「200万イェンが一瞬で消える場所。――俺たちが戦う、本当の理由」
高級焼肉店での祝勝会を終えたその足で、俺たちは学園都市の中央にそびえ立つ『国立魔法大学附属病院』へと向かった。
夜の病院特有の、静謐で、どこか冷たい消毒液の匂い。
さっきまでの肉の脂の匂いや、裏通りの鉄錆の匂いとは別世界だ。
「……お会計、210万イェンになります」
夜間受付の窓口。
事務的な声と共に提示された請求書を見て、俺は無言でアタッシュケースを開いた。
裏社会で稼いだばかりの札束。
そのほとんど全てを、トレイの上に置く。
「……はい、確かに。今月分の『魔力抑制剤』と入院費、これで足りますね」
受付の女性は、高校生が大金を出したことに一瞬眉を動かしたが、何も聞かなかった。ここでは金が全てだ。
手元に残ったのは、数枚の紙幣と小銭だけ。
命懸けで稼いだ金が、電子データ上の数字を減らすためだけに、一瞬で溶けていく。
「……行こう、リコ」
「うん」
リコは何も言わず、俺の袖をギュッと掴んだ。
◇
病室は、最上階の個室だった。
『魔力溶解症候群』。
自身の魔力が体を内側から溶かしていく奇病。周囲への魔力汚染を防ぐため、患者は隔離結界の中で過ごさなければならない。
「母さん。入るよ」
自動ドアが開き、俺たちは結界の中へと足を踏み入れる。
ベッドの上、無数の管に繋がれて眠っている女性――相馬サエ。
かつてはふっくらとしていた頬はこけ、透き通るように白い肌には、病魔の証である紫色の紋様が浮かんでいる。
「……ん、ケイ? それに、リコちゃんも?」
気配に気づいたのか、母さんがゆっくりと目を開けた。
その瞳は白く濁りかけている。視力もだいぶ落ちているはずだ。
「おばさん! 起きてて平気なの?」
さっきまでチンピラを蹴散らしていたリコが、慌てて駆け寄り、壊れ物を扱うような手つきで母さんの背中を支える。
その表情は、慈愛に満ちた娘のそれだった。
「ふふ、平気よ。今日は調子がいいの。……二人とも、制服じゃないわね。どこかへ行ってきたの?」
母さんが、リコの着ているチャイナドレス(流石に上から俺のジャケットを羽織らせているが)を見て微笑む。
「あー、これはその……ケイの趣味で……」
「もう、あの子ったら。リコちゃんが可愛いからって、いじめちゃだめよ?」
「いじめてないさ。必要な『検証』だ」
俺はベッド脇の椅子に腰掛け、母さんの痩せ細った手を握った。
冷たい。
魔力が漏れ出し、生命力が削られている証拠だ。
「……ケイ。無理してない?」
母さんが、見透かしたように言った。
俺が稼いでいる治療費が、学生のアルバイト程度で賄える額じゃないことくらい、母さんは気づいている。
「私のために、あなたたちの未来を犠牲にしないで。私はもう十分生きたわ。だから……」
「やめてくれ」
俺は少し強い口調で遮った。
母さんの言葉が、優しさゆえの諦めであることが、痛いほど分かったからだ。
「俺は、俺のためにやってるんだ。俺が、母さんに生きててほしいんだ。……だから、諦めるなんて言わないでくれ」
「ケイ……」
「それにね、おばさん!」
リコが明るい声で割り込む。母さんのもう片方の手を、両手で包み込みながら。
「私たちが稼いでるお金なんて、ほんの小遣い銭みたいなもんだから! 私とケイ、学園ですっごい優秀なんだよ? これからもっと稼いで、絶対におばさんを元通りにする薬を買ってくるから!」
リコの笑顔。
それは太陽のように、薄暗い病室を照らした。
嘘でも虚勢でもない。彼女は本気で信じているのだ。俺たちの未来を。
「……そう。リコちゃんが言うなら、本当ね」
母さんの表情が和らぐ。
「ありがとう。……二人がいてくれて、私は幸せ者ね」
母さんはそのまま、薬の副作用か、すぐにまた眠りに落ちてしまった。
寝息は浅く、儚い。
◇
病院からの帰り道。
星が見えない曇り空の下、俺たちは無言で歩いていた。
200万イェン払っても、買えたのは「現状維持」の数週間分だけ。
完治に必要な『聖霊薬』は、市場価格で1億イェンを下らない。
果てしない道のりだ。
「……ねえ、ケイ」
「ん?」
「私、もっと強くなるよ」
隣を歩くリコが、夜空を見上げながら呟いた。
「もっと強い魔物を倒して、もっとすごいダンジョンに潜って……ケイの計算を、全部実現してみせる」
リコが立ち止まり、俺の方を向く。
街灯に照らされたその瞳は、昼間のどんな時よりも強く、真剣だった。
「だからさ。ケイは余計な心配しないで。……おばさんは、絶対に死なせないから」
その言葉に、胸の奥に澱んでいた黒い不安が、少しだけ溶けていくのを感じた。
俺一人じゃない。
この最強で最高に優しい「共犯者」がいる限り、俺はどこまでだって足掻ける。
「……ああ。頼りにしてるぞ、リコ」
「任せなさい! ……あ、でも!」
リコが急に表情を崩し、羽織っていたジャケットの裾をつまんだ。
「次の衣装は、もうちょっと露出控えめでお願いね!? おばさんに変な誤解されちゃうから!」
「善処する。……だが、次の場所は海だぞ?
「ええーっ!?」
俺たちは顔を見合わせ、久しぶりに年相応の笑い声を上げた。
重たい現実(荷物)は、二人で持てば半分になる。
俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。
「シリアスな二人も良かった!」「リコが健気で可愛い!」
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