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その5

 海が静かに揺れる夜、音もなく深海から浮かび上がった孤島にて、2つの勢力がぶつかりあおうとしていた……一方は魚の顔の人間とでもいうべき魚人の集団……もう一方は沈黙のサイレント十時軍じゅうじぐんと大陸で畏れられている軍団だ

 およそ百人にも満たないであろう集団の先頭に立つ女は魚人の群れを気付かれないギリギリの場所から様子を窺っていた…………そして、大半の魚人に気づかれるまでに攻撃を開始出来ると悟った瞬間、それまで沈黙を保っていた集団は一斉に魚人の集団へと攻め入った……

 同時に他の集団も一斉に攻撃され、魚人の軍は壊滅とまではいかないものの、開戦直後にも関わらず、かなりの痛手を負うことになった。無論まだ十時軍……というより十時軍と共同戦線を行っているレンカ王とその側近の作戦は始まったばかりなのだが


「…………広いですね」

「ああ、広いな……」

 隠密に上陸した僕らは、海底神殿ルルイエ……とその周囲の、あまりの広大さに呆気にとられていた……サーシャさんは歩いているけど……って置いて行かれた!?

「ちょっと待ってくださいサーシャさん! なんで僕置いて行かれそうになったんですか!?」

「作戦前……いや、小舟で上陸する前にも遅かったら置いていくと言ったからな」

「だからって本当に置いていくことはありませんよね!」

「静かにしろレンカ、敵に見つかったらどうする……いくらお前もギリギリ戦えるとしても、必要以上に体力を消耗したくはない」

「はい……分かりました……」

 いつもに増して(萌衣風に言うと)ツン増し増しだ。


「ヒャッハー!」

『汚物は』

『「消毒だァー!」』


 ……見なかったことにしよう。向こうで魔導書と一緒にリアルファイアボールで敵を焼き魚にしようとヒャッハーしている妹なんていなかった。いないんだ。

「陽動はあいつ1人で十分だったのかもしれないな」

「それは言わないでください……言わないでください。」

 あそこまで悪乗りしている妹を僕の妹だとあまり認めたくないのだ。世紀末なモヒカンじゃあるまいし……


「智恵! 大丈夫か! 智恵ぇぇぇぇ!」

「大丈夫、兄さんの存在による心の傷に比べたらかすり傷にも満たないから……」

「智恵ぇぇぇぇ!?」


「あっちのシスコンも相変わらず……見なかったことにしましょう…………また置いてかれた!」

「急ぐぞレンカ、なにか嫌な予感がする……」

「あ、はい、分かりました……」

 サーシャさんの嫌な予感が当たらない事を祈るしかなさそうだ……暗くてよく分からないけど、この神殿を見たことがある気がするし……


 神殿の内部はかなり入り組んだ地形になっていて、まるで迷路のようだった……まあ、地形がどうこう言う前に……

「…………やっぱり見覚えがある場所だ」

「見覚えがあるだと? どういうことだ?」

「あ、いえ、どこかで見たことがあるような気がして……」

 おそらくそう昔の話ではない。……そう昔では……

「……もしかして夢の?」

「夢……? ああ、悪夢で見た地形か?」

「はい……そんな感じが……」

 頭の中で何かが繋がりそうだ……少し昔の記憶と今の記憶……そして海底神殿ルルイエという名前に緑色の触手……何かが引っかかる……多分近いようで遠い昔の記憶……多分萌衣関係の…………


『いあ! いあ! 《     》! 《     》ふだぐん!』


 ……あと少しが思い出せない…………記憶の奥深くにしまった、1、2年前の記憶が……

「どうしたレンカ」

「…………何か引っかかるんですけど……分からないんです……」

「…………何かが引っかかるがそれが何か分からない、か……そういう事はいずれ分かってくるものだ、いずれな……」

「とあるよかれの『いずれ分かるさ、いずれな』みたいに言わないでくださいよ、なんだか心配になってくるじゃないですか……」

「心配するな、お前が間違った道に進まない限り、お前と敵対する事はない」

「……一応安心しました」

 流石に鬼強なサーシャさんと敵対するような事にはなりたくない。3秒でノックアウトされかねない。

「っ……!」

「どうしたんですかサーシャさ……っ」

 サーシャさんが急に立ち止まったので、何が起こったのかを聞こうとしたところ、無言で壁に押さえつけられた。無言で……(無言の壁ハメ)

