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名族の虎の尾を踏んだ!

 米川が見つけて田代を連れて行った屋敷に住んでいたのは、麻山一族の末裔で名前は麻山荘子(まやまそうこ)、今は一緒に住む老人の実の妹だった。


 荘子はその悪徳不動産にまんまと騙されて、わずかのお金といっても一千五百万円ほどで先祖代々の家々と土地を売ってしまう契約を約束していた。

 翌日には契約書を持ってきた田代と米川とすぐに契約した後、十日後には不動産会社からの前金の入金を確認できた。


 そして、荘子は数日後に最近ボケが酷くなった兄に古い家が五件とも売れたことを自慢げに伝えた。

 そして、二人の住む家をバリアフリー化を安く工事してもらえる事になったと話した。


 その瞬間にボケていたはずの兄の表情が変わった。

 まさに、戦国時代の武将を彷彿させるような怖い顔だった。


「なにぃ、家と土地を売っただと!この馬鹿が! あれ程何もするなと言っておいたのに。いつ売ったんだ?」と老婆を罵り尋ねた。


 老婆は誉められると思っていたので、兄の恐ろしい声に慄き、泣き声で兄に謝った。

「ごめんなさい!兄さん。二週間ほど前です。もう契約もしたし、手付金で百万円も入金してもらったんです」さらに

「誰も住んでいないあんな古い家なんていらないと思ったんです。兄さんの介護にもお金がかかるし、バリアフリーにしないと兄さんの車椅子を外に出す時も大変なんです」と泣き顔で続けた。


  しかし、老人は容赦なく

「なんでお前が勝手に契約なんかしたんだ。それに金も受け取ったって、一体幾らで売ったんだ」

「一千五百万です」と荘子は小さな声で答えた。

 老人はさらに

「バリアフリーとか言ったな。その工事代はその金額の中に入っているのか?」と詰問口調で荘子に尋ねた。

「いえ、入っていません。約四、五百万と言ってました」

「と言うことは、工事代を引くとわずか一千万円で分家とはいえ先祖代々の土地と五件の家を売ったと言うことか?」


 老人はガックリと肩を落とし、荘子はさらに縮んでしまったように小さくなって首を項垂れた。


 荘子の兄である老人の名前は麻山浩一(まやまこういち)。


 上東市に古くから居を構え、戦国時代には有名を馳せた名族の末裔であり、彼はその一族のリーダーであり、一族のメンバーからは先祖代々「お館(やかた)」と呼ばれていた。


 地元の高校を卒業し、長野市にある公立大学を卒業し、上東市に残された広大な一族の土地や建物を所有し、一族のメンバーを束ねる人物であった。


 壮年期には市議会議員を務め、市長候補にもなった地域の名士だったが、子供がおらず誰に跡を継がせるかを悩んでいるうちに、妻を亡くした。


 彼には最近老人性痴呆症の傾向が強く出ており、今は妹の家で同居しのんびり余生を送る身分となっていた。


 そんな一族の土地を狙い撃ちのように安く買われたのだった。


 以前も一族の者が詐欺被害に遭い、夫が妻の命を奪うと言う痛ましい事件があったが、その詐欺まがいの会社がその黒須不動産だった。


 翌週には麻山浩一は一族の者を集め、屋敷の奥の大広間の上座で事情をたんたんと話し皆に詫びた。


「この顛末の責任は私が必ず取るので、今は力を貸して欲しい」と畳に頭をつけて土下座して謝った。


 一族の者たちは、暫し誰も何も話すことを出来ずにいたが、一番の長老らしき年寄りが

「お館、頭を上げて下さい。事情はわかりました。こういう事はいつの時代にもありましたよ。でも、その度に我らは問題を解決してきた。なあ、そうだよな?」と発言し、皆は頷いた。


