第82話 講義の席にて――答える者と問う者
蒼紋学院・第五講義室。
広大な円形ホール。
段階状に座席が並び、中央には魔導式の実演台。
すでに多くの学生・研究員・魔術師が席についていた。
視線は緊張と好奇、敬意と疑念が混じった複雑な色。
ミナは講義席に向かいながら、小さく息を整える。
(ここに座るの……わたしでいいのかな。)
カイル、リア、ラウルは後方席から見守る。
リアは穏やかに言った。
「緊張していますね。」
ミナ「……当たり前だよ……」
ラウル「あー安心しろ。俺なんか入った瞬間帰りたくなった。」
カイル「帰らせない。」
ラウル「だよな!!!!」
ミナは思わず笑ってしまった。
(……この人たちがいてくれてよかった。)
◆講義開始
壇上に立ったのは、昨日の担当者――レクシア。
「本日の特別講義は、
《共感性魔術と精神影響理論》。」
黒板が光り、魔導式文字が浮かぶ。
レクシアが続ける。
「そして今日は例外的に、
“理論ではなく実例”について扱う。」
ざわ、と学生たちが揺れた。
レクシアはミナを見る。
「――ミナ・シュメール。前へ。」
ミナの心臓が跳ねる。
でも、歩き出した。
壇上に立つと、空気が変わる。
ざわめきではなく――測る沈黙。
レクシアが紹介する。
「彼女は昨日、
怒り・拒絶・恐怖を示した対象に対し、
“強制も術式もなく接触を成立させた。”」
学生たちの魔導端末が一斉に起動する。
(……こんなふうに、研究対象として見られるんだ。)
胸がざわつく。
だがレクシアが言う。
「では――質問を許可する。」
その瞬間、複数の手が上がった。
◆質問①:理論派学生
眼鏡の魔術学生が、端末を片手に聞く。
「昨日の魔獣との接触、
魔力量ではなく対象の精神波形に適応したように見えたのですが?」
ミナは一瞬考え――答える。
「……怖がってた。
だから、まず“わたしも怖かった”ってことを伝えた。」
学生は驚いた顔をした。
「………理論じゃなく……共通点?」
ミナ「うん。
“同じだよ”って。」
学生はゆっくり椅子に座り、呟いた。
「……その発想……研究対象じゃなくて……“対話”か。」
◆質問②:実践派魔術師
筋肉質の魔術師が手を挙げる。
「じゃあ逆に、拒絶した相手はどうだ?
昨日の人間のようなケース。
あれは“どうやって”心を開かせた?」
ミナは胸に手を当てる。
「……開かせてないよ。」
会場がざわつく。
ミナは続けた。
「拒絶してるなら、
無理に開かせる必要なんてない。」
沈黙。
「ただ――
ひとりじゃなくてもいいってことだけ伝えた。」
その瞬間、数名の魔術師の顔色が変わった。
(その答え、救いじゃない。
“許し”だ。)
◆質問③:批判者
静かだったが鋭い声が響いた。
「では――聞こう。」
全員が振り向く。
立ち上がったのは若い女性研究者。
目は鋭く、言葉は迷いがない。
「あなたの力が通じない相手には、どうする?」
ミナの呼吸が止まる。
彼女は続ける。
「暴力も恐怖も拒絶も通じず。
共感も届かず。
救わない限り犠牲が増える相手。
理想も対話も意味をなさない相手。」
会場の誰も息をしない。
「――そんな相手に、あなたは何を選ぶ?」
ミナは目を閉じた。
胸が痛い。
苦しい。
答えがすぐには出ない。
(救いたい。
助けたい。
でも――全部を救えるわけじゃない。)
指先が震える。
だけど、逃げない。
ミナはゆっくり答えた。
「……わたしは、迷う。」
批判者の眉がわずかに動く。
ミナは続ける。
「迷って、悩んで、
泣いて、それでも考えて……」
会場が静まる。
声ひとつ、落ちていない。
ミナはまっすぐ言った。
「――それでも救える道があるなら、
何回でも探したい。」
批判者は答えない。
だが数秒後、
ゆっくり席に座った。
その沈黙は否定ではなく――認める沈黙。
レクシアが宣言した。
「――これが、“選ぶ者”の答えだ。」
講義室に静かな拍手が広がった。
それは大きくはない。
だが深く、重く、意味を持つ拍手だった。
ミナは息を吐き、微笑んだ。
(わたし……間違ってない。)
──第83話へ続く




