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01:異世界での日常

「――まあ、アドルフ様ったらお上手ね」


 ころころと、鈴が転がるような可憐な笑い声。

 王宮の中に設けられた談話室。

 窓辺に程近い席に優雅に腰掛けた、艶やかな黒髪の少女の言葉に傍らの青年は肩を竦めた。

「そんな風に、口の上手い男のように言われるのは心外だな。僕は思ったことを素直に口にしたまでのことだよ」

 そう言って苦笑する青年は、まるでお伽噺から抜け出して来たような、金色の髪と青い瞳の美貌の持ち主。少女と並ぶその姿は、まるで一枚の絵画のようだった。

 と、バタンと豪奢な扉が開き、

「アドルフ! また抜け駆けかい?」

 賑やかな足音と共に、新たな登場人物がその景色に入り込む。

 金髪の青年――アドルフとはまた違った雰囲気を持つ、柔らかな茶色の髪と緑の瞳の青年。アドルフを「美しい」と形容するとしたら、その青年は「可愛らしい」と形容するのが相応しい容姿の持ち主だ。

「レイナと話す時には皆一緒に、と決めただろう?」

 唇を尖らせる子供っぽい仕草も、仔鹿を彷彿とさせるその可愛らしい顔立ちには良く似合う。

「おや、そうだったかな、セドリック」

「な……」

 茶色の髪の青年――セドリックが、空とぼけるアドルフの言葉に何か反論しようとすると同時に。

「忘れたとは言わせないぞ、アドルフ。先週の夜会の後にそう取り決めたじゃないか」

 二人の会話に割って入ったのは、これまた二人の美青年に並ぶとも劣らずと言った、美しい青年だった。

 癖の無い銀色の長い髪を緩く束ねた青年は、咎めるように薄い青の瞳を眇める。そんな青年に、アドルフはわざとらしい程の大きな溜め息を吐き。

「判ったよ、アーネスト。僕が悪かった、抜け駆けしようとしたことは謝るよ」

 と言って、やれやれと肩を竦めた。

「判れば良いんだ。では、気を取り直して四人で仲良く話そうか?」

 銀髪の青年――アーネストはアドルフの答えに満足気に微笑み、傍らの椅子を引く。

「そうだ、レイナ。昨日、商人が珍しい果物を持って来たんだ」

「珍しい果物?」

「ああ。南国の果物なんだって。すっごく、甘いらしいよ」

「まあ、食べてみたいわ」

「判った、すぐ用意させよう」




 登場人物が四人に増えて、一層華やかになったその光景。

 そのやり取りを離れた席から眺めながら、チセ――千瀬はそっと溜め息を吐いた。

 頬に掛かる癖のある猫っ毛を指先でくるくると巻き、口元に当てる。


 ――ほんの一ヶ月前まで、黒髪の少女――レイナのポジションに居たのは千瀬だ。


 千瀬は、この世界とは別の世界――地球にある日本という国から、約三ヶ月前にこの世界に迷い込んで来た客人だった。

 いつも通り、仕事へ行こうと家を出た筈なのに、気付けばこの王宮の中庭にぼんやりと立っていた。

 映画や絵画で見る中世ヨーロッパの衣装に良く似た服装の人達に囲まれた時は、みっともなく取り乱したっけ。

 三ヶ月前の自分自身を思い出し、小さく苦笑する。


 最初は、言葉も通じなかった。

 だが、この世界は何と魔術という便利なものが発達した世界で。

 宮廷魔術師によって、千瀬はこの世界の言葉を理解する力と、自由に喋る力を与えられた。

 そうして聞かされたのは、この世界では千瀬のように異世界から人が迷い込むことは珍しいことではないという話だった。

 ――迷い込む人が珍しくないってことは、戻る方法とかもあるんですか。

 その頃にはすっかり落ち着きを取り戻していた千瀬の問いに、宮廷魔術師は申し訳なさそうに首を横に振った。

 迷い人を戻す研究は、十年以上続けられている。けれど、未だにその術を見つけ出すことは出来ていないのだと。

 ――じゃあ、私はこれからどうすれば……

 投げた問いに、それは、と宮廷魔術師が答えようとしたその時。

 ――ねえ、中庭に現れた迷い人ってのは、君?

 現れたのは、金髪碧眼の青年――アドルフ、だった。


 千瀬が迷い込んだこの国の第二王子であるアドルフは、一目で千瀬を気に入ったらしく。王宮内に迷い込んだのも何かの縁だと言って、この王宮に住むようにと千瀬を熱心に説得した。

 千瀬を気に入ったのは、第一王子のアーネストも、第三王子のセドリックもまた同じで。

 美形王子三人に、こぞって「ここに住め」と説得されたのだ。外国人にも、美形にも馴染みの薄かった千瀬が半ば気圧されるようにその申し出に頷いてしまったのは、当然の流れだったと言えよう。


 毎日、入れ代わり立ち替わり、自分の元へやって来る三人の美形王子達。

 年頃の女性なら、まるで夢のようだと思って当然のシチュエーション。

 しかし、千瀬は少し普通とは違う感覚の持ち主だった。


 はっきり言って、迷惑だったのだ。


 子供のころから目立たない裏方が好きで、表舞台に立つようなことは大の苦手だった。

 そんな自分が、美形の、それも王子達に口説かれるなんて、冗談じゃない。

 早く飽きてくれないかなあ、と切実に願い続けること、二ヶ月。


 その願いが通じたのか、王宮に現れた新たな迷い人は、レイナ――麗名という、非の打ちどころのない美少女だった。


 さらさらの艶やかな黒髪。大きな二重の目。小さな桜色の唇。

 初めて顔を合わせた時には、同性だというのに思わず見蕩れた。

 レイナに心奪われたのは、三人の美形王子達も同じで。

 王子達の興味は、一瞬にして千瀬からレイナへと移り変わってしまった。

 足しげく千瀬の元に通っていた三人の王子は、その行き先をレイナの元へと変え。

 千瀬? ああ、いたっけ、そんな娘。

 とでも言いたげな、掌を返したような素っ気無い態度を千瀬に取るようになってしまった。


 楽しげに話し続ける四人からそっと視線を外し、すっかり冷めてしまった紅茶を啜る。

 幸い、興味がレイナに移った後も、王子達は千瀬に「王宮から出て行け」とは言わなかった。

 さっさと自分に飽きて欲しいと思う一方で、急に追い出されるのは困るなと思っていたのでその点はとても助かった。

 今の自分の立ち位置を説明するとしたら、『異世界で美形王子達に口説かれるという表舞台から、一瞬にして舞台下に引き摺り下ろされた憐れな脇役』なのかもしれないが。

 少なくとも、千瀬は今の現状に満足している。

 強いて不満な点を挙げるとしたら、周囲が自分に向ける憐れみの眼差しくらいだ。

 小さく苦笑すると、冷めた紅茶を飲み干し、千瀬は静かに席を立った。




※一部、改行ミス等を修正しました。

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