 そして、麻山一族の話し合いが始まった。


 結論はどんな手段でも良いから、先祖代々の土地と家を取り戻すことに決まった。


 そして、お館と呼ばれた老人は、老人性痴呆症などとはほど遠く、見違えるようなキビキビとして、威厳のある態度でメンバーに通達した。


「まずはそのふざけた不動産屋のことを調べよう。以前、義一(ぎいち)が嵌めれたあの黒須不動産だ。三組で手分けして調べる。編成はいつもと同じ『組』で行く。組頭(くみかしら)は明日俺と一緒に弁護士先生と相談だ。一週間後にまたここで会おう。それまでに分かる範囲で調べ上げて報告するように、以上」


 すると、集まった十数人のメンバーは組と呼ばれているチームで輪になりひそひそと小声で相談をし始めた。


 お館のそばには頭組三人が集まり、やはりひそひそと相談をして、二十分後には打ち合せが終わり、皆が浩一老人に挨拶をしてスーと居なくなった。


 まるで忍者のように


 彼らの組は通常四人程度で構成されており、三人のメンバーと年配の組頭いうという構成で、活動の主体はメンバーが実施し組頭が統率する。

 組頭は組単位での働きとは別に、お館を加えた四人の組頭での活動にも参加する。


 今回は合計で三組九人のメンバーと組頭三名と麻山一族のお館である麻山浩一の十三人だった。




 一方、米川は営業部長の田代の指導を受けながら、麻山一族の土地と五軒の空き家になっている住宅を安く買取り、さらにその土地を裏ルートに紹介する一部始終を経験していた。


 田代と同行した日以来、米川は社員として先輩アルバイトが見つけてきた空き家を中心にした情報に対して、所有者を探し出し初回訪問を実施し、脈があるところには価格提示以外の営業活動を、田代の指導を受けながらも実施できるようになっていった。


 こうして三ヶ月の月日が流れ、米川は幾つかの商談を経験し、この不動産屋の仕事をマスターしたようだった。


 しかし、忙しさにかまけていたわけではないが、麻山一族の老婆からは見積もっていたリノベーションの工事注文が届かずにいたので、大いに気になっていた。


 工事発注時点で老婆側よりの入金を受けて業者に発注し、工事終了時点で全額入金を受けて、その時点で土地と五軒の住宅を買い取る算段となっていたが、工事発注も連絡も途絶えていた。


 田代に相談すると、何故か「あの件はしばらく放置で良い」ということなので彼の仕事ではなくなっていたのだが。


 もしや裏ルートへの転売が成立して、リノベーションの必要がなくなったと言う事かと思ったが、せっかく田代や社長の覚えめでたき時に、余計な事で信頼を裏切るのは得策ではないと思い、あの約束の事はしばらく忘れることとした。


