第80話 観測結果――世界へ通知される名前
試験室の魔導陣が消え、扉が開く。
ミナが歩み出た瞬間――
研究院の空気が変わった。
視線が集まる。
しかしその目にはもう、
危険
でも
哀れみ
でも
疑念
でもない。
もっと静かで、もっと重い。
――認識。
レクシアが報告書を閉じ、魔導印を押す音が響いた。
パシン。
その一瞬で研究員たちの魔導端末に通知が走る。
【認証完了】
【新規分類:共感系魔術適応個体】
【対象名:ミナ・シュメール】
【評価:介入可能/高危険性なし/観察推奨】
【備考:接触許可→条件付き承認】
人々のささやきが動き始める。
「……認証された……」
「人間基準で扱われている……例外ではない……」
「研究対象ではなく”立場”だ……」
ミナは小さく息を吸った。
(……わたし、本当に認められたんだ。)
◆書類の境界線
レクシアはミナへ一枚の魔導書類を渡す。
光の板に文字が浮かびあがる。
《権利通知書》
リアがそっと解説した。
「研究対象ではなく、交渉者、観測者、または将来的協力者として扱われる証です。
……つまり――」
ラウルが代わりに言った。
「“お前に許可なく触れたり、研究したりできない”って立場だ。」
ミナの目が見開く。
それは単なる称号ではない。
世界との境界線。
尊厳の証明。
カイルが静かに言う。
「――よかったな。」
その言葉だけで胸が熱くなった。
◆世界の遠い反応
同じ頃。
◆王国・城内
玉座の間。
重い空気。
文官が震えた声で報告する。
「……ミナ・シュメール。
蒼紋都市にて正式認証。
権利保持者として登録されました。」
勇者パーティの前衛が立ち上がる。
「は? 待て、それは――!」
文官は続けた。
「彼女と関わる場合、
“対等交渉が前提”となります。」
場が凍る。
アリアは震える声で呟いた。
「……もう、庇護対象じゃない……」
沈黙が落ちる。
王族関係者の一人が静かに言った。
「つまり――
彼女はもう、こちらの所有ではない。」
勇者の拳が震えた。
しかし言葉は出ない。
◆帝国・参謀室
フェリクスが報告書を閉じる。
表情は変わらない。
しかし目だけが満足げに光る。
「……やはり、君は“交渉者”に昇る。」
部下が尋ねる。
「次の指示は?」
フェリクスは短く答えた。
「追うな。
――待て。」
その声は妙に柔らかかった。
◆調整局・研究部
セレンは報告書を読むと、静かに笑った。
「ああ……やっと自分の座標に立ったか。」
手元の地図に印がひとつ増える。
《ミナ:観測段階終了》
《分類:自由選択者(Free Will Holder)》
「次は世界が動く番だ。」
◆試験の余韻:夜の蒼紋都市
ミナは研究院の屋上に座り、街を見下ろした。
灯りが揺れ、風が横を通り抜ける。
胸に浮かぶのは不安でも誇りでもなく――
確かに今、自分がここにいる実感。
そこへカイルが隣に来る。
「疲れたか。」
ミナは笑う。
「うん。
でも今日の疲れは……嫌じゃない。」
リアも来て、静かに手すりに寄りかかる。
「あなたは今日、自分を取り戻しました。」
ラウルも肩をすくめながら座る。
「結果は十分だ。……胸張っとけ。」
ミナは夜空を見上げた。
星がゆっくり瞬いている。
そして、声にした。
「これからは……世界と話したい。」
カイルが答える。
「なら――
世界は必ず応える。」
風が吹いた。
ミナの髪が揺れる。
その瞳には、もう迷いがなかった。
──第81話へ続く




