第五話
正体不明の、遺跡のような場所を僕は走っていた……後ろから迫ってくる何かから逃げるために……
「はぁ、はぁ…………『 』……」
僕自身にも何を言おうとしたのかは分からない。多分、『あいつ』の名前を呼ぼうとしたのだろう……
緩やかに曲がっている道を進んでいくと、遺跡内の小部屋に出た……
部屋の中央では少女が拘束されていた……輪郭がはっきりとしていないのだが、何故かは分からないが、僕は少女と認識している。
「…………ァ」
少女の下に急いで、拘束を解こうかとしたが…………気が付けば『あいつ』の触手が僕の足に絡みつき…………
「…………夢……?」
恐ろしい悪夢だった……何が恐ろしいかって、自分を追うモノの正体が分からない上に最後には追いつかれてしまったということだ。
……悪夢…………何かが引っかかる……夢の中の少女を少女と認識出来たのはそれが誰か知っていたからではなく少女と認識出来たからだから少女は関係なし……もっと前提条件…………
「あ! 最後のアレ……ひょっとして……」
僕はまるで探偵以外の人物が事件の犯人の情報を知ってしまったかのように推理し始めた……最後の触手は曖昧な記憶を掘り返せば緑に見えなかったこともない……そして多くの人がモンスターが出た頃から悪夢を見る現象……何か引っかかる……おそらく昔、萌衣が軽度の厨二病だった頃(?)の記憶が……
「ねむ……れんかぁ……」
考え事をしていて気づかなかったが、後ろにウルスが居たようだ。寝ぼけたウルスにベッドに押し倒されて気づいたが。
「ちょ、ウルスさん! 離してくださいよ! というかこういうのは僕というか男の方から……って眠らないでくださいよ! ねえ!」
僕は探偵にはなれない……肝心な場所でサルベージしていた記憶が理に導かれて奥の方に行ってしまった……これも全部、ウルスって奴の仕業なんだよ。おのれウェディング……この悪魔! 鬼! ちひ
「んにゃ……」
寝返りをうったせいでダイレクトに色々なところが当たってるんですけど……実際豊満なバストとかほっぺたとかその他諸々……あと唇がゴースト・タッチからのどんどん吸い込むナウ! しかけたんですけど! あと自分でも意味が分からないんですけど!
……僕としてはそれはまだキスは遠慮しておきたかった。少なくともまだ……
「お前たちは何をやっているんだ……? 特にウルス」
翌朝、ウルスにハグされ力尽きかけている僕が発見され、リアナとゴルドは静かに息を引き取った。
あ、当然の事ながら後ろは関係ありません。
いくつかの資料を机に並べながら(全て地図か海図だが)、僕とサーシャは情報共有をしていたところ、調査結果で悪夢の話が出たのでついでに僕の見た悪夢の話を話してみた。
「なるほど……お前も町の住民と同じように悪夢を見た、か……」
「はい……具体的な内容に関しては省きますけど、おそらく原因は海の奴関連だと……」
推理は婚期ピンチなあの人のせいで中断せざるをえなかったが、夢で見た触手の色が目撃されている情報と合致しているから、推測としては間違っていないはずだ。とりあえずの推測としては。
ちなみに婚期ピンチな人は僕を襲ったがためにサーシャにパシらされている。インガオーホーだ。
「悪夢、か……ただ単に奇妙なだけの夢か? それとも過去の記憶の再現か? もしくは、そのどちらでもない」
「みた事もない遺跡で『何か』に追いかけられる夢でした」
「ふむ、そうか…………確かあの作家は同じような事を言っていたが、他の住民は違うタイプの……」
「……? サーシャさん?」
「あ、いや、なんでもない、ただ考え事をしていただけだ」
「…………そうですか」
かなり重要な事をつぶやいていたような気がしたんだけど……サーシャが言わないのなら気にしないでおこう。
「ところでサーシャさん、ウルスさんには何を頼んだんですか? かなり重要な用件だったみたいですけど……?」
「ああ、私が調査していた地域がやけに忙しそうな感じだったからな……何かあったのかと」
「も……戻ったわサーシャ……はぁ……はぁ……」
噂をすればなんとやら、早速ウルスが戻ってきた。そして一直線に座っている僕の後ろに立ち……
「…………んっ…………ふぅ……」
「ウルスさん、頭冷やすためにお風呂行ってきた方がいいんじゃないですか?」
「レンカが一緒にというなら仕方がない……アタシも覚悟を決めて」
「いえ、僕はあとで入ります」
「……ショボーン」
ダメだこの人……早く何とかしないと……
「…………ふぅ……」
いやぁー、病み上がり(といって間違いではあるまい)に入るお風呂は最高だねーっ!