 何を忘れるかと言うと、麻山一族の婆さんとの約束で、


「お婆さん、足腰の弱ったお爺さんの出入りをしやすくしてあげようね。その為にリノベーションを早くしないとね」と約束していた事が気になっていたのだ。


 しかし、彼はそんな約束事はすっかり忘れてしまうほどに、忙しく働いたので彼の評価は社内で高くなってゆき、他の五人いる社員からも白い目では見られるほどだった。


 でも、営業部長と社長のお気に入りのような存在となっていたので、他の社員やましてや先輩アルバイトも彼の実力は認めており、彼は意にも留めていなかった。


 まだ残暑が続く九月中旬のある日、仕事が終わって帰ろうとしていた時に田代に会議室に呼ばれてある話を聞かされた。


「米川、お前の故郷は北浅間村だよな。あそこも過疎化が進んでいて、空き家が増えているよな」

「はい、そうですね。私の実家のそばにも空き家がいくつかあります。でも、別荘地の方も空き家が多いと聞いてます」

「そうか、空き家は売れないだろう」

「はい、近所の空き家もこの十年ぐらいほったらかしですね」


「今度、ここでやっているのと同じよう北浅間村でも空き家のリノベーションと転売を広めたいと思っているんだが、どう思う」

「何か良いネタがあれば、年寄りも乗ってくると思います。例えば、新たな別荘地や開発計画とか・・」

「お前、なかなか賢くなったな。社長も同じことを言っていたよ。あそこは涼しいから避暑にはもってこいだよな。この猛暑が続く日本では貴重な地域だよ」

「ただ、本当の開発計画が始まれば俺たちのような中小は相手にされないだろうよ。だから、先手を取るのさ」


 田代はそして

「今度、一週間ほど時間をやるから、北浅間村の状況を調べて来いよ」米川は自分で思っている以上に信頼されていると感じ、感激して

「はい、わかりました。やってみます。必ず良い情報を持ってきますよ、部長」と答えた。


 米川は早速翌週に地元の北浅間村の実家に帰る準備をした。


 親に連絡すると変な事を想像されると面倒なので、一番信頼できる姉に連絡を取った。

 まずは翌朝、個人LINEで「姉ちゃん久しぶり肇(はじめ)です。仕事が上手くいって、来週少し休みをもらったので、家に帰りたいんだけど、」と送信するとすぐに既読がついた。


 姉から「随分久しぶりだね、肇。元気にしてた?帰ってくる事は母さんに言っておく」と返事がきて、

 午後には「いつ家に帰って来ても大丈夫だよ!帰ってくるのは土曜日、日曜日?」とニコニコマークと共に返事が来た。


 彼も嬉しくなって柄にもなく絵入りで「日曜日の午後」と返信すると、「了解です。安心して帰っておいで」と返信が来た。


 翌日には近くの和菓子屋で結構高いお菓子を買い、姪っ子に玩具屋で好きそうな流行りのオモチャを買い込んだ。


 予定通り日曜日にレンタカーを現地乗り捨ての条件で借りて自宅に向かった。


 荷物はお土産以外に普段着と下着の他に、田代から借りているスーツと会社から借りている携帯、会社の名刺、パンフレット等の商売道具一式だった。


 また、彼の格好は最近買い込んだ流行りのちょっと気取った服で着飾っていた。


 成績も良かったせいもあり、毎週六万円以上の給与をもらい、家賃も光熱費の支払いも田代のおかげで無いせいもあって、この数ヶ月で少し懐に余裕が出来ていたのだ。


 高原地帯である北浅間村では一段と涼しさが増し、とても過ごしやすい日々が続いていた。

 そんな九月下旬のある日、米川は少し緊張気味に実家のインターフォンを押すと、姉と母と姪っ子が嬉しそうに玄関で迎えてくれた。


 姪っ子が「はじめおじさん」と言って抱きついてきたのには、米川は思わず目頭が熱くなる思いがした。


 姉と母は久しぶりに見る弟であり息子の元気そうな姿を見て、ニコニコと

「思ったよりも元気そうだね。よく帰ってきたね。さあ、さあ、中にお入り」


 そして、母はその喜びを一緒に感じて欲しくて

「お父さん、肇が帰ってきましたよ」と居間にいるであろう父親に声をかけた。


 米川が居間に行くと父親が少し表情を崩して、

「おう、元気にしていたか?」と尋ねるので、米川も頷きながら名刺を渡した。


 名刺には黒須不動産株式会社 営業部 米川肇と記載されていた。


「ああ、なんとかね。今はこの会社で営業をしていて、結構仕事もうまくいっているので、こんな感じさ」と流行りの服を見せると、父もうなづいた様子だった。


 米川はすぐに姪っ子をそばに呼び、

「ほれ、これ好きだろう」と買ってきたオモチャを渡すと、姪っ子は「おじちゃん、ありがとう」と嬉しそうにそれを受け取りすぐに箱を開け始めた。

 姉はこれには少し驚いて、「ありがとう!へえ、随分と気前が良いわね」と喜んだ。


 それから米川は母親に

「これ、上東市では結構有名なお菓子なんだ。みんなで食べて」と和菓子を渡すと、母はその包装紙を見て、

「あら、これは良いお菓子よ。高かったでしょう?」

「これでも、結構良い給料をもらっているんだ。これ会社の名刺。俺、社員になったんだ」と少し得意げに米川は母と姉にも名刺を渡した。

「ええっ、あんた営業の仕事をしてるの?」と姉が驚いて目を丸くしていた。


 その後、家族は居間の椅子に座り、米川は家族からの質問攻めを受けて、これまでの半年の出来事と不動産会社での仕事の良いところばかりをピックアップして、明るい感じで話した。

