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02:恋愛小説

 ――目立たないように、気付かれないように。


 自分にそう言い聞かせながら、そっと談話室を後にしようとしたその時。

「―――あ、」

 ドレスの裾を踏ん付けてよろけてしまい、思わず上げてしまった短い声に一斉に向けられる合計八つの瞳。

 ……しまった。

 四人に気付かれないように談話室を出て行こうと思ったのに、失敗した。

 ドレスの裾を踏むなんて、ここ二ヶ月近くやっていない失敗だったのに。

 出来るだけ気付かれないようにと気配を探ることに集中し過ぎたせいで、逆に注目を集める羽目になってしまった。

 まあ、無様に転ばなかっただけでも良しとするかと内心で溜め息を吐き、気を取り直して背筋を伸ばす。

「――…大丈夫か」

 いかにも一応、と言った様子でアドルフから投げられた問いに、ええ、と微笑んで見せる。

「少し、足が縺れただけです」

 お騒がせしましたと会釈すると、集まっていた視線はすぐに散っていく。

 再び、少女を中心に繰り広げられる楽しげな会話。

 静かに扉を開け、出来た隙間に身を滑り込ませ、千瀬はほっと胸を撫で下ろした。



 * * * * *



『えー、千瀬ちゃん、お姫さまやりたくないの?』


『木の役でいいなんて、ヘンなの』


 ううん。

 本当は、木の役だって嫌だった。

 ステージの天井裏からお姫様の上に花びらを撒く役が本当はしたかった。

 でも、危ないからその役は先生がやるのよって言われて。

 だから、仕方なく一番地味な木の役で我慢した。


『ねえ千瀬ちゃん。どうしてお姫さま、イヤなの?』


 ――それは……


 ゆっくりと開ける瞼。

 視界に飛び込んで来たのは、三ヶ月過ごしても未だに慣れない豪華な模様が描かれた自室の天井。

 どうやら、ソファで読書をしているうちに眠ってしまっていたらしい。

 変な姿勢で眠っていたせいで痛む首を軽く回し、欠伸を一つして。

 随分とまた懐かしい昔の夢を見たなと苦笑する。

 あれは、幼稚園の発表会だっけ。

 女の子達が皆「お姫さまが良い!」と駄々をこねる中、千瀬は自ら地味な役に名乗りを上げた。

 だが、そんな千瀬の選択は友人達にとっては不思議としか言えなかったようで。

 千瀬ちゃんはどうしてお姫さましたくないの、何でお姫さまイヤなの、と質問責めにあった。


 ――お姫様役をしたくなかった理由なんて。


「……目立つからよ」

 それ以外にないでしょ、とそっと溜め息を吐くと、

「何か仰いました? チセ様」

 傍らでティーセットを片付けていた侍女のジゼルが、不思議そうに小首を傾げた。

「……いいえ。ただの独り言よ」

「そうですか。あ、その本どうでしたか? 面白かったですか?」

 独り言の意味を言及されずに済んだことに安堵しながら、千瀬は、

「ええ。まだ全部は読めていないけれど」

 と答える。

 居眠りの直前まで読んでいた本は、ジゼルが勧めてくれたものだった。

 何でも、この国での所謂ベストセラー作品というやつらしい。

 大国の王に攫われた美しい姫を、敵国の王子が愛馬ならぬ愛竜に跨り助けに行くという恋愛要素の強い冒険譚だ。国同士は敵対しているにもかかわらず、父王の反対を振り切って姫を助けに行く王子が格好良いと、主に若い女性達の間で人気を博している、との話だった。

 元の世界の感覚で言えば、恋愛ファンタジー小説……と言われるのだろうが。

 剣も魔法も当たり前のこの世界では、ごく普通の恋愛小説とカテゴライズされるのだそうだ。

 王子が勇ましく跨った竜も、何とこの世界には実在しているらしい。

「面白かったのなら良かったです。そのシリーズ、全部で第三部までありますからね」

 面白いと答えた千瀬に、ジセルは安心したように笑ってそう言った。

 ジゼルは、年が近いこともあって千瀬に対して屈託のない態度で接してくれる。

 千瀬が王子達に言い寄られていた間は「要らない」と言い張っても強引に世話を焼いたのに、王子達の興味が他に向いたと知るや否や、右に倣えと素っ気無い態度を取り始めた他の侍女達と違って、ジゼルだけは以前も今も、変わらず千瀬の傍にいてくれる。

 千瀬は元々、非社交的な訳でも根暗な訳でも引っ込み思案な訳でも無い。ただ単に、目立つことが嫌いなだけなのだ。だから、自分の傍を離れずにいてくれたこの侍女の存在には、何かと救われていた。

 そうか、この本はそんなに続くのか。ならば、当分の間の退屈凌ぎにはなりそうだなと思いながら、

「――…ねえ、ジゼル」

 千瀬はワゴンにティーセットを乗せたジゼルを呼んだ。

「何ですか?」

「ジゼルは、実物の竜を見たことがある?」

 王子達に聞かされた話によると、この国には竜はいないのだそうだ。

 厳密に言えば、竜を所持している国は、一つしかないらしいのだが。

 見たことくらいはあるだろうかと何気なく問えば、ジゼルはいいえ、と首を横に振った。

「竜は、ドラクーン皇国の宝です。その姿を目にすることが出来るのは、皇国の式典と、戦の時だけだと言われてます」

「……式典と、戦…」

 目立つことも嫌ならば、危険な目に遭うことも絶対に嫌だ。

 一度生きている竜を見てみたいと思ったが、どちらも居合わせたくない場面だ。諦めるしかないようだなと、千瀬は肩を落とした。




異世界の人達のセリフ内でのみ、千瀬の名前は「チセ」呼びです。


※2012/04/17 一部、改行位置等を修正しました。

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