「静かにしろ……あいつらに気づかれる」

 サーシャさんが手を離したので、こっそり向こうをのぞいてみたところ、2人の魚人が何か話しているようだった。

『…………ナイラ……』

『……ナル…………』

『……レンカゴグ……』

 何を話しているかはさっぱり分からないのだが、チラッとギリギリ分かる単語がわずかながらあった気がする……ほんとに少しだが

 そうこうしているうちに、2人は話し終えたのか、こちらに向かって歩き出した……こちらに向かって

「っ……! こっちに来たか……隠れるぞ……!」

「でもどこに……?」

「そこの小部屋に隠れろ……!」

「……あれ? さっきまでそこに部屋なんて」

「つべこべ言うなレンカ……たとえあの部屋が罠だろうと見つかるよりはマシだ」

「あ、はい……」

 ほぼ滑り込む形で僕らはあいつらのいた方向とは反対側の小部屋へと入った……入った瞬間、ガタンという音を聞くと同時にやっぱり罠だったと悟ったのだが

「…………閉じこめられた」

「やはり罠か……」

「……どうすればいいんですか、サーシャさん……このままじゃ」


『このままも何も、君達はここで終わりだよ……レンカ王、そしてそのオマケ』


 部屋の奥で隠れていたのか、密室の中に誰かの声が響き渡る……いや、誰かじゃない……聞き覚えのある声だ……

「誰だ……!」

『ボクが誰かって? ……そこのレンカ王に聞いた方が早いんじゃないかな? だってボク……|レンカ王にプレゼントをしてあげたからね(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)』

「プレゼント…………もしかして」

 僕の考えている事が分かったのか……心を読まなくても、僕を偶に支えてきたあのひと・・・・なら間違いなく分かっているはずだ。僕の想像している最悪の状況が……

『やっと気づいてくれたみたいだね……ボクはナルラ、ナイラトの一つの顔にしてレンカ王を導いた女神、そして……この世界を滅ぼす最凶の支配者、ナルラトホテップだよ』

 あいつナルラは僕の知っている顔で、僕とサーシャさんに対してそう、宣戦布告した。

「ひょっとして最初から……最初の事故も」

『心配しなくても、たまたま少しだけ離れた街に来て、たまたま君がボクを庇ったから気まぐれで君にゲームを仕掛けたつもりだよ……ちなみに、ゲームの報酬は君の命……つまりボクが勝てば君が死ぬゲームだよ……』

遊戯ゲーム……だと……?」

『そう、多少イレギュラーはあったけど、もう全てはボクの思い通りだよ……たとえば、レンカ王、君の妹がこっちの世界に来ちゃった事とかね……存在自体がインチキ、まるでサファイアや終焉の使者……まあ、今この場にいなきゃ関係ないか……』

 萌衣の存在はイレギュラー? ……萌衣はじゃあどうやって……?

『最後になるけど、ゲームの勝利条件を教えてあげようかな……ゲームが終わる条件は、《勇者の持つ聖剣によってボクが刺されること》……簡単だよね? ああ、ちなみに、勇者っていうのは例えば君みたいな『この世界に来た他の世界の人間』の事だから……まあ、補足するまでもなく、君以外の勇者は多分みんなボクに負けちゃった……いや、まだ1人残ってるんだっけ? ……まあいいや、本当は魔王らしく魔界の奥で引きこもっていようかと思ってたんだけど、ちょっと気がかわってね…………雑談はもう終わりにしようかな……レンカ王、君の相棒が待ちきれなくなっちゃってるみたいだからね……』

「黙れ、レンカの心を弄んでおきながら今さら全ては遊戯だったと? ……混沌のナルラトホテップ、懺悔の用意は済ませたか?」

『懺悔? ボクが? それはこっちのセリフじゃないかな? だってボクには切り札が……いや、レンカ王、君のポケットの中にはボクからの大切なプレゼント、トラペソヘドロンが』