よかれと思って腰タオルしてあるけどねっ! だってウルスが乱入してきたらアレがババーンってなっちゃうからね!
バスタオル? あんなものは臆病者の使うタオルだ……ってどこかの腰にタオル巻いた人が言ってたからね……それってただの風呂上がりのおっさ……これいじょうはいけないね、うん……
現在の状況を再確認すると、一部屋挟んでサーシャとウルスが情報交換(というていでサーシャがウルスを止めている可能性が高い)している。そして僕はまったりお風呂……一歩間違えれば野獣(限りなく比喩表現に近いが、比喩表現ではない)が襲いかかって(性的に)くるという状況……サーシャがいてくれて良かったね、僕……いなかったら間違いなく
「油断したわねレンカ」
乱入され…………サーシャぁぁぁぁ!
「なんでいるんですかウルスさん!? サーシャさんはどうしたんですか! あとバスタオルを巻いてください!」
「愚問ね、アタシがサーシャに負ける道理があるっていうの? あとバスタオルは嫌よ、窮屈だし……特に胸が」
律儀に全部答えてくれたようだ。……まあ、そんなことはどうでもよくて
「何しにきたんですか! 僕が先に入るって事になっていましたよね!?」
「……確かにアタシが後に入るって言ったわ。でもアタシはタイミングを指定していないわ。つまり、アタシが望めばあなたが入っている途中に入るのも」
「もうそれ子供の屁理屈ですよね!?」
あとなんか聞いたことがある台詞なんですが、それは……
「混浴は満陽の文化よ、何も間違っては」
「根本的な場所から色々とおかしいんですよ!」
そもそもお風呂が狭いという根本的な問題が……
「こんな状態でお風呂に入っていられません! 僕は向こうに戻りますよ!」
「むふふ……あなたのインフェルニティ・ガ…………がーん……腰タオル……ですって……?」
巻いていて良かった腰タオル……絶望しているウルスは置いておき、もう上がるかな……
「ん、フフフフ……腰タオルをしているなら、タオルを取ればいいじゃな」
ウルスが僕に襲いかかろうとした瞬間……気配を消して後ろに立ったサーシャがウルスを無言の手刀で気絶させた。
「やめろウルス」
それは手刀を止めた側の台詞じゃないですかね?
「これは変態が聞いた情報なのだが、おそらく今日明日のうちに将軍と巫女が来るようだ」
変態と書いてウルスと呼んだ気がしたが、いくらタメ口きいているとはいえ、元上司のウルスに対してそんな事は…………ないですよね?
