次の春を迎えるために
すこしずつ暖かい日が増えてきた翌年の三月のある日、牧野巌は麻山義一の息子を養子にむかえ、弟の剛と彼の家族と共に育てていくことになった。その子の名は、牧野聡。聡が同居し始めて一ヶ月が過ぎる頃、聡は牧野家の賑やかで温かい生活に少しずつ溶けこみ、自分の心を取り戻しつつあった。特に弟剛の娘は聡より四歳年上で、弟妹が欲しいと思っていたので、小柄で可愛い顔をした聡の面倒を良く見てあげた。聡はこの年上の姉にだんだん心を開き、本来の性格を出し始め、前向きな意志を伝え始める。そして、聡は学校に行きたいと牧野家の家族に伝える。皆はまだ早いと思ったが、その名の通り聡明で明るさを取り戻しつつある聡を信じて、五月の連休明けに五年生に編入させる。多少最初はもたつくが、案外すんなりクラスに溶け込み、友達も出来てみんなで喜ぶのだった。牧野は忘れかけていた小学校の勉強を聡と一緒にする内に、聡の類稀な賢さに驚く。まず、数学や理科に対する理解のスピードの早さに驚き、読書好きで運動能力にも優れていて、この多彩な才能はすぐに彼のクラスの中でも評判となり、親として誇らしかった。しかし、彼は実の親ではなかったので、亡くなった父母が見たらどれほど喜ぶかと思い、上東市の彼らの先祖代々のお墓に報告に行くのだった。
何の曇りもなかった聡の人生を狂わしたのは忌まわしい不動産会社の悪どい商法で、優しかった父がその餌食となり金銭的にも精神的も追い込まれ、女神と呼んだ母を刺し殺すあり得ない事件が発端だった。そして、昨年にはあんな不幸な事件が続き、聡は叔父の一人を亡くし、もう一人の叔父は傷害事件を起こし、今は裁判を待つ身になっている。幸い、心ある男の養子となりその弟の一家と暮らし、少しずつ本来の心を取り戻しつつあった。五月の下旬の初夏を思わせるような暑い日に、牧野巌は麻山一族の墓を訪れた。上東市の山寄りの街の外れにある麻山一族の由緒ある菩提寺に麻山仁、義一兄弟と彼らの父母等のお墓がある。途中の花屋でお供えする生花を買い、寺務所で彼らの墓の場所を教えてもらい墓の前に立った。そこには麻山一族の墓が並んでおり、その傍の入り口に近いところに麻山礼二と家族の墓があった。誰かがお供えした花は暑さのせいで少し萎れていたが、この数週間で誰かが訪れたようで、牧野は少し気持ちを楽にした。花を捧げ、線香に火を灯し、手を合わせた時に誰かの声が聞こえた気がした。驚いて周りを見回すが誰もおらず、再びお墓に向かって
「あなた達がこの世に残した『聡』は私が養子にさせていただきました。必ず守り抜いて、幸せな人生を送れるように立派に育てて見せますので、ご安心ください」と語りかけると、やはり先ほどと同じように何人かの人の声のような音が聞こえた。それは鳥の声だった。違う鳴き方をする鳥達が合唱をするように鳴き交わしていたのだった。多分、シジュウカラとヒガラやメジロの仲間だろうと彼は思い、思わず笑みを浮かべた。
「あなた達の生まれ変わりですね」と囁きかけると、鳥達はことさら大きく囀り合うと、さっさとどこかに飛び去っていった。
彼は、全ての生き物には魂が宿り、壮絶な生死があることを、改めて知った。
< 麻山仁の遺書 >
僕の兄は優しい人でした。兄は奥さんになる人を僕に紹介した時、この人は俺の女神なんだと言っていた。
そんな兄と奥さんのために僕は詩を書いたんだ。兄と義姉の気持ちになって。
結婚式の日にお披露目しようと思ったけど、恥ずかしくてできなかった。
でも兄は義姉ととても仲良く暮らし、子供もできて幸とても幸せそうだった。
何年か後に兄が勤めていた会社が倒産し、副業のアパート経営もうまくいかず、お金に困るようになったんだ。
そんな時に悪い不動産屋に騙されて大きな借金をして、そのことを義姉に責められて、とても悲しいことだけど、義姉を殺めてしまったんだ。
そして、兄は刑務所で生きる気力を失って、病んで死んだ。
僕はこの時全てを失った気がしたけど、兄の子供が生きていることを思い出した。
兄と義姉が幸せだったことをその子に伝えたくて、この詩をその子に渡してほしい。
彼らは天国で必ず仲直りをしているに違いないから。もしかしたら僕もそこに一緒にいるかも。
< 麻山仁の兄夫婦へ贈ろうと思った詩 >
「巡り来る季節と僕たちの出会い」
過ぎてゆく毎日に、僕は何も感じない
風が吹く日も雨が降る日も、晴れた日でさえも特に違わない
朝起きて何かを食べていつもの道をダラダラ歩く
面白くもない事を繰り返し、たまに酒場で憂さ晴らす
それが僕の毎日で、僕らの日常で、明日も何も変わらない
You Tubeで微かに笑い、スマホを閉じて、目を瞑って眠るだけ
季節が変わっても気づかない
いつもと同じ毎日に、君もやはり気づかない
花が咲いても枯葉が散っても、夏から秋になってもそう違わない
夜やっとお風呂に入りTVでお笑い見るのが日課だね
いつも同じベッドで横になり、飲めない酒に少し酔う
これが君の毎日で、僕らの日常で、きっと明日も変わらない
時にはXに投稿し、“いいね”をもらい、少し機嫌を直して眠るだけ
季節を感じる暇もないよね
そんな日々の中で、僕らは偶然出会ったね
凍える寒い雪が降る日に、冬のほんとに嫌な夜なのにさ
家に帰りたくないのでいつもの夜道で手を繋いだよね
初めての出来事を始めて、心から笑い合ったんだ
これは僕らの新しい、そう新しい日常で、明日も決して変わらない
今日の出会いは、自分に“いいね”さ、絶対誰にも共有させないさ
季節が変わることを期待して
それからの毎日は、僕らの本当の人生さ
風が吹いても花粉症でも、春の次には夏が来るんだきっと
朝が来ると君に会えると思い顔を洗ってパン齧る
仕事場でも明るい僕に、周りのみんなも愉快そう
季節が変われば、花も緑も美しく、そう僕らの住むこの街でさ
君との出会いは、僕らの世界さえ、変えてしまうさ必ずね
そう季節は僕らを迎えてくれる
そして僕らには、可愛い子供ができたのさ
真夏の暑い日にその子は生まれ、灼熱の太陽が歓迎したのさ
君と同じで目がクリッとして誰もが微笑む天使の子さ
君と僕との毎日はそう、誰もが羨む恵まれた日々
夏が過ぎても秋になっても冬になっても、僕らはここにいる
僕と君が出会い、そして天使が加わって全てを変えていく
そう季節さえも変えるのさ