「入ってないよ」

『…………え?』

 僕の発言に呆気にとられるニャルラトホテップ……だっけ? 細かい表記のズレは放置して、種明かし……じゃない、説明フェイズに移る。

「今は城の中にあるよ。選別した君のプレゼントと一緒に」

『じゃ……じゃあ君の持ち物にボクとの絆の証、5個のチートアイテムは』

「一つも入ってないよ? 鍵が3つに回復薬とト……トロペソヘドロンだっけ?」

 ……状況が理解しきれないのか、処理落ちした旧式のパソコンのように動きを止めたかと思うと……

『…………どうしようかな……やっぱりタイマン張るしか……でも信用ならないのはあっちのオマケ…………よし、ボクは逃げも隠れもしない! 正々堂々と勝負!』

 色々とおかしい気もするけど、開き直って僕ら・・と戦うつもりのようだ。タイマンはやらないが

「よし、いくぞレンカ」

「あっ、はい」

 どうやらサーシャさんの方もやる気満々のようだ。2対1で

「いくぞニャルラトホテプ」

「これが最終決戦です……」

『あ、いや、その……2対1は卑怯じゃないかな?』

 某極北スレ民のキ(略)ゲースレに対する異次元発言並みのブーメラン発言だっだ。とりあえずアンタが言うな。さっきまで僕に精神ダメージを負わせようとしてたニャルラトホテプが言えた義理では決してない。

「いくぞニャルラトホテプ……全てこれで終わりだ」

「……全て?」

『…………待って! ボクの心の準備が』

「問答無用だ! 斬る!」

『ま……待って、レンカ王……男なら正々堂々と不意打ち無しで戦ったらどうかな? ボクも正々堂々戦うからね』

「……正々堂々って……なんでしたっけ?」


 仕切り直して……|僕対ニャルラトホテプ(最終決戦)……僕とニャルラトホテプは互いに向き合い、相手の動きを伺う……まるで戦う前の忍同時のように……もしくは、決闘直前に対峙する剣士のように。

「まて……開始の前にレンカに渡したい物がある。受け取れレンカ」

 そう言ってサーシャさんは後ろに担いでいた剣を僕に手渡した。

 サーシャさんの剣は比較的軽かった……少し鞘から抜いて刀身を見ると、素人目でも分かるほどに鋭く、美しく……そして、得体の知れない恐ろしさがわずかながら感じられる、妖しい剣だった……

「それも……いや、それが私の聖剣だ……一応言っておくが、二刀流など試すなよ? 素人がやろうとすれば間違いなく一刀の状況より弱くなるからな」

「ありがとうございます、サーシャさん……大切に使わせてもらいます」

「ああ……大切に・・・使え、レンカ……それサムライわたしの魂そのものだからな……」

 サーシャさんの魂そのものなのだ……最後の切り札として大切に使わせてもらおう。大切に……

「ふーん……師弟、上司と部下? の別れの挨拶は済んだのかな?」

「ニャルラトホテプ……お前の方こそ、この世とのお別れの準備は済んでいるのか?」

「……たまに見ていて興味を持ったけど、所詮はキミも愚かな人の子だよ……なんでキミも聖剣を持っていたのかは知らないけど、2本とも……レンカ王もろとも折っちゃおうかな……? ボクの遊びももう終わりみたいだし」

「遊び……? いったい何を言ってるんですか?」

「……いや、ボクの個人的な話だよ…………とりあえず、いくよレンカ王……物語の魔王は勇者に狩られる運命だけどボクは魔王じゃない、最凶の支配者だよ……そう易々とボクに勝てるとは思わないことだね……フフフ」

 ……慢心は明らかな負けフラグだっていうのに……まあ、相手がフラグを立てるのならそれはそれで……

「レンカ、伝えるのを忘れていたのだが、ウルスからの伝言」

「終わってから聞きます」(即答)

 危なかった……この戦いが終わったら云々の一番メジャーなタイプの死亡フラグを立てるところだった……

 現実では死亡フラグなんてないかという気もするけどね……Vやねん……虎……っ! ……頭が……

「双方……構えっ!」

 サーシャさんの合図でニャルラトホテプと僕はそれぞれ細剣とサーシャさんの聖剣を構え、真剣に相手の動きを伺う……達人になれば相手の動きを予測できるらしいのだが(事実、サーシャさんはほとんどその領域に達しているらしい)、僕はサーシャさんに鍛えてもらっていたとはいえ、ほとんど素人も同然である。にもかかわらず相手を見続けているのは、動き……もしくは攻撃……にいち早く反応するためである。実際、構えの姿勢と勘からニャルラトホテプがまずどう動くのかがわずかにだが予測できた。