「そしてこれはあくまでも私の推測に過ぎないのだが」
「アタシ達が出向いて護衛することになりそうってワケよ」
「まあたしかに、サーシャさんは軍のトップ務めているだけあって強いですし、ウルスさんも痴女ですけどサーシャさんと互角かサーシャさんよりも強いみたいですし……痴女ですけど」
「誰が痴女ですって? レンカ」
「何が原因で椅子に縛られたかを良く思いだしてから発言してくださいよ」
これだから大人は駄目なんだよ……
コンコン
「噂をすれば……といったところか? 誰だ」
「はっ! 拙者、満陽の国のつわもの、宮本の弐佐志にござりま」
「そうか……で、何のようだ」
「はっ! サーシャ殿、そしてウルス殿に拙者の主、狗朗殿のお迎えの護衛をお頼み申し」
「分かった、どこに行けばいい?」
「弐刻後に、満陽の御旗を掲げた船」
「分かった、支度に取りかかろう……」
サーシャ……ひょっとして、ワザと最後まで言わせずに途中で自分の発言を重ねてるの……? 正直そうとしか思えないんだけど……
……なんなのだろうか、この究極の修羅場ともいうべき状況は……
「……………………」
「……………………」
「……………………」
ウルスよりも年上のような威圧感を放っているがサーシャとほぼ同じ歳らしい将軍、歴戦の猛者のサーシャ、そしてサーシャの元上司(ただし今はただの痴女)のウルスが沈黙という名の牽制(もしくは威圧)をしている……船室から逃げようとしたら間違いなく処刑されそうなので逃げられない……そもそもサーシャとウルスに挟まれていて逃げようにも逃げられないし。
「一つ聞く……」
将軍が威圧的な雰囲気を纏ったまま、僕らに対して言う。
「レンカ王、なぜに貴様は智恵に懐かれたのだ……俺にさえあそこまで近づかんというのに……」
「……兄さん、嫌い……」
将軍の隣に座っていた幼女……巫女で将軍の妹の智恵が呟く。
「!?」
「わたしの事で無茶苦茶な事を言い出す兄さんは嫌い」
「智恵ぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
将軍は叫ぶと同時に腰に差していた刀を抜き、自分に
「サーシャさん!」
「分かっている!」
サーシャは切腹しようとした将軍の刀を奪い取り、将軍を船の床に抑えつけた。……なんなのこの人……
「智恵に嫌われた以上、死ぬしかあるまい……邪魔をするな……!」
「すぐに切腹をしようとする兄さんも嫌い」
「…………俺の首を切れ、これ以上俺は生きたくない」
自害を止められたからってサーシャに刀を渡すな! サーシャが困惑してるからやめろ!
「そもそも、すぐに死のうとする兄さんが嫌い」
「………………智恵ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「……うるさい兄さんは嫌い」
「…………(智恵ぇぇぇぇぇぇぇぇ!)」
「喋らずに叫ぶ兄さんは嫌い」
簡単に状況整理をすると、出航して約一時間程で合流し、将軍殿が危険排除の為に魔物を狩ることをサーシャとウルスに進言、サーシャとウルスはこれに同意。
船乗りさんによると今日は出そうとのことだったので、魔物が出るまで付近の海域で錨を下ろしてまったりと待つことになった。
……ちなみに究極の修羅場のような状況が起こったのは、たまたま巫女さん(智恵だったか)がこちらの船に乗り移る際に僕に向かって飛んだ際、波で船が揺れて僕に倒れかかった。これが今回の修羅場の原因である。……もはやただの言いがかりである。例えるなら某国の……いや、これ以上は語るまい……
「わたしに対して過保護な兄さんは嫌い」
「………………………………」
将軍が力つきていた……まるで戦い抜いた男のような顔だったが、実際は反抗期気味の妹の精神攻撃によって力尽きただけだ。無様、将軍!
「何も言わなかったらわたしが許してくれると思っている兄さんは」
「もうやめて! 将軍さんの精神はズタズタのボロボロだから!」
ほぼ無表情で追加の精神攻撃をしようとする幼女を止める……これ以上精神攻撃をされたら、見てるこっちの心もボロボロになるよ!
「……あなたがレンカ王さん……?」
「僕がレンカ王だよ……ところで、なんでこっち側まできたの?」
「わたしの目を見て……」
「……? なんで」
「いいから……」
「うん、分かった……」
巫女さんの黒曜石のように黒い瞳を見つめる。巫女さんも同じように僕を見続けている……将軍が蘇ったら処刑されかねない雰囲気だ。
いつまで続けるのかを聞こうとした瞬間
「ん……」
額と額が急接近し……ついには零距離になった……
「!?!?!?」
「……………………あ? な……レン……カ」
いつの間にか眠っていた(黙っていたのではなく眠っていたらしい)ウルスが僕らの状況に気づく。
一方のサーシャはそれどころではないようだが……
「……光、闇、陽、影……」
「……? なにを?」
「…………白、黒、天、獄」
「…………呪詛……? 陰陽か……?」
「陰、陽……神託」
「…………!」
何かが頭の中に直接入ってくるような感覚がする……ひょっとして
「智……恵……なに……を……?」
「大丈夫、すぐに良くなるから」
「レンカァ!」
「巫女殿! レンカに何をしたのだ!」
わたしがわずかに目を離した隙にこの小娘は……!