 すると家族の笑顔と驚きは頂点に達して、姉と母は

「あんた明るくなって、昔のあんたに戻ったみたいだね。良かった。良かった」と思わず涙ぐみそうになっていた。


 そして、食事も終わり、大分に酔いが回って来た頃、今回の帰省の理由はただ休みで帰省したのではなく、会社から一週間の現地調査と営業準備を任されてきたと家族に話した。


「俺さあ、社長や営業部長に気に入られているみたいで、一週間の出張の費用も出してもらって来たんだよ」と嬉しそうに話すので、一瞬皆は微妙な顔つきをしたが、

「そんなに信頼されているんだ。すごいじゃない!」と母は喜び、娘である彼の姉に対して、「ねえ、そうよね」と同意を求めたので、姉も少しばかり逡巡したのちに、

「今のこの村にはとても必要なことよ。よく調査して、会社の人に良く話してあげてね」と応援をするのだった。


 父親だけは「そんなに美味しい話だけではなかろう」とでも言いたげだったが、妻と娘の機嫌を損ねる必要もなく「息子の更生を喜ばない親はいないか」と思い、お土産の和菓子を頬張りながら、好物の焼酎を飲むのだった。


 彼はお酒のおつまみに甘いものを食べるのを、息子が知っていてそのお菓子を買って来たのは分かっていたのだった。


 その晩にたまたまテレビ放送で『移住を希望する都道府県で群馬県が第一位』と言う特集が組まれ、一家でその特集に見入ったのだ。


 具体的には舞台は隣の群馬元町で、人口一万四千人の町になんと数千人の移住者が転入しているとのことで、彼らにとっては明るいニュースだった。


 無論、役場で過疎化に取り組む仕事をしている肇の姉はこの事をある程度知っていて、群馬元町の役場とも交流以上の関係を持っていた。


「村長さんや役場の次長さんたちからも県知事さんにもっと予算を付けて欲しいと申請しているのよ」と姉が語ると、父は

「役場だけではなく、村民がみんな協力しないと駄目だ。この村は国からも予算を付けてもらっているキャベツで潤っているんだから、上からの施しはもうあんまり期待出来ないんじゃないか?」と少し自嘲気味に発言する。


 米川は心の中で、「だから、中古の家を上手に活用して、転入者を増やせば良いんだ」と言いたかったが、ある事情を考え発言を飲み込んだ。


 ある事情とは彼の所属する不動産会社が、儲かることを優先するいわば“悪徳業者”と言う悪い評判がたっていることだった。


 しかし、彼は営業部長や社長に認められてきている事が心の余裕につながっているのか、本来の明るい時の彼の素の性格に戻ってきているようで、決して全ての取引が詐欺まがいではなくリノベーションが成功し良い値で売れた物件もあったと思っていた。


 彼はこの四ヶ月の経験の中から、会社にわざわざ礼を言いに訪れたお客がいたことも目撃しており、自分はそのように感謝される商談をすれば良いとも思っていた。


 ただ、そんなきれい事だけでは済まないのも世の常であったが、その日の楽しい団欒(だんらん)は久しぶりに米川家に訪れた幸せな夜となった。


 夜になり風が強くなり、びゅうびゅうと音を立てるほどで、夜更けにはストーブをつけるほどの冷え込みとなった。



 米川は上東市で借りたレンタカーは到着地返納契約なので到着した時点で返却してしまったので、次の日から実家の作業用の軽トラックを借りて、目星をつけておいたところを見て回った。