「始めっ!」

 サーシャさんの合図と同時にニャルラトホテプは前に、僕は後ろへと動いた……

 ニャルラトホテプは僕の予想通り、早期決着のため、細剣で心臓を突くために……いや、避けられることを前提に、強引に追撃をかけて左腕を狙ってきた……

 ……避けきれそうになない、か……避けきれないのなら、と僕は右手だけでニャルラトホテプへと剣を振るう

 ……が、その攻撃は強引に剣を戻したニャルラトホテプに細剣で受け止められてしまった。

「そんな不意打ちみたいな手が這いよる混沌ボクに通用するわけないじゃん!」

 そう言ってニャルラトホテプは間合いを取るためわずかに後ろへと飛び、すぐさま取った間合いを詰めて僕に切りかかってきた。

「レンカ!」

 サーシャさんが僕の危機を感じて叫ぶ……ニャルラトホテプの構え方からおそらく狙いは心臓よりも下、足よりも上……多分下腹部辺り

 ギリギリの所を、聖剣で止めた……正しく言うならば、突きを横に逸らした。

「今までで一番弱いと、ザガーン様並みかと思っていたけどとんでもないよ、キミは…………ねえ、与太話程度に聞くけど、その剣術、どこで誰に習ったの?」

「…………」

「無言かい? 人は修行しても無貌の神にはかなわないっていうのにね……」

「………………」

「まあいいや、キミは強いみたいだし、久々に本気を出す口実も出来ちゃったよ……ああ、ついでに、そっちにいるキミの相方の過去も聞かないとね……」

「ねえ」

「……なに?」

決闘デュエルしろよ」

 ニャルラトホテプが気を抜いた隙を見計らい、膠着状態に陥っていた決闘を終わらせるために、強引に細剣を払いのけ、切りかかる……

 が、わずかの差でニャルラトホテプには避けられてしまったようだ……だが、あと少しでニャルラトホテプに勝てたという事は事実、ギリギリ勝てるかも知れない……そういう希望が湧いた瞬間だった。

「ボクが負けそうになるなんて……やっぱりキミは面白い人だね……なら見せちゃおうかな? もっと面白いモノをね! …………ふぅぅぅぅ……『ナルラト・フォース』!」

 そう言ってニャルラトホテプは第2形態に……黒髪赤目の、だいたい中学生くらいの少女の姿に変身した……

 ところで、目が前髪で少し隠れている美少女というあからさまな文学少女な容姿なのはどこかの層を狙っているのだろうか?

「……本物? 誰それ、ボク」

「行きますよ、ニャルラトホテプ……」

「……最後まで言わせてくれないかな?」

 本気モードが女神から少女というのも意味が分からない話だが、そんな事は無視し、ニャルラトホテプに向かって切りかかる……が、当たり前のように、ニャルラトホテプの目の前で止められてしまった。

「甘いんだよ、キミは……ボクに勝ちたかったら死ぬ気でやらないと」

「これでも全力なんですけど……ねっ!」

 またしても避けられてしまった……流石に2ヶ月弱鍛えてもらっただけでは技術も力量も足りないようだ……でも、僕は勝つしかない。僕自身の命がかかっているのだ。そのためにはどうやってでも……

「自力じゃ勝てそうにないキミの為にウサギボクがハンディキャップをつけてあげるよ……キミがボクに一撃でも加えたら勝ち……もちろん聖剣じゃなくてもいいよ、キミの攻撃ならね……あと、キミの負ける条件はキミが死んだ時……ま、当たり前か……死んでなきゃ、たとえ腹に細剣が刺さっていても、ボクに攻撃が当たった瞬間キミの勝ちっていう事で」

「……どうして」

 どうして次々と僕に有利な条件を突きつけてくるのか? そう問おうとしたのだが

「騙されるなレンカ! そいつはお前を騙していたナルラだ! どうせ騙し討ちをする手立てに決まっている!」

「疑わないのもよくないけど、疑いすぎるのも考えようだね……一応言っておくけど、ボク自身何の考えもなく、ただの気まぐれで出した条件なんだよ? ……さあレンカ王、どうする? ボクの提案を受け入れる?」

