第86話 帝国からの正式書簡――世界が形を与える
朝。
宿の一階ロビー。
ミナが降りてくると、すでに空気が張り詰めていた。
受付嬢は緊張しながらも丁寧に頭を下げる。
「ミナ・シュメール様……
こちら、お預かりしていた書簡です。」
差し出された封筒には――
帝国の紋章。
カイルの目が鋭く細められる。
リアは息を整えながら確認する。
「正式外交文書……。
個人宛に送られるのは、非常に珍しいですね。」
ラウルが低く whistle(口笛)を鳴らす。
「おいおい……ミナ、ついに国と文通か?」
ミナは手を震わせながら受け取る。
(帝国が……わたしに……?)
封を切ると、
丁寧で、しかし強い調子の文面が現れた。
◆帝国書簡(抜粋)
《帝国蒼牙省・外交局》より通知。
先日の蒼紋都市における公開試験にて、
あなたが示した能力・意思・判断は
帝国内でも重要な議題として扱われています。
ついては、帝国はあなたを
**「観察対象」ではなく「協議対象」**と認定しました。
今後、あなたの意思表明・選択・行動は
国際的判断材料として公式に扱われます。
そして最後に――ひとつの言葉。
――“あなたは世界に影響を与える者である。”
ミナは言葉を失った。
胸の奥が冷たく震える。
誇りでも恐怖でもない。
重さ。
リアが静かに言う。
「これは、単なる評価ではありません。
立場です。
あなたはもう、国家が直接交渉する相手になった。」
ラウルが頭を掻く。
「世界が“席を用意した”ってことだな。」
カイルは書簡を見て、低く呟いた。
「……逃げられなくなったな。」
ミナは小さく息を吸う。
逃げたいわけじゃない。
でも――選ぶことの重さが、初めて形になった。
◆続く報せ
リアがもう一通の書簡を取り出す。
「こちらは……王国より。」
ミナの表情が固くなる。
リアは淡々と読み上げる。
《王国魔導評議会》通達
先日の蒼紋都市での認証を受け、
王国もあなたを**「交渉可能存在」**として扱う。
ただし――
“過去の所属・権利・保護契約は残存している”
ことを忘れないように。
手紙の最後に刻まれた文字。
《帰還要請:保留中》
ミナの胸が苦しくなる。
(帰れって言ってるわけじゃない。
でも……逃げた存在として扱われてる。)
リアの声が冷静に、しかし優しく響く。
「王国は――あなたを“手放していない”。
形だけでも所属を主張することで、
外交の場において“交渉権”を保とうとしている。」
ラウルは吐き出すように言う。
「つまり――諦めてねぇってことだ。」
◆そして三通目
最後の封筒には、教会の紋章。
ミナの肩がわずかに震える。
リアがそっと尋ねる。
「開けますか?」
ミナは少し考えて――頷いた。
封を切ると、
教会の書式とは思えないほど短い文が現れた。
――“あなたはまだ、神の選びから逃げられてはいない。”
そして署名は――こう記されていた。
《聖堂候補:アリア》
ミナの心臓が大きく脈打つ。
(アリア……)
ミナの中で、
過去と現在が静かにぶつかる。
◆沈黙を破る声
カイルがミナの肩に手を置く。
その声は、昨日と同じ静けさで。
「――ミナ。
世界が動いた。
次は、お前の番だ。」
ミナは手紙を胸に抱え、ゆっくり目を閉じた。
息を整える。
迷いも、恐れも、後悔も全部――
今は抱えたままでいい。
そして目を開く。
その瞳には、昨日より強い光。
「……選ぶよ。」
リアは微笑む。
ラウルは腕を組んで頷く。
カイルは短く言う。
「それでいい。」
ミナは夜明けの光が差す窓を見た。
「――わたしは、わたしの意思で立つ。」
そして静かに呟いた。
「世界と話す準備、できた。」
──第87話へ続く




