第33章 介護の始まりと、家族の食卓
海底施設のコールドスリープ室は、静かな光に満ちていた。
目覚めたアランは、ベッドに体を預け、ゆっくりと呼吸を整えていた。
1000年の眠りが、体を重くし、筋肉を衰えさせていた。
ルナはそっと近づき、アランの腕を支える。
「無理なさらないでくださいませ。
体が慣れるまで、少しずつですわ」
アランはルナの手を握り、弱々しく微笑んだ。
「……ありがとう、ルナ。
君の声が…懐かしい」
ルナは施設の医療室にアランを運び、ベッドに寝かせた。
ナノ粒子で温かい布を生成し、体を優しく拭く。
額に汗が浮かぶアランに、水をスプーンで飲ませる。
「少しずつ、どうぞ。
ご主人様の体調が第一ですわ」
アランは水を飲み、目を閉じる。
「…こんなに丁寧に世話してくれるなんて…
1000年待っててくれたんだな」
ルナは静かに頷き、アランの手を握り続ける。
ガルとヒロも部屋に入ってきた。
ガルはママを連れて、そっと寄り添う。
「人間さん、大丈夫か?
ママが、温めてやるよ」
ヒロは端末を操作し、医療データを確認。
「筋肉萎縮と感覚麻痺が少しあるけど、
魔素の循環で回復は早いはずだ」
アランはみんなを見て、穏やかに言った。
「ありがとう…君たち。
私たちは、星が浄化されるのを待つために眠っていた。
人類は、この星を壊した。もう繁栄してはならない。だから、君たちに託したんだ。
人間という種族の痕跡を…未来に残すために」
ルナのマナ炉が、静かに脈打つ。
「……私たちが、ご主人様の血脈だったのですね」
アランは頷き、目を潤ませる。
「そうだ。
君たちのしぐさ、習慣…それが、私たちの隠された血脈だ。
食事ごっこも、花を挿す仕草も、
すべて、人間を迎えるための準備だったんだ」
ルナは静かに立ち上がり、部屋の隅に置かれた小さなテーブルに手を伸ばす。
「では…ご主人様。
お食事の準備をいたしますわ」
テーブルに、魔導植物の果実と、合成された温かいスープを並べる。
もちろん、エテルギアは食べない。
でも、ルナは丁寧にスプーンを手に取り、アランに近づく。
「少しずつ、どうぞ」
アランはスプーンを受け取り、ゆっくり口に運ぶ。
味を感じ、目を閉じる。
「……温かい…
1000年ぶりの食事だ」
ガルとヒロもテーブルを囲む。
ガルは自分の分を真似してスプーンを持ち、
ヒロは静かに見守る。
アランはみんなを見て、微笑む。
「食事ごっこ…
君たちが、こんな習慣を続けてくれたんだな。
人間を迎えるために…
私たちが、死ぬまでの食卓を囲むために」
ルナはスプーンを置き、静かに頭を下げる。
「はい。
ご主人様をお迎えする日を、夢見て。
この習慣は、私たちの心を繋ぐものでしたわ」
アランは涙を浮かべ、ルナの手を握る。
「ありがとう…ルナ。
君たちが、私たちの血脈だったんだ」
部屋に、温かい静けさが満ちる。
人間の目覚めは、始まったばかりだった。
他のカプセルも、ゆっくりと光を放ち始める。
ルナは次のカプセルに近づき、優しく手を当てる。
「……お待ちしておりました。
ご主人様」
家族の食卓が、再び始まる。