「何か悪いものに憑かれそうみたいだったから……神託の術で剥がそうかと」
「………………それならそうと……」
心配した私が馬鹿みたいじゃないか……
「おいウルス、起きろ」
「レンカ……年端もいかない幼女……アタシはもう用済み……」
「……………………そっとしておこう」
「…………分かった」
子供のような性格の巫女殿にしては意外と聞き分けが良い……実際の年齢はレンカとさほど変わらないからであろうか?
「そんな状態だと、戦力になりそうにないし」
「え……? 戦力…………!」
突如理由の分からない揺れが私達を……船を襲った……巫女殿の言う戦力、そしてこの海域に留まった理由に関係があるとすれば
「大変です! 奴が現れました!」
「すぐ行く! …………巫女殿、危ない故、ここに」
「わたしも行く」
「留まって…………戦えるのですか?」
「大丈夫、問題ない……神降さえすればすぐに茹で揚がる」
「……言っていることは分かりませぬが、周りの海に危害が及べば人魚達が黙っておりませんので……」
「分かった……人魚もろとも」
「そういう意味ではありません! ……とにかく、急ぎましょう!」
「これはひどい……」
甲板は死屍累々といった状況であった……辛うじて皆息はあるものの、戦えるような状況にあるものはほぼ皆無、戦線は崩壊している状況であった……もちろん、緑の悪魔によってだ……
「巫女殿を守りながら、か……こんな時」
「ヒャッホー!」
「ウルスが居てくれ……モエ!?」
ありのままに今起こったことを話すと、空からモエが降ってきた……自分にも何を言っているか分からない。しかも、背中には大量の荷物を背負ってだ……おそらく中にはレンカの聖剣が入っているのだろう。もちろん、それ以外の物も大量にあるようだが。
「遅ばせながらお兄ちゃんのサポートに! ……あれ? お兄ちゃんは?」
「レンカなら……ワケあって眠っている」
「まあいいや、最高に高めたわたしの魔力で最強の魔法を唱えちゃうよぉ!」
そう言ってモエは背中の荷物の中から2冊の魔導書……いや、禁書クラスの魔導書を取り出し、両手に持ち
「待てモエ! お前が戦って無事で済むような相手では……それにその禁書は」
「……すぅ……チェイン!」
その言葉によって両手の魔導書にそれぞれ青と赤の魔法陣が浮かび上がった……そしてその魔法陣同士を結ぶかのようにイカズチがはしる……
「リユア! ラアル!」
その言葉に連動するかのように、両手の魔法陣が更に強く発光した……
「ミリア! ロギス!」
「やめろモエ! そのままではお前の体が」
一層強くなる光を見て悟る……禁書を2つも同時に使って禁呪クラスの魔術を唱えているのだ……魔力を根刮ぎ奪われるどころで済むはずが……
「んヒヒ……ビューティフルメーテル!」
呪文の最後の言葉が紡がれ、2つの魔法陣を紡ぐイカズチの中心点に恐ろしいほどの魔力を蓄えた球体が現れ……敵の本体に向かって飛んでいった……
「モエ! 大丈夫か!」
「……あーつかれたー」
「……モエ……?」
見た感じ、膝を着く程度で済むぐらいには無事のようだ。
『ヒャハハ! やれば出来るじゃねぇか! モエちゃんよぉ!』
「うるさいネクロ、流石に練習で城の地下吹っ飛ばすわけにもいかないから手加減してただけだし」
『キャハハ! そういうことにしておいてやるよぉ! さあ、良からぬことを』
「もうやったでしょ、海魔クトルフにぶちかましたアレで十分でしょうに」
『あぁ!? オレにあの程度で我慢させようってかぁ!?』
騒がしい魔導書だ……じゃなくて
「モエ、なんで大丈夫なんだ? あとその魔導書は」