 空き家を見つけると車を止めて、スマホで住所を調べて写真を撮った。

 数箇所の空き家を見つけると、昼を過ぎたので調査を休憩し、昔よく通った食堂に入った。


 あまり、人に見られるのは嫌だったが、その地域には店の数が元々少ないので、

「贅沢は言えないな」と思い、暖簾を潜った。


 やはりそこに例の事件の共犯でもある後輩が父親と食事をしていた。

 向こうも入り口から入ってきた米川を見て驚いていた。


 米川も「しまった」と思ったが、後輩はすぐに米川のテーブルに近づき、

「ご無沙汰です、肇さん。お元気ですか?帰ってたんすね」

「ああ、昨日帰った。一週間ぐらいいるつもりだ」

「そうなんですか。冷たいじゃないすか。連絡くれれば良いのに」

「そうもいかないだろう」と後輩の父親の渋面をチラッと見ながら答えた。


「あとで、携帯に連絡します」と後輩は小声で言って、父親のいるテーブルに戻って行った。

 息子の報告を受け、父親が米川の方を向くので、コクリと頭を下げた。

 向こうも少し顎を引く程度の反応を示した。


 その日は夕方まで不動産屋の目線で地元のあちこちを見て周り、これまで気にしていなかったが、思ったより過疎が進み空き家が増えていることを痛切に感じた。


 辺りが薄暗くなり始めた頃に、後輩から携帯に電話が入り、その日は仕事を終えることにした。


 後輩に簡単に近況を伝えると、明日にでももう一人の共犯となった後輩と一緒に会わないかと誘われたので、彼らの顔を知られていなさそうな、隣町のファミレスのような焼き肉店で夕方落ち合うことにした。


 そして、今日の報告を田代にすると

「おう、そうか、そこそこ収穫ありだな。今週はその調子で頑張れや」と満足げにすぐに通話が終わった。


 翌日の夕方、米川と後輩たちは約束通り、隣町の焼き肉店で落ち合った。

 米川は仕事を終えてそのまま軽トラックで向かい、駐車場に車を置きファミレスに入って行くと、二人の後輩は壁側のやや奥の席に座り彼を待っていた。


 米川は彼らに気づくと軽く手を上げてテーブルに近づいていった。

 二人は米川の姿を見つけると立ち上がり彼を迎えた。

「おお、久しぶりだな。真面目にやってるか?」と米川が声を掛けると、二人は米川の顔を見て嬉しそうにほぼ同時に「はい」と答えた。


 米川はそれを見て嬉しいような、申し訳ないような心持ちだった。自分でも少し意外な心境だなと感じた。


 ウエイターの女の子がすぐに来客に気づき、水を持ってきてオーダを受けにきたので、米川はアイスコーヒーを頼んだ。


「もうあれから4ヶ月以上経ったんだな。あの時はお前らを巻き込んで悪かったな。本当、申し訳なく思っているよ。でも、前科がつかずに良かったよ」

 一人が「肇さん、何言ってるんすか。俺たちは家の仕事を手伝えば良いけど、肇さんこそ、すぐに出て行ったんで心配してましたよ」


 米川は 優しい表情で

「俺は大丈夫だよ、お前らは農業には慣れたか?」と聞くと明るく彼らは

「俺は小さい頃から畑仕事を手伝わされていたので、すぐに何とかなりました」

  もう一人も

「俺も今じゃトラクターにバリバリ乗ってますよ」

「そうか、それなら良かったよ」と米川は実の兄貴のような心持ちで喜んだ。


「肇さんこそ、どうしてるんですか?もう帰って来たんですよね?」

「俺か、俺は仕事で戻って来たんだ。今は上東市で不動産の仕事をしてるんだ」と言って、得意げに二人に名刺を出した。 


 二人は名刺を見て

「おお、サラリーマンしてるんすね。流石、肇さんだよな。しかも、不動産の営業ですか。黒須不動産という会社か、すげえな」と顔を見合わせて驚いた様子だった。

「で、仕事で戻って来たとはどう言うことですか?」


 米川は詳しい話をしても解らないと思い

「ちょっとした不動産の調査でさ、会社の上の人が特命ってやつで、事前調査を俺に任せてくれたんだよ」

「へえ、流石ですね。こっちで何かするってことですよね。へえ、楽しみだな」と言った感じで、ここでも後輩たちからの質問攻めに対して、苦労話も交えながら仕事に成功しつつあることや、社長や営業部長に買われていることを少し自慢げに話した。


