の記憶が一度に抜け落ちることになるが、それでも良いのか。」

それには蒼が答えた。

「この際それでもと言いたい所ですが、そううまく行くのかどうか…たまに記憶障害とか起こるのでしょう。前にそう言っておられたのを覚えております。」

維心は、なんだ、と言う顔をした。

「覚えておったか。そうなのだ。記憶を操作することで死ぬこともあるの。我の力は強いゆえ、この力に触れただけで死する者までおるからの。」

十六夜は怒ったように言った。

「なんだよ、結局お前、殺しちまうつもりだったってことかよ。」

「主らが将維を庇うからよ。」維心は横を向いた。「そうそうあちらもこちらも良いようにはならぬわ。」

将維は、頭を下げた。

「申し訳ございませぬ。我の責でありまする。父上のおっしゃるように。」

維心は、そんな将維を見てしばらく黙ったが、頷いた。

「では、我と共に戻ろうぞ。維月、主もな。妃の選別をせねばならぬ。口約束などはせぬゆえ、まずは宮の催しに呼ぶという形で顔見世をするのだが、それを誰にするのか決めるのだ。将維の妃には主がいろいろと教えることもあろう。なので、主も選ばねばならぬ。そこから将維が選ぶと言う形になるのだ。」

維月は黙って頷いた。そして、維心が立ち上がったのと共に、立ち上がった。

将維も、黙ってそれに従っている。蒼は、何も考えずにあんなことを頼んだ自分を恨んだ。将維がこんなことになるなんて…。

十六夜がそれを見て、蒼の肩に手を置いた。

「不憫だが、仕方がねぇな。神世のことは、何より維心が一番知ってる。見守るしかねぇよ。」

蒼は、頷きながら、去って行く三人を見送った。

そして何より、神世は怖いと思った。


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