『そいつにゃオレが答えてやるよぉ! こいつは無駄に魔力がたけぇからよぉ、回復力とかからして禁呪の一発や二発は月一ぐらい打てんだよ! あとオレはアブドゥルのヤツに騙されて禁書保管庫に閉じこめられた哀れな魔導書のネクロだよ! よろしくな、姉ちゃん!』
「あ……ああ……」
正直近づきたくないタイプだ……無駄にテンションが高い……こちらが引いてしまいそうになるくらいに
「そういえば……海魔はどうなったの……?」
すっかり忘れそうになっていたが、一応海魔と戦っていたのだった……
『モエの強烈な一発を喰らったんだ、いくら海魔だろうとひとたまりも……ンなにっ!?』
「まだ余力が残っていたか……!」
先ほどと比べれば一目瞭然なほどに死にかけているものの、まだ蠢いている……まだ戦う元気があるということか……
「……天、光、白、陽、雷、日、照……」
「巫女殿……? いったい何を」
「交神……天照…………陽の光よ来たれ」
そう言って巫女殿が右手を空に掲げると、巫女殿の周囲が急激に明るくなった……おそらく太陽の光が術によって集中したのであろう
「陽炎、ばいるどらいばぁ」
「…………は?」
ありのままに今起こったことを話すと、集中した光がそのまま海魔に向かって動き、海魔が上手に焼けた……もう巫女殿1人で良かったのではないかと思う。
船室のベッドで目が覚めて一番にやったことは萌衣の説教だ。何故かは分からないが、起き上がれないためベッドの中にいる状態でだが。原因といわれても思いつくのは智恵ちゃんの……あ、確定だこれ……
「……あのさぁ、萌衣……なんで来たの?」
「お兄ちゃん……わたしが来ちゃ駄目だった……?」
くっ……上目遣い……だと……? 落ち着け僕! 相手は妹だぞ……! 許しちゃ駄目だ、許しちゃ駄目だ、許しちゃ駄目だ、許してやるよぉ!
…………許してあげようかな……萌衣がいなかったら魚の餌になってたところだし……萌衣の攻撃で弱っていたからこそ智恵ちゃんが倒せたのかもしれないし……ところで、萌衣はどうやって攻撃したんだろ……?
「今回だけだからね?」
「わぁい! 勝手に魔導書持ち出したのも勿論不問だよね?」
「ちょっと待って、いつの間に魔導書なんて」
「別にいいよね! お兄ちゃんが今生きているのも魔導書があったからだもん、仕方がないよね! 必要悪だよね!」
……なんかオサレ(notオシャレ)な漫画で読んだことあるような言い回しなのは気にしてはいけないことなのだろうか? ……気にしないでおこう。深入りしてホラーのような事になるのはゴメンだし。……ちなみに深きもの入りしたらコズミックホラーだ。
「……ちょっと外に行きたいからどいてくれない?」
「わたしまさかのジャマモノ枠!? ……うぅ………お兄ちゃんにとってわたしは面倒な女なんだ……」
「いや、そこまで言ってないけど」
「じゃあ……キス、して?」
何をいうのだこの愚妹は……ヘコんだふり(かな?)してこれか……
「キスすれば許してくれるのかな?」
「うん……マウストゥマウスじゃなくてもいいよ……?」
「でも嫌だ」
「うわぁぁぁぁん! お兄ちゃんの鬼! 悪魔! ちひろ! Ⅳぉぉぉぉぉぉ! ベク」
「ちひろは言い過ぎ……あとⅣも言い過ぎだから」
まあ、少し意地悪したというのは自覚あるし、動機はついかっとなってだったし、一応額ぐらいはやってあげないことも……ちなみに凶器はなし、死神はチビ眼鏡の自称探偵
「萌衣、ちょっとこっち向いて」
「ん……? ……なに……?」
あくまでも家族間のキスを萌衣の額に……あくまでも家族間のそれである。決して恋人同士のそれじゃない。復唱を要求する。いいね?