 そう言っておけば後輩達も安心し喜ぶかと思っての彼なりの気配りだった。


 楽しい時間はあっと言う間に過ぎ、夜の九時になったので、それぞれの車に乗り家路についた。


 米川は満足感に浸っていたが

「やっぱり、あいつらや地元の人たちを騙したりはできないなあ」と言う思いを強くしていた。


 米川にとって久しぶりの故郷での忙しくも楽しい一週間はすぐに過ぎ去り、上東市に戻る日に米川は部長に指示を受けた説明会の会場の打診をするため、二箇所の別荘地の管理事務所を訪れた。


 一つの別荘地の事務所は少しお高く止まっている感じで、軽く断られたが、もう一つの別荘地は少し寂れた感じではあったが、ちょうど良いサイズの会議室もあり、多分利用に関しては大丈夫だろうと言うことだった。


 そこは何と丈一郎が住む別荘地の管理事務所だった。


 この管理事務所は鉄筋コンクリートの二階建てで、一階には管理人用のキッチンの着いた洋室と十畳以上はある広い応接室と男女別のトイレがあり、二階には二十畳程度の会議室があり、倉庫も装備されていたが普段は使われていない。


 この無駄に立派な管理事務所の存在が別荘地と近隣の住民に大きな災いをもたらすのだが。


 また、この管理事務所の奥側には、よく言えば山小屋風の管理人の簡易住居も隣接するように備えられていた。

 この山小屋風の住居には今は誰も住んでおらず、管理事務所の正面側からは見えず死角となっていた。

 事務所横の坂道を上り、庭園公園となっている小川に向かう散歩道の途中にあった。


 米川は出張調査から戻った翌週月曜日の朝には田代と社長に結果報告をした。


 それに備えて彼は日曜日に部屋で食卓に使っている丸い机に向かって何時間もかけて、収集した情報を整理した。

 地元の村の一般住宅の数と空き家の数、その地域の別荘地の名前と開発開始からの年数と規模を集計した。

 それぞれの空き家の割合、平面図から苦労して計算した後に、地域全体の一般住宅と別荘の軒数、そして肝心の空き家の予想数を整理していた。

 また、それぞれの様子をスマホで撮影した画像の確認し、説明に使う画像を選定していたのだ。


 これらの資料と画像を見せながら、田代と社長に二時間近くかけて報告した。


 報告が終わると、社長も田代も米川の能力の高さに驚き、田代は

「米川、一週間で調べた事を良く整理したな。大したもんだ」 

 社長の方も

「これだけ揃っていれば全体でどの程度の商売が出来そうかわかるな。よく調べたな、この企画が上手くいったらお前には特別ボーナスを出してやる」と褒めちぎったので、米川はすっかり嬉しくなり、

「この件が上手くいけば俺も村に大手を振って帰れますかね?」と呑気な発言をし、田代に冷たく「それはどうかな?」と首をひねられた。


 この言葉に米川の胸がチクリと痛んだ。


 しかし、そんな米川の不安をよそに、この詐欺まがいを常習とする不動産屋の『北浅間村作戦』は、田代の指揮と米川の整理した情報を基に進んだ。

 悪い奴らは馬鹿ではなく、一般人の弱みや欲につけ込む事を考えるのが上手く、翌々週にはチラシの作成や説明会の案内等の準備が整った。


 営業部長と米川を含む社員三名での勧誘活動が始まった。


 一週間の日程で宿は丈一郎の住む別荘地の近くの『北浅間旅館』に決まり、日曜日の朝から現地に到着し、米川の案内で現地の主要な施設と幾つかの別荘地や空き家が多い地区を巡った。


 彼らが泊まったこの北浅間旅館は岩中家という家が代々経営しており、現在の主人には子供がいなかったので養子を迎い入れていた。


 その養子が岩中拳で実は米川と同じ高校の卒業生で、貸別荘でのカスハラ事件を起こした米川の後輩たちとは同級生の間柄であった。


 拳はこの不動産屋が一週間滞在した間、彼らをそれとなく観察したが、言葉の端々に村民を馬鹿にしたような発言や不審な言動が垣間見えたので、密かに警戒していた。


 案の定、彼らはある日夕食が終わった頃に、父である現在の主人にも旅館のリノベーションの話を持ちかけ、資産として保有せず、運営を別会社にすることで経費が少なくなるような胡散臭(うさんくさ)い話を持ちかけた。