「……分かりました、その条件で戦いましょう……」

「懸命な判断だね……やっぱりキミはあの人に近いよ……周りに流されず、自分の目的を最優先させる姿勢……ま、キミには関係ないか」

「……あの人?」

「君には関係のない話だよ。ま、キミが勝ったら教えてあげないこともないけど……さて、仕切り直しといこうじゃないか、レンカ王…………いざ!」


「……っ!」

 もはや何十度目かも分からない、心臓への一撃をギリギリのところで避ける……流石は本気を出した邪神というべきか、正直攻撃を避け、逸らすので精一杯だった……

「チェッ……また……!いつまでこんな腑抜けた勝負を続けるつもりかな? ……君がそんな戦い方だから、気が変わったよ……君は全力を出しただけじゃ終わらない。奥の手まで使い切って狩ってあげるよ……左手には悪」

 その言葉と同時に、ニャルラトホテプの左手が黒い何かに覆われた……

「……右手には善を……!」

 そして今度は右手が白い光に包まれた……そして、まるでふたつの光と闇に浸食されるかのように、ニャルラトホテプの体が包まれた……そして混沌とした光の人型の中部から、ニャルラトホテプの声がした。

「ボクは善にして悪なる……そして究極にして超絶なる神……!」

「姑息なマネを……! 見かけに騙されるなレンカ! おそらくそいつは」

「ボクが……どうしたって?」

 サーシャさんの声に気を取られている内に、ニャルラトホテプは自身を包んでいた光を取り払っていた……このニャルラトホテプ、どこかが違う……どこかが……

「ッフフフ、これでも分からないかなぁ? さあ、ボクの目をみてごらん!」

 僕の視線に気付いたのか、ニャルラトホテプは自身の目にわずかにかかっていた前髪を掻き分けた。

 そして、言われるがままにニャルラトホテプの瞳を見れば、先ほどまでは普通に黒かった瞳は碧と朱に染まっていた……そして、前髪によって隠れていたがために見えなかったが、額には白と黒の入り混じった、禍々しい色合いの宝石が埋め込まれて……いや、刺さっていた

「あ……?」

「さあ、ショータイムだよ」

 その声と共にニャルラトホテプは一気に僕との距離を詰め、切りかかってきた……


 ニャルラトホテプが本気を出してからの戦いはほぼ一方的なものだった……辛うじて致命傷は負ってないものの、正直限界だ……隙を見て攻撃はしかけているものの、ことごとく弾かれるか逸らされている……

「っ!! ……ハァ」

「どうしたのかな……? ボクはまだ8割といったところだよ? ……まあ、この程度で倒れたら、君はその程度だったってことだよ…………っはぁっ!」

「っ!?」

 トドメをさすつもりなのか、ニャルラトホテプは急にラッシュを仕掛けてきた……

 サーシャさんに鍛えてもらったからなのか、ギリギリ……防戦一方とはいえ、ギリギリ心臓を突かれる事はなかった……なかったのだが、あくまでもそれは致命傷がなかったというだけ……全身傷だらけだった……もう僕はボロボロだった……

「っ! レンカ! 横に避け……っ!」

 サーシャさんの忠告は一歩遅かった……背中に伝わる冷たい石の壁の感覚から僕は自分の負けを悟っていた……

「……チェック……メイトだよ、レンカ王」

 ニャルラトホテプはゆっくりとわずかに残っていた僕との距離をつめ……

「っ!!!?」

 右手に残った聖剣を腕への突きで僕の手から落とし、安全を確保してから僕の腹部へと剣を刺した……


「レンカ……!」

 ただただ呆然とするしかなかった……わたしの……いや、側近として王が刺し殺されようとしているのを目の当たりにして、わたしに何が出来るのだろう……

 ……武力介入? いや、勇者である前に武人として、決闘に水を差すような真似はしたくない。そもそも、ニャルラトホテプはレンカを騙して・・・・・・・わたしが斬っても勝てなくした……つまり、敵討ちすら出来ない……わたしにはただただ見つめることしか……

 と、その時、ニャルラトホテプに刺されてから死んだかのように動かなかったレンカが動いた……


 痛い……まるで腹の辺りに巨大な杭をうたれたかと思うぐらいに痛い……でも、この痛みを我慢しなければ結果は得られない……そう、『ニャルラトホテプに勝って元の世界に戻る』という結果は……得られない……!

