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04:誤解

 自分の顔を知る貴族達の好奇の眼差しに時折晒されながらも、どうにか広いホールの壁際まで移動することに成功した。


 ほっと安堵の息を吐き、通りかかった給仕から白葡萄のジュースを受け取り、背中を壁に預ける。

 久し振りにこんな華やかな場に引っ張り出され、緊張していたらしい。良く冷えたジュースが喉を潤していく感覚に、千瀬はもう一度深く息を吐き出した。


 ――食べ物や飲み物を冷やすのも、魔法を使ってるんだっけ。


 魔法が発達した代わりに科学が廃れてしまったこの世界では、電気の役目を果たしているのも魔法の力だ。

 部屋の灯り一つにしても、電球の代わりに使われているのは輝水晶と呼ばれる透明な石に光の魔法を籠めたもので。周囲の明るさに反応して、自動的に付いたり消えたりするという優れ物だという話だった。

 この世界では、力量に個人差はあるものの、大人から子供まで全ての人が魔法を使うことが出来るらしい。

 以前、私にも使えるのかなとジゼルに訊ねてみたところ、異世界からの迷い人が魔法を使える確率は半分だと教えられた。


 ――…本当は、王宮を出て一般人として過ごすことが一番なんだろうけど。


 魔法が全く使えないと、それなりに日常生活に支障をきたすことになるそうで。そして、千瀬は残念ながら、魔法を使うことが出来ない側の人間だった。

 ジゼルに頼んで初心者レベルの魔法を教えて貰い、何度も挑んでみたがさっぱり駄目だったのだ。

 では魔法が使えない異世界人はどうしているのかと訊ねると、殆どの人は国王が後見人となり、貴族の屋敷で使用人として働いている、とのことだった。


 ――貴族の屋敷で働く、か……。


 家事全般の腕前にあまり自信は無いが、この際贅沢も言っていられない。

 ジゼルに勧められて読んだ恋愛小説から得た知識だが、この国の文化や風習も一通り頭には入った、と思う。

 少しずつ準備を整えて、王宮から出て行くという身の振り方もそろそろ考えた方が良いのかもしれない。

 視線を足元に落とし、冷たいジュースを飲みながらぼんやりと考えていると、


「――……チセ様?」


 ふいに名を呼ばれ、千瀬ははっとしたように顔を上げた。

「ご機嫌よう、チセ様」

 目の前に立っていたのは、濃い金色の髪を美しく結い上げた、紫色のドレスを着た若い女性。その背後には、山吹色のドレスを着た同じくらいの年頃の女性と、若草色のドレスを着た少し年上に見える女性の姿もあった。

 全員の顔に見覚えは無いが……どこかで、会ったことがあっただろうか。

 内心で首を傾げつつ、

「……ご機嫌よう」

 と、礼を返す。片手が塞がっている時の挨拶は、平常時よりも大きくドレスを摘まみ上げ、深く膝を折る形を取るのがマナーだ。片手にグラスを握ったままだが、マナーに則った礼をしたので、失礼は無い筈だ。なのに、女性達はそんな千瀬を見て、小さく鼻先で笑った。

 ……何だろう。凄く、嫌な感じだ。

 今の自分の礼に、何か失礼にあたるところがあったのだろうかと、訊くべきか否か。迷っていると、紫色のドレスの女性がすっと前に出た。

「――私、ミレーヌと申します。私達、三人とも、レイナ様と懇意にさせて頂いておりますの」

「……そうなのですか」

 他に答えようがないのでただ相槌を打てば、紫色のドレスの女性――ミレーヌは手にしていた扇で口元を隠すようにし、くっと瞳を眇める。

「聞きましてよ?」

「――…え?」

 聞いたって、一体、何を?

 唐突に切り出された話に驚いて目を瞬かせると、

「王子様方の気を引こうと、わざと躓いて見せたり……」

 今度は山吹色のドレスの女性が一歩足を踏み出し、わざとらしく眉を顰めて言う。

「王妃様に取り入って、レイナ様の悪口を吹き込んだりなさっているのだとか」

「王子様方からそっぽを向かれた悔しさは判りますわ。でも……」

「――だからって、ねえ?」

「女の嫉妬は見苦しいですわよ、チセ様」

「レイナ様もチセ様の行動には、大変お心を痛めておりますわ」

「お可哀想に、レイナ様」

 芝居がかった口調で若草色のドレスの女性がそう締めたかと思うと、三人から一斉に非難じみた眼差しが向けられる。


 わざと躓いた?


 悪口を王妃に吹き込んでる?


 女の嫉妬?


「ちょ、ちょっと待ってください。私は、そんな……」

 嫉妬だなんて、とんでもない。

 むしろ、王子様達の興味が移って、良かったと思っているくらいなのに。嫉妬するどころか、レイナに感謝していた程だ。

 だが、千瀬が反論したことがまた気に障ったのか。ミレーヌは眦を吊り上げ、千瀬を一層強い眼差しで睨み付ける。

「まあ、空々しい。私達、レイナ様から聞いてますのよ」

「ええ。王子様方に未練があるからこそ、いつまでも王宮に居座って」

「『元』とは言え、王子様方の寵愛を受けていたあなたが目の前をうろついて、レイナ様が何とも思わないとでも思ってますの?」

「ああ、レイナ様、本当にお可哀想」

 聞けば聞く程、色々と話がおかしい。

 どうやら、レイナと付き合いがあるというこの女性達は、とんでもない誤解をしているらしい。

 自分が、レイナに嫉妬して王子達の愛情を取り戻そうとあれこれ工作しているなんて、勘違いも甚だしい。

「ですから、待ってください」

 それは誤解だと、訂正しようと口を開いた、その時。


 地鳴りに似た低い音が鳴り響き、庭園に面した一際大きな窓が勢い良く開け放たれた。


 びょう、と音を立てて吹き込む風。

 開け放たれた窓の近くに居た人達が、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出す。

 それまでの優雅で煌びやかな世界は一転し、逃げ惑う人々で騒然とするホール。

「な、何ですの、一体…―――」

 突然起きた騒ぎに、何事かと視線を向けたミレーヌは、ひっ、と小さく悲鳴を上げる。

 そんなミレーヌの視線を追いかけるように窓の方へと視線を向けた千瀬は、そこにあった光景に息を飲んだ。


 開け放たれた窓の向こう。


 本来ならば美しく整えられた庭園が見える筈の、その場所には。



 ―――鱗に覆われた体を持つ、大きな竜の姿があった。






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