 拳は父がその話をするのを冷ややかに見つめ、説明会には自分が行くと宣言した。

 そこではっきりと断るつもりでいた。


 とにもかくにも、悪徳不動産屋の活動は始まった。


 最初は最も空き家の多い地区への訪問を始めた。次に古くからの別荘の多い地区にも訪れた。

 空き家の多い地区は米川の実家とは車で十五分ほど離れた地域で、今は閉山となった山間の鉱山で働いていた人々が移り住んだ地域らしく、上手くキャベツ農家に転身できた家は潤っていた。


 それ以外の小さな農地しか持たない農家や小さな工場で働いたりしていた人たちの家は、世代代わりが出来ずに空き家となっていた。

 ただ、住み残った周辺の家同士には長い間のつながりがあり、米川達が訪問すると空き家の持ち主とまだ連絡が取れる事が多かった。


 そんな際に彼らは共通の虚言を交えた話をちらっとするのだった。


「群馬県は移住したい県の人気投票でナンバーワンだと知っていますか?お隣の群馬元町では転入者が数千人いるのは知っていますよね?」この問いに多くの人は

「へえ、そうなの?知らなかった」と言うので、

「この間もテレビで特集を組んでいましたよ。中古の家もちょっと手直しをするだけで結構買い手がつくんですよね。それに村でも支援をするようですね」という話を付け加えたうえで

「この空き家の持ち主の人にこのチラシを渡してくれませんか?」と言うと結構な割合で

「ああ、良いよ。持ち主も空き家をどうしようかと相談してきていたから。きっと、その話を聞くと喜ぶよ」と受けてくれるのだった。


 まさに嘘ではないが、詐欺師が好むやり口であった。村人達には村が移住者支援をする確かな計画があるように聞こえただろう。


 また、古くからある別荘地や近隣の別荘へも突撃訪問を繰り返し、堅い管理事務所との衝突もあったが、良い宣伝にはなったようだ。


 活動の結果として尾ひれがついて、嘘の再開発計画の噂が結構広まったようで、村役場に問い合わせる人もいたらしい。

 役場では具体的な開発計画や支援の具体策は全然決まっていないが、転入者を増やしたいのは事実で転入者への中古住宅の販売には前向きらしい様子だった。


 悪徳業者で無ければと言う前置きはあるが、そこまでの情報はつかんでいない様子だった。

 過疎化リスクを感じている村には嬉しい話なので、別荘地の住民と近隣住民の中には色めき立つ人さえ現れた。


 基本的には別荘の持ち主にはリノベーションをすれば高く売れると吹聴し、リノベーションを安く請負うと売り込み、別荘の土地の持ち主には開発計画など関係なく、価値のない土地だけど高値で買い取ると囁く。


 限界集落化の潜在的な恐怖を持っていて、近隣に土地や持ち家を持つ年寄りには、別荘の開発計画が水面下で動いているらしいと根拠のない話をし、現在の家と土地を買取るので、リノベーションした別荘への転居を売り込むと言ったまさに詐欺師の手口だった。


 その合間に米川は田代を伴い、説明会を実施する候補の別荘地の管理事務所を訪れると、管理人が応対してくれた。

 事前に一度は可能性は打診しておいたので、管理人は管理会社に連絡を取ってくれていて、有償であればOKと言う返事だった。


 この別荘地内の全ての管理契約は管理会社が実施していたが、その別荘地から車で一時間以上かかるS市にあり、リフォームや中古別荘販売には積極的ではないそうだ。


 結果として各別荘のオーナーが個別に勝手に色んな不動産屋に相談している状況で、別荘のオーナーが老齢になり後を継ぐ家族がいない場合は、空き家状態で廃屋のようになっていることも多くあるという。


