第83話 招かれざる訪問者――影が席につく
講義が終わり、学生たちはざわめきながら退出していく。
誰も大声は出さない。
だが、人々の視線だけがミナに残っていた。
認める者。
戸惑う者。
そして――判断を保留する者。
ミナは小さく息を吐いた。
(終わった……けど、何か残ってる感じ。)
リアが隣に立つ。
「お疲れさまでした。
初回としては、非常に良質な結果です。」
ラウルが肩を叩く。
「よくやった。途中で倒れず走り切ったな。」
カイルは無言だったが、
その静かな視線が十分な答えだった。
ミナは少し照れながら微笑む。
◆控え室へ
案内された休憩室は、静かで整った空間だった。
水差し、魔導端末、柔らかい椅子。
ミナが座った瞬間、
講義より遅れて感情が押し寄せた。
(緊張してたんだ、わたし……)
手が少し震える。
だがそれは恐怖ではなく――余韻。
リアが温かい声で言う。
「震えは悪いことではありません。
大切なのは、“震えたまま戦えた”ことですよ。」
ミナは小さく笑った。
「……うん。ありがとう。」
そのとき。
ノック音が響いた。
コン、コン――。
控えめなのに、妙に確かな音。
ラウルが眉をしかめる。
「さっきの講義聞いてた学生か、研究者だろ。」
カイルは一歩前に出る。
「ミナ、下がれ。」
扉が開いた。
そこにいる人物は――
学院の学生でも研究者でもなく。
黒いローブを纏った男。
年齢も階級も読めない。
ただ、存在が不自然なくらい静か。
ミナの胸がざわつく。
(この人……普通じゃない。)
男は礼儀正しく頭を下げた。
「失礼。
突然の訪問をお許しください。」
声は穏やか。
しかし底が深い。
リアが一瞬で表情を引き締めた。
「所属を。」
ミナたちの間に冷たい緊張が走る。
男は淡く微笑む。
「――蒼紋都市外縁結社《第三観測局》。」
リアの瞳が鋭くなる。
ラウルが舌打ちする。
カイルは剣に触れたまま動かない。
ミナだけが──名前の意味を理解していない。
男は続ける。
「わたしたちは“世界の均衡と未知の監視”を担う組織です。」
その言葉は遠回しではなく、
**“お前を観察していた”**という宣言。
ミナは息を呑む。
男は静かに視線を向けた。
「ミナ・シュメール。
あなたの力、意思、行動――
我々はすべて記録し、評価しています。」
威圧ではない。
しかし逃げ道を与えない言葉。
ミナは唇を結び、問い返す。
「……わたしに何をしに来たの?」
男は微笑み、右手を胸に添えた。
「ひとつ提案を。」
空気が凍る。
男は続けた。
「我々と協力してほしい。」
カイルが一歩踏み出し、切り捨てる。
「断る。」
だが男は揺れなかった。
「決めるのは彼女だ。」
ミナの心臓が跳ねる。
(わたし……?
わたしが答えるの?)
男の声は静かで優しい。
「世界は動き始めています。
あなたの存在を――無視できなくなった。」
視線が絡む。
「あなたが選ばないなら、世界が選ぶ。
……それでもいいのか?」
胸に刺さる。
選ばなければ、流される。
選べば、立場が生まれる。
もう逃げ場はない。
ミナはゆっくり、息を吸った。
そして――震えながら、それでも目をそらさず言った。
「……答えは、すぐには出せない。」
男の目にわずかな光が生まれた。
失望ではない。
むしろ――期待。
「それでいい。」
男は礼をし、告げる。
「――選べ、ミナ・シュメール。
それが“世界に認められた者”の義務だ。」
そして影のように去った。
扉が閉まると同時に、
ミナの膝がかすか震えた。
カイルがそっと隣に立つ。
「怖かったか。」
ミナは小さく頷く。
「……少し。でも。」
視線は扉の先へ向いている。
「選びたい。」
カイルは微かに笑った。
「それでいい。」
──第84話へ続く