「……へぇ、まだ動けたんだね……でも、もう終わりだよ……悪あがきで殴ったとしても、避けてしまえば攻撃じゃない……から……」

 ニャルラトホテプが呆然として僕の顔を見つめている……そりゃあ当然だ。腹は刺されてるわ、両腕は傷だらけだわという状態なのに、僕が片手で一本ずつ、二本の剣を掴んでいたからだ……

 勝利を確信していたのが急に分からなくなったらこうもなるだろう。

「ハッ……ハハハハハ……せいぜい立っているのが精一杯みたいだね……それでどうやってボクに攻撃を」


「お前がレンカと距離を取るなら、レンカかお前を動かせばいい」


「え……」

 実際わたしが不意打ちで体当たりを仕掛けてくるとなど、想像すらしていなかったであろうニャルラトホテプが間の抜けた声を出す……もちろん、ニャルラトホテプが飛ばされる先は

「レンカ!」


「はい!」

 サーシャさんの不意打ちによって弾き飛ばされたニャルラトホテプに向かって攻撃を……

「っ…………」

 意識が……はやく……けんを……かまえないと…………



「そんな……レンカ…………?」

 ニャルラトホテプを斬ろうとしたのであろうレンカは、斬る直前に倒れてしまった……おそらく出血が多すぎて……つまり、レンカは……

「……レンカ王……ボクの……勝ちだよ…………さあ、サーシャ……ボクが憎いんだろう? すぐにでも斬り伏せたいくらいに……もうボクは退屈しのぎに疲れちゃったよ……」

「……………………勝手にしろ…………」

 てっきりレンカが王として、側近のわたしを支えにしていたのだと思っていたが実際は逆だった……少女としてのわたしが、少年としてのレンカを無意識の内に心の支えにしていたらしい……

「…………レンカ……」

 完全に無意識にレンカの名を……愛しい者の名前を呟く……たとえこちらの魔法に満ちた世界に来ようとも、一度死んだ者は蘇らない……たとえ蘇ろうとも、それは本人ではない……

 もし仮に今奇跡が起きても、死んでしまったレンカはもう…………



 急に、どこからか鐘の音が鳴った……まるで世界の終焉をつげるかのような鐘の音が……

 鐘の音が響き渡ると、部屋は一瞬にして別の空間へと姿を変えていた……

 そこはまるで、神話の中の神の居場所だった……

「ここは……? ……! レンカ!」

 少しレンカから目を離した隙に、まるで時間を巻き戻したかのようにレンカの傷は塞がっていた……そう、まるで『時間を戻した』かのように、だ……

『ニャルラトホテプ…………暇つぶしはおしまい…………あと勝敗はきっちりしないと……例えるならボールをストライク……セーフをアウトにされたみたい……わたし的にいえば開発ドリフでメーカーを宝富にされたくらいにゲームにならない……』

 直接脳に響くかのように、少女の声が空間全体に響き渡る……

「ヨグソトース様……? なんでこちらの世界に……?」

 ヨグソトース、だと……? 声の主がヨグソトースというのならこの声の現象は納得できるのだが、それ以前に何故レンカを生き返らせ、この空間に私達を呼んだのだ……?