「…………ぁ……」
急いで部屋を出て甲板へと向かう……目を覚ますためにいこうかと思っていたのに目的が変わったじゃん……
誰もいない甲板……ちょうどいい風が吹いていたからとりあえず頭を冷やす為に風に当たる……
「………………」
甲板の上には誰もいないハズなのに、誰かの視線を感じる……ドアの向こう側からとかそんな感じのコソコソ隠れてこちらを覗いている視線を……
船の上、誰も……とまではいかなくともほぼいないし各自の仕事……主に見張り……をしていてこちらを見る人はほとんどおらず、じっと見ている人はもちろんいない。船上に暇人はほぼいないのだ。
ドアの向こうにいるという可能性はほぼない。こちらを見るなら他の場所がある。こちらに見られる可能性もあるが、だからといってドアの裏で見張っていたら間違いなくゴヨウだ。
とすると、視線の主は船上にいないことになる……そう、船上にはいないのだ……
もし海上にいたのなら? その場合は、海にいること自体は怪しくない人物……推測される犯人像は厳密には半分人ではないのだが……だろう。つまり
「人魚、かな……?」
そうつぶやくとほぼ同時に、|まるで船をよじ登って船の縁からこちらを覗いていた人魚が落ちたような(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、水音がした……やっぱり犯人は人魚だったね……
「あなたは何者なんですか? なんで船の上を覗いていたんです? あと目的はなんですか?」
「……………………」
僕を睨みつつ沈黙……反抗期なのかな?
「ひょっとしておとぎ話の人魚姫みたいに憧れの人がいたから覗き見ていたのですか?」
「……はぁ……全っ然違う。あたしはリバイアサン様に頼まれたから忠告しに来たの。今夜辺り海底に沈む神殿、ルルイエが浮上しそうだから。早く逃げた方が良いみたいだから。あたし達が嫌いな深遠のモノも世界征服のために動き出すみたいだし」
「……え?」
「……はぁ……これだから人間は……だ、か、ら、要はルルイエが浮上してこの辺がヤバい事になるから早く逃げろって言いに来たわけ……だからあんたみたいな鈍い男じゃなくてさっきクトルフと戦ってた子に報告したかったのに……ってあんたどこに行くつもり? まだあたしの話は」
「ちょっと呼んでくるので待ってください!」
「……はぁ…………これだから男は」
「……そう、か……」
「あんたはこいつとは違って理解が早いみたいね……」
説明を受けたサーシャさんはすぐにこれから起こりうる事態を把握したようだ。
「……戦力の程はどの程度だ?」
「……は?」
人魚さんは鳩が豆鉄砲を喰らったような……もしくは、人魚を釣り上げた釣り人のような顔をした。そりゃそうだ。逃げろと忠告したハズなのに、僕たち……というかサーシャさんは逃げるどころか立ち向かおうとしているのだ。
「陸……いや、海以外でなら私達にも勝ち目はある……こちらには最強の軍隊がいる……こちらへ来るのが間に合えばの話ではあるが、相当の働きを期待できる……」
「……無茶苦茶ね……一応兵力は教えてあげるけど、人間で換算するならざっと10万人分よ!」
「10万……? 十時軍を総動員すればそのぐらいの戦力には……しかし……」
「もしかして、戦うつもりなの? あたし達水鱗の民の力を持ってしても勝てなかったあいつらと……?」
「ルルイエの浮上と同時に軍を進めたとして、何人ルルイエの神殿に乗り込める?」
「……本気、みたいね……あたし達が乗り込んだ時は浮上直後でギリギリ8千人が限界……小舟で近づくにしても……おおまかに見積もってざっと1万人程度よ」
「1万か……それだけいれば十分だ」
10万人分の敵に対して1万で十分とは、十時軍とはどれだけの戦力を持っているのだろうか? ……十時軍が本気を出していたら僕の命はすでになかっただろう。堂々とした暗殺ということで、少数で来てくれたサーシャさんに感謝だ。……感謝しないけど。
「……一応、あんた達が陽動してくれるっていうのなら策はあるわ……ルルイエの周りに近付いてきた深遠のモノを渦潮で身動きとれなくすればこっちのものよ。あいつら、魚のくせに渦潮に耐性全くないのよ」
「……ルルイエ内のみで相手をするためか……助かる」
「それでも戦況はかなり不利よ? 向こうには地の利があるもの……周りは海だけど」
……そっとしておこう。
「要は1万の兵で雑魚を足止めしている隙に少数を率いて内部にいる殿を討てばよいのだろう? 勝機はある……レンカがいる限りな」
あれ? 根本的に色々とおかしくないかな……?