 管理会社も空き家が増えると困るので、管理事務所にチラシを置いておくことと、各別荘のオーナーから相談があった場合には黒須不動産を紹介しても良いとのことだった。


 そして、中古住宅の買い取りと再販のためのリノベーションの詳細説明、リノベーションした別荘を売り込む説明会を同時に開催する日程にあわえて準備が進められた。


 近隣の土地や家屋を売りたい人とリノベーションされた別荘を買いたい一般人の参加申し込み者が予定数である二十人を越えた。



 丈一郎も彼の住む別荘地に見知らぬ不動産業者が訪れ、別荘のリノベーションや中古別荘の買取キャンペーンを始めているのを知った。

 この別荘地には比較的定住者が多く、ほとんど昼間は仕事に出掛けているらしくあまり在宅している家はなかった。


 丈一郎はいつものように別荘地内をのんびり散歩していて、そのスーツを着た男達を遠くから見かけた。

「ああ、あれがその不動産屋だな」とすぐに分ったが、驚くことに、そのグループの中にあの青年の姿を見かけたのだった。


「あれは米川だ!」


 彼らが丈一郎の別荘の方へ歩まっすぐにいてくるのを見て、丈一郎は何か胸騒ぎがして、まっすぐに出くわす百メートル以上手前で左に曲がり、その先にある自分の別荘に急いで戻り、洗濯物を慌てて取り込んだ。


 別に丈一郎が逃げる理由などないが、何か嫌な予感がして居留守を使うことにした。

 幸い彼らは丈一郎の家を通り過ぎ、斜め向かいの家を尋ねたようだった。

 彼の別荘のポストにもチラシが入っていた。


 丈一郎はチラシの中身を確認するが、少し都合の良い文句は並んでいるが違法とは言えない内容だったが、別荘の多いこの地区に彼らが目を付けたことに、ズシンと背中が重くなるような不安を感じた。


 さらに貸別荘でのカスハラ事件のリーダー格の青年が絡んでいることも含めて、すぐに牧野警部補に相談した。

 ちなみに牧野刑事は、この春に警部補に昇進していた。


 牧野警部補へ報告すると、やはり近隣地域でも『ある噂』が出ているそうだ。

 北浅間村までの自動車専用道路の計画前倒しと再開発計画があるという噂だった。

 この噂に対して村役場に問い合わせがあったり、隣町である群馬元町への転入者増加ブームが北浅間村にも起こるような噂も流れているようだった。


 この状況の発端は地元ではない不動産会社も絡んでいると思われるので、根拠無き再開発ブームに別荘住民や近隣住民が込まれないようにしたいのだが、通常のビジネス活動である説明会を阻止するわけにはいかない。


 村役場としては何も打つ手はなく、警察も同様で明確な捜査活動は出来ないはずだ。


 ましてや黒須不動産の動きに呼応するように水面下で動く、あの麻山一族の動きには誰も全く気づかなかった。



 ただ、勘の良い牧野警部補は密かに実態調査を始めていて、長野県警の刑事仲間より、ほどなく例の青年(米川)が最近働き始めた信州の上東市の黒須不動産が、長年詐欺的なやり口でビジネスをしていることを掴んでいた。


 そして、彼らが過去に地域の名族である麻山一族との間でトラブルを起こしたことや、その結果、麻山一族側に不幸な死者が出たことを知った。


 また、黒須不動産が活動を北浅間村に広げていることを知り、牧野警部補は内容を警察署長と刑事部長に相談し、捜査員を増やし事件を未然に防ぐための調査の了解を得ていた。

 無論、事件ではないので最低限の要員だったが。


 牧野警部補は上東市の麻山一族が今も連携していることを後輩刑事から聞いた。

 その後輩刑事もまた麻山一族の末裔だった。

 ただ、彼の家族は花津温泉に古くから温泉宿を営む一家で、上東市の麻山一族との関係はなくなっていた。


 牧野警部補は丈一郎からの相談を受け不吉な予感がして、北浅間村に捜査員を増やして活動しようとした矢先に事件が起きた。


 そして、黒須不動産のこのような動きを、彼らに騙されて一族の家族の命を失う事件や、先祖代々の土地を安価で奪われた麻山一族が知ったのだ。


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