『『謝れば許してやる』って……言ってた…………だから連れ戻しに…………優しいあの人の元へ』

「あの人とは誰のことなのだ? ……アザトースか?」

『ううん……ただの人……というには色々特殊過ぎるけど、元普通の人……そしてニャルラトホテプが初めて心から』

「うわぁぁぁああ! やめてくださいヨグソトース様! 公開処刑なんてよくありません!」

『…………分かった……一緒に帰るなら言わないであげる……』

「分かりました! 帰ります! 帰りますからあれ以上は言わないでください!」

 ヨグソトースの手に掛かれば、私が手こずっていたニャルラトホテプもまるで赤子も同然……私の1年の努力とは何だったのだろうか……

『……分かった……でも…………』

 ……誰か……いや、ヨグソトースの視線を感じる……まるで、空間そのものから見られているような気味の悪い感覚を感じる……

『少しだけ……あの子達に時間をあげよう…………? ニャルラトホテプ』

「あ、はい、分かりました…………」

 そう言ってニャルラトホテプはこちらとレンカを一瞥した後、月に吠えるものムーンビーストの姿を取り、どこかに逃げ去っていった……



 徐々に体の感覚が戻ってくる……まず最初に自覚したのは頭に当たる温かい感覚だった……

 ひょっとして僕は死んでしまったのだろうか? そしてここは……いや、深く考えるのはやめよう……意識がとぎれる前は確かニャルラトホテプと戦っていて……壁際まで追いつめられて壁際のレンカ王になって……とどめ刺されて……意識が途切れる直前にサーシャさんがニャルラトホテプへ体当たりして…………あれ? その後……確か……

 どうやら……僕は負けてしまったようだ。この世界はまだ終わりではないが、僕はもう終わりだ。なん……だと……? だ。

 それにしても、今の僕はどうなっているのだろうか? 何か柔らかくて温かいような感触が…………ひょっとして……HEAVEN? とにかく周りを確認……

「……あ、サーシャさん…………なるほど、天国なんですか……ここ」

「……どうしたレンカ……? まだ夢の続きを見ているのか?」

「……まだ悪い夢を見ているみたいです。死ぬほど疲れてるのでこのまま休ませてください……サーシャさんがこっちにいるなんて信じたくありませんし…………僕が死んだのは認められますけど、サーシャさんが死んだというのは」

「何か勘違いしているようだが……お前、まだ生きているぞ?」

 僕が……生きている……? つまり…………どういう……ことなんだ……?

「……胡蝶の夢?」

「何が言いたいのかは分からないが、お前が生きているというのは現実だ」

「……え……? 確か……ニャルラトホテプに刺されて、死んだはずじゃ……」

 トリックもなしに生還するなんて、不可能だ……まあ、トリックがあっても無理だけど。

『確かにあなたは一度死んだ……でも、ニャルラトホテプとの勝負には一応勝ってたから……あなたの時間を巻き戻して…………『あなたが死んだ』という事を無かったことにして…………あなた自身に有利な未来に改竄した……』

「え……つまり……」

『……名付けて……破滅のヨーグスパイラル……』

「この上なく不吉な名前なんですけど、デメリットは……」

『…………使いすぎたら……宇宙の法則が乱れる……』

「………………」

 本来は特殊なフィールドで使わないといけない力じゃないのだろうか……? 影響を最小限に抑えるために……

『…………もうそろそろ空間のバランスが崩れそうだから……別れの挨拶をしたかったら…………早めに』

 ……ようやく分かった……ヨグソトースさんは僕らのために空間を割り込みで作るかして、少しだけ時間をくれたんだ……別れの挨拶をするだけの時間を……

 正直な事を言えば、もう少しだけ時間が欲しいんだけど、贅沢は言っていられない……せっかくヨグソトースさんがくれた最後のチャンスなんだ。キッチリと自分の気持ちを伝えなければ……

「あの……サーシャ、さん…………僕は……あなたの事が……」

 小動物的な直感で、もう時間が無いことを感じた……せめて、最後に自分の……僕の気持ちを伝えなければ……

「あのっサーシャさん! ……好きですっ!」

 ……言ってしまった…………最後だからって……いや、最後じゃないけど……言いたいことは言い終わったからはやくして! ヨグソトースさん!

「そう、か……実は私も……」

 前言撤回! 時間遅くしてください! むしろ時止めてっ!

「私も……お前の事が……その…………」

 言葉の続きの代わりに、サーシャさんは膝の上の僕を優しく撫でた…………この時間がずっと続けばいいのに……

 そんな願いも虚しく、別れの時間がやってきた……ヨグソトースさんの声と一緒に

『もうそろそろ…………あなたたちを元の時空に戻さないと…………時空の法則が乱れるから……』

「…………レンカ……お前の本当の名はなんという?」

霞蓮かれん……桐野 霞蓮です……」

「霞蓮、か……私は沙耶……源 沙耶……いや、桐野 沙耶と名乗った方が……」

『…………ノロケ話してるなら向こうの世界に送る…………』

 どことなく怒ったような声でヨグソトースさんがつぶやく。

「あ、もう少しだけ待ってください…………沙耶さん……また会いましょう」

「ああ……またな……」

 そう……またいつか…………

次回がエピローグです

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