来るかも分からない十時軍が来ること前提だし、戦力に数えるまでもない十時軍の下っ端未満の僕を切り札のような扱いをしてるし……サーシャさんには何か策でもあるのかな……?
「……あの、サーシャさん、そもそも……十時軍が来なかったらどうするんですか?」
「その時は……決まっている、私とウルスで時間稼ぎをしてお前たち……いや、港町の民もか……まあ、お前たちを逃がすために全力を尽くす。お前は希望の王なのだからな……」
「……? 希望の王……?」
いつの間に僕はそんな扱いになっていたのだろう……? ただ僕はクーデターの首謀者役をして飾りの王様になっただけなのに……
「自覚がないかも知れないが、お前には人を惹きつける何かがあるのかもしれない……というかおそらく何かがある」
「…………ですが、なんで」
「私はお前の為に戦うつもりだ……それはおそらくウルスも同じだ……私たちにとってお前は大切な……大切な存在だ」
私たちにとって……つまり、それはウルスさんにとってもサーシャさんにとっても同じ……サーシャさんにとっても……
「サーシャさん、それって」
「聞くな」
「あっはい」
少し引っかかった言葉に対する突っ込みは一言て切り捨てられた。
「そういえば、ウルスさんは」
「さっきから眠っている……なにやらお前の事でうなされているようだ」
「はぁ……」
一応僕が原因とは言えなくもないし、港に着くまでには一応起こしておいたほうが良さそうだ。
「…………………………」
港に着いてすぐに包囲された……格好からしておそらく忍者の…………暗殺者だろうか? いや、暗殺者にしてはあまりにも堂々とし過ぎているというか……
というかサーシャさん、助けてください。閉じこめられたので助けてください。船から降りて数秒で忍者に前をとうせんぼうされて後ろに戻ろうとしたらそっちも回り込まれて逃げられなくなった間抜けな王だからって放置しないでください……
『……レンカ王去ね……』
『去ね』
『去ね……』
なんなのこの忍者……忍ぶ気さらさらなさそうなんですけど……
『……去ね』
『去ね』
『去ねぇ!』
「ちょっと待って……なんで僕を包囲したの? あと死ねじゃなくて去ねって地味にひどくない?」
まあ、死ね連呼ならそっちはそっちで傷ついたし、小学生かとツッコミを入れていたと思うが。
「あなた達十時軍特殊部隊一番隊ね……なんのつもりでアタシのフィア……レンカ王を包囲したの」
「誰が誰の(フィアンセ)ですかウルスさん? あと部下なら退かしてくださいよ」
「確か隊長は……ハンゾウ、誰の命で動いている? アタシの待機命令よりも優先すべき用か?」
久々にクールな司令官モードのウルスさんをみた気がする……いや、厳密には初めて見たのだった。門の内側でクールな司令官だった時の声を聞いただけだった。つまり、クールなウルスさんは初めて見た。
「はっ! 姫様が遊びに来られた故に1万の精鋭と共に護衛として付き従った所存にございまする! そして姫様の興味の対象は拙者等が直々に観察せねばと思った故の行動でござる!」
「よし、ふん縛ってアタシの元まで持ってきなさい」
「ちょっと待ってください! 縛る必要は…………アッー!」
ざんねん、レンカおうのぼうけんはここでおわってしまっ
「引きなさいハンゾウ、ゼロカゲ、ジャニット、ジンナイ、あとその他諸々」
『はっ』
