第84話 都市の底流――支持、疑念、誘い
翌日。
蒼紋都市の朝は、前日よりもざわついていた。
市場に並ぶ匂いの強い香草。
魔導水車の低い回転音。
行き交う人々の声。
そのどれもが、以前とは少し違って聞こえた。
(……視線が変わってる。)
同じ「見る」でも、昨日と違う。
●恐れ → 「どう扱うべきか」
●警戒 → 「価値を測る」
●距離 → 「接触するか判断」
世界が、ミナを評価対象として見始めていた。
◆支持者の声
魔術学院前を歩いていると、
数人の生徒が緊張しながら近づく。
「し、失礼します、昨日の講義……!」
「質問には答えられませんが……
あなたの言葉、救われました!」
「……あなたの考え方、教科書にはないけど……
あれこそ“魔術の本質”だと思う。」
ミナは少し戸惑いながらも、静かに答えた。
「ありがとう。
でも……わたしはまだ学んでる途中だよ。」
学生たちは目を輝かせ、頭を下げて去った。
リアは横目でその様子を見ながら言う。
「ミナ。
あなたはもう“概念”です。」
ミナ「か、概念って何……?」
リア「存在そのものが、議論を生むという意味です。」
ラウル「褒めてんだぞ。翻訳すると“めっちゃすごい”。」
カイル「……正確には“中心に立たされた”。だ。」
◆疑念の声
しばらく歩くと、別の空気が漂う。
低い声が背中で囁いた。
「過大評価だろ」
「実験はたった数例だ」
「感情論で魔術体系を変えられてたまるか」
ひとりの青年研究者が前に出る。
白衣の袖は乱れているが、
その目には理論の鋭さが宿っていた。
「ミナ・シュメール。」
ミナは足を止める。
青年は淡々と言う。
「君の能力は“美しい”。
だが――危険でもある。」
「危険……?」
青年ははっきり答えた。
「共感は強制になり得る。
言葉のない支配だ。」
ミナは息を飲む。
喉に刺さるような言葉。
しかし、それは的外れではなかった。
カイルが前に出る――が、青年は続ける。
「君が悪なのではない。
ただ――誰もまだ君を理解できていない。」
沈黙。
やがて青年は言う。
「私は観測結果を見たい。
否定も肯定もまだしない。」
その言葉は拒絶ではなく――
“判断保留”。
青年は去っていく。
ミナは胸に手を当てた。
(……痛いけど、正しい。)
リアが静かに言う。
「恐れられるより、理解されないほうが苦しい。
でも、それは信頼への入口でもある。」
ミナは深く息を吐いた。
◆誘いの声
夕方。
蒼紋都市中央区――貴族街の路地。
影のように滑り出てきた人物がひとり。
ミナが足を止めると、相手は微笑した。
フードの奥の瞳は鋭いが、敵意はない。
「あなたに興味がある。」
ミナ「……あなたは?」
「帝国外交顧問――
ヴァルター・シュタイン。」
名前を聞いた瞬間、リアが険しい顔をする。
ラウルは舌打ち。
カイルは手を剣から離さないまま、視線だけで牽制。
ヴァルターは気にした様子もなく続ける。
「今日の反応、すべて見ていた。」
ミナ「わたしを利用したいの?」
ヴァルターは薄く笑った。
「利用価値がある者にしか、世界は席を用意しない。」
ミナは視線を逸らさない。
「わたしに……席は必要?」
ヴァルターは一歩近づき、囁く。
「――必要になる。
君が“守りたい”ものができた瞬間に。」
その言葉が刺さる。
胸がかすかに震えた。
ヴァルターは軽く礼をして言う。
「選べ、ミナ・シュメール。
味方を持たずに歩ける世界ではない。」
そして夜へ溶けるように去った。
◆夜・宿の部屋
ミナは窓辺に座る。
今日だけで、三つの声を聞いた。
支持
疑念
誘い
全部違う。
だけど全部、ミナに向けられた現実。
ミナは静かに呟いた。
「……選ばれる世界じゃなくて。
自分で選ぶ世界にいたい。」
その言葉に、カイルが答える。
扉にもたれたまま、低い声で。
「なら――迷っていい。」
ミナは振り返る。
カイルは続けた。
「迷って選んだ答えだけが、
“自分で選んだ道”になる。」
ミナは目を閉じ、ゆっくり息を吸う。
そして小さく微笑んだ。
「うん。
歩くよ。ちゃんと。」
夜風が静かに吹き抜け、
カーテンが揺れる。
その音が、決意の始まりを祝うようだった。
──第85話へ続く




