プロローグ
「………………てください……起きてください……」
誰かが僕を呼んでいる気がする…………直前の記憶がはっきりとしない。まるで意図的に思い出さないようにしているみたいに……
目を開くと、目の前に女神のような女性がいた。実際平坦に近い女性が立っていた……僕を呼ぶ声はこの人のだったのだろうか?
「起きてください、ああああさん……」
「僕はそんなよくある勇者の名前じゃないんです」
「私は……ナルラ、あなたは確か……イーノック? それとももょもとでしょうか?」
何で自分の名前を言うときにつっかえたのだろうか? そもそも……
「なんでそう勇者っぽい名前をチョイスしてるんですか? 僕はただの一般人ですよ?」
「それはつい先程までの話よ、勇者さん……あなたは選ばれたのよ」
「だから僕は一般人……って、え……いまなんて……」
「チッ、難聴か……だから!あなたは選ばれたのよ! あなたの世界の女神の私に! 別の世界の勇者として!」
「えっ、いったいそれってどういう……」
目が覚めたら周りが真っ白で目の前に女神を名乗る痛々しい女性がいて僕を勇者と……そうか、だいたい分かったよ……これは無意識に格好良くなりたいと思っている僕が見た夢なんだ、きっと……
「一応言っておきますけど、これは夢ありませんよ?」
生まれてこの方16年、一度も(記憶にある中ではだが)格好良いと言われた事のない(たまに可愛いとは言われるが)僕の無意識の願望がこんな夢を見せたんだ……
「寝言はベッドで寝て言いなさい。そもそもあなたはベッドでぐっすり眠ってる状況じゃないし」
うんきっとそうだ……現実の僕は今頃きっとベッドを見なければ男の部屋(ベッドを見なければだが)の中心に鎮座するカラフルなベッドでぐっすりと眠っているんだ……うん、きっとそう
(現実から目を背けるのはそこまでにしたら?)
(……!? 直接脳内に!)
(一応時間が無いのでdieジェストでお送りさせていただきますが)
(dieジェストって言葉の響きからする狂気が凄まじいんだけど)
ひょっとして死のダイジェストなの? というか誰か死んだの? ……ひょっとして、僕が?
(まず私は暇つぶし……いえ、勇者の物色……勇者の選別にあなた達の世界を猫の姿になって訪れました)
(なんで三回も言い直したの? なんで三回も言い直したの? ねえ、なんで三回)
(そこでワザと……いえ、偶然私は車にひかれそうになり、大怪我を覚悟した時……あなたが自身を犠牲にして私の事を庇ったのです。)
(…………そんな事があったんだ……)
そんな事は記憶にないので、十中八九記憶が途切れている部分だろう。(あなたの勇気に感服した私は、このまま死なせるのも惜しかったので一旦世界の狭間のこの空間に呼び寄せ、他の世界に勇者として勇魂転生していもらいましょうかと)
「…………いやいやいや! 僕に勇者なんて無理ですよ!」
欠点まみれの僕が勇者なんてあまりにも妄想とリアルがカオスにエクシーズしちゃってるよ!
「まず、力がないし」
「欠点は仲間同士でカバーしあってこその勇者です」
僕の存在自体がもう既にかなりのデメリットなんですが……
「自他共に認めるヘタレだし」
「そういう所も素敵よ」
そういう所も素敵って……まあいいや、次……
「……争い事嫌いだし」
「争いは同じレベル同士の者でしか起こらないわ(AA略)」
この神様、どれだけ俗世に染まっているのだろうか? さっきもイーノック……はまだいいとして、もょもとはかなり古い作品だったハズだし
「とにかく、私が全力全開でサポートするから、勇者をやりなさい!」
「…………本当に僕は勇者をやれるんでしょうか?」
「ええ、今なら中をのぞき込むだけで私を呼べる黒い多面体も餞別にあげるわ」
「なんか嫌な予感がするアイテムなのでいいです……具体的にいうとなんか妙な邪神が呼び出されそうなので」
「……そんなこといわずに」
「いやいいです、本当に……」
僕の動物的な勘が受け取るなといっている。小動物的な直感や、草食動物的な直感と言い換えても間違ってはいない。
「よかれと思ってとりあえず役にたちそうなアイテムポーチにまとめておきました」
そういって渡してきた大きめのポーチの中身を確認すると……怪しげな液体やらナイフやら盗賊のアジトに忍び込めそうな鍵やらほとんどの扉に対するマスターキーのようなものなどが入っていた。
「よからぬ事を始めるつもりですか、これは……あとさり気なく怪しげな箱入れないでくださいよ」
「……回復薬とナイフは狩人にとっての必需品よ」
「それ絶対今考えた言い訳ですよね? あと微妙に答えになってませんし」
行く前にポーチの中を整理する必要がありそうだ……主に要らないものを取り出す作業になりそうだが。
「……説明も終わりましたし、送り出してもよろしいかしら?」
「一方的に説明するだけ説明してあとはポイですか、そうですか……」