その纏め方は正直どうかと思う……というか今の声は誰だろうか? サーシャさんでもウルスさんではない。もちろん、萌衣でもない。どことなく高貴さを感じる声だった……
「初めまして、レンカ王……わたくしアイリーンと申しますの」
「あ、はい……」
金髪でドレスといかにもお姫様なこの人が十時軍を束ねる噂の……
「……ふーん……ウルスが一目惚れしたにしてはまあ並み程度…………あなた、可愛い目をしていますわね」
「なんで今話をそらしたんですか? なんで話をそらしたんですか?」
「立ち話もなんですの……適当な場所で話し合いませんの? 船の上の相方と……将軍さんと一緒に」
そういえば将軍さんもいましたね……すっかり忘れてたけど
「……深き者が夜に暴れ出す……殲滅の為にわたくしの十時軍を動かしたい……だいたいの事情は分かりましたの…………ところで、勝算はありますの? およそ1万2000の十時軍を貸し与えてもしも仮に壊滅してしまいましたらどうするつもりですの?」
「もちろん、勝算が無いわけではない……向こう側の兵力はおそらく10万弱の兵と同等らしい。しかも戦場は海の上だ……だが、それは正面からまともに戦うときの話だ。陸なら……いや、こちらが船の上でなければまだ勝機はある。」
「……確実に勝てるのか? 確実でないと言うなら智恵の避難を最優先させる所存だが」
こんな真面目な話をしているのに末期のシスコンを発症している将軍であった。
「十時軍を束ねるアタシの感覚だけど、上から1万2千くらいあれば十万は軽く蹴散らせるけどさ、アンタはいったいどこで戦うつもりなの? こんな入り組んだ港町だと住人避難させなきゃ全力出せないし」
「敵の本拠地、神殿が浮上すると同時に攻め込むつもりだ。人魚の見立てではおよそ1万人が本格的に戦闘が始まるまでに侵入できるようだ……どれだけ広い神殿かは知らないがな」
何度聞いても正直無謀以外のなにものでもない作戦だ。しかもサーシャさんはこの作戦を他国の兵を借りて実行しようというのだ。
「……確かに、姫様を守ってた兵と近くに待機している兵を合わせればだいたい1万ぐらいいるわね……でも、どうやってその1万の兵を神殿に乗せるつもりなの?」
「最後に残った問題はそれだ……」
「精鋭だけ先に船で送り込むにしてもだいたい普通の兵1万ぐらいの戦力よ……これで兵10万の戦力の相手なんて、素手で邪神に勝つようなものよ」
「確かに……だが、奇襲をかけて混乱に乗じて少数で本隊を襲撃すれば勝機はある……」
「でも、アタシは陣頭で指揮しないといけないし、姫様とレンカはアタシのそばにいないといけないし、将軍さんと巫女様は斬って焼いて調理するだろうし……アンタ1人よ?」
「あの、その説明だと僕がただの荷物になってるんですけど……一応戦おうと思えば剣で戦えるんですけど……」
正直戦うという覚悟さえあれば戦えると僕は思っている……覚悟さえあれば
「……レンカ、本当に自分で戦えると思っているのか? お前自身が、お前の剣で」
「…………戦います……戦える戦えないじゃなくて、戦います……僕自身、いえ、僕の国のために……」
「…………成長したな、レンカ……よし、後で基本的な剣の振り方を改めて教える。覚悟はいいな」
「……はい」
僕だって男だ、いつまでも後ろで守られているわけにはいかない。だから……せめてサーシャさんのとなりで剣を持って戦うぐらいはしないといけないだろう。たとえ足手まといになりそうでも……