第79話 試験③:揺らぐ心、鏡の前で
第二試験の部屋が静かに暗転し、
空間そのものが溶けるように変化していく。
ミナは瞬きをした。
次の瞬間――
そこにあったのは、白い空間だった。
天井も壁も床もない。
境界も影もない。
ただ静かで、あまりにも空虚。
リアは立っていない。
ラウルも。
カイルの気配もない。
ミナだけが、そこにいた。
(……ここ、冷たい……
でも、怖い感じとは違う。)
声が響いた。
「これは第三試験。
対象:ミナ・シュメール本人。」
音の主はレクシア。
だが遠くではなく、空そのものから聞こえるような声。
ミナは問い返す。
「ここで……何をするの?」
レクシアの声は淡々としていた。
「“自分を許せるか”。
それを問う。」
ミナの胸が震える。
許す。
それは、戦いより難しい。
ミナは息を飲む。
「わたし……何を許せばいいの?」
答えはすぐ来なかった。
代わりに――
目の前に、一人の少女が現れた。
ミナ自身。
ただし──幼い頃の姿。
泣きそうな顔。
震える小さな手。
怯えた目。
その子は問いかけるようにミナを見上げた。
「どうして……わたしを置いていったの?」
ミナの胸が締めつけられる。
(……これ……)
声が震えた。
「置いていったんじゃない……
置いていくしかなかったんだよ。」
でも、幼いミナは首を横に振る。
「嘘。
わたしはずっと、助けを待ってた。」
風がないのに心の中が揺れた。
ミナの指先が震える。
「ごめん……
あの時は、わたしにも余裕がなかったの。」
小さなミナはさらに問う。
「じゃあ今も助けられなかったら?
誰も救えなかったら?
また逃げたら?」
ミナは息を止めた。
なぜならその言葉は――
ミナ自身の恐れそのものだったから。
幼いミナは続ける。
「怖いでしょう?
また失うかもしれない。
また間違えるかもしれない。
救えなかったら……
きっと自分を責めるんでしょう?」
ミナの目に涙が滲む。
逃げたい。
背を向けたい。
でも――それでは前の試験と違う。
ミナは震える声で言った。
「……怖いよ。」
幼いミナは黙る。
聞いている。
「怖いし……たぶん、間違う。
傷つけることもある。
救えないことも、きっとある。」
涙が頬を伝う。
でもその涙は弱さではなく、覚悟の証。
ミナはゆっくり目を上げた。
「それでも――歩く。」
幼いミナの視線が揺れた。
「わたしはもう、逃げて閉じこもって……
“何も失わない世界”に生きるのは嫌なの。」
胸に手を当て、まっすぐ言う。
「誰かを救いたいからじゃない。
救えなかった“わたし”を捨てたくないから。」
沈黙。
空気が透明に震える。
ミナは最後に言った。
「わたしは――
もう、わたしを置いていかない。」
幼いミナはゆっくり笑った。
弱く、儚く、でも確かに。
そして消える瞬間――
「なら、わたしはもう泣かない。」
光が溶ける。
白い世界に柔らかな風が吹いた。
◆試験室・現実へ
意識が戻ったとき、
ミナは膝をついていた。
けれど――涙は止まっていた。
レクシアが近づき、静かに告げる。
「第三試験――合格。」
ミナはゆっくり立つ。
カイルが近づき、短く言う。
「よく帰ってきた。」
リアが微笑む。
「ようやく……ミナの心が、自分を許しましたね。」
ラウルは照れくさそうに言う。
「まあ……なんだ……
偉いぞ。」
ミナは深く息を吸い、微笑んだ。
「ありがとう。
……わたし、前よりずっと軽い。」
──第80話へ続く




