タイトル未定2026/03/02 11:24
第一章 幸福な観覧車
観覧車の頂上で、世界は静かだった。
ひなたは指先をぎゅっと握りしめる。
隣には幼なじみの拓海。
花火が夜空を裂く。
「ねえ、拓海」
声が震える。
五歳の頃から隣にいた人。
好きという言葉は、簡単なのに言えなかった。
観覧車が大きく揺れた。
悲鳴。
落下。
視界が白に染まる。
(今度こそ、言いたかったのに)
暗闇に沈んだ。
第二章 青い断絶
目を開けると、光が揺れていた。
水の中。
だが、苦しくない。
頭上に広がる蒼。
遠くに沈む像。
それはかつて地上で「奇跡の街」と呼ばれた
リオデジャネイロ の名残だった。
巨大なドーム都市。
五千年後。
人類は海底に生きていた。
「目覚めたか」
低く静かな声。
蒼い瞳の青年。
彼の視線に射抜かれた瞬間、胸が妙に痛んだ。
第三章 漂流者アナ
ひなたは「アナ・マリス」として登録される。
ここでは、過去文明の“意識データ”を定期的に呼び戻す。
都市の維持に必要な知識のため。
彼女はその転生体。
だが、王は違う顔をしていた。
レオナルド・アズール。
海底王。
冷静、理知的、感情を排除した存在。
だが夜、ひとりで沈んだ像を見つめていた。
孤独が滲んでいた。
第四章 王妃候補
都市の心臓――深海核。
不安定化が進んでいる。
適合率99.7%。
それがアナだった。
「王妃候補になってもらう」
政略。
ひなたの胸が痛む。
(また、誰かの都合で選ばれるだけ?)
前世でも、言えなかった。
今世でも利用されるの?
彼女は決める。
今度は、自分の意志で選ぶ。
第五章 沈んだキリスト像
ドームの外へ出る。
沈んだキリスト像。
腕を広げたまま、海藻に覆われている。
レオナルドが言う。
「この都市は一度、恋人を犠牲にして救われた」
初代王は愛する人を核にした。
以来、王は感情を持たないと誓った。
ひなたは静かに言う。
「それ、逃げじゃない?」
彼が初めて、怒った。
「私は王だ」
だが声は震えていた。
第六章 転生の真実
データアーカイブに触れた瞬間、映像が流れ込む。
前世の最後の瞬間。
落下。
だが、その直前。
拓海が手を伸ばしていた。
彼はひなたを庇って落ちた。
自分が助かるためではなかった。
ひなたの胸が裂ける。
(私は守られて死んだ?)
さらに衝撃。
レオナルドの意識基盤に、拓海の記憶断片が存在していた。
海底王は、かつての彼の意識を一部統合して生まれた存在。
だから、初対面なのに胸が痛んだ。
第七章 裏切り
貴族派が反乱を起こす。
「王妃を核にしろ」
犠牲は合理的。
愛は不要。
都市の一部が崩壊する。
深海核が暴走。
ひなたは核室へ向かう。
レオナルドが立ち塞がる。
「私が核になる」
彼は覚悟していた。
また、誰かを守るために死ぬつもりだった。
ひなたは叫ぶ。
「今度は私が守る!」
第八章 共有
核は蒼い水晶。
触れれば意識が吸われる。
ひなたは理解する。
犠牲はもう選ばない。
「命を共有する設計に書き換えられる」
二人は制御系へ接続。
条件:どちらかが死ねば、もう片方も死ぬ。
それでも選ぶ。
光が爆発する。
都市が揺れる。
蒼い津波がドームを包む。
やがて静寂。
核は安定。
だがレオナルドは崩れ落ちる。
「ひなた……?」
名前を呼んだ。
初めて。
第九章 記憶の喪失
目を覚ましたのは、ひなた。
レオナルドは目を閉じたまま。
三日後、彼は目を開ける。
だが――
記憶がない。
王としての知識だけ。
ひなたの名も、拓海の断片も失われた。
胸が締め付けられる。
それでも彼女は笑う。
「初めまして、王様」
今度は逃げない。
一から恋をする。
第十章 海が朝を連れてくる
数年後。
海底都市は繁栄する。
レオナルドは少しずつ感情を取り戻す。
ある朝、沈んだキリスト像の前で彼が言う。
「なぜだろう。君を見ると胸が痛む」
ひなたは笑う。
涙が浮かぶ。
「それ、恋だよ」
彼は静かに抱き寄せる。
「なら、もう一度教えてくれ」
海の向こうに光が差す。
五千年の海の底で、
二度目の初恋が始まる。
今度は、沈まない。