「大丈夫よ……可能な限りのサポートはしますわ………………貞操と引き換えに」
「あっはい、サポートに頼りませんから」
「チッ、ルーラーしてもよろしいかしら?」
「効果使われる前にヴェーラー投げますね」
「色の支配者ではありませんわ…………転送!」
「ちょ! まってくださいよ!」
心の準備とかポーチの中の燃えないゴミとかの処理がまだ……
「…………どういうことなんですか?」
「それはこちらの台詞だ」
現在の状況を端的に表すと女剣士に連行されている。こうなってしまったのはナルラの責任だ。だがあの人は謝らない。
そもそもの原因は、ナルラが転送位置を村や山ではなく城、しかも見るからに暴君の支配する城にした事だ。
なんとか状況を把握し、逃げ出そうとした僕なのだが、あっさり剣士さんに見つかって捕まり、城内の一室に連れてこられた次第だ。
そして、この人が言うには僕が伝説上の勇者にそっくりなのだという。流石に名前こそ違うものの(ちなみに伝説の勇者の名前はロトではない)、女顔な所や髪や目の色等いろいろと……
「ただひとつだけ分かるのは、貴様が突如この城の中に現れたという事だ。しかも魔術の類すら使わず……まるで別の場所から直接この城に侵入したかのようにな」
「あの……僕は」
「黙れ、私は貴様に発言を許した覚えはない」
「あっ……はい……」
実際怖い。大迫力だ。普通に美人なんだけど、正直睨まれていい気はしない。僕がMなら興奮するかもしれないけど、無念な事に僕はMじゃないし。残念じゃないけど
「まず貴様は何者なのだ? そしていったいどこから来た?」
「えっと……いろいろありまして、とある神様に勇者として他の世界から送られてきました」
「神に送り込まれた? ……まさか、ナイラトという邪神ではあるまいな?」
「いいい、いえっ! ナルラって神様です!」
「思い違いか……ならいい」
そこで話をいったん区切ると、剣士さん(名前はなんだろうか?)は紙と羽ペン、そしてインクを取り出した。
「1つ聞くが……お前は正義……いや、自分で勇者になれると思うか?」 取り出した紙に羽ペンで何かを書きながら、僕に対して問いかける。
「…………仲間がいれば、ですけど……多分なれます」
「今の世界はかなり平和だ……だが、いつこの平和が終わりを迎えるかは誰にも分からない」
そういって剣士さん……いや、サーシャさんは長々と文字が書かれた紙を僕の目の前に突き出した。
『私はこのウーカム国の国王近衛兵の兵長をつとめるサーシャだ
貴様が何者なのかは分からない。だが、私は勇者かその生まれ変わりなのではないかと読んでいる。
そこで貴様に頼みがある。この国の国王であり、独裁者であるアブドゥルをこの国から追放してほしい。
幸い、近衛兵の大半は私に賛同する反独裁者派だ……だから1人で王と戦えと言うつもりはない。
どうしてもというのなら断っても構わない。だが……私としては1人でも協力者が欲しいということを分かってほしい』
……『断っても構わない』って、僕に断らせる気ないじゃんか……ここまでいっておきながら断っても構わないって……僕はそんなに根性がある人間じゃない。だけど、ここまで言われて逃げられるような図太い神経なんてしていない。
「道なんて残されて無いじゃんか……僕もやるよ、サーシャさん……王さムグッ……」
いきなりサーシャに口を手で塞がれた。
『何のための筆談だと思っている。貴様の頭は飾りか? 分かったなら口ではなく手を動かせ』
「…………(コクコク)」
「よし、それでいい……」『善は急げだ、今夜実行する』
「……えええええ!?こっ……こ」
「静かにしろ!」
誰だって驚くよ……まさか、今夜実行なんて……早すぎるよ……
『貴様の処刑と偽ってアブドゥルを誘き出す
その時ワザと警備を手薄にするから逃げろ
貴様を追う名目で兵をアブドゥルから遠ざけ、その隙に私がアブドゥルを国から追い出す
分かったな?』
「………………(コクリ)」
その夜……あっさりと制圧された城内、玉座の間に僕らはいた。
「……あっさりと落ちすぎじゃないですか?」
「うむ、アブドゥルはこれでもかというほどに人望が無かったからな……見張りの兵も少しの賄賂で退いただろう?」
「僕が上司だったら即刻解雇するほどにアレでしたね」
「ところで、この国の王になる気はないか?」
「……おーさまになれちゃうんですか?」
「…………まあ、名ばかりの王にならしてやらんてもない……一番の功労者はお前だからな……囮として利用した引け目も私にはあるしな」
……ただの村人Aでいるのと飾りの王様なのは天と地ほど……はないけど、山頂と平地程の差はありそうだ。そしてなにより
「王様になる話を断って路等に迷うのは御免ですし……」
「よし、決まりだ……お前は今日からこの国の王だ」
「…………本当に僕はただの飾りなんですよね……?」